2月24日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほかで全国ロードショーされている『ナチュラルウーマン』。
チリの首都サンティアゴに住むトランスジェンダーのマリーナは、昼はウェイトレスをしながら、夜にはナイトクラブでサルサやメレンゲの楽曲を歌っている歌手。
彼女は父親ほど年の離れた恋人オルランドと暮らしていましたが、マリーナの誕生日を祝った夜、オルランドの体調不良により病院へ向かうと、マリーナは思いもかけないトラブルに巻き込まれていく…。
CONTENTS
1.映画『ナチュラルウーマン』の作品情報
【公開】
2018年(チリ・アメリカ・ドイツ・スペイン合作映画)
【原題】
Una Mujer Fantastica
【監督】
セバスティアン・レリオ
【キャスト】
ダニエラ・ヴェガ、フランシスコ・レジェス、ルイス・ニェッコ、アリン・クーペンヘイム、ニコラス・サベドラ
【作品概要】
『グロリアの青春』で知られるセバスティアン・レリオ監督が、愛しいパートナーに先立たれたトランスジェンダーの女性の孤独と周囲から受ける差別から立ち直るまでの姿を描いた作品。
第90回アカデミー賞で外国語映画賞や第67回ベルリン国際映画祭最優秀脚本賞などを受賞、主人公マリーナ役を自身もトランスジェンダーである歌手のダニエラ・ベガが演じています。
2.主人公マリーナ役を演じたダニエラ・ヴェガ
ダニエラ・ヴェガ(Daniela vega)は、1989年6月3日サンティアゴ生まれ。
8歳でオペラ歌手としての才能を認められ、高校を卒業した後、ヘアスタイリストとして働く傍ら、地元あった劇団で演技をはじめます。
2014年に著名なソングライターのマヌエル・ガルシアのビデオクリップに登場して、彼女の存在が話題になります。
2017年には演劇「Migrantes」で、テアトロ・ア・ミル国際演劇祭の最高賞のひとつに選ばれました。
また同年に本作『ナチュラルウーマン』では一躍才能を開花させ、第67回ベルリン国際映画祭で上映されるや絶賛を浴び、トランス女優として初のオスカーノミネートもささやかれるなど世界で脚光を浴びるようになります。
現在では次回作の撮影を終え、ストレートの女性役を演じており、女優として新たな活躍の一歩を踏み出しています。
ダニエラはマリーナ役を演じことで自身にどのような意味があったかという問いにに対して、彼女は次のように答えています。
「これまでの人生で経験したことの中でも、とびきりむずかしい作業でした。役に深く入り込み始めた段階から、登場人物を生き生きと表現するためにすべての感情を変換する段階に至るまで、とても複雑なレベルの感情を経験しました。ですが、極めてやりがいのある経験でもありました」
劇中のマリーナには1人の友人も登場しません。
そこで唯一の愛しいパートナーに先立たれたことで、彼女は激しい差別や偏見の試練に晒されていくことになります。
演出を務めたセバスティアン・レリオ監督は映画制作にあたり、ダニエラからトランスジェンダーが置かれている立ち場や状況のアドバイスを聞き取りしています。
そのことを活かして映像化することは、ダニエラにとっては自身の追体験や関わりのある事柄を演技として、ふたたび行うという作業になっていたことのでしょう。
「とても複雑なレベルの感情を経験」や「極めてやりがいのある経験」と述べるダニエラ。
まさしく、本作『ナチュラルウーマン』は創作されたドラマでもありながら、実話としてのリアルさも持ち合わせた作品だと言っても良いでしょう。
役柄マリーナと女優ダニエラ、そしてダニエラ・ヴェガ本人の見せた、自己存在に揺れる複雑な表情に注目してくださいね。
2.映画『ナチュラルウーマン』のあらすじ
チリの首都サンティアゴに暮らしているトランスジェンダーのマリーナ。
彼女は昼間はウェイトレスをしながらも、夜ともなればナイトクラブでサルサやメレンゲの楽曲を歌っている歌手です。
父親ほどに年の離れた恋人のオルランドと暮らし、その日はマリーナの誕生日を祝う会と2人で中華料理店で祝っていました。
テキスタイルの会社を経営しているオルランドが、マリーナに手渡した封筒を手渡すと、彼女は「古風ね」と喜びの声を漏らす。
その封筒中身のプレゼントは、オルランドが書いた「イグアスの滝へ行ける券」でした。
「サウナに行った時にはチケットはまだあった。置き場所を忘れた」というオルランド。
