『荒野の誓い』は2019年9月6日(金)より、新宿バルト9ほか全国ロードショー!
1890年は“フロンディア”が消滅、西部の開拓が終了し、名実ともに全てがアメリカとなった、アメリカ史上輝かしい年とされてきました。
しかしそれは、インディアンに対する強制移住政策、それに抵抗する部族への武力弾圧の、勝利宣言を意味していました。
そんな時代を背景にして、インディアン戦争を戦い抜いた男、誇り高いシャイナン族の長、インディアンに家族を殺された女、様々な思いを抱えた将兵が、荒野で旅を共にします。
アリゾナ、ニューメキシコ、コロラド。西部劇でお馴染みの、そしてアメリカの原風景でもある荒野で撮影された映像が、重厚なストーリーと共に胸を打つ作品です。
CONTENTS
映画『荒野の誓い』の作品情報
【日本公開】
2019年9月6日(金)(アメリカ映画)
【原題】
Hostiles
【監督・脚本】
スコット・クーパー
【出演】
クリスチャン・ベール、ロザムンド・パイク、ウェス・ステューディ、ベン・フォスター、ティモシー・シャラメ
【作品概要】
19世紀末、西部開拓とインディアン戦争の終了した時代を描く、新たなマスターピースとなる西部劇映画。
監督・脚本はスコット・クーパー。長編映画デビュー作『クレイジー・ハート』で、カントリー・ミュージシャンを演じたジェフ・ブリッジスに、アカデミー主演賞を獲得させ、一躍注目を集めた映画監督です。
その後『ファーナス 訣別の朝』『ブラック・スキャンダル』と、現代アメリカを舞台にした骨太なテーマを持つ、社会派作品を発表しています。
スコット・クーパーが、『ファーナス 訣別の朝』に主演したクリスチャン・ベールと共に、フロンティア終焉の時代を舞台に、魂を揺さぶるドラマを描きます。
映画『荒野の誓い』のあらすじ
1892年、アメリカ軍騎兵隊大尉のジョー(クリスチャン・ベール)は、上官からかつての宿敵であり、今は囚われの身であるシャイアン族の首長、イエロー・ホーク(ウェス・ステューディ)を護送する任務を命じられます。
余命僅かなイエロー・ホークを“人道的”な理由で、ニューメキシコからシャイアン族の聖地、モンタナにある“熊の峡谷”に送り届けるのが、大統領から直々下された命令でした。反発を覚えながらも命令に従うジョー。
イエロー・ホークとその家族を護送するジョー一行は、コマンチ族の蛮行で家族を失った女性、ロザリー(ロザムンド・パイク)に出会います。
ジョーはロザリーを連れて旅を続けますが、一行に次々と危険が迫ります。旅路から脱落する者、新たに加わる者それぞれが、インディアンとの戦いの日々に、様々な思いを抱いていました。
危険から逃れる必要から、互いに協力する必要に迫られた一行。やがてジョーやロザリーの心境に変化が現れます。
困難に満ちた旅で彼らは何に遭遇し、何を失い、何を得る事になったのか…。
映画『荒野の誓い』の感想と評価
アメリカの近代を描き続けるスコット・クーパー
長編映画デビュー作『クレイジー・ハート』で、アメリカの魂と言うべき、カントリー・ミュージックの世界を描いたスコット・クーパー。
彼は次作『ファーナス 訣別の朝』では、産業が衰退し荒廃したラストベルトの街を舞台に、暴力に巻き込まれるイラク帰還兵の姿を描きます。続く『ブラック・スキャンダル』では、1970〜80年代の、マフィアとFBIと政治家の癒着を告発します。
常にアメリカ社会に斬り込む作品を手がける彼が、新たに描いたのは西部開拓時代の、そして西部劇終焉の時代を描いた『荒野の誓い』でした。
西部劇の終焉を描いた、とされる映画はいくつかあります。流れ者や賞金稼ぎ、無法者や保安官、そしてインディアンと騎兵隊の最後の姿を描いた作品が。
しかしアメリカにおいて西部開拓が終わった、“フロンティア”が消滅したとされる時代そのものをテーマにした作品は、決して多く無かったのではないでしょうか。
そしてこの時代はインディアン戦争、それを解決する手段としてのインディアンの強制移住、すなわち“インディアン絶滅政策”の完了を意味するものでした。
アメリカ史の闇であるインディアン政策
映画草創期の人気娯楽映画であった西部劇映画で、悪役であったインディアン。しかし20世紀の後半にその歴史が見直されるにつれ、インディアンに対する認識も変化していきます。
70年代には公民権運動の高まりと共に、かつてのインディアンに対するアメリカの振る舞いが、ベトナム戦争でのアメリカ軍の行動と同一視され、そんなメッセージを持った『ソルジャー・ブルー』や『小さな巨人』といった映画が作られます。
そして『ゴッドファーザー』でアカデミー主演男優賞を獲ったマーロン・ブランドが、インディアンや少数民族の差別に抗議し受賞を拒否する事件が発生。この時代に“古き良き西部劇”は、完全に滅びてしまいました。
その後新たな歴史認識を踏まえ、復権した西部劇映画。それでもこの時代を正面から描いた作品は、決して多くありませんでした。
この作品の舞台となる時代について、映画は理解出来るよう描かれていますが、“古き良き西部劇”が滅びた今、セリフの中に理解し難い言葉もあります。そこで歴史と共に、少し解説しましょう。
まずシャイアン族。かつてワイオミング州からコロラド州までの平原地帯を支配し、ワイオミング州の州都、シャイアンの名の由来になっています。
