A24の配給する『フェアウェル(原題:The Farewell)』
『フェアウェル』は、監督・脚本を務めたルル・ワンの長編映画デビュー作品。2019年サンダンス映画祭で上映直後から大きな話題を集めました。
ニューヨークに暮らすビリーは、大好きな祖母が肺がんの末期だと知ります。
告知しない決定をした家族と本人の知る権利を重視する主人公の反発を繊細に描く笑いと涙溢れる珠玉の物語。
主演は、『オーシャンズ8』(2018)のオークワフィナ。A24が配給する100点満点の映画です。
映画『フェアウェル』の作品情報
【公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
The Farewell
【監督】
ルル・ワン
【キャスト】
オークフィーナ、ヂャオ・シュチェン、ツィー・マ、ダイアナ・リン、ルー・ホン、チェン・ハン、水原碧衣、チャン・ヨンホー、ヤン・シュエチェン
【作品概要】
『フェアウェル』は、監督・脚本を手掛けたルル・ワンの実体験を基にした物語で、ワンの長編映画デビュー作品。ラジオ番組『This American Life』でエピソードを発表して着目され映画化。
本作は、ロバート・レッドフォードが発起人のサンダンス・ロンドン映画祭でも上映され観客賞を受賞。
ハートランド映画祭やパームスプリングス国際映画祭でも賞を受賞したほか、ストックホルム映画祭でインパクト賞にノミネート、スペインのバリャドリッド映画祭では若い世代の審査員から最優秀作品賞に選出されています。
映画『フェアウェル (原題:The Farewell) 』のあらすじとネタバレ
‐実際の嘘に基づく話‐
ビリーは、マンハッタンで物書きを目指す30才の女性。夜、両親の家で夕食を済ませた後、独り人暮らしのアパートへ帰宅。
中国に暮らす大好きな祖母・ナイナイから電話が掛かって来ます。ナイナイは同居するミスター・リーが通り過ぎ、お茶をこぼしたことに文句。
何故いまだに一緒に住んでいるのかビリーが尋ねると「生きている人が側に居た方が寂しくないから」そうナイナイは返答。
特別な友達は居ないのかとナイナイが質問するのを聞きながら、ビリーは、自分が応募したフェローシップの不合格通知に目を通して落胆。
翌日、前月の家賃を払えず今月分も未払いのビリーに対し、大家の娘はきつい言葉で忠告。
洗濯をしに両親の家へ来たビリーは、母親・ルーから節約しながら生活するよう注意を受けます。
父親・ハイヤンが夜だと言うのに寝ていると聞いたビリーは、理由を尋ねます。ルーは、ビリーの従兄・ハオハオが結婚するので、中国へ行くとだけ説明。
付きあい始めたばかりだと思っていた為驚いたビリーに、ルーは、ビリーは行く必要が無いと一言。
ビリーができちゃった婚なの?と尋ねると、ルーは大きなため息をつくだけです。
真っ暗な部屋でベッドに腰掛けるハイヤンを見たビリーは、何が起きているのか話して欲しいと訴えます。
部屋へ入って来たルーは、ナイナイが末期の肺癌を患っていることが分かったと伝えます。
「余命3ヶ月」そう聞かされたビリーは動揺。祖母に電話すると言うビリーに、それまで黙っていた父親が駄目だと制止。
家族で告知しないことに決めたと話すハイヤンですが、ビリーは、時間が残されていないからこそ本人に伝えるべきだと主張。
ルーは、癌その物ではなく、癌に冒されている恐怖が人を殺してしまうと言う中国の考え方を娘に諭します。
ハオハオの結婚式について尋ねると、ハイヤンは、それを口実に親族が会し、ナイナイにお別れしようという計画を明かします。
翌日早朝に両親が中国へ向かうと知ったビリーは、自分も行くと目に涙を溜めます。
感情を顔に出すビリーが来るとナイナイに知られてしまうので、親族全員が反対するとルーは言います。
1人ニューヨークに残るビリーは、ナイナイのことが頭から離れません。意を決し中国の長春へ。祖母のマンションへ着くと、ビリーを見て親族全員驚愕。
「ルーから痩せていると聞いたけど、それほどでもないわ」と満面の笑顔でナイナイはビリーを抱きしめます。
「電話しても出ないから心配したのよ。忙しくて来れないって聞いたから~」と嬉しそうに話し続けるナイナイを余所に、ビリーは緊張した面持ち。
親族がじっとビリーを見つめる中、神妙な表情のビリーは「会いたかったよ、おばあちゃん」と言った後、泳いできたと冗談を飛ばし、周囲は安堵します。
台所で料理するナイナイの妹・リトル・ナイナイは、幼い頃ビリーが好きだったミートパイを手作り。
