あなたはいい人ですか?
人気俳優チョン・ウソンと、「神と共に」シリーズの使者ドクチュン役で一躍スターダムにのし上がった天才子役・キム・ヒャンギがそれぞれ殺人容疑者の弁護士と、事件の目撃者で自閉症の少女を演じた映画『無垢なる証人』。
無垢な瞳がとらえた真実の行方とは!? 人間にとって本当に大切なものは何なのかを教えてくれる今どき珍しいほどの誠実さと温かさに溢れた感動作です。
映画『無垢なる証人』の作品情報
【公開】
2019年公開(韓国映画)
【原題】
증인(英題:Innocent Witness)
【監督】
イ・ハン
【キャスト】
チョン・ウソン、キム・ヒャンギ、イ・ギュヒョン、チャン・ヨンナム、ヨム・ヘラン、キム・ジョンス
【作品概要】
第5回ロッテシナリオ公募展で大賞を獲得したシナリオをもとに、『戦場のメロディ』『ワンドゥギ』など温かい社会派ドラマで定評のあるイ・ハンが監督を務めた。人気俳優チョン・ウソンと、「神と共に」シリーズの使者ドクチュン役で一躍スターダムにのし上がった天才子役・キム・ヒャンギがそれぞれ殺人容疑者の弁護士と、事件の目撃者で自閉症の少女を演じている。
・第55回百想芸術大賞:映画部門大賞(チョン・ウソン)
・第39回黄金撮影賞:演技大賞(チョン・ウソン)/最優秀女優賞(キム・ヒャンギ)/監督賞
・第40回青龍賞 最優秀主演男優賞(チョン・ウソン)
映画『無垢なる証人』あらすじとネタバレ
民主弁護士会出身の弁護士スノは、人権派弁護士として長い間、信念を貫いてきましたが、父親が友人の保証人になり借金を抱えることになったため、今の給料では生活が苦しく、大手の弁護士事務所と契約する決断をします。
しかし、その事務所は、弱者を排し、企業の利益だけを優先することで知られていました。代表弁護士は、スノを酒の席に誘い、「垢をつけさせる」と言って遊びを覚えるようにと言う典型的な俗物でした。
スノには大学時代からのガールフレンドがいました。彼女のことが好きでしたが、借金も背負っている自分には結婚など到底無理な話だと諦め気分でいました。
企業に立ち向かい、被害者の側にたって懸命に活動を続けている人権派弁護士の彼女は、現実的なアドバイスをしてくるスノにうんざりし、価値観が違いすぎると告げるのでした。
スノは所長の指示で、ある殺人事件の無償弁護士を引き受けることになります。依頼人は、長年家政婦として務めていたオ・ミランで、主人の顔にビニールをかぶせて窒息死させた疑いで逮捕されたのでした。
面会にやってきたスノに家政婦は、旦那様の自殺を止めようとしただけなのだと訴えます。なんとかビニール袋を破ろうとしたものの、旦那さんに激しく抵抗されて揉み合いになり、素手では袋を破れないので、キッチンにはさみを取りにいき戻ってくると旦那様は息絶えていたのだと切実に訴えます。
彼女によると亡くなったキム・ウンテク氏は2年前に妻をなくしてから、たびたび死にたいともらしていたのだそうです。自殺であるということを示唆する状況証拠もありました。
スノは、彼女を弁護し、無罪を勝ち取ることを約束しました。彼女が逮捕されたのは、向かいに住む高校生の少女ジウの目撃証言があったからです。
スノは事件のあった町を訪ねていきました。町の不動産仲介業者に話を聞くと、彼は「オ・ミランは殺人などする人ではない。必要なら法廷で証言してもいい」と語りました。その様子に嘘はないようです。
事件の唯一の証人であるジウを尋ねると、ジウの母が出てきて、やっと落ち着き始めたのだからそっとしておいてほしいと言い、会わせてくれませんでした。
検察側は、すでにジウと話を交わし、映像にその証言を記録していました。その映像を見た専門医師は、検察は自閉症患者に対して正しい処置を行っていると指摘し、映像は十分証拠能力があると断定します。あとでわかったことですが、その検事の弟が自閉症患者なのだそうです。
検察側は、目撃者の証言は映像だけでよいと主張しますが、スノは重要参考人なので証人として法廷に立つ必要性を主張し、それが認められます。
