ベルギーのダルデンヌ兄弟監督が手掛けるヒューマンドラマが日本に上陸
カンヌ国際映画祭で受賞を重ねてきたベルギーのダルデンヌ兄弟が、過激な宗教思想にのめりこみ教師を殺害しようと試みた少年の姿を描き、2019年の同映画祭で監督賞を受賞した人間ドラマ。
映画『その手に触れるまで』はヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて2020年6月12日(金)より公開。
主演は100名に及ぶ候補者の中から選ばれたイディル・ベン・アディ。初めてとは思えない演技は『イゴールの約束』のジェレミー・レニエの鮮烈なデビューを感じさせ、第10回ベルギ―・アカデミー賞で有望若手男優賞を受賞しました。
CONTENTS
映画『その手に触れるまで』の作品情報
【日本公開】
2020年(ベルギー・フランス合作映画)
【監督】
ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
【キャスト】
イディル・ベン・アディ、オリヴィエ・ボノー、ミリエム・アケディウ、ヴィクトリア・ブルック、クレール・ボドソン、オスマン・ムーメン
【作品概要】
監督は、兄のジャン=ピエール・ダルデンヌと、弟のリュック・ダルデンヌ兄弟。『イゴールの約束』(1996)がカンヌ国際映画祭の監督週間部門に出品され、全米映画批評家協会賞外国語映画賞を受賞したのをはじめ、その後の作品のほとんどがカンヌ映画祭の主要部門を受賞しています。
『ロゼッタ』(1999)でパルムドールを受賞、そして新人のエミリー・ドゥケンヌも主演女優賞受賞。『息子のまなざし』(2002)では主演俳優のオリヴィエ・グルメが男優賞受賞。『ある子供』(2005)で2度目のパルムドール受賞。『ロルナの祈り』(2008)で脚本賞、『少年と自転車』(2011)でグランプリ受賞。
映画史にその名を刻み続けている彼らは、本作でカンヌ国際映画祭の監督賞を受賞し、8回目のコンペティション部門出品という快挙を成し遂げました。
映画『その手に触れるまで』のあらすじ
ベルギーで暮らす13歳の少年アメッドはどこにでもいる普通の男の子。毎日の生活の中で、過激な思想を持つ導師の影響を受け、次第にイスラム教への信仰に没頭していきます。
アメッドは、イスラム教の信仰心から、母親の言葉にも耳を貸さないようになっていきます。
礼拝を最優先する生活を送るアメッド。ある日アメッドの学校の教師が、アラビア語を歌で学ぶ授業を提案します。
それに対し、「アッラー(神)への冒涜だ」と批判した導師の言葉を聞いたアメッドは、ナイフを持って教師の部屋へ訪れます。
映画『その手に触れるまで』の感想と評価
言葉を教えた教師
アメッドが襲い掛かった教師は、毎晩アメッドに読み書きと計算を教えに来てくれていた識字障害克服の恩人でした。
その教えの成果があり、アメッドは勉強が良くでき他の子に言葉を教えることも出来るようになります。そしてコ―ランを読むようになり、過激な思想にまで傾倒していくのです。
教師が与えた知識が、牙をむいて返って来たという皮肉な現実に、胸が詰まる思いになります。
素直な心が暴力へ
宗教を学ぶこと、ムスリム信者になることは決して悪ではありませんが、どんな宗教でも一部の極端な思想は、時に未熟なものの心を悪に染める可能性を孕んでいるということが見て取れます。
過激な導師の思想に従うようになってしまった経緯は、映画ではほぼ描かれていません。ですが、そのことを匂わせる要素がいくつかあります。
父のいない家庭、信者だった従兄の死。アメッドが家庭内で感じていた不安や寂しさを埋めたのが、導師の語る思想だったのではないでしょうか。
思春期の少年が現実に起こる変化に不安を感じるのは、世界中どこでもあることです。大切なのは、そのタイミングで心の支えを何に見出すかということ。日本にいる私たちにも、その重要性を感じさせる作品です。
表情を変えないアメッドの変化
主人公アメッドは、ほぼずっと無表情です。勉強も礼拝も淡々と行い、ナイフを用意して教師の家に向かう時ですら緊張感は滲ませるものの表情をほとんど崩しません。
そんなアメッドが10代の少年ならではの無邪気な笑顔を見せたのは、農場の少女とのシーン。彼の頑なな心は、初めての恋に揺らぐのか。真面目で誠実なアメッドのその後の行動が物語を大きく左右します。
そしてアメッドが本当の痛みを知ったときに表情が崩れます。彼が現実にある事として命の重さを知ったとき、未来に見えるのは希望なのでしょうか、それとも…。
イスラム教の簡単なルール
●1日5回礼拝(お祈り)の時間がある。(シーア派の場合は1日3回)
●礼拝前にウドゥー(清浄)を行う。(両手や顔、口や鼻を水ですすぎ、足も洗う)
●豚や酒を口にしてはいけない。(イスラム教徒のやり方に則って屠殺されていなければ鶏や牛も不可)
●年に1ヶ月ほどラマダンと呼ばれる時期に断食を行う(日が出ている時間に飲み食いをしてはいけない)
●結婚は親が決めた者とする。イスラム教徒の男性が結婚する相手はイスラーム教徒かキリスト教でなければいけない。
●女性は異性が見て魅力的に見える部分を隠さなければいけない。(顔や体を布で覆っているのはこのため)
イスラム教徒は、血族ではなく、宣誓を立てれば原則誰であれ改宗することができるので全世界に存在します。その人口は世界の4分の1にも上るといわれています。
それだけ多くのイスラム教徒がいるので、国によってルールに多少違いがあるようです。
本作の舞台のモデルであるベルギーの西部に位置するブリュッセルのモレンベークは、イスラム教徒の人口が5~8割の街です。
そして、一部のイスラム過激派の拠点となっており、クリント・イーストウッド監督の『15時17分。パリ行き』(2018)や2015年の同時多発テロに関与したテロリストも、この地を利用したといわれています。
まとめ
ダルデンヌ兄弟はドキュメンタリー映画製作でキャリアをスタートさせたこともあり、彼らの映画では音楽がほとんど使われておらず、回想シーンもないのが特徴です。
本作も同様、緊張感あふれるシーンでも、穏やかなシーンでも音楽はありません。
それでも登場人物の心の機微を感じさせるのは、役者の繊細な表情の変化やセリフを、日常から切り取ったような演出がリアリティに溢れているからといえるでしょう。
観終わったあと、ひとりの少年の人生の転機を見届けたような不思議な感覚を覚える稀有な映画です。
映画『その手に触れるまで』はヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて2020年6月12日(金)より公開。