『ヨーロッパ新世紀』は2023年10月14日(土)よりユーロスペースほか全国ロードショー
『4ヶ月、3週と2日』(2008)でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したルーマニアの巨星クリスティアン・ムンジウ監督作『ヨーロッパ新世紀』が2023年10月14日(土)よりユーロスペースほか全国ロードショーとなります。
人種や宗教、貧困などの社会問題を抱えたさまざまな民族が共生するルーマニアの小さな村を舞台に、人間の対立と狂暴性をあぶりだす問題作です。
分断された世界情勢を映し出す戦慄の映像から目が離せません。衝撃の社会派サスペンスの魅力をご紹介します。
映画『ヨーロッパ新世紀』の作品情報
【日本公開】
2023年(ルーマニア、フランス、ベルギー合作映画)
【監督・脚本】
クリスティアン・ムンジウ
【編集】
ミルチェア・オルテアヌ
【出演】
マリン・グリゴーレ、エディット・スターテ、マクリーナ・バルラデアヌ
【作品概要】
チャウシェスク政権下のおぞましい社会状況を描いた『4ヶ月、3週と2日』(2008)で、カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したルーマニアの巨星クリスティアン・ムンジウが描く不穏な新世紀の黙示録。
村のささいな対立が深刻な紛争へと発展していく様を描きながら、幾多の火種を抱えたヨーロッパ、そして分断された世界の危うい現状をまざまざとあぶり出します。
17分間に及ぶ長回しショットを用いた映画史に残る圧巻のクライマックスは必見です。
出演はマリン・グリゴーレ、エディット・スターテ、マクリーナ・バルラデアヌ。
映画『ヨーロッパ新世紀』のあらすじ
ルーマニア・トランシルヴァニア地方の村。多民族が暮らすこの村は、主要産業だった鉱山が閉鎖されて以来、経済的な活気が失われていました。
クリスマス直前、出稼ぎ先のドイツの食肉工場で暴力沙汰を起こしたマティアスが村に帰って来ます。しかし仲の冷めきった妻アナは、突然現れた夫に冷たく、幼い息子のルディは最近森で恐ろしい何かを目撃して以来、まったく言葉を発しなくなっていました。
マティアスは元恋人のシーラに会いに行き、息子のことを相談します。地元のパン工場のオーナーから経営を任されているシーラは、EUからの補助金を得るために求人広告を出しますが、村の働き手はよい報酬を求めて西ヨーロッパの先進国へ出稼ぎに行っていました。やむなく彼女は外国人労働者を雇い入れることにします。
病気の年老いた父親のことや、ルディをめぐってアナと口論が絶えないことなどの悩みを抱えたマティアスは、安らぎを求めてシーラにつきまとい、情事を重ねるようになります。
シーラのパン工場では、3人のスリランカ人を雇い入れました。勤勉な彼らは仕事にすぐ馴染みますが、村のSNSには彼らを異端視した不穏な書き込みが投稿されるようになります。
村人たちはパン工場に対する不満を神父に訴え、外国人労働者の追放を訴える署名運動が持ち上がりました。さらにはシーラとスリランカ人たちが楽しく夕食を囲んでいた部屋に、火炎瓶が投げ込まれる事件が発生します。
諍いは村全体を揺るがす激しい対立へと発展し…。
映画『ヨーロッパ新世紀』の感想と評価
己の居場所を守るための根深い偏見
本作の舞台となっているのは、ルーマニアのトランシルヴァニア地方の小さな寒村です。国の中央部に位置しながら、オーストリア・ハンガリー帝国の影響を受けた歴史的事情から、ルーマニア人、ハンガリー人、ドイツ人、そして現在はロマと呼ばれるジプシーらが混在して暮らす土地となっています。
さまざまな言語が行き交い、人種や宗教、貧困などの社会問題が複雑に絡み合ったコミュニティーは、常に一触即発の危険を秘めた緊張状態にありました。
西欧の発展に取り残されたルーマニア。古い貧しい町並みとは対照的に、携帯やネット社会がしっかり根付いている姿はなんとも印象的です。
本作で描かれるのは幾重にも重なった人間たちの苦悩と、複雑な構造をなしている人々の分断です。ルーマニア出身の名匠ムンジウ監督でなければ撮れなかった一作と言えるでしょう。
炭鉱が閉まって以来職を失い、貧しい暮らしを強いられている閉鎖的な村人たちは、スリランカ人らを異端者として村から締め出そうとします。まるでひと昔前のような光景に思えてしまいますが、それは紛れもなく現在も続く分断社会そのものです。
スリランカ人従業者への差別や偏見が、恐ろしいまでの対立を生み出します。多民族が共存するこの地では、差別されている側の者は自分たちよりも下層の人々を作ることで劣等感を解消しようとしていたからです。
自分たちの立ち位置、居場所を守るための自衛本能に根差したものなので、単なる偏見の問題として捉えることはできません。己の生存権を守るため異分子を糾弾しているので、正しいか正しくないかはもはやどうでもよいのです。
作品冒頭、最下層である「ジプシー」とドイツ人から呼ばれたマティアスが逆上し、思わず上司に暴力を振るってしまったのも同じ心理に根付くものです。ルーマニアで肩身のせまいドイツ系の彼にとって、自分より下のジプシーと同じ扱いを受けるのは我慢のならないことでした。
相手を攻撃しなければ自分の生きる道はないという、恐ろしく危険な発想。これは数々の戦争の根源的な思想と同じと言えるでしょう。
そう思って観ると尚更、17分間に及ぶ長回しショットを用いた圧巻のクライマックスに圧倒されずにはいられません。
マティアスをめぐる人間模様
トランシルヴァニアの小さな村に、ドイツで暴力沙汰を起こした主人公・マティアスが帰郷したところから、物語は始まります。
マティアスは短気で粗暴な男で、妻アナとの関係は冷え切っています。息子のルディは森でなにか恐ろしいものを見てしまって以来心に傷を負い、言葉を話せなくなっていました。ルディが森で見たものはいったい何だったのかということも、本作の大きな見どころです。
マティアスは息子を男らしく育てることで自分の威厳を取り戻そうとしますが、空回りばかり。加えて父親が病気で弱っていることも、大きな悩みの種となり、元恋人のシーラに安らぎを求めるようになっていきます。
本作の第2の主人公ともいえるシーラはパン工場を経営しており、肝がすわった魅力ある女性として描かれます。
妻子と分かり合えないマティアスの孤独、言葉を失った少年の心の傷、必死で息子を守ろうとするアナの思い。周囲からの反発を押し切って外国人労働者を雇うシーラの情熱。
マティアスをめぐる濃密な人間模様と、そのたどり着く先から目が離せません。
まとめ
ルーマニアの小さな村を舞台に、ヨーロッパひいては全世界の持つ分断の問題を掘り下げた衝撃作『ヨーロッパ新世紀』。
人々が手を取り合って生きていくことの難しさを正面から描き切った力作です。観終えた後には、どっしりとした余韻を味わえることでしょう。
異なるバックボーンを持つ人々が共生することは簡単なことではありません。それでも争いがなくなる日が来ることを願わずにはいられなくなる作品です。
『ヨーロッパ新世紀』は2023年10月14日(土)よりユーロスペースほか全国ロードショーです。