過去と現在を行き来して描かれる
壮大な愛と絶望の物語……
第二次大戦時代の北アフリカを舞台に、壮大なスケールで悲しき恋の物語を綴るヒューマンドラマ『イングリッシュ・ペイシェント』。
ブッカー賞を受賞したマイケル・オンダーチェの小説『イギリス人の患者』を原作に、アンソニー・ミンゲラが監督・脚本を手がけた本作は、第69回アカデミー賞で作品賞を含む9部門を受賞しました。
キャストは『シンドラーのリスト』(1994)のレイフ・ファインズ、『ウィンストン・チャーチル /ヒトラーから世界を救った男』(2018)のクリスティン・スコット・トーマス、『ショコラ』(2000)のジュリエット・ビノシュなど錚々たる顔ぶれ。
記憶喪失に陥った主人公アルマシーの過去に潜む「謎」に迫るミステリー要素にハラハラするとともに、あまりにも悲しい不倫愛の結末に涙する一作です。
CONTENTS
映画『イングリッシュ・ペイシェント』の作品情報
【公開】
1996年(アメリカ映画)
【原作】
マイケル・オンダーチェ
【監督・脚本】
アンソニー・ミンゲラ
【キャスト】
レイフ・ファインズ、クリスティン・スコット・トーマス、ジュリエット・ビノシュ、ウィレム・デフォー、コリン・ファース、ナヴィーン・アンドリュース、ジュリアン・ワダム、ユルゲン・プロホノフ、ケヴィン・ウェイトリー
【作品概要】
ブッカー賞を受賞したマイケル・オンダーチェの小説『イギリス人の患者』を原作に、アンソニー・ミンゲラが監督・脚本を手がけました。
第二次大戦時代の北アフリカの壮大な砂漠を舞台に、戦争の愚かさとともに濃密な人間ドラマが映し出されます。第69回アカデミー賞で作品賞を含む9部門を受賞しました。
アルマシーを『シンドラーのリスト』(1994)のレイフ・ファインズ、キャサリンを『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(2018)のクリスティン・スコット・トーマス、ハナを『ショコラ』(2000)のジュリエット・ビノシュが演じます。
さらにウィレム・デフォー、コリン・ファースら名優も出演しています。
映画『イングリッシュ・ペイシェント』のあらすじとネタバレ
1944年、イタリア。砂漠の飛行機事故で全身に火傷を負い、記憶を失ったハンガリー人のアルマシーが野戦病院に担ぎ込まれました。
その後部隊は移動しましたが、カナダ人看護師のハナは瀕死のアルマシーの世話をするために、空襲で破壊された修道院に残ります。ハナは愛する人を何人も戦争で亡くして傷ついていました。
事故に遭う前、ハンガリーの伯爵家に生まれた冒険家のアルマシーは、アフリカのサハラ砂漠で地図製作に没頭していました。
1938年、彼は調査に加わったイギリス人の人妻キャサリンと出会います。彼らは「泳ぐ人」が描かれた洞窟を発見しました。
砂嵐の中で苦労を分かち合ったアルマシーとキャサリンは、激しい恋に落ちます。
またある日、ハナのもとに同郷カナダ出身のカラヴァッジョが訪れ、任務のためにしばらく滞在することになります。
カナダのスパイだったカラヴァッジョは、自身を特定し得る写真の存在によって身元が割れ、ドイツ軍に拷問され親指を失いました。そのため、その写真をドイツ軍に渡したアルマシーを恨んでいました。
地雷除去の任務についているシーク教徒のキップも、ハナの修道院にとどまるようになります。やがてふたりは恋に落ちました。
映画『イングリッシュ・ペイシェント』の感想と評価
容赦なく突きつけられる戦争の愚かさ
過去と現在を行き来しながら、壮大な砂漠を舞台に愛の軌跡を描き出す大作です。
飛行機が砲撃され、全身に火傷を負って記憶を失った男アルマシーが野戦病院に担ぎ込まれた場面から物語は始まります。そして映画前半では、アルマシーの過去に何があったのかを探る「ミステリー」としての展開が続きます。
重傷のアルマシーの世話を引き受けたのは、心やさしいカナダ人看護師のハナでした。戦争で愛する人を次々に亡くし深く傷つく彼女の目の前で、間髪を入れず、友人の乗ったジープが地雷を踏んで爆発します。
