閉鎖的な地方の農村に、フィリピン人女性が嫁いだ事で巻き起こる騒動を描く、映画『愛しのアイリーン』。
吉田恵輔監督が現代社会が抱える問題点を、手加減無しで描く『愛しのアイリーン』。
今回は2018年9月23日、渋谷の映画館「シネクイント」の15時上映会の終了後に、吉田恵輔監督と漫画家で本作のパンフレットに寄稿している内田春菊さんのトークイベントが開催されましたので、その模様をお伝えします。
CONTENTS
吉田恵輔監督×内田春菊トークショー
最初に吉田恵輔監督が「昨日も日比谷でトークイベントがあったけど、年齢層が高くて大丈夫か?と思った」と、過激な描写が理解されるかが不安だった事を語っていましたが、今回については「渋谷は、年齢層幅広いから大丈夫でしょ?」と安心した様子を見せイベントが始まりました。
2人は旧知の仲
吉田恵輔監督と内田春菊さんは、吉田恵輔監督が2006年に自主制作した映画『なま夏』を出品したゆうばり国際映画祭にて、内田春菊さんが審査員として関わっていた事から知り合いました。
この時に『なま夏』はグランプリを獲得しましたが、内田さんは「本当は女性監督にあげようと思っていましたが『なま夏』が凄すぎたのと、審査員長だったトビー・フーパーから説得された」と舞台裏を明かしていました。
10年映画を製作して、初めてのグランプリが『なま夏』だった事で、内田さんは「他の映画は、何故駄目だったのか?」と質問し、吉田監督は「他のは全部、自己満足で作ってた」と明かしました。
過去作品の完成度については「後輩が過去の作品を見たらタメ口をきくと思う」と独特の表現で説明していました。
木野花さんの存在感に、原作者が怖がっていた
本作で強烈な存在感を放つ岩男の母親ツル役の女優、木野花さん。
普段は穏やかな方ですが、カメラが回ると豹変していたそうです。
その雰囲気に原作者の新井英樹さんが怖がっており、他の役者さんとは話をしていても、木野さんには近づかなかったそうです。
監督はぬいぐるみを抱いて撮影していた
吉田恵輔監督は、撮影中にずっとぬいぐるみを抱いていました。
ぬいぐるみは吉田恵輔監督が2013年に制作した映画『麦子さんと』に登場したもので、本作の小道具さんも同じだった事から撮影初日に渡されたそうです。
「DVDの特典でぬいぐるみ抱いていると思うけど、そういう事だから」と語っていました。
吉田監督は2014年の映画『銀の匙 Silver Spoon』の撮影時も羊のぬいぐるみを抱いて撮影し、「ぬいぐるみを抱く事によって、本気でブチ切れたとしても、相手に与える恐怖が緩和する」効果があるそうです。
ここで時間となり、最後はアイリーン役のナッツ・シトイさんと、間嶋琴美役の桜まゆみさんがステージに上りました。
桜まゆみさんの「この映画がたくさんの人に広がるように皆さんの力を貸してください」というコメントでイベントは終了しました。
過去の作品から吉田恵輔監督がどういう人なのか気になっていましたが、豪快な方で正直ここでは書けないような下ネタ全開のトークもあって、面白いトークイベントでした。
「シネクイント」では今後もトークイベントが開催されており、スケジュールは以下となります。
【日時】
9月26日(水)20:00の回上映後
【登壇者】
吉田恵輔監督、山下敦弘監督、松江哲明監督
【日時】
9月27日(木)20:00の回上映後
【登壇者】
奥浩哉さん(漫画家)、吉田恵輔さん(映画監督)
MC:森直人さん(映画評論家、ライター)
映画『愛しのアイリーン』の作品情報
【公開】
2018年9月14日(日本映画)
【監督・脚本】
吉田恵輔
【原作】
新井英樹
【キャスト】
安田顕、ナッツ・シトイ、河井青葉、ディオンヌ・モンサント、福士誠治、品川徹、田中要次、伊勢友介、木野花
【作品概要】
『ワールド・イズ・マイン』『宮本から君へ』などで知られる人気漫画家、新井英樹の同名漫画を、『ヒメアノ~ル』の吉田恵輔監督が実写化。
さまざまな作品で、独特の存在感を見せる俳優、安田顕が主演を務め、木野花や伊勢谷友介などの実力派俳優が脇を固めています。
映画『愛しのアイリーン』あらすじ
農家の両親と一緒に暮らしている、42歳の宍戸岩男。
父の源造は認知症の症状をみせるようになり、母のツルは岩男を溺愛しながら、結婚しない岩男を心から心配しています。
誕生日を迎えた岩男は仕事先のパチンコ屋の従業員、吉岡愛子に誘われて飲みに行き、ゴリラのぬいぐるみをプレゼントされます。
42歳になるまで恋愛を知らずに生きてきた岩男は、愛子に好意を抱き舞い上がります。
次の日、岩男の部屋を掃除していたツルは、岩男の部屋に置いてあった愛子の手紙を発見します。
ツルは岩男の職場を訪ねて、愛子の身辺を探ります。
その夜、職場の店長とフィリピンパブに行った岩男は、店長が愛子と肉体関係を持っていた事を知ります。
ショックを受けた岩男は、フィリピンパブの従業員マリーンを金で買いますが、ショックが大きく何もできません。
愛子を訪ねた岩男は「好きだった」と伝えますが、愛子は「本気になられても困る」と拒絶します。
家に帰った岩男は、愛子の身辺を探ったツルから、愛子が子持ちで夫は刑務所にいる事と、男好きである事から大反対を受けます。
源造からも責められた事から、岩男は勢いで家を飛び出します。