厳しい表情のルーは、どうやって飛行機代を出したのかビリーに質問。「どうせクレジットカードでしょ」そう言われたビリーは、大丈夫だと答えて会話を濁します。
ハイヤンが6才のビリーを連れて妻とアメリカへ移住したのが25年前。次男のハイビンも直後に日本へ発った為、家族全員が集まるのは25年振りだとナイナイは振り返ります。
「ビリーは強くて独立しているし、繊細だったハオハオもすっかり大きくなって結婚する。この日を長く楽しみにしてたのよ」と嬉しそうに話すナイナイ。
官話が不得意なハオハオですが、たどたどしく祖母に会いに来たので披露宴は大袈裟にしなくても良いと話します。
憤慨するナイナイは、「結婚しに帰って来たんじゃない!式はちゃんとやらなければ駄目よ。もう全部手配済みだから」
「たった1人の孫息子が結婚するのに安っぽく見せる訳にはいかないわ」そう断固とした態度です。
静まり返る一同。リトル・ナイナイは、すかさずハオハオの妻になるアイコにミートパイを食べるよう勧めます。
全く箸が進まないビリーに、ナイナイは食べ物を箸で挟み、長旅だったのだから食べろと言い、ビリーの口へ持って行きます。
宿泊するホテルへ伯父のハルビンがビリーを送り、道中何度も病気のことをナイナイに言うなと固く釘を刺します。
翌朝、タイチーをするナイナイは、「ハッ!ホッ!」と声を上げて手を前に突き出し、体から毒素を追い出すのでビリーにも真似るよう指示。
一通り動きを教えたナイナイは、体に良いのでアメリカに帰ったら1人でも実践するよう孫娘に言い聞かせます。
元気の無いハイヤンを心配するナイナイは、ルーにお酒を飲ませないよう助言し、夫婦仲を気にします。
ルーは食事を作りながら、夫は殆どお酒を飲まず、連れ添って長い自分達には問題が起きようもないと返答。
ハイビンが日本で購入したと言って渡した病気用の薬をビタミン剤だと信じて飲もうとする祖母を、ビリーは不安そうに見つめます。
「高価だって言うから、きっと効くわね」「日本人は自分の健康を大切にするから」と服用するナイナイ。
食事が始まると、ハオハオとアイコが3ヶ月しか付き合いが無いことは体裁が悪いので口外しないようナイナイは親族に忠告。
訊かれたら半年と答えろと言うナイナイですが、いっそのこと1年にしようと決定。
披露宴会場に事前確認に訪れたナイナイは、メイン料理がロブスターではなくカニだと聞いて立腹。
一緒に着いて来たハイビンは、じっと椅子に座り落ち着きません。
尚もナイナイは、注文したのはロブスターだと怒っています。飲み物メニューを見せられたナイナイは、ハイヤンが高そうなシャンパンを持って来たので要らないと返答。
ハイビンは、中国人は誰もシャンパンなど飲まないので白酒を頼もうと意見を述べます。
気に入らなそうに黙るナイナイの所へ、料理長がやって来ます。ロブスターではなくカニだと言う料理長に、詐欺だと顔をしかめるナイナイ。
予約した際にロブスターだと聞いて前金も支払い済み、式の3日前になって連絡もせずにメニューを変更するのはけしからんとナイナイは捲し立てます。
しかし、ナイナイが咳をし始め、駆け寄ったハイビンは、母親を椅子に座らせて落ち着かせます。
その頃、ビリーは、ナイナイの姪・ユーピンに、病気のことを本人に言うべきではないかと相談。
身辺整理、或いはちゃんとお別れをしたいのではないかと思うビリーですが、皆に別れを告げる課程はナイナイにとって辛すぎるとユーピンは答えます。
ハオハオとアイコの記念写真撮影に同行したナイナイは、顔をもっとくっつけるようアイコの頭をハオハオに押し付け、ハオハオの腕を取ってアイコの肩を抱くよう指示。
苦笑いのアイコが愛情に欠けると文句を言うナイナイに、ビリーは、アイコが官話を話せない為理解できないのだと説明。
すると、頭がよく美人なのだから早く良い人を見つけて面倒を見てもらえとナイナイの意識が自分に向き、ビリーは、自分の事は自分で出来ると話します。
溜息をつくナイナイは、女性は自己充足であるべきだとため息交じりの笑顔。
夜、レストランで一同会食。ユーピンは多くの外国人が中国へ来てお金儲けをしていると話し、中国でお金持ちになるのは簡単だと言います。
ルーは、そんなに中国が良いのなら、何故息子をアメリカの大学へ行かせようと計画しているのか質問。
より多くの機会を得る為だとユーピンは答えます。
ルーは、家族でアメリカへ移住した時の思い出を語って聞かせます。中国でピアノを習っていたビリーは、ルーが友人に招かれて教会へ行った際、置いてあったピアノに手を伸ばします。
慌てたハイヤンは娘を制止。そこへやって来た牧師に、ハイヤンは中国でピアノを弾いていたのでと説明しました。