やがてハナは、アルマシーを静かな場所で看取るために、廃墟となった修道院に彼とふたりで留まる選択をしました。その修道院にはいくつも敵に爆弾を仕掛けられており、どこまでも残酷な戦争の真実が浮かび上がります。
その後、アルマシーの過去を知るカナダ出身の諜報員カラヴァッジョが現れたことから、アルマシーは記憶を徐々に取り戻し始め、さまざまな謎が明かされていきます。
アルマシーがドイツ側に流した情報によってスパイだとバレたカルヴァッジョは、拷問により親指を失っていました。
それゆえに深くアルマシーを恨み、復讐のために追ってきたカルヴァッジョでしたが、アルマシーの抱えていた事情は彼の想像をはるかに超える残酷なものでした。
死にかけた恋人を救うため、助けを呼ぼうとひとり砂漠を3日間歩き通したアルマシーは、やっとの思いで英国占領下の町にたどり着いたものの、ハンガリー名を怪しまれドイツ軍のスパイとして捕らえられてしまいました。
必死の思いで脱走したアルマシーは、自分を締め出したイギリスではなく、ドイツ軍に自分の作成した地図を渡して協力を求めました。そこにあったのは、ただただ恋人を助けに行かねばという強い思いだけでした。
しかし願いは空しく、恋人はすでに息を引き取っていました。愛する人の遺体を乗せて飛び立った彼の飛行機は、その後ドイツ軍に撃ち落とされます。
記憶を失い、名前を失った彼に与えられたのは「イギリス人の患者」と書かれたカルテでした。人と人の心のつながりを国境で線引きする戦争の愚かさ、そしてその線引きの恐ろしいほどの曖昧さが浮き彫りとなります。
アルマシーを捕らえたイギリス軍だけを責めることはできません。全世界の人々すべてが、恐怖のあまりに正気を失い、簡単に人の心を踏みにじれるようになるのが戦争というものなのです。
アルマシーが、名を失って初めて「イギリス人」として認められるという滑稽さ。幾重にも重なった人間の愚かさが映し出されます。
戦時下の砂漠に咲いた許されぬ恋
どこまでも広がる砂の大地に、激しい砂嵐など、緊迫感あふれる厳しい自然の映像に圧倒される本作。水があるのかと心配する声や、雨が恋しいという人々の言葉にはとてつもない重みがあります。
そんな厳しい環境下で、主人公のアルマシーと人妻のキャサリンは出会いました。砂嵐の苦難を乗り越えたことからふたりの距離は急速に縮まり、やがて道ならぬ恋に落ちてしまいます。
禁じられた関係だからこそ、不倫の恋は燃え上がるものです。しかしそれ以上に、第二次大戦の戦時下という重苦しい空気の中で、お互いがオアシスのような存在を必要としていたに違いありません。
そんな必死の思いで互いを抱きしめ合ったふたりでしたが、その代償はあまりにも重いものでした。
キャサリンの夫ジェフリーは嫉妬のあまり、妻を乗せた飛行機で砂漠に立つアルマシーに突っ込もうとして自爆します。ジェフリーだけが死に、キャサリンは重傷を負い、アルマシーは無傷で助かりました。そして洞窟に残されたキャサリンは、アルマシーを待ちながらひとりこの世を去ったのです。
「自分はもう死人だ」と何度もアルマシーは周囲に語りますが、それこそが彼の本心でした。恋人を失ったときに、彼の魂も死んだのです。飛行機が砲撃されても体が生き長らえてしまったと知って、彼はどれほど悲しかったことでしょうか。
実力派俳優のレイフ・ファインズとクリスティン・スコット・トーマスが、やるせない恋に落ちる大人の男女を切なく演じています。
また看護師ハナ役のジュリエット・ビノシュも、本作でアカデミー助演賞を受賞する名演をみせています。アルマシーに献身的に尽くすハナと、シーク教徒のインド人キップとの恋もまた苦く甘く、心に残るエピソードとして描かれます。
まとめ
燃え上がる許されぬ恋を通して、戦争の愚かさと恐ろしさを描き出した名作『イングリッシュ・ペイシェント』。
そのタイトルに隠された真実の全容を知った時、どうにもならないほどやるせない思いに打ちのめされる一作です。
今もなお世界の各地で絶え間なく続く紛争を思い、人間らしい普通の生活を送ることのできる幸せを改めて噛みしめずにはいられません。
どこまでも広がる砂漠の上を、亡くなった恋人を乗せて飛ぶアルマシーの飛行機。そこに映し出されているのは、底のない悲しみと絶望なのです。