映画『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』は2020年7月4日(土)に公開予定。
6月6日(土)より先行オンライン公開。
映画『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』は、アディナ・ピンティリエの長編初監督作品。
人に触られることに強い抵抗を感じる中年女性ローラが歩む自己探求と登場する多様な人々の性を大胆に描き、心のセラピーを受けたような余韻が残ります。
人が成長する過程で植え付けられ何時しか縛られてしまう道徳や倫理観から心を開放することをテーマに置き、ドキュメンタリーとフィクションを融合させた斬新な構想の映画です。
2018年ベルリン国際映画祭金熊賞と最優秀新人賞をW受賞。
CONTENTS
映画『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』の作品情報
【日本公開】
2020年(ルーマニア・ドイツ・チェコ・ブルガリア・フランス合作映画)
【原題】
TOUCH ME NOT
【監督】
アディナ・ピンティリエ
【キャスト】
ローラ・ベンソン、トーマス・レマルキス、ハンナ・ホフマン、クリスチャン・バイエルライン、シーニー・ラブ、グリット・ウーレマン、アディナ・ピンティリエ、イルメナ・チチコバ、レイナー・ステッフェン
【作品概要】
監督アディナ・ピンティリエは、20歳まで信じていた価値観に疑問を抱き、自ら精神的な自由を探求しようと決めて本作の映画化を目指し脚本を執筆。
2年掛けてリサーチしながら人材を探し、実生活で性風俗に従事し且つカウンセリングも提供しているシーニー・ラブをプロジェクトに招きます。
キャストと一緒に自分自身の内面を見つめる為にピンティリエも本作に出演。R18指定。
映画『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』のあらすじ
ローラは、時々自宅に立ち寄る若い男娼がシャワーを浴びる様子をじっと見つめています。
「あなたのこともっと知りたいから質問してもいい?」「…?話がしたいの?」
刺青に掘られた言葉の意味を尋ねるローラに対し、男性は個人的なことだと素っ気なく返答。
丹念に体を洗った後ローラのベッドで自慰行為する男娼を見つめるローラは無表情。男性が帰ると、ローラはベッドに顔をうずめます。
介護を必要とする父親を病院に見舞ったローラは、ある日不思議な光景を目にします。上下白い服を着た男女のグループが指示に従い目をつむって呼吸を整え、組んだパートナーと視線を合わせながら交流する療養風景でした。
「では、指でゆっくり相手の顔を触ってみてください」「指先に目があると想像し、新たな地を探索するように」
無毛症のトーマスは、身体に重度の障害を持つクリスチャンと組み、彼の顔をそっと指で触れて行きます。
療法士から感想を訊かれたクリスチャンは、「様々な感情が押し寄せた。トーマスの目の奥にある魂を覗こうとしたけど、隠されていて見えないような気がした」と返答。
深く頷いたトーマスは、「顔はプライベートな部分で通常人に触られる場所ではないから難しかった。
あまり距離を縮められると崖から落下するような気持ちになる」「耐えられなくなって逃げ出したくなった」と言葉を選びながら自分の気持ちを説明。
自宅に戻ったローラは、トランスジェンダーのハンナがカウンセリングを提供すると話す動画をインターネットで見つけ興味を持ちます。
自宅に招いたハンナにローラは、自分が混乱している状態にあり、ハンナの動画を見て心地よかったと話します。
クラシックピアニストだった父親の影響を受けたハンナは、音楽を掛けようと提案。2人はソファに腰を下ろし、ハンナはブラームスの旋律に耳を傾けるようローラを促し緊張をほぐそうとします。
「気持ちはほぐれたけどあまり近づかないで欲しい」と言うローラに対し、ハンナは柔らかく微笑み、腰を上げて少し離れます。
家に訪れる男娼のことをローラから聞いたハンナは、街娼や売春宿でも働いた実体験を明かし、覗き見ショーの経験は無いのでローラの為にやると申し出ます。
ハンナはローラのベッドに四つん這いになり下着を脱ぎます。全裸になったハンナが胸や腿を触る様子をローラはじっと見つめます。ハンナは、どんな気分なのか質問。
ローラは、「自分の体と日々一緒に過ごすのによく知らない」と返答。
ピンティリエとのインタビューで、ローラはハンナの質問に答えられなかったと話します。ピンティリエは、「あなたの身体はあなた自身なのに、まるで他人のように表現するのね」と返します。
ハンナが女性に転換することを決めたのは50才で自分と同い年だと知ったローラは、今後これまでと同じ生き方をするべきなのか考えるようになったとピンティリエに告白。
