廃業寸前の「肉屋」が販売を始めたのはヴィーガンの肉だった!?
お店の経営と夫婦間の危機を迎えた肉屋が、あることをキッカケにヴィーガンの肉を販売し始める、フランスのブラックコメディ『ヴィーガンズ・ハム』。
「完全菜食主義者」のヴィーガンを、肉屋の夫婦が獲物にしていくという、人間狩りとも呼べる内容で、良識的な方は受け入れられない作品かもしれません。
ですが、本作はただ趣味が悪いだけの、ブラックコメディではありません。
人間の本質的な部分を捉えている、かなり特異な作品である『ヴィーガンズ・ハム』の魅力をご紹介します。
映画『ヴィーガンズ・ハム』の作品情報
【公開】
2022年映画(フランス)
【原題】
Barbaque
【監督・脚本】
ファブリス・エブエ
【共同脚本】
バンサン・ソリニャック
【キャスト】
マリナ・フォイス、ファブリス・エブエ、ジャン=フランソワ・キエレイ、リサ・ド・クート・テイシェイラ
【作品概要】
廃業寸前の肉屋を営むヴィンセントが、店を襲ったヴィーガンへの復讐をキッカケに、ヴィーガンの肉で作ったハムの販売を始める、フランスのブラックコメディ。
コメディアン出身の監督、ファブリス・エブエが主演も務め、『私は確信する』(2018)のマリナ・フォイスが、ヴィンセントの妻ソフィーを演じています。
映画『ヴィーガンズ・ハム』のあらすじとネタバレ
肉屋を営み、肉に対して強いこだわりと愛情を持っているヴィンセント。
ですが、結婚して30年になる、妻のソフィーとの夫婦関係は完全に冷め切っていました。
また、肉屋の経営も危機的な状況で、廃業寸前となっています。
ある時、ヴィンセントの肉屋が、動物の覆面をした集団に襲われます。
覆面の集団はヴィーガンで、動物の肉を販売する肉屋を何件も襲っていました。
その中の1人を取り押さえ、覆面を取ったヴィンセントは、男の顔を見ますが、暴行を受け逃げられてしまいます。
数日後、ソフィーの友人ステファニーに招待され、ヴィンセントとソフィーはステファニーの自宅を訪ねます。
ステファニーの夫マルクは、肉屋で成功しており、4店舗のチェーン店を展開しています。
ですが、肉を量産する為に薬を使っており、ヴィンセントにはそれが許せませんでした。
ステファニー夫婦との食事の帰り道。
さんざんマルクに自慢されたことから、ヴィンセントとソフィーはストレスが溜まり、口論となります。
ソフィーに離婚を切り出されたヴィンセントですが、数日前に店を襲ったヴィーガンの1人を偶然発見します。
勢いに任せて、ヴィーガンをひき殺したヴィンセントですが、その後のことを考えていませんでした。
ソフィーは、かつてフランスを震撼させた猟奇殺人鬼が、死体を解体しゴミ箱に捨てたことを思い出し、ヴィンセントに実行させます。
夜中に、ヴィーガンを食肉解体したヴィンセントは、疲れて眠ってしまいます。
ヴィンセントが目を覚ますと、すでにお店の開店時間となっており、ソフィーがハムを売っていました。
ソフィーが、豚肉と間違えて加工したそのハムは、昨夜ヴィンセントが解体したヴィーガンの肉でしたが「ハムが美味しい」と、街中の評判になってしまいます。
ヴィンセントは戸惑いながらも「イランの農場から豚を仕入れた」と嘘をつき、販売を続けますが、ヴィーガンの肉が無くなってしまいます。
映画『ヴィーガンズ・ハム』感想と評価
ヴィーガンの肉を加工したハムを売る為、ヴィーガン狩りを行う夫婦を描いたブラックコメディ『ヴィーガンズ・ハム』。
ヴィーガンは「完全菜食主義者」のことで「動物の搾取を避けるべき」という考え方の人達です。
何を食べて生きていくかは、もちろん個人が決めればいいですし、人それぞれなので、ヴィーガンを標的に人間狩りを行う夫婦の映画は、普通に考えれば酷いんですが、そんなことは気にならないぐらい、本作は見事なまでに、ユーモラスな作風に仕上げています。
