世界中に熱狂的なファンを持つ塚本晋也監督が挑んだ初時代劇『斬、』。
前作『野火』では過酷な戦闘地域に身勝手に放り込まれたことで、飢えと本能によって精神を壊していく人たちを描いた塚本晋也監督。
本作『斬、』では、江戸時代末期の変革の時代に翻弄される若い浪人の姿を見つめています。
映画『斬、』公開に先立ち、塚本晋也監督に第二次世界大戦を舞台にした前作『野火』の後に、なぜ時代劇に挑んだのか?
また本作に込めた監督のメッセージを直接伺うことができました。
はじまりは一本の「刀」
──本作『斬、』のタイトル「、」には、どのような意味があるのですか?
塚本晋也(以下、塚本):「斬。」とマルで終わってしまう感じではなくて、「斬っちゃうとどうなるの?」というような、そこからまだ続いていくイメージを持ちたかったんです。
スタッフに「斬、」と見せたら、「、」の部分が斬ったあとの涙にも血にも見えるって言われて、まさにピッタリだと思って決めたっていうのが、美しい方の理由ですね(笑)。
もう一個の理由は「斬」というタイトルは漫画や小説にもあるんです。でも音の響きもそうですし、どうしても「斬」というタイトルにしたかった。そこで他作品と区別する意味で『斬、』としました。
──冒頭の刀鍛冶のシーンを見て、塚本監督の代表作『鉄男』との関連性を感じました。冒頭のアイデアは最初から決まっていましたか?
塚本:冒頭は結構前から、ああいう感じにしたかったですね。
刀は皮肉なことに人を殺すための道具として生まれて、その人の生き死にを扱う人がいるっていう風にしたかったです。
話の展開の中でその刀がどうなるのかという見方もあるので、そういうことを意識して冒頭をつくりました。
──火炎から火の粉が舞っているのが綺麗で、「始まり」を強く感じました。
塚本:イメージとしては『野火』のラストシーンに繋がっているんですよ。
『野火』のラストシーンで戦争の予感を感じる田村の顔が炎に包まれるんですが、その炎が時間を逆行して、戦争のあらゆる兵器がぎゅうっと一本の刀に集約していくような意味合いが込められている。それが『斬、』の冒頭になっています。
──これまでの塚本監督の作品では、独自のモチーフがありました。今回、「刀」というモチーフを選んだ理由は?
塚本:『鉄男』は鉄と人間の合体という話で、『東京フィスト』(1995)ではモチーフが拳銃になったりします。今回の「刀」は鉄の中でも最もシンプルな道具だと感じています。もともと道具の発見は、農耕的なものだったり、あるいは動物を叩いた時に、これは便利だなと感じたりしたもので、このシンプルな「棒」と暴力の歴史が一緒になっていると思いついたのです。
人類にとって長い歴史を持つ一本の「刀」という金属と、一人の「人」との関係は、「鉄」と「人間」というテーマを、シンプルな形で表現できそうだと思ったんです。
──『斬、』の中に出てくる、刀はまるで泣いているような印象を受けました。塚本監督は、刀の撮り方や音など工夫されたことはありますか?
塚本:撮影は3週間というかなり速いペースだったんですが、刀が光ってないと絶対に駄目だし、音に関しても特に仕上がりの時には物凄く頑張ってもらいました。
現代を感じられるような生々しさ
──時代劇を撮るにあたり、昔の日本映画を意識されたり、影響を受けた作品はありましたか?
塚本:中学生の時に見た市川崑監督の『股旅』(1973)が僕の原体験の時代劇です。1970年代の萩原健一さんがそのまま時代劇を演じていて、今回、萩原健一さんみたいに、ありのままの、生々しさをやりたかったんです。
だから最初は殺陣とか興味がなかったんです。もうちょっと土着的な、刀があまり上手く使えない人たちが無茶苦茶、闇雲に振り回して、ちょっと当たっちゃったら「イテーッ」とか言う方が自分の性に合ってたんです(笑)。
でも剣豪とか殺陣の上手い人たちに出ていただいているので、殺陣を見せつつも様式的にならないように意識しました。
澤村という剣豪も勝つために、反則技もありですし、蹴ったりもします。長年の経験からテコの原理を利用して、人が倒れるところに予め刀を構えて待ってるとか、そんなような事を考えながらやりました。
──塚本監督にとって池松壮亮さんはどのような俳優でしたか?
