映画『mid90s ミッドナインティーズ』は2020年9月4日(金)より全国順次公開。
これまで「アカデミー助演男優賞」に2度ノミネートされている、実力派俳優のジョナ・ヒル。
彼が、自身の10代の頃の経験をもとに、半自伝的な内容を自ら映画化した『mid90s ミッドナインティーズ』。
90年代を舞台に、少年達の成長をアメリカの社会問題を交えて描いた本作は、全米4館からスタートしましたが、口コミで評判が広がり、最終的に1200スクリーンまで公開が広がった作品です。
甘くも、切なく厳しい「青春」を描いた、本作の魅力をご紹介します。
映画『mid90s ミッドナインティーズ』の作品情報
【公開】
2020年公開(アメリカ映画)
【原題】
Mid90s
【監督・脚本・製作】
ジョナ・ヒル
【キャスト】
サニー・スリッチ、キャサリン・ウォーターストン、ルーカス・ヘッジズ、ナケル・スミス、オーラン・プレナット、ジオ・ガリシア、ライダー・マクラフリン、アレクサ・デミー
【作品概要】
『マネーボール』(2011)、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013)で、これまで「アカデミー助演男優賞」に2度ノミネートされている俳優のジョナ・ヒルが、映画ファンから注目されている映画スタジオ「A24」とタッグを組んだ初監督作品。
13歳の主人公、スティーヴィーを、『ルイスと不思議の時計』(2018)や『聖なる鹿殺し』(2017)に出演している俳優、サニー・スリッチが演じています。
母親のダブニーを、「ファンタスティック・ビースト」シリーズのキャサリン・ウォーターストンが演じている他、スティーヴィーに影響を与えるスケーターのレイを、プロスケーターやラッパーとして活躍しているナケル・スミスが演じるなど、幅広い才能が集結しています。
映画『mid90s ミッドナインティーズ』のあらすじ
1990年代のロサンゼルス。
過保護で真面目なシングルマザー、ダブニーのもとで、兄のイアンと共に暮らしている13歳の少年、スティーヴィー。
小柄なスティーヴィーは、年の離れたイアンに力で抑圧されており、いつかイアンを見返す事を夢見て、窮屈な毎日を送っていました。
ある日スティーヴィーは、イアンの留守中に部屋へ入り、棚に置いてあった音楽を聴いた事から、外の世界へ興味を持つようになりました。
外を歩いていたスティーヴィーは、路上でスケボーをやっていた少年達を見かけ、スケボーに興味を持つようになります。
スティーヴィーは、街のスケートボード・ショップを訪れ、そこに出入りしていた少年達と知り合います。
プロに近いスケボーの腕前を持つ、リーダー的な存在のレイ、スケボーは上手いのですが、いつもフラフラしているファックシット、スティーヴィーと年齢が近いのですが、やたらとライバル視してくるルーベン、無口で、いつもカメラを回して何かを撮影しているフォースグレード、個性的なメンバーとスティーヴィーは仲良くなります。
これまで、窮屈な家庭で育ったスティーヴィーは、レイ達の影響を受けてスケボーの腕が上達していき、レイ達にも気に入られる存在となっていきます。
ですが、貧しい家庭で育ったレイ達は、街の住人からはギャングのように見られており、スティーヴィーは、自分に自信を持つようになりますが、レイ達の影響を受けて、次第に素行も悪くなっていきます。
ある時、スティーヴィーがレイ達と付き合っている事が、ダブニーにバレてしまい、ダブニーはスケートボード・ショップに怒鳴り込んで来ますが……。
映画『mid90s ミッドナインティーズ』感想と評価
90年代を舞台に、13歳の少年スティーヴィーの成長を描いた映画『mid90s ミッドナインティーズ』。
90年代のヒット曲と共に、「カセットテープ」や「スーパー・ファミコン」「ストリート・ファイター」などの、当時を代表するカルチャーが詰め込まれた本作は全編16mmフィルムで撮影されており、90年代の雰囲気を再現した作風となっています。
本作で描かれているのは、スティーヴィーの成長で、そのキッカケは作品序盤で何気なく描かれています。
兄のイアンの部屋に入ったスティーヴィーは、兄の部屋にあったCDなどのカルチャーに触れた事で、外の世界へ興味を持つようになります。
年上の兄弟の部屋に入り、そこで新たなカルチャーに触れるという経験は、特別な事ではない日常的な光景で、本作でもスティーヴィーの心境の変化は淡々と描かれています。
ただ、イアンは決して良い兄ではなく、小柄で年下のスティーヴィーを、力で押さえつけようとします。
このイアンによる抑圧と、母親のダブニーの過保護な部分に、スティーヴィーは息苦しさを感じています。
