映画『母という名の女』は、6月16日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開。
メキシコのリゾート地区にあるバジャルタ。海辺に建つ別荘には2人きりで住む姉妹のもとに、長い間疎遠になっていた美しい母親は、突然、舞い戻って来ました。
献身的に娘に尽くす母親。しかし、17歳の妹が同じ歳の少年とのあいだに子どもを授かると、その出産をきっかけに、母は自身の奥底にしまいこんだ“女の深い欲望”を露出させていく…。
母という存在とは何か?また、歳を重ねてもなお、彼女は“女”そのものだった…?
映画『母という名の女』の作品情報
【公開】
2018年(メキシコ映画)
【原題】
Las hijas de Abril
【脚本・編集・監督・製作】
ミシェル・フランコ
【キャスト】
エマ・スアレスア、アナ・バレリア・ベセリル、エンリケ・アリソン、ホアナ・ラレキ、エルナン・メンドーサ
【作品概要】
『父の秘密』や『或る終焉』で評価を受けたメキシコ人のミシェル・フランコ監督が、母と娘の依存関係が引き起こした「女の確執」をテーマに描くミステリー作品。
第70回カンヌ国際映画祭ある視点部門で、審査員賞を受賞。主演は『ジュリエッタ』のエマ・スアレスがアブリル役を務めます。
映画『母という名の女』のあらすじ
メキシコのバジャルタ、青い空と澄みきった海辺の近くに建つ別荘。
朝食の準備をする姉クララの耳に聞こえるのは、隣の部屋で情交を交わす女の激しい喘ぎ声。
ドアが開きが開くと、何事もなかったように現れたのは、まだあどけない17歳の妹のバレリア。
17歳らしい華奢な身体にも関わらず、その膨らんでいた腹部は女性らしさをも誇ってるようでした。
その後、続くように出て来たのは、今しがた欲望を果たした少年マテオ。
バレリアのお腹の子どもはマテオとの授かりものでした。
ことの状況などお構えなしの2人は、何事もなかったようにクララの支度した朝食を貪ります。
そんなクララは、2人が今しがた汚した白いシーツを替えに部屋に入ると、欲望の射精に濡れた痕跡を見ながら、憎しみか恍惚とした表情を浮かべます。
母親が不在だった間に、姉妹であるクララとバレリアが2人きりで住んでいた別荘は、週末ともなればバレリアの多くの知人たちが集い、夜な夜なパーティが開かれます。
しかし、その若者たちの憩いの場に、クララの居場所はありません。
友だちなどいないクララが連絡を取るのは、バレリアが嫌い、遠く離れて住む母親アブリルでした。
しかし、嫌がるバレリアをよそに、臨月が迫ったバレリアの出産の準備と称して、突如、母親アブリルが戻って来ます。
当初、警戒心を抱いていたバレリアでしたが、初めての出産の不安もあり、母親を頼るようになります。
ですが、母親であるアブリルは、年齢からは想像が付かぬほど美しく、そして2人の娘たちより、女としての魅力に満ちていました。
出産のその日、バレリアは母親アブリルの手助けもあって、なんとか無事に可愛い女の子カレンを出産。
その後、赤ん坊のカレンは夜泣きも酷く、子育ては17歳のバレリアの想像以上にキツイものでした。
一方の赤ん坊カレンの父親となったマテオは、ホテル経営の父親から勘当を受されてしまい、経済的な援助を受ける術を失ってしまいます。
まだ、17歳同士の経験値の少ないバレリアとマテオに、カレンの子育てなどできるはずもありませんでした。
赤ん坊カレンに手を余すバレリアに代わって、カレンの面倒をかいがいしく見たのはアブリルでした。
やがて彼女は、若い2人を疎外し、まるで自分の産んだ子のようにカレンに接し始めます。
働き口もお金のないマテオは、友人たちからカレンのために赤ちゃん用のお下がりの古着をもらってきますが、義理の母アブリルはそれを見るや却下。
その後外出したベビー洋品店で可愛いカレンのために洋服を選ぶアブリルの表情は、カレンの母親のそれでした。
それからしばらくして、海辺で夫婦となったバレリアとマテオ、そして赤ん坊カレンの楽しそうな様子を見たアブリル。
その瞬間から、アブリルの胸の中には、女の黒い欲望と嫉妬を覚えていきますが…。
映画『母という名の女』の感想と評価
ミシェル・フランコ監督の持ち味
この映画の演出を務めたのは、2012年の映画『父の秘密』や2015年の映画『或る終焉』で評価を受けたミシェル・フランコ監督。
彼の挑んだ本作『母という名の女』も、これまでの作品の力量に劣らない衝撃のミステリーです。
ミッシェル監督のこれまでの作品に触れておくと、陰湿極まりないイジメで自分の娘を傷つけた少年たちに凄惨な復讐をする父親を描いた『父の秘密』が、第65回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門グランプリに輝いています。
また、続く作品では、ティム・ロスの演じる看護師が末期ガンの患者から安楽死幇助を頼まれた苦悩を姿を描いた『或る終焉』でも、第68回カンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞という快挙。
そして、本作『母という名の女』でも、第70回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞していることから、カンヌ常連組みというか、すでにミシェル監督は申し子と言われています。
