映画『おかあさんの被爆ピアノ』は2020年7月17日(金)より広島・八丁座にて先行公開、8月8日(土)より東京・K’s cinemaほか全国順次ロードショー!
被爆75周年を迎えた今日、戦争を知らない若い世代の目線を通して平和を伝え続けていくことへの切実な思いを描いた『おかあさんの被爆ピアノ』。
本作は全国どこへでも巡り、被爆ピアノによるコンサートを開催する平和運動で知られる実在のピアノ調律師・矢川光則さんをモデルに、戦争を知らない被爆三世の女性が自身のルーツを探し求めていく姿を描いた物語です。
今回は映画を手掛けた五藤利弘監督にインタビューを実施。本作を手掛けるに至った経緯や撮影のエピソードなどとともに、作品に込めた思いなどを語っていただきました。
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「大切なものを伝える」という動機付けで手掛けた本作
──本作を作るにあたり最初に矢川さんと話をしたした際には、五藤監督ご自身としてはどのような思いを抱いていたのでしょうか?
五藤利弘監督(以下、五藤):矢川さんとはもともと2009年にコンタクトがあったんですが、その年に一度矢川さんのドキュメンタリーの番組を取材させていただく機会があり、その際に映画を作らせていただきたいというお話をさせていただいたんです。
矢川さん自身も「伝える」というお仕事をなさっていたし、それを映画にすることでさらにいろんな方に残して伝えられるようになればと思ったんです。テレビ番組のドキュメンタリー作品は、どうしても一過性で終わってしまいがちなところがありますが、映画にすると残っていくというところも大きなポイントですし。
僕もドキュメンタリーを撮らせていただくまでは、広島、原爆ということについては一般的な知識以上のことをなかなか知る機会はありませんでした。でもそれを取材させていただいている間に、こういう仕事をさせてもらう中で自分たちの使命ともいえる、大切なものを伝えるということをしなければいけないと、改めて思ったんです。
作品制作への覚悟を決めた転機
──ご自身の映画人生の中でも、大きなタイミングに出会ったという感じなのでしょうか?
五藤:そんな思いもあります。もともと撮りたいと思った反面、自分としては荷が重すぎるのではないかという迷いも、自分の中にずっとありました。
実は個人的なことなんですが、僕は数年前に交通事故を起こしたことがあったんです。車はダメになったんですが、自分は、特に大きなケガもなく無事でした。逆にそのことがあって「怖いものが無くなった」というか(笑)。
でも2016年の夏に事故を起こして、その秋に今度こそと矢川さんに映画を作らせてくださいとお願いに上がったんです。だからこの機会は本当に自分が動き出すきっかけでした。
それがなかったらずっと悩んでいたかもしれません。そのときまで正直、僕は自分はあまり主体的に撮りたいという風に関わっていなかったし、矢川さんもモヤモヤされていたと思うんです。
「押しつけ」にならないことへの配慮
──本作のストーリーのアイデアは、どのような発想から得られたのでしょう?
五藤:今回の話の前に自分自身で10本以上、いろんなストーリーを考えていたんですが、自分的にもあまり面白くなくてどうもピンとくるものがありませんでした。しかし矢川さんのところに映画制作のお願いに上がった際に、ふと今回のアウトラインが浮かび上がったんです。
自分の抱いている迷い、そのものを主人公に投影させて「被爆ピアノ」に近づいていく、という筋は面白いのではないかと。また矢川さんが預かられている「被爆ピアノ」をもとに、改めてそれぞれの持ち主や「被爆ピアノ」に近い方々のお話をうかがっていく中で、設定も徐々にはっきり見えてきました。
その一方で考えたのは「押しつけ」にしたくないということでした。今の若い人たちは、昔に比べると「押しつけ」という点に関して敏感で、自分の理解できないものをすぐシャットアウトしてしまう傾向があるように見られるので、その点は留意する必要があると考えたんです。
僕は新藤兼人監督の『原爆の子』という映画が好きで、あの作品はかなりリアルで映画としては素晴らしいですが、若い人はそういった画を見たくないと思ったりすると、その先を見てくれないと思うんです。
矢川さんは「被爆して75年、実際に被爆を体験し語ることができる方はだんだんいなくなっているけど、被爆ピアノを大切に使って音色で伝えていけば、何十年もそういった事実を伝え続けていけるんじゃないか」とよく言われていましたが、ピアノの音色で語り継ぐ、ご自身もそんなスタンスで活動をされています。
そういった活動への向き合い方は僕も素晴らしいと思いましたし、いろんな方に興味を持っていただき、入り込み易い作品とすることを意識しました。その意味で同じ広島の戦争をテーマにした映画『この世界の片隅に』は、構成においても非常に優れていると思い、非常に参考にさせていただきました。
五藤監督のイメージを変えた佐野史郎の演技
──当初、矢川さんの役は2018年に亡くなられた大杉漣さんがおこなわれる予定だったとのことですが、佐野史郎さんが交代され演じられたことで、五藤監督自身の抱く調律師・矢川のイメージは変わりましたか?