序盤のファミレスでの家族の食事シーンで、苦労して子育てをしてきたダブニーの話を、死んだような目で聞いているイアンとスティーヴィーの表情から「何も不自由はないが、決して幸せではない」そんな心境が観客に伝わってきます。
この息苦しい家庭から抜け出す事が、スティーヴィーの最初の成長に繋がります。
路上でスケートボードをしていた、レイ達のグループに近付く事で、スティーヴィーは新たな世界の扉を開く事になるのです。
80年代後半に、ストリートに浸透し、90年代にはストリートカルチャーとして定着したスケートボードが物語の鍵になる辺り、90年代を舞台にした本作ならではの展開といえます。
レイ達と知り合い、スケートボードに打ち込む事で、抑圧された家庭から解き放たれたスティーヴィーは、レイと兄弟のような仲になっていきます。
ここまでだと、本作は90年代を舞台に、スケートボードに打ち込むスティーヴィーが、新たに出会った仲間と成長する美しい青春ドラマのように思えますが、『mid90s ミッドナインティーズ』という映画は、そんなに生易しい作品ではありません。
スティーヴィーは、レイ達スケートボード仲間を通して「アメリカの貧困問題」を目の当たりにするようになります。
レイは、遊びでスケートボードをしている訳ではなく「プロスケーターになって、この場所から抜け出す」という夢を持っています。
逆に言うと、それ以外に街から抜け出す方法がなく、レイは「プロスケーターにならなければ、忌み嫌っている家族と同じ人生しか選べない」という現実に直面しており、窮屈な家庭から抜け出す事を望んだスティーヴィーと、同じ願望を持っています。
レイとスティーヴィーと仲間たちが集まり「プロスケーターになり、ツアーに出る」「映画監督になる」と夢を語り合う場面は、アーティストのエミネムの自伝的映画『8 Mile』(2002)で、まだ何も成功していないエミネムと仲間たちが、夢を語り合う場面に通じる「現実を直視したくない虚しさ」を感じます。
しかし、レイの仲間全員が、自身の置かれた環境に抗っている訳ではありません。
仲間の1人、ファックシットはレイと違い、すでに人生を諦めたような素振りを見せ、この自暴自棄な部分が、クライマックスでとんでもない事件を巻き起こします。
映画『mid90s ミッドナインティーズ』は、スティーヴィーの成長を描いていますが、同時に個人の力ではどうする事もできない、ある意味、逃げ出す事ができない「アメリカの闇」ともいえる部分を、まざまざと描いた作品です。
ですが、決して暗いままで終わる作品ではなく、映画監督を目指すフォースグレードのある行動により、レイやスティーヴィー達の人生が、90年代に、確実に刻まれている事が証明されます。
少年スティーヴィーが、大人の世界に触れる姿を通して、家族や友人、そして生活という身近なテーマを掘り下げた本作は、90年代を生きた人にはもちろん、90年代を未経験の方にも、是非鑑賞してほしい作品です。
まとめ
全編16mmフィルムで撮影された本作は、スティーヴィーの日常を淡々と描いており、どちらかというと、ドキュメンタリーのような印象を受ける作品です。
その中で、スティーヴィーの成長していく内面を、表情や顔つきの変化で表現しており、作品序盤の、あどけない純粋な表情を浮かべるスティーヴィーと、後半の外の世界に触れたスティーヴィーを比べると、別人のような印象を受けます。
また、内面の変化はスティーヴィーだけでなく、レイにも起きます。
ある出来事をキッカケに、レイはスティーヴィーの兄のような存在になるのですが、次第に顔つきが「優しさや穏やかさ」をにじませるようになり、こちらも序盤の、ガラの悪い印象とは別人のようになっていきます。
本作は、スケートボードを通して、レイ達と親交を持つようになった、スティーヴィーの成長がメインとなりますが、「アメリカの闇」に苦しみ、半ば自暴自棄になっていたレイの成長を描いた作品でもあります。
レイを演じたナケル・スミスは、実際にプロスケーターとして活躍しており、俳優が本業ではないのですが、表情の変化だけでレイの内面を表現をしたのは見事としか言いようがありません。
『mid90s ミッドナインティーズ』は、誰もが知る、有名俳優が出演している作品ではありませんが、だからこそ、90年代の街中を記録したようなリアルさがあります。
登場する人物は、日常に悩みもがいている人達ばかりなので、必ず誰かに共感するでしょう。
メインの登場人物だけでなく、スティーヴィーの家族やスケートボード仲間など、脇のキャラクターも丁寧に描かれているので、その部分にも注目して下さい。