SNS時代のダークコメディー
ネット・ストーカーと化したSNS依存者を主人公にした『イングリッド‐ネット・ストーカーの女‐』は、2017年サンダンス国際映画祭でオリジナル脚本賞を受賞した異色のドラマです。
ネットで憧れの対象を見つけると執着せずにはいられない女性を、リブート版『チャイルド・プレイ』(2019)などのオーブリー・プラザが演じ、標的になるインフルエンサーに、「アベンジャーズ」シリーズのエリザベス・オルセンが扮しています。
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映画『イングリッド‐ネット・ストーカーの女‐』の作品情報
【公開】
2017年(アメリカ映画)
【原題】
Ingrid Goes West
【監督】
マット・スパイサー
【キャスト】
オーブリー・プラザ、エリザベス・オルセン、ビリー・マグヌッセン、ワイアット・ラッセル、ポム・クレメンティエフ、オシェア・ジャクソン・Jr
【作品概要】
2017年サンダンス映画祭で話題となり、オリジナル脚本賞を受賞。SNSに依存するネットストーカーを主人公にした問題作で、作品賞にもノミネートされました。
オーブリー・プラザ、エリザベス・オルセンらが出演。日本国内では劇場公開されず、DVD、ネット配信されています。
映画『イングリッド‐ネット・ストーカーの女‐』あらすじとネタバレ
instagramで友人となった女性から結婚式に招待されなかったことを逆恨みし、結婚式に乗り込んでいったイングリッドは、幸せの絶頂にいる女性の顔にスプレーを吹き付け取り押さえられます。
施設で更生したあと、彼女は死んだ母から6万ドルの財産を相続します。けれども彼女は再び懲りずに、instagramに素敵なフォトを上げているインフルエンサーのテイラーに接近しようと考えロサンゼルスに引っ越します。
バットマン好きで、脚本家志望の青年、ダン・ピントが大家をしているロサンゼルス西部のヴェニスにある家を気に入ったイングリッドは、家を借りることにしました。
本当に家賃が払えるのか不審がるダンに「お金ならある」とバッグの中身を見せ、契約をとりつけます。
テイラーがよく行くという店に入ると、本当にテイラーが店にやってきて、挙動不審になるイングリッド。
なんとか彼女に近づきたいイングリッドは、テイラーの家を見張り、テイラーと夫が出かけたすきを見て、彼女の愛犬を誘拐します。
愛犬がいなくなって悲しんでいるテイラーのもとに、犬を見つけたと届けに行くと、テイラーは大喜びし、イングリッドをもてなし食事の用意までしてくれました。
彼女の夫は、最近会社を辞めてアーティストに専念しているとのことで、作品を見たイングリッドが作品を一枚購入すると、テイラーは「あなたは最高よ!」と大喜び。
それをきっかけにすっかり親しくなった2人。翌日、イングリッドはテイラーに頼まれてダンからトラックを借り、テイラーの荷物運びを手伝うことにしました。
ダンは夕方から仕事の打ち合わせに車を使うからとしぶりましたが、イングリッドは夕方には返すと約束します。
テイラーと一緒の時間はまるで夢のようでした。テイラーの誘いを断れず、あっという間に時間が過ぎ去り、トラックを返す約束の時間はとっくにすぎてしまいました。その上、イングリッドは、帰宅途中にダンのトラックを破損してしまいます。
イングリッドはお詫びとしてダンと食事を共にすることになりました。その席で意気投合した2人は、そのままベッドイン。恋人関係になりました。
テイラーから親友のように扱われて、イングリッドもすっかりインフルエンサーの仲間入りを果たします。インスタグラムのフォロワーもあっという間に増えていきました。
そんな中、テイラーの弟であるニッキーがパリから帰国しました。ニッキーはテイラーから聞いていたとおり、かなりのやっかいもので、テイラーの夫は彼を嫌っていましたが、テイラーはニッキーを甘やかすばかりです。
ある日、イングリッドは、ダンと共に有名ファッションブロガーのハーレイのパーティーに参加しますが、テイラーはハーレイに夢中で、イングリッドが声をかけても2人で話し込んでいます。イングリッドは激しい嫉妬心を覚えました。
パーティー会場で、イングリッドはスマートフォンを落としてしまいました。すぐに見つかると思いましたが、なかなか見つかりません。実はスマートフォンはニッキーに拾われ、中身を見られていたのです。
テイラーをストーキングしていた事実がわかる写真が多数保存されており、イングリッドの正体を見破ったニッキーは、ティラーにばらされたくなかったら金を払えと脅してきました。
イングリッドはなんとか言い逃れしようとしますが、ニッキーは悪知恵だけは達者でまったく誤魔化しがききません。
思案したイングリッドは、日が暮れてから、数名でたむろしている男のもとに近づき、殴ってくれと頼みました。
一人の男が金を要求したので、イングリッドは金を払い、「全力で顔面を殴って」というと、男は本当に全力でイングリッドを殴りました。
イングリッドはそのままダンのところに駆け込みニッキーに殴られたと訴えました。「家に帰ったらニッキーがいたの。クスリか何かやってる雰囲気だった。スマフォを返せといったら5万ドル要求された。遺産のことを聞いたらしいの。遺産のことしゃべった?」