トーマスとクリスチャンは、引き続き病院のグループセッションに参加。13才で毛が全て抜けてしまったとトーマスが明かすと、クリスチャンは、多感期で辛い思いをしたのではないかと質問。
トーマスは、感情を押し殺し何事も無かったように振る舞いながら日々を送った胸の内を話し、他と異なる為にクリスチャンも苦労したのではないかと質問。
クリスチャンは、性の喜びを知るまでは脳だけで肉体が無いような気分だったと返答。
父親を見舞ったローラは病院を出るトーマスを見かけ、後を着いていくことに。アパレルショップの前に立ち、ガラス越しに女性店員を見つめていたトーマスは店内へ。ローラはそのトーマスを目で追います。
アディナ・ピンティリエとの次のインタビューに臨んだローラは、幼少期の体験を吐露。
「親の言いなりだったわ。18才になれば自由になれると思ってた。がっかりしたの。でも、考えてみれば自由っていうのは探求よね」
ローラはシーニー・ラブの個人カウンセリングを受けることにします。ローラの望みは恋愛や肉体的支配ではなく感情を解き放つことだと感じたラブは、彼女の同意を得て手首を掴みます。
ローラは体を硬直させ手首を引っ込めようとしますが、ラブは尚も手首を掴んだまま。ローラは思わず「ワーッ」と声を発します。
ラブは、「抑圧から解き放たれて発せられた声の裏には回復へ繋がる物語が必ず存在する。時には重要では無いこともあるが、君はどう思う?」と質問。
何も特別なことを思いつかないローラは、自分の抱える問題を特定できないと涙を浮かべます。
ラブは、押し殺した感情を内から解放するのが自分の仕事だと言い、ローラの許可で手を触れるが自分のペースを保つよう指示。
「少し叩きます」と事前に伝えた後、ラブはローラの鋤骨の辺りを拳で軽く叩き始めます。
「もっと強く」と言うローラに従い、ラブが少し力を込めると、ローラは大声でワーッと絶叫。
ローラの両肩に手を添えたラブは彼女の身体を揺らしながら、壁を壊すようなイメージを持ち胸を開いて愛を受け入れるよう静かに話しかけます。
「貴女の顔に触れて涙を拭います。良いですか?」と尋ねるラブの問いに、ローラは鼻をすすりながら頷きます。
ラブは、ある男性の存在が心に抱える闇の原因の1つであり、恋人と一緒に居ても潜在的にその男性が影響を及ぼし、親密になることを拒絶してしまうと分析を伝え、「そのことを意識することが大切です」とローラに促します。
ローラは、アディナ・ピンティリエのインタビューで自分の内に秘めた怒りが怖いと感想を述べます。
ローラは、病院で行われている療養をガラス越しに見学。トーマスとクリスチャンは、お互いの胸に手を当てています。療養士は手を離し深呼吸をするよう患者全員に指示。
セッションを重ね打ち解けたトーマスは、クリスチャンの口から洩れたよだれを拭き取ってあげた後、世の中は善と悪だけではなく灰色の部分が多分に占めると言ったクリスチャンの言葉に救われたと自分の気持ちを打ち明けます。
クリスチャンは自分がそう述べた真意を話し始めます。「善悪という考えは中世のキリスト教から由来したもの。つまり人工的な見方なんだ。世の中はもっと複雑で二分できないし、グレー部分にも様々な色合いが存在する」
ローラはセッション散会後に病院を出たトーマスの後を離れて着いて行きます。アパレルショップの女性店員と待ち合わせたカフェへ入るトーマス。
再びハンナを自宅へ招いたローラは個人カウンセリングを受けます。クラシック音楽をかけたハンナは、「私に何を求めているのか考えながらリラックスして」とローラに声を掛けます。
「音楽は楽しむものよ。セックスも同じだと私は思う」そう笑顔を向けるハンナと一緒にベッドに寝そべるローラ。ハンナが話すブラームスやシューマンのエピソードに耳を傾けるうちに、いつしかローラの表情は柔らかくなって行きます。
上半身裸になったハンナは自分の両胸にそれぞれ名前を付けたと話し「姉妹なのよ」と一言。ローラは思わず相好を崩します。
ハンナは、セックスにおかしな嗜好など無く、精神的或いは肉体的な危険が及ばない範囲で楽しむべきだと持論を展開。ローラは黙って耳を傾けます。
一方、トーマスは付き合っていた彼女から別れを告げられ、眠れない夜を過ごしています。
マンションから出て来た彼女の後をついて行くトーマスは、とある建物へ入っていく彼女に続き自分も足を踏み入れます。
そのトーマスの後をついて来たローラは、多くの人達が本能の赴くままに体を重ねている光景を目にします。
そこには、クリスチャンやハンナの姿もありました。
映画『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』の感想と評価
