名俳優アントニオ・バンデラスは、映画『ペイン・アンド・グローリー(原題:Dolor y gloria)』で、カンヌ国際映画祭「男優賞」受賞!
映画『ペイン・アンド・グローリー』は、『オール・アバウト・マイ・マザー』(2000)や『ボルベール(帰郷)』(2007) のペドロ・アルモドバルが監督・脚本を務めた映画です。
主演は、スペインの名匠と8回目のタッグを組むアントニオ・バンデラス。
人生に疲労した主人公・サルバドールが回想した記憶の中で再会した人々から導きを得る旅路を描いています。
芸術的でモダン、そして現実的ながらノスタルジー漂う美しい作品。
映画『ペイン・アンド・グローリー』の作品情報
【公開】
2019年 (スペイン映画)
【原題】
Dolor y gloria
【監督】
ペドロ・アルモドバル
【キャスト】
アントニオ・バンデラス、ペネロペ・クルス、アシエル・エチェアンディア、レオナルド・スパラグリア、ノラ・ナバス、フリエタ・セラーノ
【作品概要】
本作の主人公サルバドール・マヨは、ペドロ・アルモドバルの自伝映画と評されますが、実際はアントニオ・バンデラスとアルモドバルを拡大し併せたキャラクターだと2人は個別に説明。
多くのハリウッド映画に出演を果たしたバンデラスは『私が、生きる肌』(2012)に出演時、アメリカ人監督から学んだ多くのテクニックが役に立たないとアルモドバルに言われ、同作で新境地を開いたことが本作の役作りへ繋がっているとコメント。
バンデラスは、この作品でカンヌ国際映画祭の男優賞を受賞。
映画『ペイン・アンド・グローリー』のあらすじ
マドリードに住む映画監督のサルバドール・マヨは、30年前に自分が監督した作品が復刻して再上映されることを知ります。
プレゼンターを依頼されたサルバドールは、主演したアルベルトと一緒に行おうと考えます。
友人からアルベルトの住所を聞いたサルバドールは、連絡せずに訪問。当時撮影中にもめた為2人は疎遠になっていました。
アルベルトは突然の再会に眉をひそめながらもサルバドールを招き入れ、お茶を振舞います。
頭痛に悩まされていたサルバドールは、ヘロインを吸うアルベルトを見て興味を持ち試してみることに。
咳き込んだ後ハイになったサルバドールは、幼い頃の思い出に浸ります。
穴の開いた靴下を縫う若く美しい母・ジャチンタ。貧しい生活を抜け出す為、バレンシアの小さな町へ家族は引っ越します。
夫が見つけた洞窟の様な住居に絶句するジャチンタですが、サルバドールは大喜び。台所部分の天井は大きく穴が開いており、青空がのぞき太陽光が注いでいます。
我に戻ったサルバドールは帰宅しますが、夜になってアルベルトが訪ねてきます。
再びヘロインを吸ったサルバドールがボーっとしている間、アルベルトはサルバドールのパソコンに保存されていた「アディクション (中毒)」と題されたワードの文書を読みます。
目覚めたサルバドールに、アルベルトは、久し振りに「アディクション」を題材に演じて見たいと言います。
戯曲ではないと断るサルバドールですが、アルベルトは自分流に解釈して台本に出来ると意欲的。
自分の個人的な思いを整理し踏ん切りをつけようと書き留めた内容だった為、サルバドールは、考えておくとその場をやり過ごします。
映画の上映日を迎えますが、ヘロインを吸うサルバドールとアルベルトはプレゼンテーションをすっぽかしてしまいます。
仕方なくサルバドールに電話した主催者は、スピーカーにして観客との質疑応答を敢行。
サルバドールが主演を務めたアルベルトに対する不満を口にした為、2人は口論に発展。
様々な体調不良を抱えるサルバドールでしたが、頻繁に喉をつっかえ咳き込むことから錠剤を潰して水に混ぜて服用。
そのことをメイドから聞いたアシスタントのメルセデスは、サルバドールの食事をピューレ状にするよう頼みます。
サルバドールは街中でヘロインを買い、再び過去の記憶へ。外の階段で読書をしていた少年時代、レンガ職人のエドゥアルドと出会います。
非識字者だったエドゥアルドは、読書するサルバドールに教えて欲しいと依頼。ジャチンタは、その代わりに、家の中の補修をして欲しいと交換条件を提示。
