アジアの若手女性の監督ソト・クォーリーカーが自国の歴史に向き合った作品『シアター・プノンペン』をご紹介します。
映画『シアター・プノンペン』の作品情報
【公開】
2016年(カンボジア)
【監督】
ソト・クォーリーカー
【キャスト】
マー・リネット、ソク・ソトゥン、トゥン・ソーピー、ディ・サーベット、ルオ・モニー
【作品概要】
2013年に、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門審査員特別賞した『ルイン(Ruin)』などのプロデューサーを務めてきた、ソト・クォーリーカーの初監督作。
2014年に、映画祭上映時のタイトル『遺されたフィルム』で、第27回東京国際映画祭「アジアの未来」部門で国際交流基金アジアセンター特別賞受賞しました。
映画『シアター・プノンペン』のあらすじとネタバレ
首都プノンペンに暮らす女子大生ソポン(マー・リネット)は、病に伏せる母(ディ・サヴェット)と、軍人の父(トゥン・ソーピー)、生意気盛りの弟との四人暮らし。ある日、偶然迷い込んだ映画館で1970年代のポル・ポト政権下に製作された古い映画の中に、若き日の母親が出演していた事実を知ります。
映画のタイトルは「長い旅路」。映画は、クメール・ルージュが、カンボジアを支配する前の年、1974年に作られ、クメール王国を舞台にしたラブ・ストーリーでした。
しかし映画には、最終の一巻がありません。映画館の映写技師ソカに尋ねても理由はわからず、ソポンはソカとのやり取りから、ソカこそが「長い旅路」の監督ではないかと想像します。
今ではすっかり衰え生きる気力を亡くした母は、かつて自分が女優ソテアだった事実を語ろうとしません。娘のソボンは、そんな母を元気づけるためにも「長い旅路」を完成させて、見せてやりたいと思いつきます。
実は、ソカは40年前、ソテアと愛し合っていました。しかし、クメール・ルージュの圧政によってふたりの仲は引き裂かれます。そして、2人は、もし生き延びることが出来たなら、この映画館で会おう、と約束をしていたのでした。
ソカは、その約束を守り古ぼけた映画館「シアター・プノンペン」で、今なお最終の一巻が欠けたままの「長い旅路」を映写し続けていました。
ソポンがソテアの娘と知り、ソカは、動揺するのでした。
「長い旅路」は、ソテアが演じる村娘を見初めた王子の弟が村娘を盗み、村娘は仮面の田舎男に助けられ王子の元に送り届けられる場面で終わっていました。
ソテアは、映画のラストの撮影へと動き出すのですが…。
映画『シアター・プノンペン』の感想と評価
『シアター・プノンペン』の女性監督ソト・クォーリーカーは、1973年のカンボジアで出身。子どもの頃の社会背景は、クメール・ルージュ政権下と、政権崩壊後の混乱と内戦のカンボジアで成長してきました。
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2つ目は、ポル・ポト時代に蹂躙されたカンボジア映画史を見つめ直している点です。
まずは、女性監督ソト・クォーリーカーについてです。
彼女が、映画を志すようになった、きっかけの作品があります。
ソト・クォーリーカーは、『トゥームレイダー』のライン・プロデュサーだった⁉︎
ソト・クォーリーカーは、2001年公開された、アンジェリーナ・ジョリー主演の『トゥームレイダー』のライン・プロデューサーを務めました。
カンボジアでのロケやセット撮影の際に、彼女は現地コーディネーターや通訳を果たしたのです。
その後、映画の完成披露が行われたハリウッドに招待され、大画面のスクリーンで映画を観て感動。
女優アンジェリーナとの出会いや、映画製作の面白さを経験したクォーリーカーは映画監督を志します。
彼女は、初監督デビューの際には、コメディやラブ・ストーリーではなく、自身や自国をテーマにした作品を製作したかったそうです。
その事が、カンボジアのクメール・ルージュ時代に、300万人の国民が大量虐殺された事実をテーマした理由だそうです。
クォーリーカー監督は、映画製作を通じてポル・ポト時代に蹂躙されたカンボジア映画史を見つめ直します。
実は、今なおカンボジアでは、クメール・ルージュ時代について話すことはタブーになっているそうです。
カンボジア人にとっては、あまり触れたくない過去。カンボジアでは、家族や親子であっても、辛かった時代については語り合うことは少ないそうです。そのことに違和感のあったクォーリーカー監督は、クメール・ルージュの時代を真正面からとらえました。
そして作品を完成させたことで、母親と2人の間でも、“入隊拒否した父親がポル・ポト政権によって殺された”辛い過去の事実について話が出来るようになったそうです。
ポル・ポト政権によって、カンボジアの映画人の監督や俳優も多く殺害されてきました。
クォーリーカー監督は、殺害された多くの知識人のために、カンボジア映画史を掘り起こし、今なお、虐殺の事実を隠す高官たちを問い正す、強い姿勢が感じられる映画を製作したのです。
まとめ
ソト・クォーリーカー監督は、映画を製作するための取材で、クメール・ルージュ時代の高官や、虐殺を執行した軍人たちにインタビューを行なったそうです。
その際に、脅されることや嫌な思いもしたそうです。
そのような中で、罪もなく殺された人たちの代わりに、“自身が目の前にいる彼らを殺そうか、それとも許すべきなのか”、悩んだそうです。
映画とは娯楽。なので、興行成績の数字で踊ることも時には大切なのは理解はできます。
しかし、また、映画の1つの特性は、マイノリティがマジョリティに対して反骨の持てる文化でもあります。
映画は、芸術とは違い、権力者やお金持ちのみの所有物ではない、弱気者と寄り添ってきた歴史もあります。
女性監督クォーリーカーという人が、『シアター・プノンペン』を完成させた思いには、女性しか感じ得ない感覚や、抱えた深層があったのではないでしょうか。
ぜひ、あなたの中で見つめて欲しいと作品。この機会に、ご覧いただきたい、カンボジア映画史に残る秀作です!