備前焼を作るのは土と炎。そして強い意志と情熱を注ぐ人々。
映画『ハルカの陶』は、東京で平凡な生活を送るOLが偶然出会った備前焼に惹かれ、備前焼作家を目指す物語。
主人公・小山はるかを演じるのは、2019年のNHKの朝の連続小説『半分、青い。』や日本テレビ系の日曜ドラマ『あなたの番です』で注目を集めた奈緒。
長編映画初主演となる『ハルカの陶』で、備前焼に触れたことで夢に向かって走る女性を演じます。
その他、脇を固める実力派キャストは、平山浩行、村上純、笹野高史といった顔ぶれ。
岡山県備前市を舞台に、意志と情熱を持って備前焼という伝統を守る人々の繋がり、そして成長を、備前焼の魅力と共に描いた映画『ハルカの陶』を紹介します。
映画『ハルカの陶』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【原作】
作:ディスク・ふらい 画:西崎泰正「ハルカの陶」 (芳文社コミックス)
【監督・脚本】
末次成人
【キャスト】
奈緒、平山浩行、村上淳、笹野高史、村上真希、長谷川景、岡田健太郎、勝又諒平、小棹成子、八木景子
【作品概要】
第13回岡山<芸術文化賞功労賞>を受賞した原作コミックを、待望の実写映画化。
オール岡山ロケを敢行し、重要無形文化財保持者や備前焼陶友会による全面協力のもと、実際の窯を使った迫力ある窯焚きの映像は必見。その演出を務めた末次成人は、本作が長編映画初監督となり、これまで日本全国30人以上の伝統工芸士や職人を取材・PV製作をしてきた実力を存分に発揮し、備前焼に向き合う人々の想いを丁寧に描き出しています。
映画『ハルカの陶』のあらすじとネタバレ
OLの小山はるかは、気付けば何にも夢中になれず、平凡で退屈な日々を送っていました。そんなある日、デパートで行われていた備前焼の展示会で、若竹修という作家が作った備前焼の大皿に目を奪われるはるか。
四六時中、備前焼のことが頭から離れず、修に会うため岡山・備前市を訪れます。期待に胸を膨らませていたはるかでしたが、修は職人気質で不愛想な人物でした。弟子入りを申し込むも、相手にすらされず厄介払いされてしまいます。
それでも諦めきれず修の窯元へ戻ったはるかは、一人でロクロと向き合う修の姿を見て、言葉にできない感動を覚えます。再度弟子入りを頼むも、修は首を縦に振りません。
そんな修の背中を押したのは、人間国宝でもある備前焼作家・榊陶人でした。陶人は、「人は、人と関わることでしか成長できない。そして備前焼は、土と火と、人で出来ているのだ」と、修に語りかけます。そうして陶人が間を取り持ってくれたおかげで、はるかは修の弟子見習いになることになります。
すぐに会社を退職し、備前市に引っ越してきたはるか。弟子見習いとして修のもとで修業をスタートさせ、備前焼に対しての思いは日に日に深まっていました。
ある日、はるかは陶人から修の父・若竹晋も備前焼職人だったと聞き、修に晋のことを尋ねます。すると、「俺のことを詮索するな」と感情的に怒る修。はるかは、自分の心を温かくしてくれた大皿を作った修のことを知りたいだけだという思いを伝えます。
それでも自分の殻に閉じこもりはるかを突き放す修に、「こっちだって会社まで辞めて、それなりの覚悟してきてるんです!」と啖呵を切るはるか。
しかし、修は自分が作った大皿を割り「失ったらもう終わりだ、こんな風に」と、その破片に失った自分の家族を重ねます。はるかは、涙を目に浮かべ窯を飛び出してしまいました。
落ち込むはるかを見かねた陶人は、はるかに晋のことを話します。晋は、陶人の親友でもあり良きライバルでした。ですが、晋は、妻が亡くなってしまったことを機に仕事にのめり込み、窯焚きの最中に過労死してしまったのです。
