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Entry 2022/08/20
Update

『復讐は私にまかせて』エドウィン監督インタビュー|映画を通じてインドネシア・日本・タイの価値観がエネルギーとなり満ち溢れる

  • Writer :
  • タキザワレオ

映画『復讐は私にまかせて』は2022年8月20日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開!

ケンカ三昧だが勃起不全に悩む主人公と、伝統武術シラットの達人でありボディガードとして働く女性の恋の行方を描いたインドネシア映画『復讐は私にまかせて』

エカ・クルニアワンのベストセラー小説が原作の本作は、実際の事件をもとに現代的な社会風刺をも描き、第74回ロカルノ国際映画祭の最高賞「金豹賞」を獲得しました。


(C)Cinemarche

本作を手がけたのは、国内外で数多くの受賞歴を誇るインドネシア出身のエドウィン監督。

このたびの日本での劇場公開を記念し、エドウィン監督にインタビュー1980年代という時代設定の中で描こうとしたもの、「生々しい」でつながるエドウィン監督の表現の在り方など、貴重なお話を伺いました。

「1980年代への回帰」の二つの意味


(C)2021 PALARI FILMS. PHOENIX FILMS. NATASHA SIDHARTA. KANINGA PICTURES. MATCH FACTORY PRODUCTIONS GMBH. BOMBERO INTERNATIONAL GMBH. ALL RIGHTS RESERVED

──原作小説の物語は「1980年代後半のインドネシア」が舞台ですが、あえてその時代設定のまま本作の脚本を執筆された意図を教えてください。

エドウィン:当時のインドネシアといえば、1966年から1998年までの32年もの間国を支配し続けていた、スハルト元大統領の権力の絶頂期でした。彼は暴力によって国民を支配していたので、「暴力」がモチーフの一つである本作が「スハルト独裁政権下の物語」として語られることは非常に重要だと考えました。

もうひとつの理由は、1980年代を彩った映画たちへのオマージュをするためです。本作は80年代の映画、特に香港の武侠映画を意識して作っています。

「映画の作中でどのような台詞を用いるか」によって、かつての映画へのオマージュを試みているほか、本作で描かれる1980年代は当時の実情よりも漫画的にカリカチュアしています。それが、かつての映画におけるリアリティなのです。

そうした1980年代へ回帰するようなアプローチは、ジャンル映画へのオマージュという目的のみならず、当時の暴力的な社会背景を明確に思い出させるためでもありました。

愛は、暴力的な世界で生き残れるのか


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──ラディア・シェリルさん演じるイトゥンがみせる伝統武術シラットには、洗練された「力」の美しさがありました。

エドウィン:シラットの動作は、パワーとエネルギーに満ちた舞踊を連想させます。だからこそ、本作のアクションが舞踊の場面のように見える方も多いはずです。

本作のアクションで重要視したのは「アジョとイトゥンの出会い」であり、「ロマンス」として描くことでした。二人の一対一での戦いは荒々しく、生々しい。決してロマンチックなシチュエーションではありませんが、流れるようなシラットの動作には、ロマンチックな美しさを感じることができるでしょう。


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──その一方で、マルティーノ・リオが演じる主人公アジョは、荒々しい暴力によって失った男性性を埋め合わせようとしています。

エドウィン:本作の制作にあたって、私たちは男性的な観点から作られた作品を参考にしました。そのため、アジョの暴力は「男らしさ(マチズモ)」に基づく家父長制を表しています。そしてその「男らしさ」は、独裁政権下に置かれた人々にとって非常に有害な形で作用するものとして描くことが重要なのです。

アジョは暴力を振るうことで、自分自身を防御しています。それゆえに切羽詰まった状況の下で、彼は感性を失い、愛情を表現できなくなっています。そして暴力によって男性性の面目を保とうとするからこそ、映画冒頭でのイトゥンの暴力による挑発にも屈辱を感じさせました。

ストーリーの主軸はアジョとイトゥンのラブストーリーですが、彼らが置かれているのは非常に暴力的な世界であり、とても粗暴で間違った世界です。その上で本作は「彼らの愛は、暴力的な世界で生き残れるのか」というテーマで形作っていきました。

タイ映画であり日本映画でもあるインドネシア映画


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──エドウィン監督が映画監督を目指されたきっかけは何でしょうか。

エドウィン:きっかけ自体は、単に映画好きというところから始まります。映画学校に通ったのも、「勉強」と称して色んな映画を観ながら、自ら映画を作ることもできたからです。

色んな人と知り合えたことが、映画作りの中で得られた一番の経験です。それまでの日常では絶対に知り合うことができなかった人たち、全くもって理解できなかった人たちの行動が、私の探究心に火をつけてくれました。

──本作には「風刺」という側面以外にも、漫画的な表現の影響を感じられました。

エドウィン:インドネシアではマーベルやDCといったアメコミよりも、日本の漫画の方が人気です。私も『ドラゴンボールZ』のアニメを観て育ちました。インドネシア発のコミックも、日本で人気の漫画の影響を受けている作品が多いです。 

実は原作小説の著者であるエカ・クルニアワンは、私以上のオタクなんです。有名な作品だけでなく、ありとあらゆる漫画を同人誌も含めて集めています。

コミックのキャラクターの話し方は映画や小説のそれと非常に似通っており、本作にもそのエッセンスを取り入れました。ただ映画は、小説や漫画よりも「自由」だと思っています。

