今回ご紹介するのは、直木賞作家の乃南アサのベストセラー小説『しゃぼん玉』を映画化した同名の作品。
人気テレビドラマ『相棒』シリーズで長く監督を務めた、東伸児監督の劇場デビュー作でもあり、これまで多数の映画祭で新人賞を受賞した林遣都が主演を果たし、脇をかためるベテラン俳優には市原悦子が熱演。
林遣都が演じた主人公伊豆見翔人の「これからが、これまでを変えていく」の意味とは?
映画『しゃぼん玉』の作品情報
【公開】
2017年(日本映画)
【監督】
東伸児
【キャスト】
林遣都、市原悦子、藤井美菜、相島一之、綿引勝彦
【作品概要】
直木賞作家の乃南アサの同名小説を『荒川アンダー ザ ブリッジ』の林遣都が主演を果たし、ベテラン女優の市原悦子の共演をする作品。
人気テレビドラマ『相棒』の東伸児監督が劇場映画初監督を果たしたことも話題。
映画『しゃぼん玉』のあらすじとネタバレ
親の愛を知らずに育った伊豆見翔人は、女性や老人のみを狙う通り魔で強盗傷害事件を繰り返していました。
手にしたナイフで人を刺してしまったことで、長距離トラックの運転手を脅して助手席に乗るも、運転手に突き落とされてしまい、宮崎県椎葉村の山中に夜中に突き落とされてしまう。
明け方になると、目の前には神々しい山々が広がっていました。山道のカーブを当てもなく歩いていると、道に原付バイクが横倒し担っています。
歩き疲れた伊豆見は、そのバイクに跨るとギアを入れて走り出そうとすると、道端の藪から、「ぼう、ぼう」と、老婆のスマが額から血を流して読んでいたのです。
「ええとけえ来た。やれ助かった、なあ、ぼう」スマは声からしながらも、「乗して」と続けます。それを聞いた伊豆見は、「俺が?」と気のない返事をします。
スマは「他に、誰がおるか?ほれ、早よ」というと、伊豆見は老婆のスマの体を支えながらバイクに乗せててあげるのです。
やがて、スマの容体を心配した村に住むお婆たちは、それぞれに手料理を持って来ました。
名前を聞かれた伊豆見は、「いずみ」と名乗ると、「泉かあ、そりゃいい名前だ、ここには良い湧き水もある」と、すっかりスマの孫だと勘違いされました。
伊豆見は何となくスマの家に泊まっていくうちに、いつしか当たり前のように、スマと食卓を囲んでいくようになります。
しかし、伊豆見は、スマの家からお金を盗んで逃げようとしますが、間が悪く見つかってしまいます。それでもスマは伊豆見に何も聞かず、とがめようともしません。
そんなスマに見つめられているだけで、伊豆見は何故だか気まずい気持ちになってしまいます。
映画『しゃぼん玉』の感想と評価
この作品の原作は、乃南アサのベストセラー小説。彼女の作品の中でも最も映画化を待望されていた作品です。
宮崎県椎葉村に住む住人たちの活き活きとした人物描写や、主人公である伊豆見翔人の繊細さと粗野に揺れる若者の心の揺れが、多くの読者の心を掴んで涙させた書籍として話題になりました。
乃南アサ自ら、小説を執筆する際に椎葉村の現地を訪れたほどの意気込みで、原作の舞台となった澄み渡る空気感や自然を様子、村人の生活観を取材したようです。
宮崎県の北西部に位置するこの地域は、”日本三大秘境”と呼ばれ、椎葉村を含む9市町村(延岡市・日向市・門川町・諸塚村・椎葉村・美郷町・高千穂町・日之影町・五ヶ瀬町)には多くの神話が残され、これにちなんで「天孫降臨ひむか共和国」としての名称も知られています。
市原悦子と林遣都がちびちびと晩酌をするお湯わりは、もちろん、焼酎「天孫降臨」。お酒好きのあなたは見落とさないようにしたい所かも知れませんね。
また、今作が劇場映画デビューの初監督を果たした東伸児監督は、助監督時代に、坂本順治監督の『新仁義なき戦い』(2000)『KT』(2002)『亡国のイージス』(2005)などに参加。
また、和泉聖治監督の『相棒』(2008、2010、2014)に参加。その後、テレビドラマ『相棒シリーズ7』で初監督を務めています。
東監督のこれまでに積み重ねてきた安定感の演出は、味のあるキャストティングを上手く引き出していました。
スマ役の俳優座出身の市原悦子の演技は言うまでもなく、この物語の重要な世界観を引っ張っていく存在。椎葉村という場所を一気にまるで”昔話(おとぎ話)の国”と導きます。
彼女が劇場公開作として出演した、河瀬直美監督の『あん』(2015)のらい病患者の佳子役も素晴らしい演技でした。
今回の市原悦子は、伊豆見という主人公青年の過去の出来事を何となくは知りつつも、見守る姿や許そうとする姿の揺れを静かに演じています。
それのことは、後半に登場する息子豊昭の子育てを母親として失敗したのではないかという、育て直しにも見える感情の上に成り立つ層になった演技は、見どころです。
そして、光る演技としては、当然のことながら主人公として共演を果たした、林遣都の伊豆見翔人の揺れる演技も最大の魅力。
彼の繊細さと粗野に揺れる若者の心の揺れ、そして底に潜む狂気は、”市原節の昔話的、おとぎ話的存在感”とは、逆の日常の都会で病む姿を集約しています。
”自分は良い人間ばかりではない”という誰もが持つ姿を見せつつ、そこに向き合って罪(責任)と向き合う若者の姿は、林遣都にしかできない役柄と言っても良いでしょう。注目の若手俳優です!
また、個人的は、ベテラン俳優の綿引勝彦が素晴らしくカッコイイ役柄。名優として知られる宇野重吉が主宰した劇団「民藝」に1966に入団。
テレビドラマシリーズ『鬼平犯科帳』(1989〜91)の渋い役どころかた、『天までとどけ』(1991〜99)の優しい父親役までオールマイティに熟せる名バイプレイヤーぶりが、今回はとてもシブく、まるで高倉健を思わせるほどの演技を見せています。
ぜひ、シゲ爺役の綿引勝彦に注目してくださいね!
まとめ
この作品で初監督を務め上げた東伸児監督。そんな監督を支えたスタッフ・クルーも素晴らしい仕事が見られました。
『モテキ』(2011)『バクマン』(2015)などでもカメラマンを務め、今回の撮影を行なった宮本恒。
宮崎県の雄大な自然を撮影にあたり、撮影時刻の工夫でバリエーションを効かせる事で、丁寧に山間部の空気感を捉えた映像美が見られます。
また、照明を担当した佐々木貴史は、『乱反射』(2011)『半グレとやくざ』(2014)でこれまで仕事をされていましたが、今回の作品では、各所に遊び心のある照明工夫を多く盛り込んでいて、面白い効果を映像にもたらしています。
東監督をはじめ、味わいのあるベテラン俳優と若手俳優のタッグによる共演。また、チャレンジ精神旺盛なスタッフに注目したい作品でもあります。
乃南アサのベストセラー小説『しゃぼん玉」は、2017年3月4日シネスイッチ銀座はか全国公開!
ぜひ、劇場でご覧いただきたいお薦め1本です!