五藤:変わりました。僕は撮影当初に大杉さんのイメージを引きずっていたと思います。でもそれを佐野さんが察知してくださったようでした。
ただ佐野さんはそれを直接僕に言うのではなくて、僕が撮影をOK出すかどうか悩んでいたときに、「何か引っかかるんだったら、これはじっくり撮ろうよ」と言ってくださって。僕の撮影時の判断に対して佐野さんは「これはOKじゃないのにOKしているな」と感じられたように思います。
そして佐野さんがご自分の考える役柄を見せてくださったんです。だからそれをじっくり撮影していく中で「ああ、この調律師がいい!」と佐野さんの演技に改めて感服し、さらに撮った後で編集していく中で佐野さんは本当にこの役を考えて演じてくださっていたんだとすごく感じました。
まさしく佐野さんはこの物語の「調律師・矢川」になっていたんです。その意味では、映画の撮り方自体にもすごく影響を与えていただきました。もしあのキャラクターがぶれていたら、この作品は成立しなかったと思います。
──対して武藤さんはいかがでしょう?もともと武藤さんはどのようなきっかけで参加されたのでしょうか?
五藤:キャスティングのきっかけは、本作にも出演していただいている宮川一朗太さんの紹介です。宮川さんの弟さんが映画の初期の段階から絡んでいただいた関係で、もともと武藤さんのお父さんと親友だった宮川さんから紹介していただいたんですが、写真を見たときにはイメージに合いそうな印象もあり、お会いしてみてもすごくいいと思いました。
実際に演じてもらうと、やはり当て書きをしているわけでもないのにイメージ通りに演じてもらえたし、佐野さんとの相性もすごくよくて息があっていました。シーンによってはなかなか本職の女優さん人でも難しいと思うところもあったけど、そこでもいい間合いで演じていただきましたし、勘がいいと思いました。
衝撃を受けた被爆のリアルな風景
──五藤監督自身が、本作制作の中で印象に残っているエピソードはありますか?
五藤:原爆投下当時を表現したシーンの中で、見上げる視点で覆いかぶさるキノコ雲のカットがあるのですが、これは本作にも出演していただいた栩野幸知さんの知り合いで、東京大学の大学院でモノクロ映像のカラー化をやっている渡邉先生にご協力いただき、お借りした写真です。
キノコ雲を見上げるアングルの画像は、被爆地から15kmとか、半径5kmくらいから撮ったというものがあったんですが、見たときに強い衝撃を受けました。現在よく見られる資料映像は大概がアメリカ軍のB29爆撃機から見た、空から見た画がほとんどなんですよね。だからこんな目線の雲があったらやっぱり怖いと思ったし、それをぜひ映画に入れたいと思ったんです。そして僕が見た画をカラー化したものを取り入れることで、CGで作るより強い印象を伝えられると考えました。
また意外と見てくださった方から好評をいたのが、後半でベッドの上でしゃべっていたおじいさん。この役は大林さんの遺作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』の共同脚本を担当された内藤忠司さんに演じてもらいました。
あの役のモデルにさせていただいた方は岩井守雄さんという『被爆ピアノ』の寄贈者の一人で、本作の完成も心待ちにされていた方だったんです。しかし2018年の12月に亡くなり、その思いがかなわずすごく残念だなと思っていました。
でもクライマックスの原爆ドームの前のところで演奏会を披露するシーンで、お客さんの中で車椅子のおじいさんがおられるんですが、実はあそこでご本人に登場していただいているんです。この映画の取材のために広島にうかがうたびに、いつかドキュメンタリーも作れればと思って、いろんな画をiphoneで撮りながら取材をおこなっていたんですが、あの映像はその亡くなられた年の8月に、原爆資料館脇の被爆アオギリの前で矢川さんがおこなわれた被爆ピアノのコンサートを岩井さんが見に来られたときの動画なんです。
そして岩井さんの奥さんにもご了承いただいて、ここに出演していただいた経緯があります。だからあの動画だけは他の観客の映像とは画質や色味が違う格好になっているんです。
映画が担った「伝え続ける」という使命
──本作は当初5月公開の予定が遅れた一方で、今年は広島の平和祈念式典が縮小になるなど平和に向けての活動が制限される中で、非常に意味のある公開となりましたが、この時期に公開されたことに対してどのように思われますか?
