連載コラム「舞台裏の裏の裏話」その2
コミック誌のジャンプで人気連載中のギャグ漫画の実写化『銀魂』に引き続き、続編として公開された『銀魂2掟は破るためにある』。
監督は「勇者ヨシヒコ」シリーズや『斉木楠雄のΨ難』を手がけた福田雄一監督。
この監督はコメディー作品に定評があり、実写化作品も可能な限りオリジナルに寄せて行くことで観客のイメージを崩すことなく実写化を表現することが得意な監督と言えます。
主演が小栗旬。脇を固める役者陣も、若手実力派の菅田将暉、そして今飛ぶ鳥を落とす勢いで人気の橋本環奈です。
他にも、中村勘九郎や柳楽優弥、吉沢亮、長澤まさみ、堂本剛など主役をしてもおかしくないほどのメンバーが話題になりました。
特に続編である今作は、新たに三浦春馬や窪田正孝が加わりさらに豪華に「イケメンの無駄遣い」と称して豪華な顔ぶれを引き立たせていました。もちろん、福田雄一作品の常連であるムロツヨシや佐藤二朗も登場しています。
そして今回は一作目『銀魂』の公開翌年に続編公開という、驚異の速さでの公開でした。その点から見える制作側の葛藤を考察していきたいと思います。
CONTENTS
“銀魂”という作品の世界観
この銀魂という作品は、時代設定として幕末の江戸の町を舞台としています。ただ、架空の設定として天人と呼ばれる宇宙人たちが押し寄せてきたとして、歴史的事実に沿ったSFパロディ作品になっています。
なので実在した人物と似て非なるキャラクターがたくさん出てきます。
しかし幕末の江戸といえども、宇宙人が来たと言う設定故か現代にもあるものが無数に存在しています。
例えば、スクーターやキャバクラ、パフェや喫茶店などもそうです。
その時代設定のゆるさが逆にこの作品の魅力を引き出しているのでしょうが、清々しい程に何でもありの設定は実写映画にする際はかなり注意を払わなければならない点となるような気がします。
銀魂の映画美術
映画のジャンル
映画の主なジャンルとして、学園物(キラキラ映画と呼ぶ場合もあります)、やくざ物、時代物、医療物、刑事物など様々な種類があります。
そして、この銀魂は大きなくくりで見たときに時代物になります。
時代物とは、現代ではない時代を描いた映画を指すもので、昭和時代の映画であっても戦国時代の映画であっても時代物と呼ばれます。
時代物は過去の話なので、絶対的に決まったルールが存在していることが多いです。
例えばものすごくわかりやすい例でいうなれば、着物を着ていることであったり、建物が木製であること(もちろん時代によって作りは多少変わります)が絶対に変わらない歴史のルールです。
銀魂の時代物設定の複雑さ
しかしこの銀魂という作品は、作品の特性上このルールが全く通用しなくなるのです。
幕末の江戸であるにもかかわらず、洋服を着ていたり自動車が走っていたりしても違和感がない世界を作らなければならない世界観を作品が有しているからです。
どこまでを時代物の考え方で作って、どこからが現代の文化を取り入れるのかは、原作に忠実に作っていても、細かいところで設定が複雑になっていく気がします。
似て非なるパロディ
この時代背景をややこしくしているのは、違法スレスレの似て非なる物のパロディの数々です。
前作の『銀魂』にも出て来ていたスタジオジブリの『風の谷のナウシカ』を模したメーヴェもそうですが、今回もネコバスならぬアライグマバスが出て来ていました。
ぱっと見はネコバスに見えましたが、よく見たら和風の提灯を下げリンゴを高速で洗っているアライグマバスでした。
似すぎても訴えられるし、似てなくても何のパロディか分からず面白くない。けれど、銀魂風にもしなければならない。
ここで銀魂風となるとやはり和風になるのでしょうね。そうなるとなんちゃって和風として新たなジャンルの和物としてイメージ作るしか無くなって来てしまうように感じます。
アクション部の美術的配慮
