“復活”をテーマに希望を失わない生き方を描いた作品
映画『ロボット修理人のAi(愛)』は、実在する旧型AIBO修理人の乗松伸幸さんをモデルにしたヒューマンドラマです。
不幸な生い立ちの16歳の少年、倫太郎は高校には通わず、アルバイトを掛け持ちしながら、ロボット修理に情熱を注ぎ、独学でロボットに関することを学んでいます。
ある日、遠方の老婦人が大切にしていた、AIBOが修理工房に持ち込まれ、倫太郎はその修理に携わる中、発声障害のある少女と出会い、不思議な巡り合わせを体験します。
主人公の倫太郎役の土師野隆之介は、大河ドラマ『平清盛』で牛若丸役などの子役を経て、『ロック わんこの島』(2011)で名子役ぶりを発揮し注目され、『ロボット修理人のAi』では、ブータンのドゥルク国際映画祭で最優秀主演男優賞、カンヌ世界映画祭で優秀若手男優賞を受賞しました。
彼は撮影開始当時は14歳で、作品と共に少年から青年に成長をしています。その姿にも注目してご覧ください。
CONTENTS
映画『ロボット修理人のAi(愛)』の作品情報
夕焼け劇場 presents (C)2021 GENYA PRODUCTION ROBOT REPAIRBOY
【公開】
2021年(日本映画)
【監督】
田中じゅうこう
【脚本】
大隅充
【キャスト】
土師野隆之介、緒川佳波、金谷ヒデユキ、亮王、岡村洋一、堀口聡、野口大輔、水沢有美、丸山ひでみ、亜湖、ぴろき、大村崑、大空眞弓
【作品概要】
田中じゅうこう監督は新藤兼人に師事し、『ばってんモザイク』(1988)で、ATG脚本賞特別奨励賞受賞し、記録映画『ムーランルージュの青春』(2011)で話題を集めました。
「娯楽性と独創性にこだわった“夕焼け劇場レーベル”」の第2弾として製作された本作は、榛名湖町を中心にしたロケを3年かけて撮影されました。
ヒロインのすずめ役には、オーディションで100人の中から選ばれた、緒川佳波。また、大空真弓、大村崑という超ベテラン俳優が脇を固め、作品に重厚感を与えます。
映画『ロボット修理人のAi』のあらすじとネタバレ
夕焼け劇場 presents (C)2021 GENYA PRODUCTION ROBOT REPAIRBOY
“ユウスゲ”の花は夕方から咲いて、朝にはしぼんでしまう・・・。そんなユウスゲが咲く頃、湖で泳ぎを楽しむ少年が途中、何かに足を取られ危うく溺れそうになります。
少年は何とか体勢を整えて湖からあがり、次は森を散策し始めます。湖岸で釣りをする老人に出会い「人生の中で奇跡は2度おこる。さっき溺れそうになっただろう?」と指摘されます。
驚いた少年がその場を去ると、老人の妻が現れお茶を差し出します。湖に目を移した妻は驚いたように指さすと、湖から人らしきものが現れ岸に向かって歩いてきます。
そして、森の草影には1体のロボット犬“AIBO”が…。
少年の名前は倫太郎といい周囲の人たちからは、「倫ちゃん」と呼ばれ可愛がられています。彼は16歳でしたが、高校に行かずこの湖のある町で独り暮らしをしていました。
倫太郎には修理の才能がありました。彼は壊れてしまった古い家電から、おもちゃやロボットまで、修理を請け負う“村上工房”でをメインに、いくつものアルバイトをかけもちしています。
倫太郎は孤児として育ち、アメリカで弁護士をする養母の支援で町で暮らしています。特に彼はロボット修理に天才的な技術と知識がありました。
そんな中、村上工房に東京で独り暮らしをする老婦人から、ロボット犬AIBOの修正依頼が入ります。
そのAIBOは老婦人の事故で亡くなった息子が遺した物で、彼女が日頃から可愛がり癒しとなっている形見でした。
そのAIBOは2005年製で、すでに修理に必要な部品の生産も終了していました。依頼品の特性である、音声装置とメモリーが壊れていました。
倫太郎は同じAIBOが家にあったような記憶があると言いますが、実際にはどこかにいってしまい不明でした。
村上所長は既存の新しいメモリーに交換すれば、なんとか動くところまでの修理はできると踏みます。
しかし、倫太郎はあくまでオリジナルのメモリーを復元し、これまで記録された思い出と共に返したいとこだわります。
映画『ロボット修理人のAi』の感想と評価
夕焼け劇場 presents (C)2021 GENYA PRODUCTION ROBOT REPAIRBOY
「蘇り伝説」にすがる人々の喪失感
湖の街に暮らし倫太郎に携わる人の仲には、それぞれに不本意な形で愛する人を亡くしていました。
