映画『台風家族』は2019年9月6日(金)より3週間限定で全国ロードショー公開!
監督・市井昌秀×主演・草彅剛が魅せる、笑いあり、皮肉あり、そして涙ありの一筋縄ではいかないファミリーコメディ『台風家族』。
一時は公開が危ぶまれたものの、原作同名小説の発表を機に上映を望む声が高まり、ついには2019年9月6日(金)から9月26日(木)にかけての3週間限定での劇場公開が決定しました。
このたび劇場公開を記念して、市井昌秀監督にインタビューを行いました。
本作の構想に至ったきっかけやキャスト陣の演技に対する演出、自身が俳優経験の中で学んできたことなど、貴重なお話を伺いました。
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台風と家族をつなぐ思い出
──今回公開される映画『台風家族』は市井監督の12年間にも渡る構想に基づいて制作されたとお聞きしました。そもそも本作の構想を考え始めたきっかけとは何だったのでしょうか。
市井昌秀監督(以下、市井):12年前、30歳だった僕はぴあフィルムフェスティバル(以下、PFF)で準グランプリをいただいた後、受賞者のみが応募できるスカラシップ制度へ一本のシナリオを送りました。それが『台風家族』の原型となる作品でした。
当時、親元を離れてから12年が経ち、両親が暮らす富山県にもなかなか帰れていませんでした。弟もまた海外で長く暮らしている状況だったため、両親をずっと実家で二人きりにさせていることに、市井家の長男である僕は少し罪悪感のような感情を抱いていたんです。
そうした心境の中で、本作の原型となる作品を書き上げました。それはあくまで老夫婦の逃避行の物語だったんですが、何より台風というモチーフが関わっていました。
市井家には、台風にまつわる重要な思い出があるんです。
僕が小学生の頃、実家のカーポートが大型台風によって丸々吹き飛び、それが電線に引っかかって周囲が停電になるという事件がありました。じきに台風が去った後、なぜかはしゃいでしまった市井家の四人は真夜中にも関わらず家を飛び出し、50メートル走などをみんなでワイワイやったんです。その思い出を鮮明に覚えていたことから、家族と台風をつなげた作品を描きたいと思い始めたんです。
今から5年ほど前に舞台作品の制作・演出を勧められた際に、家族と台風をもう一度描きたい一方で、今度は親ではなく、残された家族たちがその後どうなったのかを描きたいと考え始めました。
そして「親が失踪して10年が経ち、仮想葬儀のために子どもたちが集う」という『台風家族』に近い物語が生まれたんです。
他作品の制作が重なったこともあり手をつけられない時期も時にはありましたが、映画化に向けてシナリオを描き進めてゆくなかでプロデューサー陣から草彅剛さんのキャスティングを打診されました。そして、草彅さんが「今書いている物語の主人公像ととても合っているな」と感じながら、本作のシナリオを書き上げました。
生きている人間を演じるために
──ご自身も俳優としての活動経験を持つ市井監督ですが、本作におけるキャスト陣のお芝居はどのように演出されたのでしょうか。
市井:本作のお芝居と撮影に大きな影響を与えたのは、やはり鈴木家という一軒家の室内で本作で描かれる場面の大半を撮ったことです。
そもそも、鈴木家として使用させていただいた物件を見つけられたこと自体が奇跡に近いんです。そこは半月前まで実際に人が住まわれていたところで、生活感が色濃く残っている魅力的な物件でした。鈴木家での場面のほとんどはその物件で撮ったため、ほぼ順撮りに近い形で撮影を進められたのはやはり大きかったです。
またクランクインから数日経ち、栃木県内での撮影が始まった頃に、キャスト陣とのリハーサルをさせていただきました。その際に、「役柄を着ぐるみへと入るように演じるのではなく、その役柄と相通ずる俳優自身の心の一部や感情を発見し、それを引き出してゆくような形でお芝居を進めてほしいし、僕もその形で演出させてもらいます」と伝えました。
