世界各国から集めた選りすぐりの危険な映画たちを上映する、「モースト・デンジャラス・シネマ・グランプリ2018[MDGP2018]。
その第4弾となる作品が『ヘル・フロント ~地獄の最前線~』。
人目を引く邦題が付いていますが、原作は1928年に発表された舞台劇。イギリスの劇作家劇作家ロバート・C・シェリフの、第一次世界大戦の最前線での体験を基にした作品です。
CONTENTS
映画『ヘル・フロント ~地獄の最前線~』の作品情報
【公開】
2017年(イギリス映画)
【原題】
Journey’s End
【監督】
ソウル・ディブ
【キャスト】
サム・クラフリン、ポール・ベタニー、エイサ・バターフィールド、トビー・ジョーンズ、トム・スターリッジ、スティーブン・グレアム
【作品概要】
第一次世界大戦下、戦況が膠着状態にに陥った西部戦線。ドイツ軍の大攻勢が迫るイギリス軍最前線の塹壕を舞台に、過酷な戦場の実態とそこで繰り広げられる人間模様を描いた作品です。
映画の原作となる舞台劇1928年に初演され評判となり、1930年には早くもイギリスで映画化(邦題『暁の総攻撃』)された作品です。その後何度も映像化、多くの派生作品を生み出した古典的戦争劇なのです。
映画『ヘル・フロント ~地獄の最前線~』のあらすじとネタバレ
1918年春、ドイツ軍の攻勢が迫る西部戦線。守るイギリス軍部隊は各中隊を月に6日間、交代で最前線の塹壕に配置に付くことになっていたのです。
3月18日、月曜日。フランス北部のサン=カンタン。スタンホープ大尉(サム・クラフリン)率いるC中隊は、後方から最前線の配置に付くべく出発します。
同じ日、ラーリー少尉(エイサ・バターフィールド)も前線に向かいます。陸軍大将の甥である彼は、自ら希望してスタンホープ大尉が指揮する中隊への配属を願い出ます。
ラーリーとスタンホープは友人であり、彼の妹マーガレットはスタンホープの恋人でもあるのです。ラーリーは戦場での友人との再会を心待ちにしているのです。
やがてC中隊は鉄条網が張り巡らされた最前線の塹壕に到着します。幅160mの持ち場を守り、前方50m先にいるドイツ軍とこれから6日間向き合う事になるのです。
そしてC中隊に到着したラーリー少尉を所属する将校たちが迎えます。スタンホープ大尉の副官オズボーン中尉(ポール・ベタニー)は将兵に「Uncle(おじさん)」と呼ばれ慕われている人物なのです。
トロッター中尉(スティーブン・グレアム)は大食漢だが信頼の出来る人物で、最前線の塹壕をラーリーに案内する役割を引き受けます。
一方ヒバート少尉(トム・スターリッジ)は前線での勤務に精神的に追い詰められている様子で、前線からの後送を強く望んでいます。
そしてスタンホープ大尉は上官からも部下からも頼りにされている指揮官であったが、同時に過度な飲酒を皆に危惧されている人物でもあったのです。
彼らは将校用の地下壕で、従兵のメイソン(トビー・ジョーンズ)らが用意した食事を共にするが、久々にスタンホープと再会したラーリーは、気難しく攻撃的に振る舞う彼の姿にとまどいを覚えます。
こうして夜は更けてゆくが、ドイツ軍前線の後方からは兵力の集中を告げる鉄道列車の音が、常に止むことなく聞こえているのです。
3月19日、火曜日。スタンホープ大尉は上級司令部から、ドイツ軍脱走兵からの情報として21日に攻撃が行われるらしいとの報告を受けます。
しかしそれに対し撤退の命令も、応援部隊の派遣もありません。その情報はC中隊の面々に伝わり、様々な反応を引き起こします。
ラーリー少尉はオズボーン中尉と過去や故郷の事を語り合い、互いに信頼関係を築いてゆきます。
ラーリーは故郷の妹に手紙を書くが、それをスタンホープ大尉は検閲の名目で取り上げ読もうとします。スタンホープは現在の状況、特に飲酒について恋人に伝えられる事を気にしている様子です。
その態度はオズボーン中尉に強くたしなめられ、手紙は代わりにオズボーンが読む事になります。そこにはスタンホープが上官からも、部下からも尊敬されている事を伝える文章が綴られているのです。
この出来事の後、将校用の地下壕で後方へ逃れようとするヒバート少尉を、スタンホープが銃を突き付けて制止する事件が起きます。
スタンホープはヒバートが感じている恐怖は、自分も同様に感じているものだと告白し、オズボーンやトロッターと共に並んで戦おうと説得し、その場を収めます。
スタンホープの飲酒も、過酷な戦場のストレスから逃れようとするものであったのです。
そんな中、上級司令部の大佐からC中隊に命令が下されます。明日5時、将校2名と兵10名で敵陣地を奇襲し、情報収集の為敵兵を捕虜にせよとの命令が下されたのです。
スタンホープ大尉は、奇襲部隊を率いる将校としてオズボーンとラーリーを指名します。
3月20日、水曜日。その日の朝C中隊に犠牲を伴う奇襲任務への褒賞として、大佐から鶏などの配給品が届けられます。
奇襲の事前準備としてドイツ軍の鉄条網には砲撃が加えられたが、何ヶ所か通路が出来るはずが開通したのは一カ所だけでした。これでは敵の待ち構える前に飛び出す様なものになるのです。
そして5時に奇襲開始の命令は、7時の作戦会議、そして8時の高級将校の食事会に間に合わせる為に決められたものであったのです。
