映画『リトル・ジョー』は7月17日(金)よりアップリンク吉祥寺ほかでロードショー。
人々に幸福をもたらすという新種の植物の恐怖を、鮮やかな色彩感覚をもつこだわりの映像で描いた映画『リトル・ジョー』。
研究室で開発、栽培された新種の植物「リトル・ジョー」をめぐり、開発した研究者たちを取り巻く人たちの恐怖体験を描きます。
作品を手掛けたのは、オーストリアの新鋭ジェシカ・ハウスナー監督。また主人公の女性研究員をエミリー・ビーチャムが演じ、本作でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞しました。
映画『リトル・ジョー』の作品情報
【日本公開】
2020年(オーストリア、イギリス、ドイツ合作映画)
【原題】
Little Joe
【監督・脚本】
ジェシカ・ハウスナー
【キャスト】
エミリー・ビーチャム、ベン・ウィショー、ケリー・フォックス、キット・コナー
【作品概要】
その香りが人々を幸せにするという新種の植物「リトル・ジョー」をめぐり開発した研究者のアリスと、彼女を取り巻く人たちとの恐ろしい体験を描いた異色スリラー。監督はカンヌ映画祭の「ある視点部門」上映で注目を浴びた『Lovely Rita ラブリー・リタ』や『ルルドの泉で』を手掛けたオーストリアのジェシカ・ハウスナー。
また仕事漬けで息子への罪悪感を抱える主人公、アリス役を『28週後…』『ヘイル、シーザー!』などのエミリー・ビーチャムが担当、本作でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞しました。また「007」シリーズのベン・ウィショーが、アリスに尊敬と恋心を抱く助手のクリスを演じています。
映画『リトル・ジョー』のあらすじ
バイオ企業で新種の植物開発に取り組む研究者のアリス(エミリー・ビーチャム)は息子のジョー(キット・コナー)と暮らすシングルマザー。
彼女は見た目が美しいだけでなく、特殊な効果をもつ深紅の花の開発に成功。その花はある一定の条件を守ると、持ち主に幸福をもたらすといいます。
その条件とは…。
1.必ず、暖かい場所で育てること
2.毎日、欠かさず水をあげること
3.何よりも、愛すること
公の場への発表を控え、花の栽培に勤しんでいたアリスたちでしたが、そんな中で彼女は会社の規定を犯して息子への贈り物として花を一鉢自宅に持ち帰り、それを”リトル・ジョー”と命名します。
ところが花が成長するにつれ、アリスは息子の行動に違和感をおぼえはじめます。
またある日、アリスの同僚ベラ(ケリー・フォックス)の愛犬ベロが一晩リトル・ジョーの温室に閉じ込められるというハプニングに遭遇、それ以来ベロの様子がおかしいと確信し、原因が花の花粉にあるのではと疑いはじめます。
また同じ時にアリスの助手、クリス(ベン・ウィショー)もリトル・ジョーの花粉を吸いこんでおり、アリスは息子同様にその異変を感じ取っていました。
人々に徐々に広まっていく異変。その違和感は、果たしてこの植物がもたらしたものなのか……。
映画『リトル・ジョー』の感想と評価
物語を寓話へと変化させる“幸福という曖昧”
ひとり、また一人と得体の知れないものに取り付かれ、最後には自分の大事な人も乗っ取られ、そして自分もという展開は、SFホラー映画1956年のドン・シーゲル監督の『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』を彷彿させます。
一方でこの作品のユニークな点は「幸福」というものを、ある意味具現化しているところにあります。
幸福感というものは誰しも人間に備わっているものでありますが、実際のところセロトニンやエンドルフィンなどのいわゆる「幸福ホルモン」と呼ばれる医学的な根拠などは実証されているものの、実のところ人それぞれが実感する「幸福」というものを定量的な尺度として表すことはできません。
これに対し、この作品は「持ち主に幸福をもたらす植物」を開発したという断定から物語が始まります。
果たしてその「幸福」というものをどう定義して、彼らはその植物を開発したのかは本作では全く語られません。つまり本作の中で明確に表現される「幸福」は、登場人物の笑顔以外にはありません。
その「幸福」という位置づけは「新種の植物を開発」という現実的な側面がありながら、作品を寓話へと変化させて見る側に「果たしてこの物語は現実的なものなのか、あるいは妄想的な表現なのか」という混沌をもたらします。
そしてこういった作用が、「幸福」とは人にとって良いものなのだという固定観念を打ち壊しており、雰囲気と相まって恐怖感とともに非常にイマジネーションの広がると興味深い作品です。
赤色が生み出す美しさ、恐怖感
一方で本作は「リトル・ジョー」の色をベースとした鮮やかな色彩構成で画面のイメージが構築されており、全般的に赤色が多い配色で物語のミステリアスな雰囲気を作り上げています。
研究室いっぱいの赤い花、その赤にさらに当てられる赤色の栽培用ライト。またそれとは対照的にアリスの家で、一輪だけで咲いているリトル・ジョー、またある時には研究所の打ち合わせコーナーでは、赤色が全く出てきません。物語の展開に合わせてこうした映像のバランスのとり方は巧妙に作られています。
そのため物語の中で赤という色は「幸福」の象徴でありながら、一方で「恐怖」の象徴となっている、という核心の部分を担っています。
またこれと対比して非常に興味深いのは、バイオレンスなシーンや鮮血が飛び散るようなグロテスクな表現が一切排除されている点。劇中では「そこまでやるか」と思えるほどにこういったシーンを排除し、作品の美しさを保つとともにかえって恐怖感を倍増させる要因を作り上げています。
まとめ
本作『リトル・ジョー』で音楽を担当したのは日本人の伊藤貞司。洋画には珍しく尺八の音色を全編にまぶした音楽は大きなインパクトをもたらし、作品に独特の世界観を与えることに成功しています。
また面白いのは、アリスと息子の食事シーン。いくつかある食事シーンで、彼らは日本食を食べる姿が映し出されているのですが、映像と音楽のつながりに何らかの関連付けを与えているようでもあり、かつシリアスな展開で緊張感が持続される中にふとホッとできるようなエアポケットを設けているようでもあります。
そういったさまざまな配慮は斬新でもあり、新たな映像づくりの流れを生む予感すら醸しています。
映画『リトル・ジョー』は7月17日(金)よりアップリンク吉祥寺ほかで公開されます!