“Vision”とはいったい何か?
18歳にして初めて18ミリカメラを手にし、30年を経た河瀬直美監督。
『あん』(2015)や『光』(2017)に続き、今や世界で高い評価を受ける監督が、再び故郷奈良を舞台に脚本からプロデューサーまで手がけた映画『Vision』。
母となりあらためて育んだ映画は、ひとがヒトとして母なる大地に生きることに真正面に向き合う、“いのちの物語”です。
映画『Vision』の作品情報
【公開】
2018年 (日本)
【脚本・監督・制作】
河瀬直美
【キャスト】
ジュリエット・ビノシュ、永瀬正敏、夏木マリ、岩田剛典、美波、森山未來、田中泯
【作品概要】
映画『Vision』では、『イングリッシュ・ペイシェント』(1997)で、米アカデミー賞助演女優賞、世界三大映画祭全てで女優賞を獲得したフランスの名女優ジュリエット・ピノシュ。そして、河瀬組前2作に連続主演した日本を代表する俳優永瀬正敏をダブル主演に迎え、河瀬直美監督が新たないのちを吹き込む渾身の一作です。
映画『Vision』のあらすじとネタバレ
1人の狩人らしき初老の男が山の中で鹿を追っています。
逃げる鹿に息を潜め、銃口を向けました。
銃声とともに逃げる鹿、動きの止まった男の表情、そして聞こえてくる手毬唄…。
森の木々が青々と茂る夏、電車の中で2人の女性が話しています。
1人はフランスの女性エッセイシスト・ジャンヌ。紀行文の執筆のため通訳兼アシスタントの花と共に奈良県吉野にある山深い森にやって来ました。
その森には、ある男が住んでいました。彼は猟犬コウと静かに暮らす智。毎日、山に出かけ木々を切り、森を見守る山守でした。
ある日、長年にわたり懇意にしている山のシャーマンのような女性アキが、いつになく鋭い口調で智に、「明日は山に行ってはいけない。森の守り神、春日神社にお参りに行け」と告げます。
翌朝、智はコウと共に石段を登り春日神社にお参りに行くと、ジャンヌと花に出会いました。
花の話によると、昔からこの村に伝わる薬狩りの話を聞き、その中の薬“ビジョン”を探しているといいました。
さらにジャンヌは、「人類のあらゆる精神的な痛みを取り去ることができる」と言い、智は無表情に知らないと答えました。
ジャンヌと花は、しばらく智の家に泊めてもらうように頼み、数日を過ごすことになりました。
ある日道で、トラックに乗った智とアキが、ジャンヌと花にすれ違います。
「来たね、うちに来るかい?」アキは何かを知っているかのように誘います。
秋の家で4人はくつろいでいました。
たくさんの薬草の中で、ジャンヌはアキを見つめ、「目が見えないのですか?」と尋ねるジャンヌ。
「心の目で見えるよ。あんただったんだね」と答えるアキ。
さらに、最近森がおかしいこと、1000年に1度の時がやってくることを告げました。
2人には何か解り合えるものがあるようでした。
ある日、花は、祖父に会う急用ができたと言って、智の家を出て行きました。
数日過ごすうちにジャンヌと智は、言葉や文化の壁を越えて、心を通いあわせていきました。
身も心も距離を近づける2人の前から、忽然としてアキが姿を消しました。
アキの家の中は、いつもの生活のままでした。
アキが森の真ん中に大きくうねった“モロンジョ”の木に向かっています。
この木は森の山のいのちの木であり、全てを守るいのちの象徴でした。
激しく踊り、祈りを捧げるアキの姿がありました。
アキは村に2度と戻りませんでした
ジャンヌも本国フランスでの仕事に帰国することになりました。
必ず戻ってくる、そして“ビジョン”が現れると智に告げて、ジャンヌは去っていきました。
季節は流れ、山が茜色に染まる秋、ジャンヌは智の家に帰ってきましたが…。
映画『Vision』の感想と評価
ビジョンとは何か?
鑑賞後にこの問いをしばらく考える余韻が残ります。
本来「ビジョン(Vision)」という言葉の意味は、「未来へ展望」や「見えること、そのもの」をさすものです。
作品の中で何度も何ども差し込まれる木々のざわめき、連なる山々の青い峰、そして俯瞰で捉えた移り変わる季節の山と森。
そして、何よりも森の象徴、神秘的な“モロンジョ”の木。
その映像を観る度に、今観ている物語はいつ起きたことなのか、現在と過去、そして未来が行き交う不思議さに包まれながら、ストーリーが進行していきます。
その感覚がともすれば、“自分が自然と関わっている”のか、“自然と一体化している”のか、“自分が自然の一部である”ということを感じている瞬間のような気がしてきます。
河瀬直美監督は、演じる俳優達に吉野の山に実際に一定の期間住み、時間をかけて役になりきって欲しいと話しています。
特にジャンヌ扮するジュリエット・ビノシュはフランスから吉野の奥山に暮らし、地域の人々と触れ合ったり、神社への祈りにも参加したりした経験を喜んでいます。
また、智を演じた永瀬正敏は、独りで吉野の山奥に住み、映画と同じように木を切り薪を割り、自炊をしながら紀州犬コウと生活を共にしていました。
そんな俳優たちの嘘ではない表情のひとつひとつが、この映画の“Vision”の持つ不思議な瞬間をリアルにしているのです。
人や人間社会の持った短命な時間ではなく、自然が持つ1000年刻みの人知を超えた時の流れの瞬間を収めた吉野の映像に立ち会って見てはいかがでしょう。
まとめ
夏木マリ扮するアキは、この映画でいのちをつなぐ、再生する神秘的な存在です。
幻のような儚い象徴でありながら、圧倒的な余韻を残します。
盲目でありながら山のあらゆる薬草を見つけ、人を一瞬で見抜く“心眼”を持っています。
彼女の言葉『心の目で見える』その言葉が、ビジョンを解く鍵、強いメッセージを感じます。
心の目で見えるもの、見える自分になった時が、“自分が自然の一部になる”。
そんな一瞬をぜひ感じてほしい映画です。