ひとりの俳優の人生の岐路を、美しくも刹那的なモノクロームの世界で描く映画『Playback』。
東日本大震災から間もない水戸市。人の住む気配のない共同住宅の前の道を、少年がスケボーで通り過ぎる。
主人公のハジは、過去と現在を行き来しながら、人生の進む道を模索していきます。過去の曖昧な記憶で忘れていた大切な人、大事な出来事、過去は変えられない、でも今の自分は過去の自分で成り立っている。
2018年の新作『きみの鳥はうたえる』が話題の三宅唱監督の長編2作目で劇場公開デビュー作『Playback』をご紹介します。
映画『Playback』の作品情報
【公開】
2012年(日本映画)
【監督】
三宅唱
【脚本】
三宅唱
【キャスト】
村上淳、渋川清彦、三浦誠己、河合青葉、山本浩司、テイ龍進、汐見ゆかり、小林ユウキチ、渡辺真起子、菅田俊
【作品概要】
俳優・村上淳が三宅唱監督の作品『やくたたず』を見てほれ込み、逆オファーで叶った映画『Playback』
『Playback』は、第65回ロカルノ国際映画祭に出品され、第27回高崎映画祭では新進監督グランプリを受賞、第22回日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞を受賞と話題を巻き起こしました。
若き映画監督のもとに集まったキャストは、主演の村上淳をはじめ、独特の風貌で存在感を放つ渋川晴彦、元お笑い芸人の経歴を持つ三浦誠己と実力派個性俳優が出演します。
映画『Playback』のあらすじとネタバレ
東日本大震災の翌年の水戸市。
人の住む気配のない共同住宅の前の道を、一人の少年がスケボーで通り過ぎます。やがて、道がひび割れた所までくると、草むらに男の倒れている足だけが見えます。
自宅のベッドで目を覚ましたハジ(村上淳)。引越し業者が妻・真理子(渡辺真起子)の荷物を運び出します。
ハジの現実はというと、40歳を前に体調不良や妻との別居など問題を抱え、俳優の仕事にも行き詰っていました。
ハジはふらふらと家を出て、車通りの多い場所へとやってきます。道路を渡り、中央分離帯のガードレールに座ったまま、ハジは動かなくなります。
場面は一転。病院で健康診断を受けるハジ。結果を気にするマネージャーに報告もせず、診断結果を丸めてゴミ箱へ捨てます。
そこへ、捨てたはずの診断結果を持った男が現れます。地元の同級生、ボン(三浦誠己)でした。
ボンは葬式ともいえるようなスーツ姿で現れ、同級生のユウジ(山本浩司)の結婚式にハジを連れていくために来たと言います。
突如、地元に帰り結婚式に出席することを決めたハジは、仕事の約束をしていた遠藤のもとへ立ち寄ります。
遠藤は自分たちを高校生の頃から知っている映画プロデューサーで、新しい映画をハジと作りたいと持ち掛けます。
しかし、やる気があるのかないのか分からないハジの姿に遠藤は、「お前は何をやってんだよ。物事には原因と結果がある。原因の原因は選択と結果の積み重ねじゃないのか」と活をいれます。
今のスランプの原因を探りもせず、自分と向き合うことから逃げてばかりのハジは、選択も出来ないまま、ただ流され生きています。
ボンの車で地元へ向かう途中、居眠りをしていたハジは、気付くとバスの中にいました。今の年齢と容姿のまま服だけ学生服を着て。
高校生になったハジは、曖昧な昔の記憶をたどるように学校へ向かいます。そこで遭遇したのは、モンジ(渋川晴彦)でした。
ハジ、モンジ、モンジの妹、ボン、ユウジもいます。高校生の頃の日常が動き出します。
モンジがバイクを妹に盗まれたり、ユウジの恋愛話に笑い転げたり、担任の先生にお使いを頼まれたり、映画プロデューサーの遠藤の所で映画の話を聞いたり、モンジの妹がバイクで事故ったり。
忘れていた記憶がぼんやりと蘇ってきます。何か大事なことを思い出していないような、やり残しているような感覚です。
ハジは目を覚まします。ボンの運転する車の中でした。服装は、出てきたままのラフな格好です。
地元に帰ったハジは、ボンとモンジとモンジの妹の4人で先生のお墓参りに行きます。地元に残ったモンジは、「みんな出て行ったもんは、帰ってこねえ。先生はお前の作品を観てたよ」と嘆きます。まだ若かった先生、死の原因はさだかではありません。
結婚式へ向かう道中、ハジの母(渡辺真起子)は息子の高校時代の思い出話に花を咲かせています。「なんだかんだ言って母親に似た女を選ぶのよ」と言い捨てた母の予言が当たったのか、妻・真理子は母親にそっくりでした。
ユウジの結婚式の途中、モンジの妹が式を抜け出します。結婚に失敗している妹を心配して後を追いかけるハジ。そして、ボン。
庭にでた3人は、昔の話をします。ボンはハジに、中学時代にワカサギ釣りの最中、一酸化炭素中毒で倒れていたのをモンジの父親に助けてもらっただろと聞きます。
全く記憶にないハジは、俺はいなかったと、答えます。寂しそうなボン。
モンジの妹は、そんな2人に言葉をかけます。「終わったことを話すのは罰当たり。これからのことを話すのは恥さらしだ。おじいちゃんのおじいちゃんか誰かが言った言葉」と。妹の記憶も曖昧です。
ハジは2人を残して、モンジの家から持ってきたスケボーを持ち出し、外へ出ます。そのスケボーは、当時自分が乗っていたものでした。
人の住む気配のない共同住宅の前の道を、ハジはスケボーで通り過ぎます。やがて、道がひび割れた所までくると、ハジは苦しみだし、草むらに倒れ込みます。記憶の中の草むらで倒れている男の姿が、自分と重なります。
呼びに行く少年、結婚式の記念写真には写っていないボン、結婚式でラフな姿を誰も注意しない事実、これは夢なのか?高校時代へのタイムスリップの続きなのか?途切れる記憶。
映画『Playback』の感想と評価
タイムスリップしたうえに、デジャブをみた?しかも、年齢も容姿もそのままでタイムスリップ?
モノクロ映画の中で、今はいつ?という迷子になります。でもそのうち、追及しなくてもいいかという気持ちになります。
過去は誰にでもあるし、未来はほとんどの人にやってきます。確かなものは今この瞬間だけですから。
今の自分のダメな原因を探りもせず、自分と向き合うことから逃げてばかりだったハジは、仕事の選択も生活の選択も曖昧にしていました。
ハジは、過去へのタイムスリップだけでは解決出来なかった事柄を、未来へのデジャブという形で経験し、現実の今で少しずつ選択していきました。そして、楽しむという気持ちを取り戻します。
震災後の水戸市の風景も、語り掛けてくるかのようです。
過去にあった現実から逃げず向き合い、忘れていた大事なことを思い出し、伝えられなかった思いは、今後の未来へ生かし、後悔しない人生を生きようと。
まとめ
三宅唱監督の劇場映画デビュー作品『Playback』をご紹介しました。
『Playback』をモノクロ映画にした理由として三宅監督は、ひとつに俳優の顔の潜在的な魅力をむき出しにするための手段と言っています。
その言葉のとおり、村上淳(ハジ)、渋川晴彦(モンジ)、三浦誠己(ボン)の俳優の魅力が最大限に引き出された映像となっています。俳優という職業で勝負してきた男の顔、かっこいいです。
三宅唱監督は、2018年公開の『きみの鳥はうたえる』で、第10回TAMA映画祭にて最優秀新進監督賞を受賞したばかり。今後の作品にも注目です。