言い換えれば、「自身の役柄ではなく、“その役柄に呼応し、共鳴した生きている人間”となってください」「芝居がかっていないお芝居をしてください」とキャスト陣にお願いしたんです。
物語を展開してゆくにあたって、コミカル、トリッキー、或いはミステリアスといった要素はもちろん大切なんですが、それだけの作品にはしたくないと僕は常に考えています。
真に描きたいのは生きた人間の痛みや悲しみなどであり、物語の展開における要素はあくまでそれを伝えるための手段でしかありません。そして、俳優さん一人ひとりに人間らしくいてほしいと感じています。
“素直さ”が生んだ俳優・草彅剛
──本作の主人公・小鉄を演じ、先ほど市井監督が「とても主人公像と合っていた」とも語れていた草彅剛さんですが、彼の俳優としての魅力について改めて教えていただけないでしょうか。
市井:まず何よりも、草彅剛さんは、とても素直な方だと感じました。
草彅さんは自身が出演する場面において、共演者のセリフをシナリオでは敢えて確認せず、自身が演じる役のセリフだけを覚えた上で、現場で感じられた感情に基づいてお芝居を紡いでいきます。
例えば劇中、草彅さん演じる主人公・小鉄が甲田まひるさん演じる娘・ユズキに自身の情けない姿を暴露され、「自立しなよ」と訴えられる場面があるんですが、そのお芝居の最中に草彅さんは泣かれたんです。
その場面での小鉄はシナリオの物語上では決して泣いてはいけなかったこともあり、どうしてもそのテイクはNGにせざるを得ませんでした。ですが、僕は「すごく素敵な涙だな」「不器用ながらも深く愛している娘にそんなこと言われたら、そりゃ哀しいよな」と、その涙に納得し思わずOKを出しそうになりかけたほどに、草彅さんのお芝居は良かったんです。
またその後、僕は素晴らしいNGテイクを惜しみつつも涙のことを指摘したんですが、草彅さんは自身が泣いていたことを覚えていなかったんです。それを知った僕は、草彅さんという人はとても純粋で、素直で、それがある意味小鉄という主人公像に合っている、愛すべき方なんだと感じられました。
“人間臭さ”という当たり前を描く
──本作をはじめ、市井監督の映画では「走る」という行為、「食べる」という行為が常に印象的に描かれているように見受けられます。
市井:「走る」や「食べる」といった行為からは、いわゆる“人間臭さ”というものが生まれます。
人間のみならず、獣って、結局は飯を食い、走り、寝るのを繰り返して生きているじゃないですか。そうした生物としての生の中で表れる明確な人間くささの一部分が、「走る」や「食べる」といった行為なのかもしれません。
また“人間臭さ”という点で言えば、僕は自身の映画において常に“性”を必ず描くように心がけています。
お葬式での“性”というと伊丹十三監督の『お葬式』を思い出しますが、やはり生物としての生や“人間臭さ”の一部分を、当たり前なことをしっかり描きたいし、見逃したくないんです。
より広い視野で世界を見つめる
──本作は一軒家という閉じた世界を描く一方で、山や海といった開かれた世界も描いています。それは本作の映像として、物語としての躍動感や開放感を生み出すことに一役買っていますが、そうした対照的な世界を描いた理由は何でしょうか。
市井:自身が富山県という山と海に囲まれた場所で育ってきたからなのかは分からないんですけれども、これまでに書いてきたシナリオの中でも自然を描こうとすることが多かったです。
また今回の『台風家族』に関しては、自身が年齢を重ねてきたこと、その間に様々な物語を描いてきたことが大きく関わっています。
僕は昔から、一つの作品を通じて一つの世界が描かれてゆく一方で、その世界とは別に存在する無数の世界もまた同じ時間の中を同時に動き続けているということ、世界同士が全くかけ離れているようで実際は深くつながっていることにずっと興味を抱いていたんです。ですが、自身のシナリオや映画ではどうしても狭い世界ばかりを描き続けてきた。そのことに、とてもジレンマを感じていたんです。
本作において二つの対照的な世界を描いているのは、僕にとってより広い視野で物語を描こうと試みた結果と言えます。
