映画『平坦な戦場で』はカナザワ映画祭2023特集企画「期待の新人監督」にて、2023年9月10日(日)13:15〜に上映!
日常を過ごしていた高校生カップルが思わぬ形で性的搾取を受けたことから苦悩と向き合い、乗り越えていく様を描き出した長編映画『平坦な戦場で』。
本作が初の長編作品となった遠上恵未監督は、ENBUゼミナール在学中に手がけた『遠上恵未(24)』にてPFFアワード2020で入選を果たしています。
今回、カナザワ映画祭2023の特集企画「期待の新人監督」での作品上映を記念して、遠上恵未監督にインタビューを行いました。
前作『遠上恵未(24)』の“精神的続編”ともいえる『平坦な戦場で』の制作経緯、創作活動を始められたきっかけ、カナザワ映画祭2023での上映が控える現在のご心境など、貴重なお話を伺えました。
【連載コラム】『カナザワ映画祭2023厳選特集』一覧はこちら
CONTENTS
初長編は『遠上恵未(24)』の“精神的続編”
──はじめに、映画『平坦な戦場で』の着想の経緯をお教えいただけませんでしょうか。
遠上恵未監督(以下、遠上):前作にあたる『遠上恵未(24)』は、私がENBUゼミナール映画監督コースに入って最初に作った映画なのですが、同作を制作した当時の私は26歳でした。
24歳だった頃の私は、もうすぐアラサーになってしまうことへの焦りから、よく自分の価値について考えていました。当時は会社員でしたが、「今の私には何のスキルもない」「もし自分に何か価値があるとしたら、それは“若い女性”という価値しかないのでは」と感じていました。
そして「私から“若い”というラベルが外れる時、いったい何が残るのだろう」と考えては不安になるも、仕事に役立つスキルを身につける努力はせず、目上の男性社員に気に入られようとばかりしていました。
しかし、そんな“若さ”と“女”を売りにするだけの自分が嫌になり、このような自分の姿をフィクションの力を借りてさらけ出し、その姿を記録し編集することで自分を見つめ、“区切り”をつけたい。そうした想いから『遠上恵未(24)』という映画を制作したのです。
遠上:ただ、『遠上恵未(24)』がPFFアワード2020に入選し上映されることになった際には、それまではENBUゼミナールという身内にしか観てもらっていなかったこともあり、「女性はこの映画を観て共感できる部分があるかもしれないけれど、男性が観たら何を思うのだろうか」という懸念を少なからず抱いていました。
そして上映後のQ&Aでは、20代の男性が最初に挙手してくださったのですが、俳優をされているというその方は涙を流していました。「自分は俳優としての結果を出せずに『これからどうすればいいんだろう』という強い不安を抱えながら、あっという間に過ぎる時間の中を生きている。この映画に自分は非常に共鳴し、感動した」と伝えてくださったんです。
これは私の想像ですが、その方は“若さ”という価値観だけでなく、男性として“男らしさ”という価値観もまた求められる社会の中で生きる苦しさも、あったのではないかと思いました。私は彼の言葉を聞いて「次回作を作るとしたら、今度は女性だけでなく男性についても描かなければいけない」と考え、それが『遠上恵未(24)』の精神的続編ともいえる『平坦な戦場で』を制作する第一歩となりました。
創作を通じて“自分ごと”として考える
──遠上監督が映画制作を含む創作活動を始められたきっかけは何でしょうか。
遠上:昔から自分の意思を言葉にして相手と話すことが苦手で、小学校から高校時代までは友人と本音で話せないという悩みを抱えていました。やがて大学の教育学部に入り、そこで現代美術のアーティストである岡田裕子さんと協働で作品を作るアートプロジェクトに参加したことが、創作活動を始める大きなきっかけとなりました。
そのプロジェクトでは「“教育”に対する違和感」をテーマに、1年間を通してアート作品の制作を行ったのですが、それまでどこかボンヤリと生きていた私にとって、制作のために“教育”というものについて深く考える過程は、自分自身の視野をとても広げてくれました。
心に浮かんでも深くは考えずにいた社会への違和感を受け流さずに、なぜ違和感が生じたのかの原因や由来について掘り下げていく。そして「やっぱりこの違和感はおかしい」「この違和感は口にしなくてはいけない」と“自分ごと”として考えられるようになる。
活動を通じて、少しは自分の頭で考えて生きられるようになったと強く思いますし、今でも多くの面で岡田さんの影響を受け続けています。
人の“お守り”にもなり得る映画
──遠上監督は大学卒業後に広告の制作会社に入られましたが、その後会社を退職されたのち、ENBUゼミナールに入り改めて映画制作を学ばれました。
遠上:「“物作り”ができる職業に就きたい」という想いから広告の制作会社に就職し、私は制作の予算・スケジュールの管理などを担う制作進行の仕事をしていたのですが、次第により“物作り”の中心に立つディレクターの仕事への憧れが強まっていき、結局会社を辞めENBUゼミナールで勉強し直すことにしたんです。
またその会社では、毎週のように企画を出さなくてはならない環境だったのですが「他の人たちと同じ広告作品を見漁るだけでは、皆と同じ企画しか出せない」「他の人と違うところから、アイディアの素となるインプットをしなくてはいけない」と感じ、大学時代から観続けていた映画をより一層観るようになりました。だからこそ、ディレクターの仕事を改めて目指したいと考えた時に「いっそ映画の方面へ進もう」と思えたのです。
──遠上監督にとっての映画の魅力は何でしょうか。