塚本:素晴らしいですよね。池松さんありきで始まった企画なんで、池松さんにお願いしたいと思っていました。偶然にも池松さんから僕の映画に興味があるっていう連絡があって、この奇遇は普通じゃない、これはやろうと決めて一気に走っていきました。
池松さんは思った通り、『股旅』で見た70年代の若者たちが時代劇の舞台に入り込んだような、今の若い人たちがそのまま江戸時代の終わりに紛れ込んだような生々しさと、それが現代人に通じるような雰囲気にしてくれる俳優さんですね。
池松さんは実際に体現しながらやっていく感じです。自分でいろいろストイックに追い込み、探りながら演してくれました。
──ヒロインの蒼井優さんはどのような女優さんでしょう?
塚本:蒼井さんが演じた「ゆう」は、さりげなくシンプルなんですが存在感があり凄く難しい役どころです。この人を表現してくれる人は誰だろうという観点で考え、探し当てたのが、蒼井さんでした。
撮影では集中力はもちろん現場での姿勢がとても前向きで、スタッフにも距離を置くことなく入ってくださった。本当に素晴らしい俳優さんでしたね。
登場人物の変化・変身
──塚本作品では、登場人物やモノが「変化」していきます。
塚本:『鉄男』みたいな変化していく設定は、いわゆる仮面ライダーのような変身モノとかウルトラマンといった原初体験があるかも知れません。
それと20代の時にSFホラー作品で『狼男アメリカン』(1981)とか『スリラー』(1983)とか変身する主人公やテーマが流行っていたんです。
『鉄男』の時はCGではなく特撮で変身するさまを描くのを、みんな嬉しそうにやっていた時代でした。
『東京フィスト』なんかも『狼男アメリカン』なメイクですよね(笑)。手作り感があって僕は「たこ焼き」って呼んでたんですけど、メイクさんに怒られちゃって(笑)。
この映画を見た人が、主人公について、「鉄男になりたかったけど、なれなかった男の話」と言ってましたが、僕はそれこそ「変化」して最後は鉄と合体した「鉄男」だと思ってます。
戦争に追い立てるもの
──塚本監督が俳優として演じた澤村は少しこれまでとは違う、父性のようなものを感じました。
塚本:そうですね。父親って素晴らしくもあるんですけど、大概、やっつけなくてはいけない存在でもあります。そういう父性感や、いわゆる「大人代表」という感じですかね。
その大人が若い人たちを戦地に連れて行こうとしている限り、本当に恐ろしいことになってしまう。大人は戦うことにある種の正当性を見出して、それを若い人に押し付けてくる。
そこが一番恐ろしいところなんです。そのように若者を導かないようにするのが大人の責任なのだというのが自分のテーマになっています。
僕は今回自分のいちばんネガティブに思ってる役をやっています。如何にも悪人ではなくて、一見すると善人に見えるような、見せかけの善人役をやりましたね。
──本作では前作の『野火』にあった悲惨さと、チャンバラ映画の楽しむ無邪気さとがバランスよく描かれていました。
塚本:『野火』は戦いに行くとこんな嫌な目に会うというシンプルな内容の映画でした。
それは体験した人から聴いた戦争の恐ろしさをこれでもかという風に入れ込んだので、ある種の力技なんです。一方の『斬、』は澤村みたいな人は普通時代劇だと、見ている人たちは恐ろしいと思いながら結構胸のすくような気持ちになる。
でもその痛快さの中に、その快哉を叫んでいる人に段々と、刀の刃が向かってくるような映画にしたいと思ってるんです。
戦時中、遠くの戦地で日本軍が負けていても、「今日も日本軍が活躍して何艦撃沈して〜」という良い情報ばっかり入ってきて、その度に民衆は喜ぶ。実際の現場では撃沈した時に、どれくらい若い人の肉体が引き裂かれているのかという想像力は殆ど働かせることなく、快哉を叫んでいる。
今回はそういう想像力の欠如への懐疑心の現れなのかも知れません。
生と性
──「死」を感じ追い込まれていく都築が、自慰行為から生命力を感じる場面がありました。