すると牧師は教会の正面扉の鍵をハイヤンに渡し、ビリーがピアノを弾きたい時はいつでも歓迎だと言葉を掛けます。
鍵をくれたのかと驚くナイナイに、ルーは、それがアメリカだと一言。ビリーは、それがアメリカの全てではなく、銃や皆保険など問題山積だとすかさず補足。
中国にも良い所があると親族から声があがると、ルーは、北京ダックは良いわねと嫌味たっぷり。
ナイナイは、中国人である以上中国を批判ばかりするなとたしなめます。ハイヤンは、自分達は実質上アメリカ人でパスポートもアメリカだと言います。
一方、ハイビンは、どこに住もうと自分は一生中国人だと声を上げます。ユーピンは、中国より他が良く見えるようだけど、子供に会えない自分の母親は高齢者なのよ、と苦言を呈します。
ルーは、それでもアメリカへ子供を行かせるのかと負けていません。長く滞在する訳じゃないとユーピンは答えますが、中国へ帰ってくる保証は無いとルーは畳み掛けます。
散会後、咳が止まらないナイナイを家に送り届けるリトル・ナイナイ。
翌朝、目覚めたビリーは、ナイナイが病院へ行ったと知ります。
映画『フェアウェル (原題:The Farewell)』の感想と評価
2013年、本作の監督・脚本を務めたルル・ワンが実際に経験した出来事を基にした『フェアウェル』。カメラを購入して中国へ行ったワンは、自分の感情を祖母に悟られないよう、親族を録画するカメラの後ろに隠れていたと語ります。
小さい頃に両親とアメリカへ移住した本作の主人公・ビリーは、ワンを投影したキャラクター。
劇中、ビリー、ビリーの両親、そして、日本に住む伯父・ハイビンでは、3通り別のアイデンティティを持つことをワンは丁寧に描写。
祖国・中国と異なるアメリカに順応する課程は少女と世慣れした大人の両親では違いがあり、幼ければ幼いほど、移った土地の環境が自分の中に占める割合が大きくなって行きます。
余命を聞いてナイナイに会いに中国へ行ったワンは、その時の違和感を作品で表現したかったとインタビューで話しています。
自分の人生の終わり方を本人に決めさせてあげたいビリーの個人尊重論と辛い思いを代わりに背負うのが家族だという親族の全体調和論は、正解が無いため平行線。
しかし、その議論の根底にあるのはナイナイへの愛情です。西側の様に「I love you」と言葉に出さずとも、食べろ食べろと祖母が孫の世話を焼き、姉妹同士お互いの小皿に食べ物を乗せる食卓の光景はとても微笑ましい場面。
当初、食事のシーンが多すぎるとアメリカのプロデューサーから指摘されたワンは、中国へ招待し家族を紹介。一緒に食事の時間を過ごした製作者は、脚本を一切変えないよう連絡して来たそうです。
誰も居ない所でお小遣いを孫に渡し、いつまでも手を振って見送るナイナイの姿は、大勢の人がそれぞれのおばあちゃんを思い出す感涙のシーン。
本当についた嘘から6年後元気よく笑顔でタイチーをするナイナイの映像へ続く、笑いと涙溢れる極上の作品です。
音楽の選曲も良くフォントにも気配りが効き、更に、傘の色の使い方やカメラの位置等、ワンのセンスは抜群。
また、ナイナイを演じたヂャオ・シュチェンは、16才から俳優のキャリアを積む中国の昼ドラではお馴染みのベテラン俳優。シュチェンの好演は大きな注目を集めました。
そして、リトル・ナイナイを演じたのは、ワンの実の大叔母で、歌う犬・エレンもリトル・ナイナイが一緒に暮らす犬。
ワン家族の愛すべきナイナイご本人は、今も癌と診断されたことは知らないそうです。
『フェアウェル』は既に中国で劇場公開が決定。ワンは、英題が『 Don’t Tell Her 』だと笑って話します。本人がテレビで予告編を見た場合、「映画ってフィクションだから」と家族は説明する予定。
まとめ
ビリーは物書きを夢見るニューヨーカー。側で暮らす両親から大好きな祖母が癌に冒され余命が短いことを知らされます。
従兄の結婚を口実に家族が集まり最期の時間を過ごすと聞いたビリーは、祖母に真実を伝えない決定をした家族に反発。
そんな周りの騒動を知らないナイナイは、家長として孫の結婚式を仕切り全員の幸せと健康をひたすら願うだけ。
何が本人にとって一番なのかが東と西で見解に隔たりはあっても、25年家族が会していなくても、愛が通う家族は価値観や時間を超越した絆があることを『フェアウェル』は美しく描写します。
2020年度アカデミー賞作品賞ノミネートは至極当然の秀作。
映画『フェアウェル』は2020年10月2日(金)より日本の劇場でも公開されます。