出撃を前にオズボーン中尉は家族に宛てた遺書でもあり、同時に過酷な戦場の実態を告白した内容でもある手紙を記すが、それを送る事無く自ら焼いてしまいます。
作戦に参加する10名の兵士の名が呼ばれます。前線に現れた大佐にスタンホープ大尉は、出撃前に彼らを激励する事を勧めるが、結局大佐は何もせずに後方へ引き揚げてしまいます。
オズボーンはスタンホープに家族に渡す遺品を託そうとするが、スタンホープはきっと無事に戻って来れると、受け取りを断ってしまうのです。
塹壕内の兵たちが見送る中、2名の将校と10名の兵士は突撃地点へと進んでゆきます。昨晩は命令に高揚していたラーリー少尉も、緊張と不安に苛まれている様子です。
彼らは敵陣までの50mを突破しようと、援護の発煙弾が敵陣に撃ち込まれるのを待っています。
映画『ヘル・フロント ~地獄の最前線~』の感想と評価
リアルな最前線の塹壕を舞台に描かれる人間ドラマ
第一次世界大戦の塹壕戦の描写といえば、何をイメージされるでしょうか?次々と機関銃でなぎ倒される兵士、塹壕の中で銃剣やスコップを使った激しい白兵戦…。
『ヘル・フロント ~地獄の最前線~』という邦題に、そういった描写が続く戦争映画を期待した方がいるかもしれません。
しかし本作で描かれたのは塹壕で敵の姿が見えない中、緊張を強いられ精神をすり減らしてゆくイギリス軍将校たちの人間模様なのです。
こう書くと戦場描写の控え目な、文芸的な作品を思い浮かべた方がいるかもしれません。しかし戦場となる塹壕は極めてリアルに描かれ、クライマックスの砲撃の激しさは実に迫力にあるものです。
この映画は第一次世界大戦の塹壕戦のもう一つの側面、平穏と緊張が隣り合わせの日々と、当時戦場の主役と言われた砲撃戦の凄まじさを描いた映画といえるのです。
そして将校たちの人間ドラマは、この映画の原作となる舞台劇「Journey’s End」に寄るところが大きいのです。
原作舞台劇「Journey’s End」とは
「Journey’s End」は第一次世界大戦に従軍したイギリスの劇作家、ロバート・C・シェリフが描き1928年に初演された舞台劇です。
舞台という限られた空間で塹壕戦を描いた作品が原作と理解すれば、映画の中で将校用の地下壕で繰り広げられるドラマが、更に納得できるものに見えるはずです。
また映画で描かれた将校たちを悩ませるPTSDも、今回の映画化で付け加えられたものではありません。当時シェル・ショック(砲弾ショック)の言葉で知られ始めた戦場のストレスによる障害も、既に原作で描写されているのです。
大英帝国を支えてきたイギリス上流階級の名誉心・使命感をもってしても、過酷な戦場のストレスから身を守る支えとはならなかった、という現実をリアルに描いた舞台劇であったのです。
この舞台劇は1928年初演の際、当時21歳のローレンス・オリビエが主演し評判になりました。
そしてこの舞台に関わったジェイムズ・ホエール…後に『フランケンシュタイン』や『透明人間』といった、ユニバーサル・モンスター映画を監督する人物…によって、1930年に早くも『暁の総攻撃』として映画化されたているのです。
大規模なスケールでの企画された映画化
紹介したようにイギリスでは歴史も知名度も高い舞台劇「Journey’s End」、その後も何度も舞台で演じられ映像化され、多くの派生作品をも生み出しています。
今回の映画化は2014年、第一次世界大戦の開戦から100周年を記念して企画されました。そして2017年に完成・発表され舞台となる1918年から100年後の、2018年春に大々的に劇場公開されました。
『ヘル・フロント ~地獄の最前線~』は、イギリス映画に詳しくない人も知る、知名度の高い俳優が出演しているのもそういった背景があるからです。
ちなみにこの映画の製作者は、出演者の候補としてベネディクト・カンバーバッチ、トム・ヒドルストン、エディ・レッドメインの名を挙げていたそうで、この映画の注目度と期待度が実感出来るのでしょう。
この様な作品が今回、無事に日本で劇場公開の機会に恵まれたのは、とても幸運な事ではなかったでしょうか。
まとめ
紹介してきました『ヘル・フロント ~地獄の最前線~』は、決して邦題から想像されるB級映画ではありません。歴史も由緒もある、スケールの大きな作品なのです。
今回の劇場公開を機に、今度の展開で本作のこの様な側面や魅力も、徐々に紹介されていくものと思われます。
またあらすじ・ネタバレでは紹介しにくい部分ですが、原作が舞台劇だけに、劇中における俳優の演技と人間描写には注目すべきものがあり、出演者のファンを自認する方にはご鑑賞を強くお薦めします。
例えば苦悩する将校たちの傍らに、従兵として常にいるトビー・ジョーンズ。決して大きくストーリーに絡む人物ではありませんが、その存在感はこの映画の重要な一部分になっています。
第一次世界大戦を機に斜陽化してゆく大英帝国。この出来事に挫折・喪失感を味わいつつ没落してゆく上流階級…こういった歴史的背景を持つイギリスの映画、ドラマが多数存在するのはご存知でしょう。
そういった作品のファンには、その挫折・喪失の原点となる出来事を描いた映画としても鑑賞できるのが、『ヘル・フロント ~地獄の最前線~』なのです。