五藤:個人的な思いですが、この時期になったのは、何かに「伝えなさい」と言われた気もしています。矢川さんもおっしゃっていたんですが、コロナ渦でコンサートがキャンセルになったりして伝えられなくなったかわりに映画が伝えさせてもらえることになったというのは、やっぱり途絶えさせてはいけないことだからなのではと思うんです。
今回この時期の公開に映画が公開となりましたが、当初は狙ってこのタイミングに出したわけではないんです。もともとキャスティングの対応をおこない2018年には動き出せると準備していると、広島は7月に大きな水害を受けて、現地で主に協賛を募っていただいた生活協同組合のみなさんは大変な状況でしたので、そこでさらに半年ずれて、結果的に1年以上遅れました。
でもその生協の理事長より「こんな悲惨な災害があったけど、だからこそ今こういう映画を作って、勇気づけてほしい」という暖かいお言葉をいただいたきました、そしてその年の12月に制作発表をおこない、年が明けた2019年の春から動き出しました。
だからこの時期に公開させてもらったということが、少しでも人々の役に立っていればという思いもあります。その意味で作品を発表し、自分を含めて戦争や直接全く知らない僕らの世代、下の世代に平和を考える一つのきっかけになってもらえるようなものを今伝えることができたことは本当に良かったと思っています。
インタビュー・文・撮影/桂伸也
五藤利弘(ごとう としひろ)プロフィール
昭和43年生まれ、新潟県長岡市出身。構成作家・プロデューサーとして、ニュース番組やドキメンタリー番組の企画・構成や情報番組等の制作に携わる一方で、自主制作映画監督作『逢いたくて』『たそがれて』が、第三回・四回と二回連続で『インディーズムービーフェスティバル』に入選。脚本作品『THE MILKY WAY』が2000年にお茶の水『アテネ・フランセ』にてカンヌグランプリ授賞・河瀬直美監督や是枝裕和監督、そして黒沢清監督作品などと同列に『J-FRESH』という企画で特集上映され、高い評価を得ました。
2010年9月から10月にかけ、前作同様に新潟県長岡市栃尾地区で主な撮影がおこなわれた映画『ゆめのかよいじ』の監督を担当。 同作品は前作同様に芦澤明子が撮影監督を務めました。また2011年3月18日より27日まで開催の第三回沖縄国際映画祭上映の短編映画『雪の中のしろうさぎ』の脚本・監督を担当、近年では『ゆめはるか』『花蓮~かれん~』『レミングスの夏』『美しすぎる議員』と精力的に作品を発表し続けています。
映画『おかあさんの被爆ピアノ』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督・脚本】
五藤利弘
【特別協力】
矢川光則
【キャスト】
佐野史郎、武藤十夢、森口瑤子、宮川一朗太、大桃美代子、南壽あさ子、ポセイドン・石川、谷川賢作、鎌滝えり、城之内正明、沖正人、小池澄子、若井久美子、中山佳子、石原理衣、鈴木トシアキ、竹井梨乃、笹川椛音、原岡見伍、栩野幸知、内藤忠司、増井めぐみ、田村依里奈、中原由貴、谷本惣一郎、にかもとりか、藤江潤士、大島久美子、森須奏絵、クラーク記念国際高等学校のみなさん
【作品概要】
被爆ピアノによる平和運動で知られる実在の人物・矢川光則さんの活動をベースに、被爆ピアノを携えて全国を巡る広島のベテランピアノ調律師と、そのピアノを巡り自らのルーツをたどるヒロインの出会いから広島までの旅路を描きます。
監督は『美しすぎる議員』(2019)などを手掛けた五藤利弘。五藤監督は本作と合わせノベライズ作品を執筆しました。
ピアノ調律師・矢川光則役を、近年ドラマ『限界団地』での怪演で話題となった佐野史郎、ヒロイン江口菜々子役をAKB48の武藤十夢、その母役を森口瑤子、父役を宮川一朗太らが担当。さらに広島出身の俳優・栩野幸知らも出演に名を連ねています。
映画『おかあさんの被爆ピアノ』のあらすじ
自身も被爆二世であり、平和に対する並々ならぬ思いを募らせるピアノ調律師・矢川。
彼は1945年の広島への原爆投下で被爆したピアノをさまざまな所有者から任され、自身の手で修理し、全国各地より依頼があればどこにでも持参してコンサートを開き、その音色を人々に聴かせる平和運動をしていました。
その日も自ら運転する4トントラックに積んで全国を回っていた矢川は、コンサートの後片付けをしているときに、東京で暮らしているという一人の女子大生・菜々子と出会います。
菜々子は自分の母親が祖母から受け継いだという被爆ピアノを矢川に寄贈したことを知り、このコンサートに訪れたことを明かします。
自身のこれからの進路を考える中で、菜々子は自分が被爆三世でありそのルーツを知りたいと思っていましたが、それを母は執拗に隠そうとしており、いつも不審に思っていました。
矢川と菜々子の出会いは、そんな知られざる彼女のルーツを明かしていくきっかけとなっていきました。
映画『おかあさんの被爆ピアノ』は2020年7月17日(金)より広島・八丁座にて先行公開、8月8日(土)より東京・K’s cinemaほか全国順次公開!