このなんちゃって和風は映画銀魂の世界で、他の物にも応用されています。
それは、ヘリコプターや電車、タクシーや歌舞伎町などの現代のものが登場しているシーンに見られるものです。
特に電車は、クライマックスシーンで多く登場し、激しい見せ場のアクションの舞台となっていますね。
この電車もセットで作っているはずですが、刀を振り回したり椅子を投げたりするアクションがあるため、本物の電車に比べて天井を高く作ったり、席の幅を広く作ったりしているような気がします。
もちろんアクションシーンで役者にかっこよく立ち回っもらうためでもありますが、それ以上にアクション部と美術部が話し合いを重ね、いかに映画の見せ場を引き立たせるかを考えた末の配慮と言えるでしょう。
CG部の葛藤
画への配慮という点でいうと、今回圧倒的に苦労を要したのはきっとCG部でしょう。CGの画作りは、想像もつかないほど緻密で時間の要するものです。
それでも今回の『銀魂2』は撮影終了から4ヶ月と開けずに劇場公開されています。
これほど時間のないなかで、あれ程の圧倒的迫力と画の美しさを保っているというのはCG部の力以外の何物でもありません。はっきり言って素晴らしいです。
あの同じジャンプコミックの実写化である映画『BLEACH』でさえCGに2年もの時間をかけて作っていたのですから。
もちろん、画のベースは美術部で描きます。
しかし、美術部が描くのはあくまで平面なので立体的に360度描いているわけではありません。美術部が描いていない隙間をCG部が描いた銀魂の世界は本当に圧巻でした。
福田雄一という監督
カメラの向こう側の世界では
撮影現場でよく言われる、カメラの向こう側。これは画に映る側を指す言葉です。
先に述べた、美術部やアクション部、衣装部やヘアメイク部などはこの画に映る側のスタッフにあたります。ある意味ではCG部もこれにあたるかもれません。
そして、そのカメラの向こう側の銀魂の世界観の総指揮を取っているのが福田雄一監督です。
正直、1作目の『銀魂』を見たときに感じたのが、テレビドラマや舞台の世界で活躍されていた福田監督には、銀魂という作品は大作すぎて持て余している印象が強かったです。
美術的にも原作通りにお願いしますという指示しか出していないようでしたし、アクションシーンではアクション監督という別に現場の指揮をとる方がいるので、そこまで福田監督の存在感はありません。
俳優部から圧倒的な信頼
同じカメラの向こう側の部署である俳優部からは絶大な信頼を得ています。
演出に関する俳優部への支持は的確ですし、こうして欲しいという注文も監督自ら演じてやって見せるほどです。
コメディ監督だけあって、面白いものに対する感度と完成度は絶対的に強いのです。
そこが信頼に繋がっているのでしょう。もちろん、昔からご縁のある役者さんもいるのでしょうが多くの俳優部が福田監督と一緒にお仕事がしたいと切望するのはここに理由があるのだと実感しています。
まとめ
福田雄一監督が、全員主役級の俳優部を引っ張り、『銀魂』という大作をなし得たのも、ひとえに福田監督への絶大な信頼があったからでしょう。
福田監督はお芝居さえ良ければ、あとは気にされない節のある方な気がしています。そして、お仕事がきたら基本的にはどんな作品も自分色に染めてしまえるコメディの魔術師です。
しかし、裏を返せば俳優部以外には熱を入れないという風にも捉えることができるかもしれません。どんなにカメラの向こう側の人達が情熱をぶつけても、監督が情熱を返す先は一つの部署だけにしか向かない。
大作であるがゆえに、その温度差は作品の随所に滲み出て、勘のいい観客には違和感として残っていることでしょう。
それを良しとするか否かを判断するまでもなく、福田雄一監督の『銀魂2 掟は破るためにこそある』には、勢いがあり、圧倒的な魅力があるのはいうまでもありません。