親から子へ、祖父母から孫へ。
そして地域の人々に語り受け継がれる、のびーる食文化。
岩手県一関・平泉地域で、長く受け継がれてきた「もち」の食文化をテーマに、そこで生きる人々の暮らしや思いを丁寧に描いた映画『もち』。
実際に一関市に住む人々が出演することで、フィクションでありながらドキュメンタリーを見ているような作品となっています。
「もち」を通して育まれてきた、心豊かな暮らしと伝統を重んじる精神に、日本人の食文化の大切さを感じることが出来ます。
2018年、地元での上映を経て、広島国際映画祭2019では招待作品として上映。2020年7月4日(土)より渋谷ユーロスペース、地元の一関シネプラザから劇場公開となります。
映画『もち』の予告編
「おばあちゃんの葬式の日、なんであんなに、餅つきたいって言ったの?」。
深々と降る雪の中、おばあちゃんの葬式に餅つきをすると言い出す、おじいちゃん。孫のユナは、ずっと気になっていました。
そして、生徒数の減少で閉校となる中学校。最後の卒業式。友達との別れ。憧れの人の旅立ち。ユナの周りが少しずつ変化していきます。
心のざわつきを鎮めるように、おじいちゃんへと頼るユナ。
おじいちゃんは、その土地で受け継がれてきた「もち」を通して、心の持ちようを教えてくれました。
映画『もち』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督・脚本】
⼩松真⼸
【キャスト】
佐藤由奈、蓬⽥稔、佐藤詩萌、佐々⽊俊、畠⼭育王
【作品概要】
岩手県一関市に伝わる「もち」の食文化をテーマに、その地に住む人々の暮らしや思いを映し出した映画、その名も『もち』。
監督は、多くのCMやミュージックビデオを手掛けてきた映像クリエイターでもある小松真弓。
出演者には、プロの役者は一人も出演しておらず、岩手県一関市に実際に住む人々を採用。セリフも地元の方言で語られ、ドキュメンタリーに近いリアルな市民参加型の映画となっています。
映画『もち』のあらすじ
岩手県一関市厳美町の本寺地区は、かつて骨寺村と呼ばれた荘園でした。その土地に住む14歳のユナ。
今日は、ユナのおばあちゃんのお葬式の日です。雪のちらつく寒い日でした。
おじいちゃんは、祭壇の前から離れず、親戚のみんなも心配しています。そんな、おじいちゃんが、「餅をつく」と言い出します。
「ユナ、やりとりしてけろ」。葬式の手伝いもせず、スマホに夢中のユナに、おじいちゃんが声をかけます。
雪の舞う中、杵と臼での餅つきが始まります。「おじいちゃんにとって、この餅つきには何の意味があったのだろう」。ユナの心にその光景は残り続けます。
ユナの通う本寺中学校は全生徒が14人です。あと半年で、閉校となることが決まっていました。
友達のしほちゃんは、家族で市内に引っ越すということです。ユナは少しづつ変化していく日常に、不安が募ります。
テレビのニュースでは、東日本大震災から9年というニュースが流れていました。地元の磐井川に架かる祭時大橋は、真ん中からボキッと折れたまま、今に残っています。
震災を忘れない、亡くなった人を忘れない、閉校する中学校を忘れない。「忘れたくない」気持ちと「忘れてしまいそう」な不安を抱え、ユナはおじいちゃんに気になっていたことを聞きます。
「おばあちゃんの葬式の日、なんであんなに、餅つきたいって言ったの?」。
「忘れないためにはどうしたらいいの?」。
おじいちゃんは、この土地に根付いてきた「もち」文化の意味、そして忘れないためにすることを教えてくれました。
ユナは、おじいちゃんとの会話を通して、少しづつ前向きになっていきます。忘れないために今を大事にしよう。
そして、本寺中学校の最後の卒業式がやってきます。ユナは、大切な思いを抱えてその日を迎えたのでした。
映画『もち』の感想と評価
映画『もち』のキャッチコピーは、「忘れたくない 思い出せない その間に私たちがいる」です。
