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Entry 2019/03/02
Update

映画『岬の兄妹』あらすじと感想レビュー。初日舞台挨拶で語った片山慎三が真正面から描く貧困とは

  • Writer :
  • 石井夏子

映画『岬の兄妹』初日舞台挨拶リポート

2019年3月1日(金)全国ロードーショーの映画『岬の兄妹』。

2018年に開催された『SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018』のコンペティション部門に選ばれた本作。

それによって全国拡大ロードショーとなった片山慎三監督の意欲作です。

足の悪い兄と、自閉スペクトラム症の妹。職も無く、金も無い。

日本では敬遠されがちなテーマを真正面から描いた本作を、初日舞台挨拶リポートとあわせてご紹介します。

舞台挨拶は上映終了後に行われたこともあり、物語の核心部に触れている箇所もございます。

予めご了承くださいませ。

映画『岬の兄妹』舞台挨拶

2019年3月1日イオンシネマ板橋にて行われた公開初日舞台挨拶

映画本編上映後に、主演の松浦祐也さん、和田光沙さん、片山慎三監督が登壇され、撮影にまつわるエピソードを話して下さいました。

松浦さんは「感無量です。たくさんのお運びを頂き…」と客席を見回し、6割ほどの埋まり具合に軽く絶句し苦笑。

そんな松浦さんの姿を見て観客からも笑い声が。

気を取り直し「まあまあ、たくさんのお運びを頂き、ありがとうございます。これからも上映は続くんで、頑張って行きます。みなさまの口コミで伸びて行く作品ですので、どうぞよろしくお願いします」と感謝を伝えました。

和田さんは「この特別な初日という日を選んで下さってありがとうございます」と笑顔。

緊張で早く目が覚めたという片山慎三監督はこう語りました。

「これは全部自費で、死に物狂いで一年間かけて撮影した映画です。こうして初日を迎えられて幸せです。ありがとうございます」

苦労が報われ、ほっとしたような面持ちでした。

監督と共に走ってきた松浦さん


(C)SHINZO KATAYAMA

脚本段階から本作に関わってきた松浦さん。

片山監督が、山下敦弘監督の現場で助監督を務めていたときからの仲というおふたり。

主演にオファーされた時の状況とお気持ちはと聞かれた松浦さんは「監督とカメラマンの池田さんと新宿のサムギョプサル屋さんでご飯を食べた時に、じゃあよろしくみたいな感じで言われた」と当時を振り返り、なんとなく話が進んだと答えます。

一方片山監督は初長編作の主演に松浦さんを抜擢した理由を「お芝居が上手なのもわかっていたし、同い年で友達感覚で話しやすかったのもあって、松浦さんに声をかけました」と信頼を寄せました。

すかさず「わりと(主人公の)良夫っぽいところがあるから大丈夫だと思った」と言う監督に、「僕は普段は文学青年ですよ、演じてるんです」と力説する松浦さん。

和田さんも「一年間演じ続けて大変でしたね」とつっこみを入れ、会場はさらに和やかな雰囲気に包まれました。

オーディションで抜擢された和田さん


(C)SHINZO KATAYAMA

和田さんは松浦さんと共演したことがあり、その縁で松浦さんから本作のオーディションの話を聞いたそう。

本作のプロットに驚いた和田さんでしたが、松浦さんと共演するという安心感と、なにより本作に挑戦したいという思いからオーディションを受けたと言います。

自閉症の真理子という役のアプローチについて聞かれると、「撮影前に参考資料のDVDや本を読んだりしましたが、撮影期間が1年間あったので、演じながら(真理子という役を)つかんで行くという感じでしたね」と答えました。

和田さんを抜擢した理由を「ご自身も明るい方ですし、こういう役をやっても明るくあっけらかんと、ちょっと笑えるシーンも和田さんなら作れると思った」と話す片山監督。

そして何より、和田さんと松浦さんの兄妹のような空気が決め手だったそうです。

並んだ時のバランスと空気感で決めました」とオーディションの裏話を明かしました。

「確かに松浦さんは本当にお兄さんみたいな感じで、お芝居でも何をやっても返してくれるだろうなって安心感がものすごくて」と和田さんも強く頷きます。

脚本は無かった?