遠上:岡田さんとのプロジェクトで制作した作品が、東京都現代美術館に展示してもらえる機会があったんです。当初は「あの美術館で展示してもらえるんだ」と嬉しくて、きっと色んな人に見てもらえると期待していました。
遠上:ただ、3ヶ月ほどの展示期間で確かに色んな人に作品を見てもらえはしたのですが、足を運ばれる方は、教育を始めとする社会問題について日頃から意識的に考え続けている方が多いと感じました。私がリーチしたい層に作品を届ける手段として「美術館での展示」は唯一の手段ではないと痛感したんです。
自分が考え、伝えたいことのアウトプットの手段は現代美術以外にもある。それは広告やテレビ、映画かもしれないと、より視野を広げなくてはならないと感じました。
その後、安定を求める思考もあって一度は広告の制作会社に入りましたが、そこではチームで2・3ヶ月間かけて作ったWeb広告も「期間限定で10日間だけ閲覧可能」という制約があれば、期日が来ると見られなくなり、Webサイト自体もなくなってしまうことも多々あります。その命の短さ、消費の速さに「果たしてこれでいいのか」と違和感を抱くようになりました。
対して、当時からインプットのために観ていた映画は、古典と言われるような古い作品でも現代を生きる人たちの心を動かせる力を持っています。時には人の“お守り”にもなるように、映画にはそれだけ人の心にリーチする力を持っている。それは私自身が、この忙しない世の中で生きていく中で映画鑑賞に“癒し”の側面を感じているからこそ、そう思えたのです。
これからも“試行”の繰り返し
──映画『平坦な戦場で』は9月8日より開催されるカナザワ映画祭2023の特集企画「期待の新人監督」で上映されますが、現在の遠上監督のご心境を最後にお聞かせください。
遠上:『遠上恵未(24)』が上映された時もそうでしたが、作品を観てくださった方から生の反応をお聞きできるのは、本当に貴重な機会だと感じています。
現在私はテレビ番組をはじめとする映像制作の仕事をしているのですが、放送された番組の視聴者の方の反応を知る手段はどうしてもSNSなどでのエゴサーチが中心で、エゴサでは番組名や出演者の名前が投稿内に記載されていない、純粋な感想を見つけることは非常に難しいんです。
そしてSNSはその性質上、発言力の強い方の意見が拡散されやすい面もあって、たとえば『遠上恵未(24)』の感想を私に直接伝えてくださった男性のような言葉は、どうしても埋もれてしまいがちです。そもそも「映画祭の上映会場」と「テレビの前」とでは、「自分の想いを伝えたい」という意思が生まれる環境が大きく違います。
一方向の交流になってしまいがちなSNSに頼らざるを得ない面がある、テレビの制作環境にも関わっている中で、映画祭での生の声をお聞きできる機会というのは本当にありがたいです。
また『平坦な戦場で』は、今は関係者や映画祭の方など限られた方にしか観てもらえていないこともあり、まだ自分と作品との距離が近過ぎると感じています。
男性が受ける性被害や女性が街を歩くだけで受けるハラスメント、ホームレスの問題についてなど、今取り上げるべきと感じた社会問題が作品の根底にありますが、「果たして、この問題の取り上げ方は、これでよかったのだろうか」と脚本段階から完成した現在に至るまで、考え続けていることも事実です。
だからこそ、映画祭での上映や作品を観てくださった方との対話を経ることで、改めて作品と自身について、冷静に見つめ返すことができたらと考えています。
これからも“試行”の繰り返しになるとは思いますし、多くのアウトプットの手段が存在する現代において「自分の創作は映画でなければならない」という固定観念に囚われることも避けたいですが、やはり社会に対する違和感を抱き続ける限り、物作りはやめられないような気がしますね。
インタビュー/河合のび
撮影/松野貴則
遠上恵未監督プロフィール
1993年生まれ、東京都出身。
20歳の頃にたまたま観た『鬼龍院花子の生涯』の衝撃が忘れられず、映画制作を始める。ENBUゼミナール在学中に監督した『遠上恵未(24)』がPFFアワード2020に入選。
本作が初の長編作品となった。
《カナザワ映画祭2023「期待の新人監督」プログラムページはこちら→》
映画『平坦な戦場で』の作品情報
【上映】
2023年(日本映画)
【監督・脚本・編集】
遠上恵未
【撮影】
井坂雄哉
【録音】
若杉佳彦
【照明】
奥田夏輝
【美術】
鶴優希
【キャスト】
櫻井成美、野村陽介、玉りんど、佐倉萌、竹下かおり
【作品概要】
日常を過ごしていた高校生カップルが思わぬ形で性的搾取を受けたことから苦悩と向き合い、乗り越えていく様を描いた長編作品。
監督は、ENBUゼミナール在学中に手がけた『遠上恵未(24)』がPFFアワード2020に入選した遠上恵未。本作が初の長編監督作となった。
《カナザワ映画祭2023「期待の新人監督」プログラムページはこちら→》
映画『平坦な戦場で』のあらすじ
高校2年、冬。のぶえと村木は仲睦まじく過ごしていた。
ある夜、村木は路上で泣いていた女性を家まで送り届けるも、突然女性から「抱いてほしい」と頼まれてしまう。その頃には、場の空気が断れなくなっており、村木は女性を抱くことに。
しかし、この経験がトラウマになった村木は学校を休むようになる。
のぶえは村木のいない日常に孤独を募らせていく。
【連載コラム】『カナザワ映画祭2023厳選特集』一覧はこちら
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。