映画『スパイの妻』は2020年10月16日(金)より全国公開。
NHKにて2020年6月に放映されたのちに劇場公開が決定した黒沢清監督最新作『スパイの妻』。
2020年のヴェネチア国際映画祭で、2003年の北野武監督作品『座頭市』以来17年ぶりに日本人として銀獅子賞(監督賞)を受賞しました。
主演には蒼井優。その夫役は高橋一生が務め、東出昌大、笹野高史らが脇を固めています。
映画『スパイの妻』の作品情報
【日本公開】
2020年(日本映画)
【監督】
黒沢清
【脚本】
濱口竜介、野原位、黒沢清
【キャスト】
蒼井優、高橋一生、坂東龍汰、恒松祐里、みのすけ、玄理、東出昌大、笹野高史
【作品概要】
2020年・ヴェネチア国際映画祭の監督賞である、銀獅子賞受賞作品。
タイトルロールでもあるヒロインには蒼井優、彼女を挟む形で対照的なキャラクターを高橋一生と東出昌大が演じています。
戦争の足音が確実に近づく1940年の神戸を舞台に様々な思惑を抱える男女のドラマが繰り広げられます。
映画『スパイの妻』のあらすじとネタバレ
1940年の神戸生糸検査所、憲兵たちに両腕を掴まれ、恰幅の良い外国人男性ドラモンドが連れ出されます。
「容疑は?彼は生糸を買い付けに来ただけです!」と通訳の竹下文雄は抗議しますが、ドラモンドはそのまま連行されてしまいます。文雄は走り去る車を呆然と見送ることしかできません。
その後、福原優作が経営する神戸の貿易会社・福原物産に憲兵隊分隊長に任命された津森泰治がやってきます。
泰治は再会の挨拶もそこそこに話の口火を切り、優作の仕事仲間でもあるドラモンドが、諜報員の疑いがかけられて逮捕されたことを話しました。
甥の文雄から話を聞いていた優作は笑い飛ばしますが、泰治は自身の幼馴染でもある優作の妻・聡子のためにも人付き合いを考え直すように勧めます。戦争への道を歩み始めた社会の中にあっても、優作は妻を主演に映画を撮り、ウィスキーをたしなむ余裕を見せ続ける人物でした。
後日、罰金を払いドラモンドを釈放させた優作は、ドラモンドが上海へ渡るという話を聞くと、自身も「本当に危なくなる前に大陸を見ておきたい」と満州への渡航を決めました。
優作は大陸でも映画を撮ると言って、文雄と共に撮影機材を持って満州へと渡っていきます。優作の帰りを心待ちにする聡子のもとに優作から二週間、帰国を遅らせるという電報が届きました。
主のいない福原邸では聡子と泰治がグラスを傾けます。福原家は女中や執事までもが洋装で、ウィスキーは海外からの舶来品という暮らしぶりに世間は厳しい目をむけるようになるだろうと話す泰治。
船着き場にて待望の帰国を果たした優作に抱き着く聡子。その脇を思い詰めた表情の文雄と草薙弘子が通り過ぎていきます。二人と目が合った優作は何かを目で合図しました。
福原物産の忘年会、優作は自分が監督した映画を披露し、ささやかな食事と貴重品となっていた砂糖を配って回ります。その会の終わりに、文雄は社を辞め、念願の長編小説の執筆を取り組むことを報告。
忘年会が終わり、片づけを終えた聡子に優作はアメリカに行くかもしれないと伝えます。アメリカとの戦争は時間の問題という状況での発言に、聡子は驚きを隠せません。
数日後、女性の遺体が発見されます。女性は草薙弘子。優作と共に日本にやって来て、文雄が小説執筆をしている旅館“たちばな”で仲居として働いていた女性でした。
弘子と優作の関係を疑う聡子は優作に「やましいことは何もない、僕を信じるのか?信じないのか?」と逆に問い詰められてしまいます。旅館“たちばな”を訪ねた聡子に対して文雄は「あなたは何もわかっていない」と突き放しました。
そして、英訳は終わったという言葉と共に、優作宛の茶封筒を聡子に預けます。その旅館の様子を遠くから憲兵が監視していました。
福原物産で事の真意を訪ねる聡子に対して、優作は人体図と解説が記されたノートを見せ、満州での経験を語り始めます。