ダンは覚えていないけど、いろいろと質問攻めされたと答えました。ニッキーに電話しようとするダンを制止し、「誰かにしゃべったら殺すって言った」と泣きながら訴え、ダンに「バットマンになって」と頼みました。
イングリッドとダンはニッキーを誘拐し、脅しつけようとしました。ところが、ニッキーが思ったよりも強く、逆にダンを激しく殴り始めました。イングリッドは後ろからニッキーをバールで殴って昏倒させました。
砂漠にニッキーを置き去りにしてダンを病院に運ぶイングリッド。ダンは重症で眠り続けていました。テイラーから電話がかかってきてあわてて出ると、ニッキーの所在がわからないと言います。「パリに帰ったのでは?」とイングリッドはいい、お茶に誘いますが、テイラーはつれなく電話を切ってしまいます。
テイラーとすれ違う日々が続き、イングリッドは電話をかけることにしました。出たのは彼女の夫でした。彼はイングリッドに「テイラーは会いたくないと言っている。二度と私たちに関るな」と言います。
意識を取り戻したニッキーがスマートフォンの画像のことや誘拐のことなど、全てを話していたのです。「ニッキーが恐喝をしていなかったら君は刑務所行きだった」とテイラーの夫は言いました。
二度と電話するなと言われたにも関わらず、イングリッドは何度も何度もテイラーに電話して伝言を残しました。ついに電話がかかってきたと思ったらテイラーの夫で、「君はいかれてる!今すぐ電話をやめないと警察に電話する!」と告げられます。
映画『イングリッド‐ネット・ストーカーの女‐』の感想と評価
ネットで憧れの対象を見つけると執着せずにはいられないSNS依存者・イングリッドが本作の主人公です。
更生して施設から出て来た途端、彼女に莫大な遺産が転がり込みます。新しい人生、新しい自分を生きるのにこれほどのチャンスはないように見えます。しかし彼女は再び同じ道をたどっていくのです。
目をつけたセレブのテイラーとお近づきになり、作戦通りみるみる親しくなっていきますが、テイラーの弟がパリからやってきたあたりから、テイラーはイングリッドに急激に興味を失くしていきます。
イングリッドを演じているのは『ダーティ・グランパ』(2016/ダン・メイザー)などで知られるオーブリー・プラザ。インフルエンサーと友達になりたいという執拗な欲求が彼女を突き動かしています。
インフルエンサーと交流が始まると、インフルエンサー側の違和感が目立ち始め、逆にイングリッドのほうが、案外まともな人間のように見えてくるのが面白いところですが、絶体絶命の危機に追い詰められた後半は、イングリッドは、危ないキャラとしかいいようがない、なりふりかまわない行動を取リ始めます。
一方のインフルエンサーを演じているのはエリザベス・オルセン。「アベンジャーズ」シリーズのワンダでおなじみです。
彼女は映画の終盤にイングリッドに「あなたはinstagramのただのフォロワー」と言い放ちます。インスタグラマーとただのファンだという言葉がこの女性の本質をよく表しています。
結局、このオシャレなワンダフルな女性は、自分にとって利用価値のある人としか付き合わないのです。愛犬を見つけてくれて(実はイングリッドが誘拐したのですが)、夫の作品を買ってくれた女だから使えると思ったのでしょうが、特に付き合うメリットがないと感じたらもう興味を失ってしまいます。
最初はとても魅惑的な女性に見えていたテイラーという女性の底の浅さが見えてくる仕掛けになっています。
「ネットストーカー」を扱った作品というとサスペンスタッチのスリラーを想起しますが、本作は、むしろウィットたっぷりのダークコメディーと言っていいでしょう。憧れる女性、憧れられる女性という2人の女性の関係をSNSというツールにからめて、コミカルに、シニカルに描いています。
絶望したイングリッドはSNSに今までの自分の姿は全部、嘘。これが本当の私なのと告白して自殺を図ります。ダンの機転で一命を取り留めダンから差し出されたスマホを見ると、そこには自分の姿をさらけ出した彼女を礼賛するコメントが溢れていました。
これは、虚栄の中に自分を見失っていた人が従来の自分らしさを取り戻したという点で、一見、ハッピーエンドに見えるのですが、イングリッドが承認要求から逃れられるのか甚だ怪しく、このラストには一抹の不安を感じずにはいられません。
それにしても6万ドルの遺産のこれほどの無駄遣いもないのではないでしょうか。SNS狂騒曲ともいえる時代の空気をチクリと皮肉って見事です。
まとめ
イングリッドの大家さんで、のちに親しくなるダンは、脚本家志望。ロサンゼルスにはこのように別の仕事をしながら、映画業界の一員になろうと夢見る人がごまんといるといわれています。彼もそんな一人で、バットマンを愛する好青年です。
ダンに扮しているのは、ラッパー、アイス・キューブの長男で、「N.W.A.」の伝記映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』(2015/ F・ゲイリー・グレイ)でアイス・キューブ役をオーディションで勝ち取り俳優デビューを果たしたオシェア・ジャクソン・Jr.です。
この物語で唯一、まともな人間なので、果たして彼はこれで良かったのか、またまた一抹の不安が湧き上がります。何しろ、騙されて、犯罪に加担させられて、怪我までしているのですから。彼の幸福を願わずにはいられません。