(C)SHINZO KATAYAMA

松浦さんへの安心感を語る際、和田さんがぽろっと「脚本が無く即興というところもあって」と洩らしました。

そこへ「脚本はありましたけどね」と片山監督が指摘。

ざわつくゲストと観客。

「これ(言っちゃ)だめだからね」と松浦さんから厳重注意が出ます。

片山監督は「最後までは脚本はありませんでしたけど、ちゃんと演じる時には脚本とセリフありましたから」と若干しどろもどろになりつつも和田さんの発言を訂正します。

松浦さんの「そうしないと今後賞レースで脚本賞でノミネートされなくなっちゃうから」というとっさのフォローで沸く会場。

「ラストまでの話のすじが出来ていなかった」だけで、脚本はきちんと存在していたとのことです。

俳優陣から見た片山監督


(C)SHINZO KATAYAMA

俳優陣から見た片山監督の印象を聞かれた松浦さんと和田さん。

小道具とか衣裳とかにこだわっていた印象があります。あとは自由にやらせてくれました」と和田さんは言います。

松浦さんは「作為のある芝居をすぐ見抜く、芝居の本質を見ている監督」と監督の審美眼を称賛。

加えて「俳優部には自由にやらせてくれるから楽しみながら現場が進んだ」と撮影時を振り返りました。

ポン・ジュノ監督からの影響


(C)SHINZO KATAYAMA

『TOKYO!』(2008)『母なる証明』(2009)で韓国のポン・ジュノ監督のもと、助監督を務めていた片山監督。

本作でのポン・ジュノ監督からの影響はという質問に、「(真理子が相手をする)男の人が変わって行くカット」がそうだと答えます。

ポン・ジュノ監督は『TOKYO!』で、香川照之演じる男が注文した宅配寿司を受け取り、彼が顔を振ったらピザに変わっているという手法で時間経過を感じさせました。

また、物語の終盤で蛇口から水が流れ続けているシーンについても「意識的にホラーの要素を取り入れようと思った」と話します。

一つの映画の中に違うジャンルのシーンとかカットが入るのはポン監督から学びました」と本作の多層構造の秘密を明かしました。

SNSでの反響


(C)SHINZO KATAYAMA

SNSで著名人からもコメントが拡がっている本作。

その絶賛コメントを聞いた監督は「利害も無く単純に映画を観て良いと思ってくれて、そのコメントを残して下さって励みになりますし嬉しい」と素直に喜びを口にします。

和田さんも「撮っている時は本当に出来るのかわからなかった」と打ち明けながら「色んな方々からのご支援を頂き、こうして全国公開になって信じられない」と驚きを隠せません。

また、本作は『SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018』のコンペティション長編部門での受賞により、全国規模での劇場公開が決まりました。

その反響の大きさについても片山監督は「単純に嬉しい」と答えた上で、「今の日本の映画に無い要素がたくさん入っている」と自信を覗かせます。

そして「こういう映画もお客さんが入るんだとわかってもらいたい」とひたむきに語りました。

松浦さんは、単館から大ヒットした2018年の某日本映画を例に挙げつつ、本作を兄妹の話にするというアイデアを出したのは自分だから「ヒットした暁には原作料をがっぽりいただこう」と冗談交じりに発言。

舞台挨拶の最後に

終始和やかな雰囲気で進んだ舞台挨拶も終わりに近づき、松浦さん、和田さん、片山監督それぞれが一言ずつ観客にメッセージを寄せました。

松浦さんは「公開が始まったら観て頂いたお客さんのもの」で「観て頂いた方に育てて頂く作品」と語りました。

面白くなかったら内緒にしてと笑いながら懇願する松浦さんを受け、和田さんは「どんなご意見も作ったからには覚悟の上」と決意の表情。

片山監督は映画のラストに触れ、「みなさんが“こういう風になる”と思っていることが答え」と作品を観客の想像力に託しました。

そして映画にちなんだ“チョコパイ”投げが行われ、さらに盛り上がる会場。

その後、盛大な拍手で見送られる中、松浦さん、和田さん、片山監督が会場を去り、舞台挨拶が終了致しました。

映画『岬の兄妹』の作品情報


(C)SHINZO KATAYAMA

【公開】
2019年(日本映画)

【脚本・監督・製作】
片山慎三

【撮影】
池田直矢・春木康輔

【音楽】
高位妃楊子

【キャスト】
松浦祐也、和田光沙、北山雅康、中村祐太郎、岩谷健司、時任亜弓、ナガセケイ、松澤匠、芹澤興人、杉本安生、松本優夏、荒木次元、平田敬士、平岩輝海、日向峻彬、馬渕将太、保中良介、中園大雅、奥村アキラ、日方想、萱裕輔、中園さくら、春園幸宏、佐土原正紀、土田成明、谷口正浩、山本雅弘、ジャック、刈谷育子、内山知子、万徳寺あんり、市川宗二郎、橘秀樹、田口美貴、風祭ゆき