自分の意思とは別の所で変化していく日常に、主人公のユナが抱いていく「忘れたくないのに思い出せなくなってしまう」という気持ちが、ひしひしと伝わってきます。
その気持ちは、伝統の食文化や芸能文化の継承にもいえるのではないでしょうか。
映画『もち』では、岩手県一関・平泉地域に受け継がれてきた「もち」文化を通して、伝統が語り継がれる所以や、そこで生きるという意味を伝えてくれます。
一関市の食文化「もち」について
一関の「もち」文化は、ユネスコ無形文化資産に登録された「和食」のひとつに認定されています。さらに、農林水産省が認定する「食と農の景勝地」にも、全国で初めて選ばれました。
伝えられる「もち料理」は、約300種類にのぼると言われています。あんこ餅やずんだ餅のスイーツ餅から、エビや椎茸、納豆などを混ぜた総菜餅、最近では餅フォンデュなど洋風餅まで登場しています。
この地で長年受け継がれ、人々の暮らしに寄り添い、人生の節目に欠かせない存在の「もち」。
映画では、引っ越しの際に行う建前の餅まきの様子や、上棟式の御供餅の準備、中学の授業で「もち本膳」のマナーを習ったりと、土地ならではの風習にもスポットを当てています。
この地に伝わる「もち暦」によると、もちを食べるのは年間で60回以上あるのだそうです。
映画の中で、おじいちゃんが「餅つきは、夫婦の対話の時間」という言葉が印象的ですが、餅つきや餅を食べるという行為は、家族の愛情や絆を深める手段でもありました。
伝統芸能「踊り」について
映画『もち』では、伝統の食文化「もち」に加え、この地方で語り継がれてきた伝統芸能「獅子踊り」や「鶏舞」も登場します。
ユナたちが通う本寺中学校では、鶏舞が必須科目となっていて、卒業式にはその舞が披露されます。
こうして、若者たちに伝えられてきた地域の踊り。少子化、過疎化で若者の数が減り、学校も閉校となる昨今では、こういう形で伝統芸能を受け継いでいくのも大変なことかもしれません。
映画の中では、子供たちの語りで、伝統芸能への思いが綴られているシーンがあります。
「村の踊りは、昔から受け継がれてきた祈りの舞。忘れてしまったら踊りは、私たちを守ってくれるのだろうか。忘れられた踊りを知らないふりをするのは止めて、もっと大事にしよう」と。
「忘れたくない」気持ちについて
映画『もち』の主人公14歳のユナは、おばあちゃんの死、学校の閉校、友達の引っ越し、憧れの先輩の旅立ちと、心がザワツク出来事と対峙することになります。
そんなユナが、星空を見上げ、宮沢賢治の「星めぐりの歌」を口ずさむシーンが、切ないながらも可愛らしく印象的です。
おばあちゃんのことを忘れたくない、中学校の思い出を忘れたくない、友達や先輩のこと忘れたくない。でも、いつか思い出せなくなって、忘れてしまうのかな。
ユナの「忘れたくない、思い出せない気持ち」への不安は、東日本大震災で折れたままの姿で残された橋の存在や、おじいちゃんから聞くおばあちゃんへの思いを知ることで、前向きな気持ちへと変化していきます。
それは、「忘れない」ためには、「忘れない努力」が必要だということ。はじめ「努力しないと忘れるなんて、本物じゃない」と、ユナはおじいちゃんに言い返します。
しかしユナは、実際に今の気持ちを忘れないために行動することが出来ました。大きな1歩を踏み出したのです。
その姿は、とても清々しく輝いていました。そして、いつも側には「もち」がありました。
まとめ
岩手県一関市の伝統の食文化「もち」をシンボルに、受け継がれてきた伝統文化と、その地に住む人々の暮らしを描いた映画『もち』を紹介しました。
主人公の14歳のユナをはじめ、出演者はすべて一関の人たちです。方言で語られるセリフや、中学校の閉校など実際のエピソードを盛り込んだ作品は、まるでドキュメンタリーのようです。
時代を超えて受け継がれてきた食文化「もち」。その背景には、自然へのおそれや、神への感謝、そして何より、大事な人たちとの絆を深め、忘れないという祈りが込められていました。