スノは事件のことを質問するためジウを訪ねますが、話をしてもらえません。スノは根気よく学校帰りのジウに声をかけ、打ち解けようと試みます。
ジウはスノがつけていたネクタイを見て、小さな模様の数を言い当てます。スノはジウがパズルやクイズを好むことを知り、毎日問題を出して午後5時に回答するという交流をはじめました。
ジウは学校の帰りに必ず通る道で吠えかかる犬をいつも怖がっていましたが、スノはジウには音というものが健常人の何倍も敏感に感じられ、恐怖を覚えるのだということに気が付きます。
そんな矢先、スノは弁護士事務所の所長からキム・マンホ会計法人が君に顧問弁護士を引き受けてほしいと言っていると伝えられます。キム・マンホは、亡くなったキム・ウンテクの息子でした。彼と会ったスノはその話に特に問題はなく、また謝金を抱えている身にはありがたい申し出だと判断し、書類にサインします。
スノはいつものように正門近くでジウを待っていましたが、ジウがなかなか姿を見せません
ジウは唯一の友達のシネに無理やり虫が混入した飲み物を飲まされそうになっていました。あわててスノが駆け寄るとシネは逃げていきました。
彼女は普段、他の生徒からいじめられた腹いせにジウを虐めていたことがわかります。ジウは発作を起こし、入院することになりました。母親が入院手続きをしている間、スノはこのことをお母さんや学校に伝えなければと忠告しますが、ジウは「お母さんにはいわないで。心配するから。シネも怒られてしまうから」と応えるのでした。
スノから事の真相を聞いた母親は、「シネはただひとりの友達だったのに」と悲しみます。そして突然「おしめをかえてください」と言い、スノを驚かせます。
「ジウが生まれて初めて喋った言葉なんです。他のお子さんたちは皆、かたことの単語なのに、ジウは文章で。天才だと思いました」と母親は続けました。
「自閉症さえなかったら」とスノがつぶやくと、母は首をふり、「自閉症でなかったらジウではありません」と言うのでした。
ジウは回復し、スノはジウと母親の信頼を勝ち取り、初めて部屋に案内されました。ジウはアニメの台詞を皆覚えていてずっと呟いていましたが、突然「えらく執念深いこった」と口にし、スノを驚かせました。
壁には「夢は弁護士」と書かれた紙がはってありました。「弁護士になりたいの?」とスノが問うと、「いい人たちだから」とジウは応えました。
ジウは証人として法廷に立つことになりました。
ジウは、裁判所にやってきたものの、耳をおさえたまま苦しそうにしています。どうやら時計の秒針の音が気になるようでした。裁判長が時計をはずさせるとジウは少し落ち着きを取り戻しました。
まず検事が質問に立ちました。「何を見ましたか?」という質問にジウは、「袋をかぶったおじいさんが逃げようとしていた、女の人が近づいて顔を掴みおじいさんを攻撃しました」と応えました。「なぜ攻撃したとわかったのですか?」と検事が問うと、「おばさんが笑っていたからです」とジウは応え、ざわめきの声があがりました。
弁護側からの質問はまず、所長が、ジウが自閉スペクトラム症であることを指摘するところから始まりました。自閉症の学術書を開き、それをジウに読ませ始めました。
「自閉症は慢性的な疾患で、他人の考えと感情を簡単に理解できない。故意なのか偶然なのかを判断できない」。次に、スノが交代して立ち上がると、笑っている顔、怒っている顔のイラストを見せ、なぜそれがそうだと判断できるのですか?とジウに問いました。
ジウが眉間の狭さや口角のあがりさがりで判断したことを述べると、ではこれはどうですか?と眉間にしわを寄せ口元は笑っている顔の絵を見せました。
ジウはその絵を見て混乱し始めます。追い打ちをかけるようにスノは「証人のような精神病患者は攻撃か救助かを判定することはできない」と語り、被告の無罪を主張しました。検察側は「専門家に鑑定させてください」と訴えますが、却下されてしまいます。
映画『無垢なる証人』の感想と評価
なんて誠実で真摯な映画なのでしょうか。心がすっかり洗われるような気分になりました。
今どき、人間の「良心」をここまでまっすぐに見つめる作品が作られるとは。いや、今のこうしたご時勢だからこそ、この映画はあえて作られたのだといっても良いかもしれません。