医薬品の便宜を図るために関東軍の研究施設へ向かったために、ペストによる死体の山を見てしまった優作。その施設の看護師だった弘子から細菌兵器の人体事件の事実を聞かされた彼は、ノートを証拠にして、国際政治の場で告発すること(=スパイ行為)を決意したのでした。
聡子は自分が「“スパイの妻”として蔑まされることをどう思うのか?」と尋ねますが、「不正義の上に成り立つ幸福は受け入れられない」と優作は決意を変えません。優作の決意が揺るがないと知った聡子は、優作の目を盗んで証拠を取り出し、泰治に元に向かいます。
聡子はノートを差し出し、満州から持ち込まれたことを伝えます。文雄は連行され、取り調べという名の拷問を受け、スパイ行為を認めました。優作を憲兵分隊本部に連行してきた泰治は文雄の自白を告げ、心を入れ替えるようにと言い放ちます。
聡子の裏切りに怒りを募らせた優作ですが、聡子は英訳したノートと人体実験のフィルムはまだ手元に残していたことを伝え、二人でアメリカへ渡ることを提案します。
密かに亡命の準備を進める二人。聡子の目はいつになくキラキラと輝いて見えました…。
映画『スパイの妻』の感想と評価
黒沢清監督は、80年代に8㎜フィルムの自主製作映画からキャリアを始め、1997年の『CURE』で国内外で高い評価を浴びました。
以降2002年の『回路』でカンヌ国際祭・国際批評家連盟賞を、2008年の『トウキョウソナタ』でカンヌ国際映画祭・ある視点部門審査員賞、2015年の『岸辺の旅』でカンヌ国際映画祭・ある視点部門監督賞を受賞と着々と成功を積み重ねてきました。
その実績から、海外では“もう一人のクロサワ”と呼ばれる黒沢清監督が、2020年のヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞・監督賞を受賞したのが本作『スパイの妻』です。
近年の黒沢清監督作品は、どれもヒロインが逞しい映画が続いています。
WOWOW放送のドラマで、後に劇場公開もされた2012年の『贖罪』あたりから、それまでは脇に回りがちだった女性が物語の前面に出て、映画を牽引していきます。湊かなえ原作の同題小説を映像化した『贖罪』では、メインキャストの一人に蒼井優も名前を連ねています。
この『贖罪』以降、黒沢清監督作品のヒロインの存在感が増していき、本作『スパイの妻』ではとうとうヒロインの存在がタイトルになりました。
ヒロインの聡子はもともと貿易商の社長夫人で開明的で活発な女性でしたが、ある事柄を知ったのちには独特の逞しさを見せるように。
状況によって変身していくさまを蒼井優が繊細に演じ分けていて、最後に迎える強烈なラストが非常に際立って見えます。
蒼井優は激情型というか、熱量の多いキャラクターや演技を見せることが多い印象ですが、本作での肩の力が抜けた演技も伸びやかで生き生きとしていました。
対立する役どころの高橋一生と東出昌大は、蒼井優を挟んだことでキャラクターの対照的な部分が色濃く出ており、とても良いバランスとなっています。
登場人物の少ない作品だからこそ、それぞれのキャラクターが有機的に繋がっていて物語に厚みを出していました。
まとめ
映画『スパイの妻』は込められたメッセージ性などが強い一方で、旬なキャストを集めたメロドラマでもありますから、肩肘張らずにリラックスして観ることができるんじゃないでしょうか。
戦争に関わる物語ですが、敢えてその描写は控えめになっていて、それが逆にイマジネーションを刺激します。
時代物(非現代劇)初挑戦となった黒沢監督ですが、相性の良さを感じさせ、この路線でまた作品を撮って欲しいと感じさせてくれました。
黒沢清監督作品はどちらかというとコアな映画ファンが見る作品が多く、そこまで大きな規模で公開されないことも少なくありませんでした。
しかし、ヴェネチア国際映画祭・監督賞受賞という実績が加わったこともあってか、『スパイの妻』は公開規模の面でも過去の作品と比べて大きなものになりました。
このタイミングでぜひ、黒沢清監督の世界に触れてみてはいかがでしょうか。
映画『スパイの妻』は2020年10月16日(金)より全国公開です。