最期の夏、世界にしがみつくように、恋をした。
画家を諦め、遂には余命宣告を受けた青年が、純粋と激情に溢れた少女と出会ったことで生きる意味と向き合うヒューマンドラマ映画。
人気ロックバンド「RADWIMPS」のボーカル・ギターを務める野田洋次郎が主演に起用されたことでも話題になりました。
“生きるってなんだよ”という純粋で単純な疑問を、怒りや哀しみ、そして悔しさによってぶつけ合う。
純粋さ故の力強さを持つ映画『トイレのピエタ』をご紹介します。
映画『トイレのピエタ』の作品情報
【公開】
2015年(日本映画)
【原作】
松永大司
【原案】
手塚治虫
【脚本・監督】
松永大司
【キャスト】
野田洋次郎、杉咲花、リリー・フランキー、市川紗椰、古舘寛治、MEGUMI、岩松了、大竹しのぶ、宮沢りえ、森下能幸、澤田陸
【作品概要】
余命3ヶ月を宣告された画家志望の青年が、偶然出会った女子高生との交流を通して生きる意味を見つけ出そうともがく姿を描いたヒューマンドラマ。
「マンガの神様」と呼ばれた漫画家・手塚治虫が死の直前まで書き続けていた日記の最後のページに書き遺されていた「トイレのピエタ」というアイデアを基に、松永監督自らが脚本を執筆し映画化した作品です。
監督・脚本には、性同一性障害の現代アーティスト・ピュ~ぴるを8年間追い続けた『ピュ~ぴる』をはじめ数々のドキュメンタリー映画で高い評価を得、本作が劇映画デビュー作である松永大司。
主人公・宏役はRADWIMPSのボーカル・ギターで知られ、本作が映画初出演・初主演である野田洋次郎。
主人公が出会う女子高生・真衣役は『湯を沸かすほどの熱い愛』『十二人の死にたい子どもたち』に出演し現在も躍進中の女優・杉咲花です。
また作品を彩るのは、『そして父になる』『万引き家族』のリリー・フランキー、『鉄道員 ぽっぽや』『一枚のハガキ』の大竹しのぶ、後に『湯を沸かすほどの熱い愛』で再共演する宮沢りえなどの豪華なキャスト陣です。
第39回日本アカデミー賞新人俳優賞、第70回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、第25回TAMA映画祭最優秀新進俳優賞、第37回ヨコハマ映画祭日本映画ベストテン第8位・最優秀新人賞・森田芳光メモリアル新人監督賞、第26回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2016ニューウェーブアワード女優部門、おおさかシネマフェスティバル2016新人女優賞、第20回新藤兼人賞銀賞、第13回シネマ夢倶楽部推薦委員特別賞、第56回日本映画監督協会新人賞、第25回日本映画批評家大賞新人監督賞など、様々な賞を獲得。
映画『トイレのピエタ』のあらすじとネタバレ
画家への夢を諦め、窓拭きのバイトでやり過ごすように日々を送る園田宏。
美大時代に恋人だったさつきと再会し彼女の個展に誘われますが、宏はもはや絵への興味すら失いつつありました。
ある日、宏は突然倒れて病院へ運ばれ、精密検査を受けました。病院からは「家族の立会いがないと結果は伝えられない」とのことでした。
両親に連絡するのは煩わしく感じた宏はさつきに立ち会ってもらおうとしますが、絵を巡って口論となり帰られてしまいました。
丁度その時、彼は誤って制服を傷つけてしまったサラリーマンに因縁をつけている真衣に遭遇しました。
宏は真衣に声をかけ、制服代を払う代わりに妹役をやってほしいと持ちかけます。奇妙な依頼を不思議がりながらも、真衣は承諾しました。
精密検査の結果、自身が胃がんであり、下手すれば余命は3カ月だと告げられる宏。
呆然とする宏に、真衣は明るく声をかけます。「今から一緒に死んじゃおうか」「死んだ方が楽になるでしょ」と。
宏はその言葉に従うことはありませんでした。そんな彼を真衣は「根性なし」と罵ります。
その後、宏は再び倒れ入院します。両親が彼の元を訪ねますが、自身が胃がんであることは伝えられませんでした。
否応無く抗がん剤治療が始まりますが、その辛さを思い知らされます。それは彼に病院からの脱走を選択させるほどのものでした。
仕事に復帰した宏でしたが、もはや満足に仕事できるだけの体も居場所もそこにはありませんでした。
宏は病院へと戻ります。病院では同室の患者である横田や小児病棟に入院する拓人らと知り合いますが、彼らと交流できる余裕など彼にはありませんでした。
しかし、拓人からもらった塗り絵を捨ててしまい悲しまれてしまったのをきっかけに、彼の心は動き始めました。
宏は真衣に頼んでノートや資料を買ってきてもらい、自作の塗り絵を拓人にプレゼントします。
また呼び出したのを機に、真衣との奇妙な交流も始まりました。
映画『トイレのピエタ』の感想と評価
黒澤明監督の名作映画『生きる』にて名優・志村喬が演じる主人公・渡邊勘治と同じ胃がんに本作の主人公・園田宏が罹ったことからも分かるように、『トイレのピエタ』もまた、「生きる意味とは何か」をひた向きに問い続ける作品です。
主要な登場人物たちは、その殆どが自身の人生について、より正確に言えば「生」の問題に直面しています。
余命宣告を受けた宏、わがままなど許されない家庭環境で暮らし、生きることへの疑問を痛烈に抱いている真衣をはじめ、
「仕事」という生きる指標をあっけなく失った横田、幼くして病に罹り「元の生活」へ戻ることを希望し神に祈る拓人、息子である彼を失ったことでこれからの自身の生について嘆く母親などがそうです。
そして生の問題ともに語られるのが、「必要」という言葉です。
それが特に顕著なのが、横田の放った「そもそも人間なんてさ、この地球上に必要ないんだよね」という台詞です。
しかしながら、それが「答え」ではないことを終盤における宏の行動が示します。
宏は死ぬ間際まで「トイレのピエタ」を描き続けます。
すでに亡くなってしまった拓人のために、依頼してきた彼の母親のために。或いは、これから死ぬ自分のために、これから生きる真衣のためにです。
たとえ「絵画」というものや、それに縛られる自身が世界にとって「必要」な存在でなかったとしても、それでも「必要」を見出し、生きようとするのです。
その姿は、同じく死の間際まで漫画を描き続けたという手塚治虫の伝説と重なります。
そして宏が体現した「答え」にも、真衣は「ムカつく」と怒り、哀しみ、悔しがります。
それが「答え」ではないと訴えるのです。
唯一無二の「答え」を提示するのではなく、あくまで「“生きる”ってなんだよ」と叫び続ける。
それが本作の持つ純粋な力であり、世界的名作『生きる』の血脈を継ぐ力強い映画たる所以なのです。
まとめ
「“生きる”ってなんだよ」とは、誰もが一度は抱いた疑問の言葉であり、叫びの言葉です。
しかしそれを二度と思い出さないように、目を瞑り、口を覆い、耳を塞ぐ人が大半でしょう。
そうやって逃避する人々に、真衣のごとく「ふざんけんな」と激情をぶつけ、生きる意味について再考させてくれるのが本作なのです。
『トイレのピエタ』、ぜひご鑑賞ください。