弱者の立場になって闘う人権派弁護士となると、報酬には限りがあり、さらに親が友人の保証人になってしまい借金を背負うことになったことも相まって、主人公のスノは、結婚や将来への夢を見失っています。
人生に少しばかり疲れてしまっている中年弁護士スノを演じているのは、韓国の大スター、チョン・ウソンです。2017年の『ザ・キング』(ハン・ジェリム)では権力を我が物顔に振りかざす検事を演じていましたが、今回は180度違う役柄で、どんな役柄でも違和感なく演じきる俳優というものの偉大さを改めて感じさせます。
カメラもそんなチョン・ウソンを、少し引いた距離から写しだし、しばしば街の風景の中の名もなき人々のひとりのように捉えてみせます。
彼は生活を立て直すため、企業の顧問弁護士を主に引き受けている大手弁護士事務所で働くことになります。そこである殺人事件で逮捕された女性の弁護人を引き受けます。
殺人事件の目撃者となった高校生の少女は自閉症で、その少女から目撃したことを聞き出したいスノは彼女に接近しますが、なかなか心を開いてくれません。なんとか心を通わせようとするスノと少女。2人の間に確かな信頼関係がうまれていく様を、映画は丹念にエピソードを積み上げることで違和感のないものに仕上げています。
少女を演じるのは、天才子役と謳われ、大ヒット作「神と共に」シリーズの使者のドクチュン役で高い評価を得たキム・ヒャンギです。自閉症の高校生という難しい役どころを熱演しています。
スノに徐々に心を開いていく少女の描写は暖かく、通じ合っていく心の変遷が優しく表現されています。
監督は、ジウが世界をどのように見ているのかという映像も示しています。観客も実際にジウの体験を共有することとなります。「普通」ではないものをとかく排斥する同調圧力社会の中で、どのように彼女たちが暮らしているのか、あるいは暮らし辛い思いをしているのかを示してみせるのです。理解を深めるのに真摯たろうとしている作り手の姿勢が現れています。
しかし、物語は複雑です。弁護士にとって証人の証言は判決に不利なものです。スノは彼女が証拠を示す能力がないことを証明することに尽力します。その結果、人前で少女を侮辱し、傷つけることになってしまいます。
弁護士という職業柄、訴訟に勝つには、良心を貫いてばかりはいられません。「誠実であることの難しさ」、「良い人であり続けることの困難さ」という現実が示されますが、それにしてもここではジウの母親と同じような気分を味わってしまいます。
そんな中でも正しい行いをする大切さを忘れないジウの姿勢とスノへの父親からの手紙が大いに涙腺を刺激します。“社会的弱者”である2人のおかげでスノは救われるのです。
未来や夢の妨げになっていたのは、なによりも「良心」を見失っていた自分自身でした。「いい人」は社会の中で、損をすることも多いでしょう。スノの父親は友人の保証人になったために借金を背負わされています。それでも彼は友人を裏切らなかったことで救われているのです。
人間の価値観について大いに考えさせられる物語となっています。見終わったあとの清々しさは筆舌に尽くしがたいもので、心の底から何か温かいものが湧き上がってくるような感覚にとらわれてしまいました。
まとめ
本作は、弁護士と証人の心の交流をメインにしており、殺人事件を扱ってはいるものの、いわゆる法廷ミステリーではないのだなと油断していると、終盤からはミステリーとしての面白さ、法廷ものとしての醍醐味も溢れる作品として迫ってきます。
ヒューマンドラマであり、ミステリードラマであり、リーガルドラマでもあるという贅沢な作りになっているのです。
エンターティメントと感動的な人間ドラマが見事にミックスされたこの豊かな作品は、今の勢いのある韓国映画だからこそ作り上げることができたのかもしれません。
自閉症に理解がある優しき検事を演じたイ・ギュヒョンや、元家政婦の被告人役のヨム・ヘラン、被害者の息子であるキム・ジョンスなど個性派俳優ががっちり脇を固めているのも見どころのひとつとなっています。