映画『Girl/ガール』は2019年7月5日公開。
第71回カンヌ国際映画祭ある視点部門にて新人監督賞にあたるカメラ・ドールと、LGBTをテーマにした作品に贈られるクィア・パルムを受賞した『Girl/ガール』。
今回ご紹介するのは2019年に日本で公開される映画の中で最も痛ましく輝かしく、鮮烈な美を放つ作品といっても過言ではない映画。
トランスジェンダーの女性がバレリーナを志す成長の物語『Girl/ガール』です。
CONTENTS
映画『Girl/ガール』の作品情報
【日本公開】
2019年(ベルギー映画)
【原題】
Girl
【監督】
ルーカス・ドン
【キャスト】
ビクトール・ポルスター、アリエ・ワルトアルテ、オリバー・ボダル、ティヒメン・フーファールツ、ケイトリン・ダーメン、ファレンタイン・ダーネンス、マガリ・エラリ、アリス・ド・ブロクビル、アラン・オノレズ、クリス・ティス、アンジェロ・ティヒセン、マリー=ルイーズ・ウィルデリックス、ビルージニア・ヘンドリックセン
【作品概要】
ベルギー出身のトランス女性ダンサー、ノラ・モンスクールに着想を得て本作を製作したのはこれが長編デビュー作となり、卓越した映像センスから“第2のグザヴィエ・ドラン”とも称されるルーカス・ドン監督。
主演を務めるビクトール・ポルスターも本作が映画初出演作となります。
本作は第71回カンヌ国際映画祭ある視点部門にて新人監督賞にあたるカメラ・ドールと、LGBTをテーマにした作品に贈られるクィア・パルムを受賞。
ポルスターはある視点部門の俳優賞を受賞しました。
また第91回アカデミー賞外国語映画部門のベルギー代表に選ばれましたが惜しくも落選、しかしサン・セバスティアン国際映画祭やマグリット賞、ストックホルム国際映画祭と数々の映画祭にて賞を獲得しました。
映画『Girl/ガール』のあらすじとネタバレ
15歳のララが父マティアスと弟のミロと共に名門のバレエ学校に通うため引っ越しをする所から映画は始まります。
努力家のララは8週間のトライアル期間を乗り切って見事学校に残ることが決まり、レッスンにますます励む日々がスタートしました。
そんなララの体は男性です。
16歳の誕生日を迎えた彼女は成長期真っ盛り、男性的な成長を遂げていく自分の体に焦りを感じています。
股間にテーピングをしてレッスンを受ける日々。
ロッカールームもこっそりと使い、練習が終わるごとにトイレに籠ってはテーピングを取り外し、水を少しだけ飲む、そのルーティーン。
ララは医師と父親と相談を重ねて性別適合手術を予定しており、ホルモン補充療法を受けています。
周りの女の子たちも一見ララをすんなりと受け入れてくれ、レッスンの合間にはガールズトークの風景がはさまれます。
レオタードに身を包み皆の体を見る瞬間、自分の体、父から聞かれる恋の質問、毎日の激しいレッスン。ララの心にはストレスが少しずつ積み重なっていきます。
それでもバレエに傾ける情熱は一切失うことなく、トゥシューズに足を押し込み血まみれになりながら練習に励むララ。
映画『Girl/ガール』の感想と評価
繰り返しから生まれる衝撃
本作は大変シンプルで、バレリーナを目指すトランスジェンダーの少女ララの毎日の練習風景、彼女が鏡を眺め自身の体に葛藤する瞬間を何度も繰り返し描き、観客をララの生活を余すところなく覗き見ている感覚にさせます。
似通ったシーンを積み重ねていくことで彼女の心の揺れ動き、徐々に重圧とストレスがのしかかっていく様が非常に繊細に滲み出ており、その静謐な展開の中突然に現れる男性器の切断シーンは強力なインパクトを与えます。
映画祭で幾多もの賞を獲得し評価を得ている一方酷評も寄せられている本作。