おそらく本作を観た方の中には、小説や漫画作品ほど世界観が貫徹しておらず「バラバラで美しくない」と感じる方もいるかもしれません。

しかしながら私は、その場で思いついたユーモアや「遊び心」を加えるなど、ありとあらゆるアプローチを試し続けたことで、この映画は統一感には欠けるかもしれないものの、その分バラエティ豊かな作品になったと思っています。漫画や小説とは異なる、多種多様なエネルギーが満ち溢れているのだと思います。

また本作は、撮影監督を日本人である芦澤明子さんが務め、編集をタイ人のリー・チャータメーティクンさんが担当しているなど、色々な国の価値観が混ざり合っています。あらゆるフィルターを通された本作は、インドネシア映画であると同時にタイ映画でもあり、日本映画でもあるのです。

生々しい言葉、生々しい表現の真意


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──映画の作中にて、「男性器」のことを「鳥」と呼称しているのは何故でしょうか。

エドウィン:インドネシアでおいて「ペニス」と「鳥」は同義語として話されています。子供のころは「その単語を言うのは不適切だ」と親から教わったのですが、おかしなことですよね。自分自身の身体を自覚しようとする子どもに、何も教えないなんて。

これは日本でも同じかもしれませんが、性的な事柄に対しパラノイアックな強迫観念が生まれ、話題にあげることすらタブー視する場合が少なからずあります。ただ、身体について教える上で、指もペニスも違いはありません。むしろ丁寧な言葉に置き換えることで、子どもたちに誤解を与えてしまう場合もあります。

現在のインドネシアでもそのしきたりが続いているのかもしれませんが、1980年代を実際に生きた私もリアルに経験してきたことなので、その通りに描きました。

──エドウィン監督が映画制作にあたって重要視されているものは「生々しい、だからこそリアルなもの」であり、その一つである「暴力」の描写もまた重要視されているのですね。

エドウィン:本作における暴力は、「最も理解しやすい言語」として存在しています。暴力は議論の余地を挟まず、相手に自身のむき出しの感情をぶつけることができる。繊細さを欠いているゆえに、非常にシンプルな感情表現なのです。

私は学生から作り手である映画監督になるまでの間に、色々な映画を観ながら、映画から人間の感情の複雑さを学びました。特にアジア圏の人々は、普段のコミュニケーションの中で自身の感情を豊かに表現することに慣れていない。内に秘めてしまいます。

そうした状況の下で、私は映画によって何を描くべきなのかと考えた時、現実とリアルの間で生じる生々しい言葉、生々しい表現にこだわるべきなのだと思い制作をしました。

もし将来的に生々しい言葉や表現が制限され、代わりに他の言葉や表現を使うよう規制されたとしても、私は規制する側が望むものに従おうとは思いません。また規制を求める声も、生々しい言葉や表現を伝えることの真意を改めて考えてほしいですね。

インタビュー・撮影/タキザワレオ

エドウィン監督プロフィール

1978年生まれ、インドネシア・スラバヤ出身。

短編『Kara, the Daughter of a Tree』(2005)が第58回カンヌ国際映画祭監督週間部門でプレミア上映。初長編作品『空を飛びたい盲目のブタ』(2008)では第38回ロッテルダム国際映画祭で国際批評家連盟賞(FIPRESCI賞)を受賞した。

映画『復讐は私にまかせて』の作品情報

【日本公開】
2022年(インドネシア映画)

【監督・脚本】
エドウィン

【キャスト】
マルティーノ・リオ、ラディア・シェリル、ラトゥ・フェリーシャ、レザ・ラハディアン・マトゥレッシー

【作品概要】
インドネシアを舞台に、愛し合う男女が苛酷な運命に翻弄されるラブストーリー。腕っぷしの強い男女が恋に落ちて結婚し、夫の過去のトラウマを知った妻が愛する人のために復讐を誓う。

『アジア三面鏡2018:Journey』(2018)などのエドウィンが監督などを手がけ、『わが母の記』(2012)などの芦澤明子が撮影を担当。キャストではマルティーノ・リオ、ラディア・シェリル、ラトゥ・フェリーシャ、レザ・ラハディアンらが出演。

映画『復讐は私にまかせて』のあらすじ


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1989年、インドネシアのボジョンソアン地区でケンカとバイクレースに明け暮れる青年アジョ・カウィルは、クールで美しく、男顔負けの強さを持つボディガードのイトゥンとの決闘に身を投じ、やがて二人は情熱的な恋に落ちます。

実はアジョは勃起不全のコンプレックスを抱えていたが、イトゥンの一途な愛に救われ、二人はめでたく結婚式を挙げることができました。

しかし、幸せな夫婦生活は長く続きません。アジョから勃起不全の原因となった少年時代の秘密を打ち明けられたイトゥンは、愛する夫のために復讐を企てるが、そのせいで取り返しのつかない悲劇的な事態を招いてしまいます。

共に罪を犯して投獄された二人は3年後、別々に出所するが、暴力と憎しみの連鎖にのみ込まれた彼らの前に、ジェリタという正体不明の女が現れ……。

タキザワレオのプロフィール

2000年生まれ、東京都出身。大学にてスペイン文学を専攻中。中学時代に新文芸坐・岩波ホールへ足を運んだのを機に、古今東西の映画に興味を抱き始め、鑑賞記録を日記へ綴るように。

好きなジャンルはホラー・サスペンス・犯罪映画など。過去から現在に至るまで、映画とそこで描かれる様々な価値観への再考をライフワークとして活動している。



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