【作品概要】
ポン・ジュノ監督作品や山下敦弘監督作品などで助監督を務めた片山慎三の初長編監督作品。

兄役は『マイ・バック・ページ』(2011)などでその存在感から爪痕を遺してきた松浦祐也が映画初主演。

妹役には『ヤーニンジュの島』『ミカヨのクレヨン』『しあわせ配達人・ユリ子』(2018)の和田光沙。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内コンペティション長編部門で優秀作品賞と観客賞を受賞。

映画『岬の兄妹』のあらすじ


(C)SHINZO KATAYAMA

港町、小さな古い平屋に暮らす兄と妹。

兄は右足が悪く、いつも引きずっています。

そして頭の回転も速くありません。

妹は自閉症で、兄が仕事に出ている間はどこかに行ってしまわないように家の中に閉じ込められています。

ある日妹が姿を消します。

彼女が戻ってきたとき、ポケットには一万円が入っており、下着には男の体液が付いていました。

兄は足が悪いことを理由に仕事を辞めさせられます。

罪の意識を持ちながらも、ふたりが生きて行くためには妹の性を売るしかありませんでした。

兄は妹の売春の斡旋をし始めます。

「冒険」「お仕事」と笑顔で客の相手をする妹。

兄の友人である警察官が止めても兄妹は止まることができません。

ふたりが行きつく先はどこなんでしょうか…。


(C)SHINZO KATAYAMA

映画『岬の兄妹』の感想と評価


(C)SHINZO KATAYAMA

目を背けたくなるもの

別作品の鑑賞で足を運んだ映画館に置いてあった本作のチラシと、流れていた予告編。

貧困と障碍、生きて行くために妹は売春をし、兄がその斡旋をする…。

なんとも救いようのない負の連鎖。

絶対にこの映画は観ないと心に誓いました。

ですが何故だか強烈な印象を残し、心から離れません。

そして公式サイトを開いて読んでいるうちに、「絶対に観に行かなければ」と考えを改めました。

映画には“夢”や“現実逃避”を求める方も多いでしょう。

辛い現実を2時間ほどは忘れ、虚構の世界で楽しく過ごしたい。

逃げるというのは動物として正常な判断ですから、“逃げずに立ち向かう”“怖いもの見たさ”のような感情は、人間特有の矛盾なのかもしれません。

本作終盤で、ある人物が「逃げないで」と優しく語りかけます。

それは一体“誰”に向けた言葉なのか。

その柔らかな囁きが耳に残ります。

観客にゆだねる


(C)SHINZO KATAYAMA

舞台挨拶で片山監督と主演おふたりも仰っていたように、互いの信頼感で作られている本作。

それは観客に対してもそうです。

本作は、不自然なセリフで状況を説明する箇所がありません。

例えば冒頭。

ボロボロの家のドアが開き、出てくる足。

身なりは汚れていて、手に持っているのは折りたたみ式の古い携帯電話。

片足を引きずりながら歩く兄の姿を映すだけで、兄の生活の貧しさ、置かれている状況が伝わってきます。

セリフで説明しなくても、伝える術はいくらでもある。

そして観客にはそれを読み取る力がある。

観客を信頼し、一切の無駄を省きながらも、遊び心は忘れていない本作。

妹の瞳から、観客は“見たいもの”を見るんです。

まとめ

とてつもないエネルギーで観るものを打ちのめす怪作『岬の兄妹』

片山慎三監督が身銭を切って製作した本作は、季節を描くために一年の期間をかけて撮影されたそうです。

その時間と労力が実を結び、全国拡大ロードショーとなりました。

松浦祐也さん、和田光沙さん、片山慎三監督が舞台挨拶で「口コミで伸びて行く作品」「観た人たちで話し合って話題に」とそれぞれ口にされていたように、観たら誰かに薦めたくなる映画です。

高位妃楊子さんの奏でる音楽も繊細で美しく、物語の要所要所に色を添えます。

救いようが無いくらいに辛い現実の中にも、笑いがあって、美しいと感じる瞬間は必ずある。

松浦さんと和田さんが演じる、どうしようもなくダメでチャーミングな兄妹の力強さを、ぜひ劇場でご覧下さい。

映画『岬の兄妹』は2019年3月1日(金)全国ロードーショーです。

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