「トランスジェンダーの人々が体に固執しているという強調」「窃視的な執着」「シスジェンダーによる映画」「ホルモン補充療法やララの内面描写に関して無責任」またシス男性であるビクトール・ポルスターがトランスジェンダーの女性を演じていることについても批判の声が寄せられています。
しかしモデルとなったダンサー、ノラ・モンスクールは本作は彼女自身の経験の語り直しであり、監督や主演俳優がシス男性だからといってララのトランスとしての経験は正当ではないという意見には傷ついたと作品を擁護、自身の意見を述べています。
ジェンダーとイカロスについての物語
本作が描いているのは男/女ジェンダーを問わず成長過程にいる一人の人間の脆く繊細な物語、そして危険を孕む“美”についてです。
そしてもう一つ想起させられるのがあるギリシャ神話、“イカロス”の物語です。
イカロスの父ダイダロスはミノス王のためにラビリンスを造った職人。しかしダイダロスは王から見放されて息子と共に塔に閉じ込められてしまいます。
ダイダロスは脱出するために鳥の羽を集めて大きな翼を作り、小さな羽は蝋で止めました。二人で翼を背中につけ、ダイダロスはイカロスに高く飛びすぎないように忠告しました。
しかしイカロスは父の言葉を忘れて高くまで飛び、太陽に近づいて羽を止めた蝋が溶けて海へ落下してしまったのです。
ララは映画にてバレリーナという美を求めて無理に無理を重ねては最後凄まじい決断をしてしまうという、現代のイカロスとして描かれています。
華麗で優美な舞台の裏にトゥシューズに足を差し入れ、血を滲ませながら激しい練習を重ねる伝統的な舞踏芸術、バレエ。
様式美を極めるその厳しく排他的とまで言える芸術、“美”という圧倒的な概念には倒錯的な魅力があり、人々を陶酔させる魔力があると言っても過言ではありません。
美を要求され、美そのものを体現し表現するバレリーナを目指すララ。
映画の始まりから黄金色の陽光が画面を覆い、その中で眠るララが映しだされます。繰り返し登場する太陽の光、母親では無く父親という設定。
ララに個人指導をする女性教師(=美を伝導する存在)は彼女の性に関して踏み込む言動は無く、淡々と一生徒として励ましつつ指導する者として描かれている点も美という圧倒的な存在に向かっていく勇者としての立ち位置を暗示します。
ララは己の力では及ばない境地まで身体を痛めつけても到達せんともがくイカロスなのです。
思春期の不安定さ
本作はまた思春期の些細な心の揺れ動きや行き場を知らない自我の不安定さを描く事にも成功しています。
バレエスクール内でララが女子生徒達から心無い言動を受ける描写はありますが、家庭の父親は理解がありサポートをしてくれる人物として描かれています。
「あなたって(女なのか男なのかよく分からなくて)不思議ね」という言葉、「大丈夫かい?」という労りの言葉。
棘がある言葉と優しい言葉両方に居心地の悪さを何故だか感じてしまう、どの道や解答が正しいか分からないままに決断を下してしまう未熟で純粋な切羽詰まった思い。
主人公はトランスジェンダーの女性という“マイノリティ”の人物ですが、描かれている痛みや葛藤を超えていく激情や煌めきは不安定な思春期に起こる普遍的なものなのではないでしょうか。
まとめ
映画賞を多々獲得しながらも賛否両論の渦を巻き起こした『Girl/ガール』。
人を虜にし熱情や過激を誘発する、危険で抗いがたい美について、静かに燃えたぎる天使の闘志について、そして強烈な経験を乗り越えて芽ぶく更なる純なものについて描く本作は涙を孕んで心にじっと残り続けること、間違いなしの名作です。
映画『Girl/ガール』は2019年7月5日(金)よりロードショーです。