そして、できることならもう一度「蘇ってほしい」という、強い思念がありました。その思いは、自分が何者なのかわからない倫太郎の心とリンクし、彼の目にだけ奇跡をもたらしました。
倫太郎が湖で出会った老人は数年前に亡くなった、教会附属の病院長であり、ガスタンクもまたある人物に関わる故人です。
そして、すずめは川に投げ捨てられた、倫太郎の妹であろうと考えられます。ダイダラ祭りの日に、すずめがたどたどしく言った言葉は「お兄ちゃん」です。
田中じゅうこう監督は作中に出てくる人物に、細かな設定をしていました。それはストーリーを追うごとに、理解できるものばかりではなく、登場人物がもう一度会いたいと願った人が、様々な姿で登場していることです。
監督がこの映画を制作しようとしたきっかけに、2010年に大阪でおきた二児置き去り事件があったといいます。
もし、周囲に少しでも人間の営みに関心のある人がいたら、命を救えたかもしれない幼い兄妹でした。現代社会の無関心さが生んだ悲劇だと感じたからです。
倫太郎が上階の子供の泣き声に気がつき、アパートの管理人も児童虐待を疑うシーンが、悲劇を回避する人の関心です。
そして、どんなに過酷な環境で生活しているとしても、地域の大人たちが足りない部分をサポートし、地域全体で子供を見守れれば、子供の心も素直に育つだろうと考えていました。
おせっかいな親父や面倒見のよいおばさんがいるという、昔懐かしい感じを作品に落とし込んでいます。
また、ロケ地となった榛名湖周辺は、四季を通じてはっきりしない天候が多く、その自然がミステリアスな雰囲気を醸しだしています。
その風景はまるで倫太郎の心の中や記憶を見ているようでした。逆にラストシーンはくっきりと晴れた湖畔のレストランが登場します。
その光景は倫太郎の晴れ晴れとした気持ちと、彼の前途を表現しているようにも捉えられました。
AIロボットによるセラピー効果
人間関係の希薄さから老若男女問わず、“孤独”によって心が病んだり、それに連鎖するように痛ましい事件なども起きています。
そんな中まさに、AIによる音声アシスト技術やAIロボットによる、コミュニケーションツールがセラピーなどにも活用されています。
“ロボットセラピー”普及の第一人者でもある、乗松伸幸氏が本作のモデルとなりました。乗松氏の“物”に対する、人の愛着を大切にする気持ちが、田中監督の目に留まりアイデアにつながりました。
乗松伸幸氏はソニーのエンジニアとして働いたのちに独立し、愛着が深い家電など、修理してでも使いたいユーザーの思いに応えるため、(株)ア・ファンを立ち上げたと語ります。
ソニーがAIBO事業から撤退した後、本作のようにAIBOの修理を強く望むユーザーと出会い、完治までに半年を要し奔走しました。
AIBOは○○年製造とはいわれず、“○○年生まれ”と表記されていたため、乗松氏は修理とは言わず「治療」と称します。
治療するにあたり部品を他のAIBOユーザーから、ドナー(献体)として提供してもらう活動もしました。
AIBOの誕生は“ロボットセラピー”の分野に広く派生し、ペットのような柔らかい素材のタイプから、会話をして学習していくタイプなど多様化してきました。
ペットが飼えない環境であっても、同等の癒しを得られると“ロボットセラピー”の需要は近年、高齢者施設や小児病棟などでも取り入れられ、高い注目を集めています。
乗松氏は田中監督と同様に希薄な人間関係を乗り越え、ロボット修理人の“愛”で優しい気持ちを感じてほしいと願っています。
まとめ
夕焼け劇場 presents (C)2021 GENYA PRODUCTION ROBOT REPAIRBOY
映画『ロボット修理人のAi』は、ロボット犬AIBOを中心に過酷な境遇の少年と、人知れず過去に苦しむ人々の絆が、豊かな自然の中で紡がれていく物語でした。
想像を超えた過酷な状況に置かれた子供がいることは、残念ながら事実としてあります。それは周囲の無関心からだけではなく、隠そうとする大人の勝手な事情も含んでいるからです。
かつてこの作品のように、ご近所ぐるみで子供達が活き活き暮らす時代もありました。今は“子ども食堂”や“子供シェルター”のような形に取って代わっています。
昔懐かしい人との関わりを記憶している人はまだ多くいるでしょう。本作は可能性や希望を信じ、支え合える社会を“復活”させたいという、強い願いを感じさせる作品でした。
2021年7月10日公開、新宿K’s cinemaほか、全国順次公開