そして、鈴木家という一つの世界には属していないものの、両親が10年前に起こした銀行強盗事件の影響を未だ受け続けている登場人物たちも描こうとしたのも、その試みの一部分でしょう。
劇団「東京乾電池」で学んだこと
──先ほども触れましたが、市井監督は芸人を目指し活動を続けたのち、俳優・柄本明さんが主宰する劇団「東京乾電池」に入団し、俳優としても活動されました。そこで学ばれたことが、映画監督となった自身の演技演出にも深く関わっているのでしょうか。
市井:僕は座長である柄本明さんに憧れて「東京乾電池」に入りました。実際に劇団へ在籍できていたのは一年間程度でしたが、その一年間の研究生期間の中で学べたことはとても大きかったです。
「東京乾電池」では、発声練習や肉体作りといった基本的な練習を全くやりません。その代わりに、即興のお芝居をとにかく繰り返すんです。そして座長の柄本さんや、特にお世話になった加藤一浩さんをはじめとする座付きの俳優さんたちからは「とにかく人が生きてなくては意味がない」「生きてなくてはセリフを言ってもダメ」「そもそもセリフに何かを込めようとすることも違う」といったことを遠回しに指摘される。あくまで自分自身で気づけるように促すだけなんです。
そうやって「東京乾電池」で体験できたこと、学べだことをここ数年の中で改めて思い出したり、「あの時言われたことって実はこうだったのかな」と新たな発見をしたりします。
僕は俳優さん向けのワークショップで「感情というものを考えて表現することはおかしい」とよく語っていますが、それは僕が「東京乾電池」で教わったことでもあります。
柄本さんとのことで一番印象に残っているのは、僕をはじめ研究生が稽古をしている最中に彼が現れ、稽古場の舞台上に一本のペットボトルを置いて「どう考えても生きているだろう」「ペットボトルは何も考えず、ただここに存在しているだろう」と語られたことです。
僕は10分近くもの間、舞台上のペットボトルを見続けました。すると「自分は何をやっているんだろうなあ」と思ってしまう一方で、柄本さんの伝えたかったことが何となく分かってくるんです。
舞台に上がる人間は何かしら、自分自身をよく見せたいと考えてしまう。そうした欲望が「その役柄を演じる人間として生きていない」という状況を生んでしまうことにつながるんだと気づいたんです。
本作で言えば、シナリオ上におけるセリフのやりとり自体はコミカルですが、少しでもそのコミカルさを表現しようと過剰なお芝居をすると、「結局笑わせてくるのね」と観客は受け取ってしまう。ですが、俳優がひとりの人間として演技や役柄に向き合い、生きている人間が映画の中に現れると、観客の作品に対する受け取り方、いわゆる解釈も広がるわけです。そのことはリハーサルはもちろん、キャスト陣に常々伝えさせていただきました。
はじめて楽しいと感じた「撮影現場」
──本作の撮影現場はどのような雰囲気だったのでしょうか。
市井:今までの僕にとって、映画の制作過程で一番楽しいのは脚本を書くことでした。ですが今回の『台風家族』に関しては、むしろ脚本を書いていた時よりも楽しかったと言えるほどに、撮影が本当に楽しかったんです。
そんな撮影現場が生まれたのは、自身が12年の構想期間によって積み重ねてきた作品に込めた思いや真に描きたいものをスタッフやキャスト陣と共有できたことが影響していると感じています。
スタッフやキャスト陣は、僕の希望を最大限汲み取った上でさらに発展させてくださり、作品に込めた思いや真に描きたいものを具現化させようと格闘する僕に巻き込まれることを受け入れてくださった。その結果、現場でのチームワークも良く、猛暑の中での撮影ながらも皆が一丸となって映画制作へと向かっていたように感じられたため、本作の撮影が楽しくなったんだと思います。
──最後に、市井監督が一番印象に残っている撮影現場でのエピソードを教えていただけないでしょうか。
市井:やはり、終盤で描かれる海辺での場面ですね。僕はあの場面自体が好きですし、撮影中に思いついた長回しショットという演出に関しても、スタッフやキャスト陣もすごく乗ってくれたんです。