それから2週間、岩男は消息不明となり、心配したツルは村中を探しますが見つかりません。
源造も亡くなってしまいツルは悲しみの中、葬儀を行いますが、そこへ岩男が帰って来ます。
フィリピン人の女性、アイリーンも一緒で岩男は結婚した事を報告します。
行方不明だった2週間、岩男は貯金してきた300万円を全て使い、フィリピンの嫁探しツアーに参加、30人のフィリピン女性とのお見合いに疲れ、適当にアイリーンを選び、アイリーンの家族に仕送りをする事を約束して日本に連れて帰りました。
アイリーンと結婚した岩男にショックを受けたツルは、アイリーンに猟銃を向けますが、アイリーンに抵抗されます。
岩男はアイリーンを連れて逃げ出しました。
アイリーンと共にホテルを転々としながら生活する岩男とアイリーン。
岩男はアイリーンの体を求めますが、お金の為の結婚と割り切っているアイリーンは許しません。
岩男はアイリーンに不満を感じるようになります。
アイリーンもお金の為に結婚し、日本へ来たことを後悔するようになります。
アイリーンはフィリピンバーで偶然知り合った、英語とフィリピン語が話せる男性、塩崎に愚痴をこぼしますが逆に非難されます。
一方、岩男がアイリーンと結婚した事にショックを受けているツルは、友人の紹介で27歳の女性、真嶋琴美と知り合います。
古風で真面目な琴美が気に入ったツルは、岩男をアイリーンから引き離し、琴美と結婚させる事を画策します。
映画『愛しのアイリーン』感想と評価
本作はコメディタッチの前半と、シリアスな後半で全く違うテイストとなっており、特に岩男が自暴自棄になる後半は、徹底したハードな描写が続きます。
ですが描いているテーマは「愛」なのです。
岩男のアイリーンへの愛情、ツルの母親としての深い愛、そして岩男の愛情を求め、ツルへの家族愛も感じるアイリーン。
そもそも岩男がフィリピンへ嫁探しに行ったのも、母親ツルを安心させたいという子供としての愛情でしょう。
岩男が言葉の通じないアイリーンへ「本当は、心が通じ会える人が良かった」と呟くシーンで、彼自身が結婚に一番納得していない事が分かります。
しかし、ツルに拒絶されても必死で日本語を覚え、日本の文化に触れて馴染んでいこうと頑張る天真爛漫なアイリーンに、岩男は本物の愛情を感じます。
42年間恋愛を知らず生きてきた岩男が、アイリーンへの感情に戸惑いながらキスをするシーンは、本当に美しく心から泣けます。
このキスシーンがあるからこそ、自暴自棄になった岩男による目を背けたくなるような後半の展開が際立ち、地味だけど幸せだった日常が崩壊していく恐怖が印象的になっていきます。
ですが最終的には、岩男のアイリーンへの愛情を強く感じる展開に繋がっていきます。
内に秘めた苦しみや、不器用な愛し方しかできない岩男の痛々しさに、心を動かされる何かが、この作品にはあります。
トークイベントで内田春菊さんも言っていましたが、登場人物全員が何処かにいるような人達で、だからこそのリアリティがあり、またそれがこの作品の痛々しさとなっているのです。
岩男を演じた安田顕さんは「岩男のような人は、実際にいるかもしれない」と感じ、そういう人達への責任を感じながら演じました。
リアリティがあるからこそ、映画の中の出来事や飛び交う感情が自分の事のように感じ、観賞後、これまでの自分の過去や抑え込んでいる嫌な感情などに向き合い、いろいろと考えさせられました。
愛情や憎悪など、良くも悪くも人間が持っている本質的な部分を描いた本作は、痛々しくて恐ろしい、だけど美しく感じてしまう、とにかく一言で表現できない作品です。
まとめ
『ヒメアノ〜ル』や『犬猿』などの作品で、不条理とも言える人間の嫉妬や憎悪を描いてきた吉田監督。
これまで撮影してきた自身の映画は、原作の『愛しのアイリーン』の影響を受けており、本作は吉田監督の根幹にあるものをついに作ったという「集大成」的な作品です。
これまで吉田監督は作品を完成させると、すぐに次の事を考えていましたが、本作完成時には「あぁ、俺の青春が終わっちゃった」と感傷的になっており、作品へ込めた熱を感じます。
岩男を演じた安田顕さんは、撮影に入る前から吉田監督の熱い想いを聞いていた為、「これに応えるには、自分をさらけ出すしかない」と考えました。
演技ではあるのですが、人間の醜いところ、絶対隠したいところ、見たくないところを見せつけられている気がして、安田さんは「苦しかった」と語っています。
原作の『愛しのアイリーン』が始まったのは、1995年。
当時トレンディドラマの影響を受けてオシャレな主人公が多かった「ビッグコミックスピリッツ」でしたので、その真逆をいく、42歳の素人童貞が花嫁を買ってくる話は風当たりが強かったそうです。
20年以上の歳月を経て実写映画化された『愛しのアイリーン』は、恋愛漫画を次々と実写映画化していく現代の風潮と逆をいっている気がして、宿命とすら感じます。
だからこそ、純愛映画とは違うアプローチの男女を超えた人間愛を描いた本作は、作り手の執念と覚悟を感じる作品になっていいます。
「泣けた」とか「笑えた」とか、一言では表現できない本作を、是非体験していただきたいです。
映画『愛しのアイリーン』は、2018年9月14日より全国順次公開となっています。