俳優・本木雅弘が、映画『おくりびと』から、7年ぶりに主演を果たした最新作『永い言い訳』。
彼がジャニーズの「シブがき隊」の元メンバーであった、アイドル経験を活かした演技と俳優としての飛躍が感じられる作品です。
監督は『ゆれる』『ディア・ドクター』など評価と話題作の多い、日本映画界の実力派と言われる西川美和監督の最新作。
今回は『永い言い訳』の主演を果たした本木雅弘の見どころが、いい訳をご紹介します。
映画『永い言い訳』の作品情報
【公開】
2016年(日本映画)
【原作・脚本・監督】
西川美和
【キャスト】
本木雅弘、竹原ピストル、藤田健心、白鳥玉季、堀内敬子、池松壮亮、黒木華、山田真歩、深津絵里、松岡依都美、岩井秀人、康すおん、戸次重幸、淵上泰史、ジジ・ぶぅ、小林勝也、木村多江、マキタスポーツ、サンキュータツオ、プチ鹿島
【作品概要】
『夢売るふたり』の西川美和監督が、直木賞候補となったオリジナル書き下ろし小説を映画化したヒューマン・ドラマ。
主演の本木雅弘は、『日本のいちばん長い日』で、キネマ旬報ベスト・テン 助演男優賞、日本アカデミー賞 最優秀助演男優賞、ブルーリボン賞 助演男優賞を獲得。その妻役を演じたのは、実力派女優の深津絵里は、『悪人』で、モントリオール世界映画祭女優賞、『岸辺の旅』で、キネマ旬報ベスト・テン主演女優賞」を獲得しています。
映画『永い言い訳』のあらすじとネタバレ
テレビのバラエティ番組から出演を求められるほどの人気作家の津村啓。本名は衣笠幸夫。
美容師の妻夏子との夫婦生活は20年を迎えます。冒頭、夏子は自宅で幸夫の髪を切っていますが、その会話からは2人の関係がすでに冷え切っていること、幸夫のひねくれた性格がにじみ出ています。
その後、夏子は、高校時代の友人と2人で山形にバス旅行に。翌朝、幸夫の元に一本の電話が…。
夏子を乗せたバスは途中吹雪に遭い、事故を起こし、車外に放り出された夏子は友人と共に冷たい湖で亡くなってしまったのです。その知らせを、幸夫は不倫相手と共に聞くのでした。
事故を起こしたバス会社の謝罪会見後、テレビ局からインタビューを受ける幸夫の前に、「幸夫くんだろ?」 握手を求めて泣き男が割って入ります。亡き妻と共に事故で亡くなたった同級生ゆきの夫陽一でした。
長距離トラックドライバーとして働く陽一は、小学六年生の真平と幼稚園に通う灯の2人の子供の父親。ゆきが亡くなった後、毎晩、留守番電話に残されたゆきの声を聴き、涙に暮れています。
一方、陽一一家は、ゆきを失ったことで、兄の真平が妹の灯の面倒を見ることになります。
中学校進学を目指す真平は、通塾を諦めなければならなくなりました。そこで、幸夫は塾のある週2日、真平に変わって灯の面倒をみることを申し出ます。
家事や子供に関心のなかった幸夫も、徐々に2人との生活にも慣れていきます。
事故から数ヶ月後、ドキュメンタリー番組の仕事で、幸夫は、妻夏子が事故死した現場にお参りに行くことになります。
前日、準備をしていたとき偶然、夏子スマホを手にします。事故後は電源がつかなかったが、電源が復活し幸夫は、メールの下書きに残された幸夫宛のメールを発見します。そこには、「もう愛していない。愛のひとかけらもない」と書かれていました。
映画『永い言い訳』の感想と評価
この作品は、西川美和監督らしい演出の冴えが随所に見られる作品です。
冒頭の作品タイトルでは、蛍光灯の明かりがつくような、ゆっくりとした点灯を見せたのも、衣笠幸夫の遅れて物事(愛)に気がつく気持ちを象徴しているのでしょう。
さしずめ、大宮陽一の素直な感情は単純ストレート。例えるな裸電球のようだと深読みすることが出来ます。
また、冒頭の幸夫の散髪をする夏子の関係性の緊張感から、バスが事故に至るまでは、類を見ない秀逸さ。
そこにいる深津絵里の美しさとその流れる時間、カメラワークの月へのパン・アップなど、感情描写と抽象化するメタファー(隠喩表現)は、日本映画界で随一の才能を持った西川美和監督ならといえるでしょう。
しかし、この作品の最大の魅力は、衣笠幸夫を演じた本木雅弘という俳優、もしくは本人そのものです。
今回、元アイドルであった本木雅弘が演じた衣笠幸夫は、何も知らない、何も出来ない人間が、新たなことを体感する”という、本木雅弘本人とパラドックスの構造の一端を見せています。
そこで物語の進行上で、竹原ピストルが演じた大宮陽一の感情の単純ストレートさは、衣笠幸夫の対比として存在をさせています。
だからこそ、衣笠幸夫の人物設定は、単純ではなく複雑でなければならない。
感情に揺らぎを持たなくてはならない衣笠幸夫が、本木雅弘という俳優よりも単純な人物設定になってしまった、落とし穴にはまっているのではないか。
劇場公開パンフレットにはDVDが添付されており、その「幸夫について本木が知っている二、三の事柄」の特典映像には“衣笠幸夫”の興味深いインタビューが収録されています。
そこで西川監督は、ある女性記者から取材で受けた疑問…、“夏子の愛はない”というメールに怒りを感じた幸夫の不自然さを指摘されたことを本木雅弘に質問を投げかけます。
本木雅弘は、端的に衣笠幸夫は単純な人間であり、そう簡単に人間は変われないと、はっきりと見透かして指摘をしてます。
西川監督が、映画スタッフではない第三者の女性記者からの言葉によって、設定の甘さに気が付き始めていた不安、ズバリ、人物設定に失敗を本木雅弘にも同じように烙印された瞬間です。
本木雅弘は、10代の頃から“見られる”、または、“見られるようにされ続けたアイドル”だったことで、演じることに日常的に慣れて長けていました。
その心の複雑さは、誰よりも深く、そう簡単なものではなかったようです。
よく、ジャニーズのアイドル(本木も含む)が出演する映画を、一括りに批判的な観客も多いようですが、自分はそれだけではないと常々感じることがあります。
本木雅弘という、かつてアイドルであった俳優は、その事実を雄弁に見せてくれてはいないでしょうか。
まとめ
西川監督が自身の投影している、ある意味で“私小説的な映画”『永い言い訳』は私たちファンにとって大切な作品。
西川美和監督は、この作品の中で、新たな領域のチャレンジをたくさん行い、ある面ではファンを満足させてくれました。
しかし、「他人を踏み込ませられなかった、(客観視のやや足りなかった)愛すべき作品」
女性が女性の内面を描いた、見事なまでに繊細な作品。結果として、どこか観客の女性たちからは同性として疑問を抱いてしまう作品かもしれません。
それでもこれは見逃せない西川作品なのです。ぜひ、西川美和監督の現時点での西川ベスト作品を、ぜひご覧ください。