長回しショットは1テイク目で無事成功し、監督である僕もOKを出しました。ですが、そのテイクではまだ朝日が昇り始めていなかったんです。やがて朝日が昇り始めた時、新井(浩文)くんが「朝日が出てるよ」「もう一回撮ろうよ」と言ったんです(笑)。
新井くんのその言葉によって朝日が昇る中での2テイク目の撮影が行われ、結局その2テイク目を本編では採用しました。
その場面の撮影で何より嬉しかったのは、やはりキャストさんの方から「もう一回撮ろうよ」と言ってくださるような現場は滅多にないということです。そんな撮影現場を作ってくれた、リテイクを提案したキャスト陣、スタッフの全員には本当に感謝しています。
ただ映画を観ていただけるとすぐ分かるんですが、2テイク目だったこともあり、本編で映し出されている砂浜には鈴木家の人々が歩く前から足跡が残っていたりします(笑)。そんなことも劇場で確認してもらえたら嬉しいです。
インタビュー・構成/河合のび
インタビュー・撮影/出町光識
市井昌秀監督のプロフィール
1976年生まれ、富山県出身。
漫才コンビ「髭男爵」の元メンバーであり、関西学院大学に在籍していた頃から芸人を目指し活動を続けていました。しかし1999年に「髭男爵」を脱退。やがて劇団「東京乾電池」に入団し、研究生として約一年間俳優として活動しました。
その後映画製作を学ぶためにENBUゼミナールへ入学。2004年に卒業すると、2005年に『隼』が第28回PFFで準グランプリと技術賞を、2007年に『無防備』が第30回PFFでグランプリと技術賞とGyao賞、第13回釜山国際映画祭・新人監督作品コンペティション部門で最高賞(ニュー・カレンツ・アワード)を受賞するなど、一躍注目の映画監督となります。
2013年には、ミュージシャンにして俳優としても活躍する星野源の初主演を飾った『箱入り息子の恋』を監督。同作にて第54回日本映画監督協会新人賞を受賞しました。
今回監督した映画『台風家族』では、妻であり女優の今野早苗との共同ペンネーム「市井点線」で小説『台風家族』を発表。映画の劇場公開を後押ししました。
映画『台風家族』の作品情報
【公開】
2019年9月6日(日本映画)
【原作】
市井点線
【脚本・監督】
市井昌秀
【主題歌】
フラワーカンパニーズ「西陽」(チキン・スキン・レコード)
【キャスト】
草彅剛、MEGUMI、中村倫也、尾野真千子、若葉竜也、甲田まひる、長内映里香、相島一之、斉藤暁、榊原るみ、藤竜也
【作品概要】
銀行にて現金強奪をしたのちに行方をくらましてしまった両親の仮想葬儀、そして財産分与のために実家へと集う家族の顛末をブラックユーモアたっぷりに描いたファミリーコメディ。
本作の原作(妻との共同名義「市井点線」として小説を発表)、脚本、監督を務めたのは『無防備』『箱入り息子の恋』で知られる市井昌秀。本作の物語は市井監督が構想から12年間温めてきた“両親の思い”を形にしたものでもあります。
そして主演を務めるのは、映画・ドラマ・演劇と多岐に渡って活躍する俳優の草彅剛。2017年に新たなスタートを切り、その活動展開は常に注目の的を浴びています。
さらに草彅と共演するキャストには、尾野真千子、MEGUMI、中村倫也、榊原るみ、藤竜也など、豪華キャスト陣が並びます。
映画『台風家族』のあらすじ
2000万円の銀行強奪をし、一時世間を騒がせた鈴木一鉄とその妻・光子の夫婦。
2018年夏。その事件から10年、事件後行方不明になった両親の仮想葬儀と財産分与を執り行うために、鈴木家のきょうだいは実家へと集まることを決めました。
鈴木家の長男であり、妻の美代子と娘のユズキを引き連れ10年ぶりに実家に帰ってきた小鉄は、どんな仕事も長続きしない、忍耐力の無い男でした。
しばらくすると長女の麗奈が、遅れて次男の京介がやってきました。
そして、見せかけだけの葬儀が始まります。
居間の中には大きな空っぽの棺が2つだけ。
ところが、待てど暮らせど末っ子の千尋はやって来ません。
とうとう葬儀が終わった時、実家のインターホンが鳴ります。しかし、ドアの外には千尋ではない男が立っていて…。