「この窯焚きを終えたら亡き妻への想いを昇華し、備前焼を通して沢山の人と繋がり続けよう」、そう修と約束したにもかかわらず。そして父の死後、心を閉ざしてしまった修。修が抱えていた過去に、はるかは涙を流します。
あくる日、はるかが窯元へ行くと、いつもは鍵がかかった部屋の戸が開いていました。
部屋には沢山の備前焼や、修が幼い頃の写真が置かれています。その部屋の奥で異彩を放っていたのは、備前焼の徳利。それは、晋が亡くなる直前、亡き妻への想いを込めて作った最後の作品でした。
思わずその徳利を手にするはるか。そこへ入ってきた修は、徳利を持ったはるかに気がつき、またも声を荒げます。
「私も何か先生の役に立てないかと思って」とはるかが伝えるも、修の返事は「今日限りで弟子を辞めてくれ」というもの。はるかは返す言葉がなく、部屋を出ていきます。
翌日、はるかがキャリーバッグを持ち、窯元を立ち去る姿を見ていた陶人は、どこか淋しそうな修に「備前作家として成長したいなら、あの子を手放してはいけない」と諭します。
修は、父親を越えるような備前焼作家になりたいという思いを胸に、はるかを引き止めるのでした。
映画『ハルカの陶』の感想と評価
備前焼に魅せられた人々の、情熱と成長を描いた映画『ハルカの陶』。
作品を通して何よりも印象的なのは、2019年にブレークした奈緒が見せる、瑞々しく輝きを纏った演技です。ただひたむきに備前焼と向き合う姿は、はるかが修の大皿に強く惹かれたように、観客を作品の世界観へと吸い込んでいきます。
OLとしてのはるかと、修の弟子としてのはるかは、全くの別人。まるで借りてきた猫のようにパソコンの前に座っていたOLのはるかは、備前焼に向かい合う時、一変して瞳に強い意志を持った女性へと変わります。その様は、ひとりの女性が備前焼と出会ったことで、一つ人生の階段を上ったようでした。
一方、両親を幼い頃に亡くし、その痛みから立ち直りきれない修。幼い頃から修を知る誰もが、その傷に触れぬよう、彼に踏み込まないようにしていたのではないでしょうか。
しかしそこに突然現れた1人の女性。修が家族への思いを人知れず込めた大皿に惹かれてやってきたはるかが、修の枷を少しずつ外していくのです。
自分を真っ直ぐ見ていてくれたはるかが居たからこそ、人との関わりを避けようとしていた修は自分の殻を破ることができました。
「人と関わることでしか、人は成長できない」、陶人が修の背中を押す時に告げた言葉の通り、最後には修が、はるかの心に寄り添い、その背中を押すのです。
「失敗しても、必ず何か残る」という修のメッセージは、はるかをまた一つ成長させる言葉だったはずです。お互いを成長させることのできる2人の良い師弟関係が丁寧に描かれていました。
そして、登場人物を引き立てるのが、実際の窯で撮影された備前焼づくりの映像。備前焼が、「食事を引き立てる食器」として扱われているのと同じく、本作でもまた、リアルな備前焼の映像とその魅力があるからこそ、伝統的な陶芸を守り抜き、想いを込め続ける人々の真剣な温度感が伝わってくるのです。
まとめ
物足りない日常を過ごしていたはるかが、備前焼という歴史ある伝統陶芸に出会ったことで、夢を見つけ成長していく物語『ハルカの陶』を紹介しました。
本作では、作陶や本物の窯での窯焚きシーンなど、細部までこだわりが詰まっています。実在する備前焼作家の日常を切り取ったかのようなリアルな備前焼の描写が、人々の想いを、より魅力的に映すのです。
千年もの歴史をもつ日本の六古窯のひとつである備前焼。その伝統の長さから見ると、たった一瞬かもしれないはるかの物語。
しかしそれは、後世に想いをつなげるための輝かしくかけがえのない瞬間。映画『ハルカの陶』は、その瞬間に強い想いを込めた人々が紡ぐ心温まる作品です。