今回は崩壊に瀕した家族たち、それぞれの中に人間の内に潜む理不尽なまでの暴力性や、女という美しさに潜んだヒエラルキーの死生観すら感じさせられます。
また、作品を作るごとに新たな問題提起を観客に投げかける姿勢は、カンヌという映画祭にとどまらず、世界中の映画ファンに向けて“家族”という人間の枠組みに揺らぎを与えて深く考えさせることでしょう。
母という女心のグラデーション
ミシェル・フランコ監督が、この映画で若い母親バレリアを撮りたいと思わせたきっかけは、ある妊娠したティーンエイジを見かけたことでした。
その女の子が置かれた状況は、メキシコでは珍しくなく、一般的な女の子だったそうです。
しかし、ミシェル監督はその時に感じたインスピレーションについて、このように語っています。
「その女の子に私は強い興味を持ち、どのようにして彼女が自分自身をその状況に陥らせたのか、彼女の赤ん坊に何が起きるのか、彼女自身には…。そんなことを考えました。彼女は満たされてるようにも苦悩しているようにも見え、未来への希望に溢れていながらも、同時に不安に押しつぶされそうになっている…。あの幼い妊婦が見せたそんな心のグラデーションがこの物語の起源です」
ミシェルが語った「心のグラデーション」とは何を示すのでしょう。
本作品『母という名の女』の物語には、新生児の娘カレンの母親になった17歳のバレリア、その上にバレリア自身の母親アブリルがいます。
つまりは三世代の女性が登場し、ヒエラルキーの構造が見えてきます。
しかも、どこか“自我の欲の遺伝子”と例えれば良いでしょうか、輪廻転生の“欲の連続性”を感じさせられます。
当然ですが、娘カレンは赤ん坊ですから1人では生きていけませんし、何もすることはできません。
そこでカレン自身の欲望である食欲・睡眠欲・生理的欲に対して、正直なまでの本能なヒステリックさを見せて“生きてる証”で泣くのです。
その大きな声を上げて求める欲の元を辿れば、自身の欲を出せなくなった母バレリア、その上に最も欲を出せない母親アブリルがいます。
しかし、そのアブリルが孫カレンの本能のような欲望の黒さを出すようになった瞬間、すべての家族関係のバランスを失います。
一般的に世間が母親とする理想像から遠く離れ、むしろ人間の根幹にある“欲の性(さが)”を辛辣に見せていきます。
そもそも“母親という存在”は何なのでしょう?
何か自身の欲を失くす母性を尊さがあるとするなら、そのことにも疑いの目を向けることが必要なのかもしれません。
“女性”、あるいは“母性”とは、もしかすると男性優位な社会が押し付けた1つのパターンであり、モデルケースでしかなかったかと、本作を見て思ったりもしました。
ミシェル監督のいう「心のグラデーション」とは、そのような女の心に潜む揺らぎなのかもしれません。
また、この作品ではバレリアと姉妹であるクララにも、同性の女性として重要な意味が潜んでいることに気がつくと、作品が面白く見えてくるでしょう。
さらには、若くて父親になったマテオという男は、女性や母性というより強いものに惹かれていく…。
映画『母という名の女』は、ミシェル・フランコ監督の作品としては、これまでの作品以上に複雑な人間模様が、いくつかの人物視点を通して“家族という機能”をあぶり出して見せています。
本作を公開する劇場は
【北海道・東北地区】
北海道 シアターキノ 近日
【東北地区】
青森県 シネマディクト 近日
宮城県 フォーラム仙台 8/3〜
山形県 フォーラム山形 近日
【関東・甲信越地区】
東京都 ユーロスペース 6/16〜
神奈川県 横浜シネマ・ジャック&ベティ 近日
千葉県 柏キネマ旬報シアター 6/16〜
栃木県 宇都宮ヒカリ座 8/18〜
群馬県 シネマテークたかさき 近日
長野県 長野ロキシー 8/18〜
【中部・北陸地区】
愛知県 名演小劇場 6/23〜
石川県 シネモンド 近日
【近畿地区】
大阪府 シネ・リーブル梅田 6/16〜
京都府 京都シネマ 7/7〜
兵庫県 元町映画館 近日
【中国・四国地区】
岡山県 シネマ・クレール 近日
*上記の劇場は6月20日現在のものです。作品の特性上、セカンド上映や全国順次公開されることが予想されます。お近くの映画館をお探しの際は、必ず公式ホームページをご覧いただきますよう、お願いいたします。
まとめ
第70回カンヌ国際映画祭ある視点部門の審査員賞受賞した『母という名の女』。
この作品は、人の心のグラデーションを覗き込んだ映画であり、母と娘という女同士の欲を緊張感を持って描き、人の本能を見せつける作品です。
『父の秘密』や『或る終焉』のミシェル・フランコ監督による衝撃的な作品で、主演はペドロ・アルモドバル監督の『ジュリエッタ』のエマ・スアレス。
ミシェル演出の即興性や俳優たちの表情を見事に撮影したキャメラマンは、『ホーリー・モーターズ』などの撮影監督イヴ・カープ。
近年活躍するメキシコ出身のギレルモ・デル・トロ監督やアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督を生んだメキシコから、またも新たな問題作の誕生です。
映画『母という名の女』は、6月16日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開。
あなたはこの映画で、“女の性”の余韻に触れる…。ぜひ、劇場でお見逃しなく!