そんな彼に「かわいそうなおじいちゃん」と、肩越しに腕をまわし、優しくキスをするマリーナ。
仲睦まじい2人は一緒に暮らす自宅に戻ると、サンディエゴの夜景を見ながらも互いの体を重ねますが、その夜中こと。
共に枕を並べるベッドに座り込んだオルランドですが、体調が優れずに何か具合が悪くなってしまいます。
マリーナはオルランドを着替えさせた後、自宅の玄関先に彼を出した隙に、勝手に歩き出したオルランドは階段から転げ落ちてしまい、頭部を打ち付けて怪我を折ってしまいます。
マリーナは急いでオルランドを車に乗せて病院に連れて行ったものの、彼は動脈瘤によって息を引き取ります。
あまりに急なことにトイレに駆け込み泣きじゃくるマリーナ。その後も動揺のあまりいったん病院を離れてしまいます。
オルランドの死を彼の弟ガボに電話した後、トボトボと夜の街を歩いていた所を警官に任意同行され、病院に舞い戻ると警官から身分証の提示を求められます。
マリーナはオルランドとの急な別れに浸る間もなく、彼女が働くレストランには、性犯罪捜査班の女性刑事コルテスがマリーナを訪ねて来ました…。
3.映画『ナチュラルウーマン』の感想と評価
見どころ①感情や状況を視覚化するセバスティアン・レリオ監督
セバスティアン・レリオは、1974年5月8日にチリ・サンティアゴ生まれ。
チリ映画学校を卒業した後、2006年に初監督作品『La Sagrada Familia(原題)』が、サン・セバスチャン国際映画祭でプレミア上映されました。
その後の作品もカンヌやロカルノ、そしてベルリンと国際映画祭で評価され続けている監督です。
また、2013年の作品『グロリアの青春』は、ジュリアン・ムーア主演でハリウッドでのリメイクも決まっています。
何と言ってもセバスティアン監督の作品の魅力は、登場人物の感情や状況を視覚化する才能です。
本作『ナチュラルウーマン』にはいくつもの映画の引用や視覚化されたメタファーが登場して、観る者を飽きさせることはありません。
上記にある劇中の画像は、歌曲の先生に歌のレッスンを習い始めたシークエンスで登場する場面です。
これはマリーナに起きた困難の出来事を“人生の向かい風”としてメタファーして見せた歩み行く姿。
映画ファンのあなたなら、喜劇王バスター・キートンの名シーンの引用であることは直ぐにお気付きですね。
セバスティアン監督もバスター・キートンのサイレント映画を思い浮かべながら撮影したと語っています。
劇中の流れでは、マリーナの新たな一歩へのきっかけとなる重要なシークエンスを、ちょっとこのように描ける監督はなかなかいません。
単にマリーナが逆境にあることを示しただけではなく、キートンとマリーナも似たようなキャラクターである共通点も指摘できます。
ダニエラ・ヴェガ演じるマリーナは、どのような状況に陥ろうと背筋を伸ばして生きています。
しかも、不器用なまでに言い訳や弁解はしません。つまりは会話や感情を多くを人に話さず、外部に出さないようにする人物です。
そのような点は、どこか表情や台詞で心境を表さないサイレント映画のキートンに似ているかもしれません。
それは言葉はないですが、映像の文法としてはかなり雄弁さを持っていると感じさせられはずです。
また、マリーナは決して走りません。
嫌がらせをされようが、仕打ちをされようが、その場から走って逃げたりはしません。
一貫して彼女の歩く姿が印象的です。
だからこそ、ストーリーの後半に彼女は走る場面が生き生きと登場します。
そこで何をマリーナ感じているのか、そしてダニエラが演じているのか、ぜひ注目してくださいね。
このように本作『ナチュラルウーマン』には、セバスティアン監督の魅せる心境の視覚化がなされた場面が、始めから終わりまりまで散りばめられた作品にとなっています。
その映像を読むことで、観客は登場人物の追体験していく映画なのです。
見どころ②巨匠たちの映画をお手本に作られた『ナチュラルウーマン』
参考写真:喜劇王バスター・キートン
無表情の喜劇王バスター・キートンと主人公マリーナ、そしてニエラ・ヴェガまでを象徴的に重ねて描くだけでも、セバスティアン・レリオ監督の才能の素晴らしさを感じますが、実はそれだけではありません。
セバスティアン監督は、他にもこの作品のなかで引用した映像作家は、フランス映画のヌーヴェル・ヴァーグの中心的メンバーであるフランソワ・トリュフォー監督や鬼才ルイ・マル監督がいます。
そして、サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督も良き手本にしているようです。