アルファペットから覚え始めたエドゥアルドに、サルバドールは発音と書き方を教えます。
ある日、経済的に余裕が無いものの教育を重んじるジャチンタは、息子に教会の寄宿学校で勉強させることにします。しかし、牧師にさせられると誤解したサルバドールは母親に反発したのでした。
「アディクション」に加筆したサルバドールはアルベルトを訪問。サルバドールを追い返そうとするアルベルトですが、「アディクション」を舞台の演目にしても良いと聞き、態度を変えます。
サルバドールは、個人的な内容なので自分が書いたと誰にも知られたくない為、製作には関わらない意向を示します。アルベルトは、自分がクレジットを得られると喜んで了承。
とは言うものの、サルバドールは椅子だけのシンプルな演出にするようアドバイス。更に、すぐ涙を見せる役者の文句を言い、感情を抑制する演技を指導。
アルベルトはくつろいでくれとヘロインをサルバドールに渡し、早速「アディクション」に目を通し始めます。
舞台当日。アルベルトは小劇場で独り芝居。ストーリーは、マルセロという青年とのラブストーリー。
麻薬中毒だったマルセロを連れて南米に旅に出るという主人公の切ない恋愛を物語るアルベルトを、客席で1人の中年男性が目に涙をためて見つめています。
「自分の愛でマルセロを立ち直らせると信じていた。強い愛は山をも動かすけれど、愛する人を救うことはできない」
観客は、そう締めくくったアルベルトを拍手。客席に居た男性・フェデリコは控室を訪れ、物語のマルセロは自分だと名乗ります。
映画『ペイン・アンド・グローリー』の感想と評価
本作は、幾つも病気を抱え人生のスランプに陥った男性が自分の過去の記憶を辿り再生するまでを描いています。
監督・脚本のペドロ・アルモドバルが実生活で使用している家具、絵画、そして服をサルバドールに着用させ私生活を投影している一方、過去の恋人との再会やヘロイン等、アルモドバルが経験していないことも盛り込んで脚色。
映画『ペイン・アンド・グローリー』は、普遍的なテーマをアルモドバルが自分の経験になぞらえて解釈。
働き者で褐色に日焼けした美しい母親と幼少期を過ごした小さな村、大人になって経験する心を焦がす切ない恋愛、そして同居した母親への後悔です。
年を重ね過去の辛い経験1つ1つに思いを馳せた時、全てが光り輝くインスピレーションとなって故障し始めた体を奮い立たせる様子を、アルモドバルは繊細に表現。
晴れた空から注ぐ木漏れ日に体が温かくなる様な余韻を残す構成であり、主人公サルバドールに扮したアントニオ・バンデラスの演技が本当に素晴らしい。
情熱的、セクシー、そしてカリスマ性を持つキャラクターを多く演じてきたバンデラスですが、これまで見たことの無い一面を披露しています。
特に昔の恋人・フェデリコとの再会シーンでは、サルバドールの心を駆け巡っているであろうたくさんの感情を抑制して表現。
そして、フェデリコを見送る時のバンデラスの瞳がとても優しく、悲しみと愛情の混じる思いが手に取るように伝わり心を打たれる場面です。
アルモドバルとは8度目の映画制作となる今回、「ヘロインで頻繁にハイになり背中の痛みを常に感じているサルバドールだが、そうとは見せずに表現」という難しい注文があったとバンデラスは明かします。
また、過去に大金を積まれて監督業を依頼されても、『天使にラブ・ソングを…』(1993) や『ブロークバック・マウンテン』(2006) など、自分の信条に反する作品は受けなかったアルモドバルに敬意を持っているとインタビューで話します。
故郷・ラ・マンチャの影響だと評する赤、緑、黄色等、原色を見事に使いこなすアルモドバルの芸術センスは健在で、物語を1本の映画のように締めくくるエンディングも見所。
まとめ
愛する母親が他界して4年。大きな手術も受け、老いを感じる映画監督のサルバドールは、人生のスランプに陥っています。
30年前に撮った映画が再上映されることになり主演俳優と再会。頭痛緩和になると聞いて麻薬を試してみたサルバドールの脳裏に、幼少時代の思い出が鮮明に蘇ります。
長いキャリアを持つアントニオ・バンデラスの名演が光る『ペイン・アンド・グローリー』は、過去の悲哀と和解することで人生に大輪を咲かせると解したペドロ・アルモドバルの快作。