塚本:そうですね。ここは論理的だったり構造的に作ったシーンではないんです。
暴力ってネガティブで、エロチシズムと近いわけで、そういった対処しきれない困惑というものがある。
「ゆう」への想いもあるし、暴力というものへのイメージもある。何かわけのわからない、説明できない情動がこみ上げるんじゃないかなと想像したのです。
──塚本監督の作品には、どこかピュアなラブロマンスを感じることも多いですが、今回も稲刈りのシーンで都築とゆうが目が合っちゃうところなど、塚本流な青春映画的な要素を感じました(笑)。
塚本:あそこは撮影時にはもう少し何気ない芝居をしていたシーンだったのです。それを編集した時に、ただ稲刈りをしている身体から、目配せしているニュアンスだけを取り出して編集したんです。それを、録音の段階で始めて入ったスタッフ、なんだかよく分からないって言われて。えっ?と思って、結局、凄いわかりやすい編集に変えてあのシーンになりました(笑)。
森のかくれんぼ
──森の中、山を登り詰めていく感じも印象的でした。都会の路地とは違い、自然の中を撮るというのは、どのような考えに基づいているのですか?
塚本:『鉄男2』の時に海外の映画祭に出て外国の評論家の人に、「都市と人間」という指摘を受け、それを意識的に描いたのが『東京フィスト』と『バレット・バレエ』です。
だからあの時は撮影している時も、緑が画面に映らないようにするぐらい、都市のコンクリートと人間の肉体の関係ばっかりを見つめていましたね。
そのテーマで意識的に作り出していって面白かったんですけど、年齢的なこともあるのか、だんだんコンクリートの外側、自然の世界の方に興味が移っていきました。
最後の森のシーンは、子供の時に長いことかけて、かくれんぼした時のような感じなんです。
戦ってるのに二人でずうっと、長いかくれんぼをしている。それが最後に一瞬にしてバッと恐ろしい時が来るっていう雰囲気にしたかったんですね。
だから向かい合って戦うというよりも、ずうっと「何処に居るの?」って、互いの居場所がわからない。
雨が降ったりねぇ。向かい合ってない時間が結構あって、向かい合うのは一瞬ですね。
──映画『斬、』のどの点に注目して見ていただきたいですか?
塚本:人を斬るのが嫌だという主人公何ですが、それでもやっぱり典型として殺陣のシーンのある映画にしたいと思っていました。
でも典型のところと、典型的ではないところとのバランスが大切だと思っていて、典型的ではない方をどうするかというところを描いている。
だから、最後の殺陣に至るまでの主人公の葛藤、いわゆる時代劇的なヒロイズムみたいなものへの懐疑が、皮肉な感じで描かれてる。そこをお客さんにどう感じてもらえるかが楽しみなところですね。
ちょっと用意なく見ると最後置いてきぼりを食らってきっと戸惑いを感じるだろうと思うんですけど、後でゆっくり考えてくださったら嬉しいですね。
映画『斬、』の作品情報
公開
2018年(日本映画)
監督・製作・脚本・撮影・編集
塚本晋也
キャスト
池松壮亮、蒼井優、中村達也、前田隆成、塚本晋也
作品概要
『鉄男』(1989)、『六月の蛇』(2002)、『KOTOKO』(2011)など、世界中に熱狂的なファンを持つ、塚本晋也監督、初の時代劇。
究極の状況下での人間の姿を通して、戦争の恐怖と悲惨さを徹底的に描いた『野火』(2014)を経て、今作では、江戸時代を舞台に移し、現代の日本の大人たちの甘言に警鐘を鳴らします。
主演は『ラスト サムライ』『万引き家族』『散り椿』の池松壮亮、ヒロインに『彼女がその名を知らない鳥たち』「家族はつらいよ」シリーズ、『オーバー・フェンス』の蒼井優、野武士を『バレット・バレエ』『悪と仮面のルール』の中村達也、侍に憧れる農民を、本作にはオーディションで抜擢された前田隆成、鬼気迫る剣豪を、塚本晋也が務めます。
あらすじ
250年にわたり平和が続いてきた国内が、開国するか否かで大きく揺れ動いていた江戸時代末期。