映画『タッチ・ミー・ノット』は、人に触れられることに対し極度な不快を感じる主人公ローラが内に秘めた抑圧から解放されるまでを描いた作品です。
監督アディナ・ピンティリエの試み
本作の監督・脚本を務めたアディナ・ピンティリエは、 製作にあたりMichael Bader著『Arousal』(未翻訳)の影響を受けたとインタビューで答え、個々の性的嗜好はそれぞれを映し出す鏡のようなものだと分析しています。
①登場人物の実体験
主人公・ローラを演じた『危険な関係』(1988)のローラ・ベンソンや心惹かれる相手トーマスに扮した『X-MEN:アポカリプス』(2016)のトーマス・レマルキス等俳優と一般人も出演していますが、殻を破り自己を開放するプロジェクトに全員賛同し参加。
ローラのカウンセラーとして登場するシーニー・ラブは、嗜虐的性交(サド、マゾ等)を通し人が抱える闇を敢えて見つめることを提唱するカウンセラー業を実生活で営んでいます。
ピンティリエは、ラブやトランスジェンダーのハンナをローラのナビゲーター役とし、がんじがらめになったローラの心を解きほぐし、様々な性的嗜好をエロティシズムではなく自己探求を促す手法として描写。
主要登場人物が他と親密な関係を築きたいと望み、自分から少しずつ近づく実際の一歩一歩をカメラで追う展開は、見ている側も一緒に体験しているような臨場感を生み出しています。
これは、ピンティリエが巧みにドキュメンタリーと映画の境界線を消したことで創出した特殊効果といえ、初めは戸惑う全裸シーンもいつしか服を着る行為が阻害要因であるかのように錯覚する程、ピンティリエは見事に個々が持つ内面の豊かさに光を当てています。
②固定観念を壊す
体を自由に動かすことが出来ない重度の障害を持つ人は、日々の生活に忙殺され性欲など二の次だろうなどと邪推してしまいそうですが、登場するクリスチャンは、ベルリン国際映画祭の記者会見でも劇中の彼と変わらず知性を覘かせる語り口で、健常者と同じ欲求や願望を持っていると話します。
物語が進行するにつれ、クリスチャンと彼の妻が互いを慈しみ欲する自然な姿から映像を通して幸福感が伝わり、2人の関係に愛らしさと美しさを感じます。
また、男性として生まれ50才で女性へ転換したハンナは、本編を通じローラが唯一笑顔を見せる相手。包み隠さず全てをさらけ出すハンナは、服を脱いでポッコリ出たお腹を叩いて見せ、「不完全な体よ」と言いつつ自尊心を持っている女性。
そして、ハンナが性別を変えたことは倒錯でも病気でもなく、彼女個人が下した自分にとって一番腑に落ちる選択であったのだと推測させる所まで到達したピンティリエの描写は画期的です。
価値観を押し付けるわけでも恨み言を言うわけでもないハンナは見る者が感情移入しやすいキャラクター。
自分の両胸にそれぞれ名前をつけたエピソードを披露する所は彼女の可愛らしい人柄も窺える場面で、ローラが唯一和む相手であることに納得します。
究極の自由
リサーチに2年費やしながら人材探しも手掛けたピンティリエは、ローラが心に閉じ込めた怒りや恐怖を体外へ追い出す過程を視覚化。
その結果、社会で自分がどう見られるのか、或いはこうあるべきだと一定の価値観を教え込まれたことで、“健常者”がいつしか思考も感情も一部しか動かなくなっている“ハンディキャップ”に気づく導きの効果を生んでいます。
持って生まれた障害と向き合い、受け入れ、更に自分の瞳や髪、そして性器も好きな体の部分だと言えるクリスチャン。
ローラ役のベンソンは、「実は、人は誰もがハンディキャップを抱えているもので、逆に障害を持つクリスチャンこそ一番精神的自由を持っている」と述べています。
これは、ピンティリエが性的嗜好に対する偏見を取り除き、最後まで裸体を自由と同義語に捉えながら人の内面に光を当て続けたことで、観客もローラと一緒に到達するセラピーの効果といえるのです。
まとめ
ローラは人との親密な関係を望みながらも自分の体に触れられることに嫌悪感を抱いていました。
ある日、介護を受ける父を見舞う病院で患者たちの療養風景を偶然目撃。
その中で心に壁を作り他人を受け入れられないトーマスにローラは自分を重ね惹かれて行きます。
現状を打破しようと嗜虐性交を提唱するカウンセラーに身を寄せたローラは、次第に既成概念に囚われていた自分に気が付くようになります。
登場人物の実体験とフィクションのハイブリッド映画『タッチ・ミー・ノット』は、自己探求を経て心の檻から脱出した先に、本当の自由を手にできるのだと体感する映画です。
映画『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』は2020年7月4日(土)より渋谷の映画館シアター・イメージフォーラムにて公開予定。
‟仮設の映画館(オンライン配信)”でも6月6日(土)に先行公開。