そこで少しヒッチコック的な描き方の要素をピックアップして解説してみたいと思います。
本作の冒頭のショットはイグアスの滝からはじまり、これには大きな意味が隠されています。
世界遺産として知られるイグアスの滝は、南米大陸のアルゼンチンとブラジルの2つ国にまたがる世界最大の滝です。
そして「イグアス (Iguazu)」 は、先住民グアラニ族の言葉で「大いなる水 (Y Guazú)」という意味だそうです。
冒頭にこのショットを持ってきた意味は、「2つにまたがる」というトランスジェンダーの象徴(しかも世界遺産・世界七不思議も)を問いかけています。
この映画はトランスジェンダーの話ですよと、幕開けするのです。
また、「大いなる水(Y Guazú)」は、この作品が水にまつわる映画であることを示しています。
劇中にはイグアスの滝の他にも、サウナ、時化た海の写真、洗車場、噴水などいたる場面に配置されています。
さらに滝の落下する様は女性器の膣をメタファーとして示したものです。
つまりは、「イグアスの滝=マリーナ」このことは、“見失っていた自己存在を見つめる鏡ショット”があることで明らかなはずです。
水にまつわるモチーフは鏡というアイテムとも連動しており、マリーナが困難に立たされて迷う日常は、鏡や姿を映すガラスなどが必要なまでに存在させています。
これらはヒッチコック的な映画の見せ方である訳ですが、なかでも最もヒッチコック的なのは「マクガフィン」という演出法です。
ヒッチコック監督にトリュフォー監督がインタビューした『映画術』の書籍にも登場する「マクガフィン」を用いて、ストーリー展開をさせていています。
この「マクガフィンが何なのか?」は、本作の重要なテーマを読み込む場面なので詳細に説明しませんね。
ただ、鑑賞のヒントを言えば、トランスジェンダーのマリーナだけでなく、男性のオルランドも、女性の元妻ソニアも、実は同じような行動と結果を描いています。
「マクガフィン」に繋げる布石を、あっさりとさり気無くセバスティアン監督は見せていますよ。
性別に心の意味などは存在しないかのように…。
まとめ
世界遺産で他に類を見ないイグアスの滝も、やがて川の流れとなって、海に辿り着きひとつと水になります。
また「大いなる水」と呼ばれたものでさえ、次へと流れずに留まれば、腐り澱んでしまうのでしょう。
“大いなる水”に象徴されたマリーナをそのように描いたのが『ナチュラルウーマン』なのです。
また、セバスティアン監督が手本にしたヒッチコック作品を挙げるとすれば、本作『ナチュラルウーマン』は、名作『めまい』にインスパイアした引用を見せています。
性別をテーマにしたことで、セクシャルな題材でもあることやオルランドの幽霊、また照明による色彩表現もそうでした。
そして何より象徴されたイグナス滝の落下のごとく、落下する階段、地下へと降りていく階段と「膣」を示しているが大きな類似の要素です。
『めまい』における「教会の塔が男根の象徴」であったようになったことにインスパイアされてたのでしょう。
セバスティアン・レリオ監督は、本作『ナチュラルウーマン』の「マクガフィン」が導く事柄について、このように述べています。
「映画は、スクリーン上に存在するものだけでなく、存在しないものによっても、ストーリーを伝えることができます。頭の中で、その空間を埋めるのです。考えてみれば、1秒のフィルムには24個の穴がありますね」
観客のあなたがどのように感じて、受け取るか。この映画に示されたものは観客のそれぞれによって大きく異なっていきます。
この映画は鏡のような作品です。
スクリーンにあるものだけでなく、あなたの心が映画に寄り添うことで自身を鏡のように映し出し、ストーリーに描かれたテーマを理解すると監督は語っているのではないでしょうか。
女優ダニエラ・ヴェガの自身と重ねた熱演に魅せられながら、心境を深く理解してみたり、セバスティアン・レリオ監督の類いまれなる、台詞ではないサイレント映画的な演出から、テーマを深く読み解いていただきたい1本です。
女性の映画ファンは必見の秀作『ナチュラルウーマン』。セバスティアン監督の仕掛けた「穴」を読み抜いて見てはいかがでしょう。
本作は、2月24日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほかで全国ロードショー中です!
ぜひ、お見逃しなく!