まず、主人公のソフィーとヴィンセント、夫婦のキャラクターが個性的です。
ヴィンセントは異常なまでに、肉への愛情とこだわりを持っています。
本作のオープニングは、ヴィンセントがお客さんに肉を提供する為に、肉をスライスし、必要以上にパンパンと叩き、紙に包んで販売する場面から始まります。
楽しそうに肉を扱うヴィンセントと、その様子を冷たい目でずっと見ているソフィーの、何とも言えない微妙な空気から始まるんですが、一切セリフが無いこの場面で、2人の関係が分かります。
やはり、ソフィーはヴィンセントに不満を持っており、その不満が爆発する形で、ヴィーガンで作ったハムを売ることになるんですね。
このソフィーが猟奇殺人事件のマニアで、ヴィーガンのハムを作る為に、過去に起きた猟奇殺人事件を参考にするのですが、ここで更に話がややこしくなっていきます。
ヴィーガンのハムを作らせようとするソフィーと、頑なに嫌がるヴィンセント、この2人のやりとりが面白く「上質な肉にこだわりたい」といろいろ言い訳をするヴィンセントが、苦し紛れに発する「神戸ヴィーガン」というパワーワードも飛び出します。
ただ、本作は「ヴィーガンに何をしてもいいんだ!」という極端な思想がある作品ではありません。
本作で重要な存在となるのが、娘のクロエの恋人リュカです。
ソフィーとヴィンセントは、リュカを食事でもてなそうとしますが、極度のヴィーガンであるリュカは、何だかんだ理由をつけて、何も食べようとしません。
この場面のリュカは、ヴィーガンである自身の思想から、完全に肉屋のヴィンセントとソフィーを見下しています。
ですが物語の中盤で、リュカはソフィーとヴィンセントに、自身の思想を押し付け罵倒したことを、謝罪します。
つまり、ヴィーガンとかそうじゃないとか、たった一つの言葉で、その人の全てを分かったようになる、それこそが本当に危険なことで、本作はその浅はかさを皮肉っているんです。
肉屋を襲撃したカミーユ達のように、もはや聞く耳をもっていないような人は別ですが、基本的に主義を押し付けるのではなく、分かり合おうとする姿勢が大事なんですね。
というメッセージも感じつつ、本作が素晴らしいのは、難しいことは抜きにして、コメディに振り切っている部分です。
特に、ヴィーガン狩りに目覚めたヴィンセントが、ヴィーガンを追い回す場面は、草食動物を狩る肉食獣の映像とリンクしており、かなり馬鹿馬鹿しくも笑える場面となっています。
ヴィーガンを狩ってハムにするという、なかなか酷い内容の作品なので、一つ間違えると不快な作品になりかねませんでしたが、最後まで笑えて楽しい作品に仕上がっているのは見事でした。
まとめ
本作はソフィーとヴィンセントの関係性が面白く、夫婦仲が冷え切っている序盤、ヴィーガン狩りを始めた中盤、再び関係が悪化する終盤と、夫婦仲も展開に応じて変化していきます。
最終的に、伝説的な猟奇殺人鬼になってしまった夫婦ですが、最後の裁判の場面では夫婦仲が良さそうだったので、それは良かったんじゃないでしょうか。
ただ、最後に何故ソフィーは、犯罪がバレるキッカケになったウィニーの名前を出したんでしょうか?
ヴィーガンのハムを売って儲けることに、おそらくソフィーも抑止力が効かなくなり、止まるキッカケを求めていたのでしょう。
止まるキッカケを与えてくれたウィニーに、感謝を伝えたセリフそれが最後の「ウィニー」じゃないでしょうか。
ただ、ソフィーとヴィンセントは様々な場所で銃を撃って、ヴィーガンを殺しまくってるんで、ウィニーの前に犯行がバレてても不思議じゃありません。
そこは、街の警官が恐ろしく無能に描かれているので、コメディということも踏まえて、内心でツッコミながら観賞すると更に楽しめる作品です。