南北戦争中、コロラド州では開拓民とインディアンの争いが激化、襲撃を恐れたコロラド州デンバーの住民は、新聞を使い“インディアン絶滅キャンペーン”を開始します。
やがて州を挙げた反インディアンの機運の中、1864年チヴィントン大佐率いる騎兵隊が、インディアンの中でも和平派であった、シャイアン族・アラパホー族の野営地を襲撃、住民を虐殺します。これは“サンドクリークの虐殺”と呼ばれ、映画『ソルジャー・ブルー』で描かれます。
参考映像:『ソルジャー・ブルー』予告編(1971年日本公開)
1868年アメリカ政府との交渉で、オクラホマの保留地に強制移住させられたシャイアン族。過酷な生活を強いられる中、1878年一部の人々がワイオミングの故郷を目指し逃亡します。
この逃避行が、映画『シャイアン』で描かれました。インディアンを悪役とした西部劇の代表、『駅馬車』のジョン・フォード監督が、インディアン側に立って描いた作品として有名です。
間違い無くこの史実と映画『シャイアン』が、『荒野の誓い』のストーリーに大きな影響を与えているのでしょう。
次にカスター中佐(南北戦争時、将軍)。第7騎兵隊を率い、かつて西部劇映画・ドラマで英雄であった人物です。1876年、シャイアン族を含むインディアン連合軍とリトルビッグホーンで戦い、率いた部隊は全滅、彼も戦死します。
それに先立つ1868年、ウォシタ川の戦いので、シャイアン族に対し大きな勝利を納めていたカスター中佐。その死はプロパカンダで英雄に祭り上げられ、後の西部劇映画の主人公になります。
ところが現在は、リトルビッグホーンの戦いで無謀な作戦をとり敗北した指揮官と評され、そしてウォシタ川の戦いの実態は非戦闘員の殺害を伴うもので、今では“ウォシタの虐殺”と呼ばれています。
こうして英雄とされたカスターの名声は地に落ち、“ウォシタの虐殺”は映画『小さな巨人』で描かれます。カスターの名を聞いたジョー大尉が、否定的に語るのも無理はありません。
そしてジョーとその部下は、かつて“ウーンデッド・ニー”で戦ったと語ります。これが1890年末のウーンデッド・ニーの戦い、今は“ウンデット・ニーの虐殺”と呼ばれている事件です。
これは第7騎兵隊が、スー族に対し行った民族浄化と言うべき、女性や子供まで対象にした虐殺行為。ジョーやその部下の心に、深い傷を与えた事は間違いありません。
同時にジョーやその部下たちが、第7騎兵隊に所属した将兵である事を示しています。映画を見たアメリカ人は、これらの事実を踏まえて見ているのでしょう。
マサノブ・タカヤナギ(高柳雅暢)が描く広大な西部の風景
重いインディアン戦争の歴史を紹介しましたが、映画はそれだけではありません。かつての西部劇でお馴染みの、アメリカの原風景というべき荒野を美しく描いています。
撮影監督はマサノブ・タカヤナギ。日本を離れた後アメリカで学び、ギャヴィン・オコナー監督の『ウォーリアー』で、撮影監督としてハリウッドデビューします。
スコット・クーパー監督の、『ファーナス 訣別の朝』以降の作品は全て彼が撮影、監督から全幅の信頼を寄せられている撮影監督です。
『荒野の誓い』で彼は、人物を小さく、そして雄大な自然を画面いっぱいに映し出すロング・ショットを多用、美しい映像で観客の心に訴えかけます。
この映画は時系列に沿って撮影されました。映画に描かれた風景、また登場人物の変化とその演技は、撮影の経過と共に生まれたものとしてご覧下さい。
また野外ロケで行われたこの作品。アリゾナとニューメキシコの撮影は雨期と重なり、雷雨で撮影が中断する事も多々あったそうです。時系列・野外ロケと贅沢な撮影環境で作られた結果、多額の製作費を要した作品は、それに見合う素晴らしい映像を生み出しています。
西部開拓終了後、“最後のフロンティア”と呼ばれ開発されたアラスカ。マサノブ・タカヤナギは『THE GREY 凍える太陽』で、寒々としたアラスカの大地を描いています。なぜかアメリカの“フロンティア”の地に縁のある、日本人撮影監督です。
まとめ
この映画は、インディアン戦争の終結の時代を描いただけの作品ではありません。
登場人物は憎悪の連鎖が続く闘争を経験し、深く心を傷付けられて登場します。彼らが復讐の念から解放されるのは容易ではなく、深い苦しみの中に生きています。
その闘争の現場の部外者は、彼らに対し刷り込まれた憎悪をむき出しにしたり、あるいは政治的・人道的と称する立場で、戦いの当事者を当然の様に批判します。
歴史ではインディアン戦争の終結は、インディアンへの同化政策、彼らの文化の破壊へと“人道的に”移行します。しかし根強い差別が無くなる事はありませんでした。
『荒野の誓い』はその時代を描いただけでなく、9.11以降のテロとヘイトが溢れた、憎悪の連鎖が続く現代を風刺する内容にもなっています。
様々な登場人物は、どうやって憎悪から解放されたでしょうか。そして現代に生きる我々は、どうすれば憎悪から解放されるのでしょうか。
映画に描かれる暴力は、すべてストーリー上の必然から描かれています。スコット・クーパー監督らしい、実に深く重いテーマを持った作品です。
『荒野の誓い』は2019年9月6日(金)より、新宿バルト9ほか全国ロードショー!