貧窮して藩を離れ、農村で手伝いをしている浪人の杢之進は、隣人のゆう、その弟の市助たちと、迫り来る時代の変革を感じつつも穏やかに暮らしていました。
ある日、剣の達人である澤村が現れ、杢之進の腕を見込んで京都の動乱に参戦しようと誘いをかけます。
旅立つ日が近づく中、無頼者たちが村に流れてきて…。
まとめ
塚本晋也監督の前作『野火』の映画化にあたり、戦争体験者に入念に聞き取りを行い、戦場で一体何がどのようなものだったのかを調査したそうです。
また戦場で亡くなった戦没者の遺骨収集団にもボランティアとして参加するなど、実際に起きた第二次世界大戦をなるべく体感することを試みました。
塚本監督が高校生の時に観た、市川崑監督の『野火』を、どうしても映画化したいと、過去2度にわたり断念しながらもようやく3度目で実現させた渾身の反戦映画です。
インタビューで塚本監督が述べていたように、前作『野火』のラストシーンは、本作品『斬、』のオープニングへと繋がるものでした。
奇しくも初の時代劇を演出するにあたり、影響を受けた時代劇映画として、またも市川崑監督の名前を挙げ、1973年の『股旅』だとも語りました。
この作品に出演した俳優のショーケンこと萩原健一は、当時の映画スターとは異なる新鮮で現代的な要素を持った俳優でした。
かつて市川崑監督が時代劇で試みたように、塚本監督もまた、池松壮亮さんや蒼井優さんを時代劇のなかに置き、現代人のように演じるよう要望しました。
市川崑監督といえば、アニメーション出身の映画監督で、独自の映像美や短いショット編集の繋ぎなどの作風で愛された映像作家です。
何かそのあたりの作風にも、市川崑監督と塚本晋也監督の共通性を見出すことは出来るのかも知れません。
さらには塚本監督の作品に登場する変化や変身するキャラクラーの原風景には、『仮面ライダー』や『狼男アメリカン』の話もインタビューで登場しました。
時代が移ろう中で、運命や宿命、または本能によって姿を変えていく者たちの悲哀は、塚本作品の大きな魅力です。
その一方で決して“変化しないもの”も見えてきます。
戦争に導くようなキナ臭い時代の風潮に、危機感を感じた塚本監督は『野火』で一石を投じ、さらに『斬、』では自己のテーマにより踏み込んでいったことを観るものに感じさせます。
誠実に物事と向き合い、描きたい映画を作る映像作家としての厳格なまで身を焦がす“鉄の信念”。塚本晋也監督こそが一本の刀のようです。
インタビュー / 出町光識
写真 / 大窪晶
塚本晋也監督のプロフィール
1960年1月1日、東京・渋谷生まれ。14歳で初めて8ミリカメラを手にすると映画制作に目覚めます。その後、1987年に『電柱小僧の冒険』でPFFグランプリ受賞しました。
1989年に『鉄男』で劇場映画デビューと同時に、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞を果たします。
主な作品に、『東京フィスト』、『バレット・バレエ』、『双生児』『六月の蛇』『ヴィタール』『悪夢探偵』『KOTOKO』『野火』などがあります。
製作、監督、脚本、撮影、照明、美術、編集などすべてに関与して作りあげる作品は、国内、海外で数多くの賞を受賞しています。
また1997年にはベネチア映画祭で審査員を務め、2005年にも2度目の審査員としてベネチア映画祭に参加しています。
そのほか俳優としても活躍し、自身が監督を務めた作品のみならず、『とらばいゆ』『クロエ』『溺れる人』『殺し屋1』で、2002年毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。『野火』で2015年に同コンクールで男優主演賞を受賞。
また庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』やマーティン・スコセッシ監督の『沈黙ーサイレンスー』など話題作でも重要な役柄を演じています。