連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第16回
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信サービス【U-NEXT】で鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第16回は、リー・クローニン監督のアイルランド発の新感覚ホラー映画『ホール・イン・ザ・グラウンド』です。
新宿シネマカリテの特集企画「カリコレ2019/カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2019」の上映作品として上映された映画『ホール・イン・ザ・グラウンド』。
「あなたの息子じゃない」と告げる老婆、森の中にある大きな穴。次第に自分の息子ではないのではないかと疑心暗鬼になっていく母親の姿を不穏な空気で描く新感覚ホラー映画。
森の中にある穴は何なのか、息子ではないとしたら何なのか、謎が謎をよぶ不穏さ、暗い映像で不安を煽る演出が観客の心を引きつけます。また、不安に駆られる母親と、奇妙な言動を繰り返す息子の演技にも注目して見て欲しい映画です。
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CONTENTS
映画『ホール・イン・ザ・グラウンド』の作品情報
【公開】
2019年(アイルランド・ベルギー・フィンランド合作映画)
【原題】
The Hole in the Ground
【監督】
リー・クローニン
【キャスト】
サーナ・カーズレイク、ジェームズ・コスモ、シモーヌ・カービー、スティーブ・ウォール、ジェームズ・クイン・マーキー、オーエン・マッケン
【作品概要】
新宿シネマカリテの特集企画「カリコレ2019/カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2019」の上映作品。
主人公サラ役を演じたのは『マッド・メアリー』(2018)のサーナ・カーズレイク、『ブレイブハート』(1995)のジェームズ・コスモ、『過去のない男』(2003)のカティ・オウティネンなど。
映画『ホール・イン・ザ・グラウンド』のあらすじとネタバレ
シングルマザーのサラ(サーナ・カーズレイク)と息子のクリス(ジェームズ・コスモ)はアイルランドの田舎に引っ越してきます。
田舎に向かう道中クリスが「危ない!」と叫びその視線の先には黒いフードを被った人物が道路の真ん中で立っています。慌てて避けたものの問いかけにも応じずぶつぶつ何かをつぶやいている人物を不気味に思ったサラは急いで家へと向かいました。
新たな土地で生活を始めた母子。ある日、冷めないうちに昼ごはんを食べるようクリスに促すと、クリスはもう冷めているから嫌だと駄々をこねます。そんなクリスにチーズをかけたらとサラが言いますが、チーズはかけたくないとクリスは言いそのままお昼を食べ始めます。
クリスの機嫌を直そうとサラはいつものゲームをやろうとします。3・2・1の掛け声でお互いに変顔をして笑わせるというゲームをしたクリスは笑って機嫌を直します。
ほっとして家の修理に取り掛かっていたサラでしたが、クリスが「ママ!早くきて!」と叫ぶ声が聞こえ慌ててクリスの元に戻ります。すると、クリスは蜘蛛が出たことに怯えていたのでした。
「どうして僕たちだけ来たの?」と不思議がるクリスに複雑な事情があって…とサラは言葉を濁します。「嘘つき!」とクリスは怒り、外に逃がそうとした蜘蛛を踏み潰してしまいます。そしてそのまま家の裏に広がる森へと走っていってしまいます。
慌ててクリスを追いかけるサラの目の前に突然大きな穴が現れたのです。原因不明の巨大な穴を目にし、不安にかられたサラは必死でクリスの名を呼びます。するとサラの背後からクリスが現れ2人は家に戻りました。
夜、物音がして起きたサラは部屋のクリスがいないことに気づき、家のなかや地下室を探しますがクリスの姿がありません。慌てて警察に電話しようとすると、背後にクリスが急に現れました。
ホッとするもどこにいたのかと戸惑いを隠せないサラは、次の日医師の診断を受けます。その際おでこの傷について医師に聞かれると、一年以上前の傷だが時折炎症を起こすと説明します。そして医師から安定剤を処方されます。
新たな地にまだ慣れていないサラは、クリスを乗せ車に乗っていた際に道路にたたずむ老婆を見かけます。戸惑っていると、老婆・ノーリーンが近づき恐ろしい形相で「あなたの子じゃない」と叫び出します。ノーリーンの様子に慌てて夫・デズが出てきました。
デズの話によると、妻は突然息子が息子ではないと気づき訴え続けましたが、誰も分からず様子がおかしくなったと思っていました。その息子はデズの運転する車の前に飛び出し、亡くなってしまったと言います。
自分の息子でないはずがないと思っていたサラでしたが、森の中でクリスの気に入っていたおもちゃを見つけ、後日森に行ったのかとクリスと問い詰めるとクリスは行っていないと言います。
嘘つかないでと更に問い詰めると、クリスは怒り机ごとサラにぶつけます。クリスの突然の行動にサラは驚きます。
更に、深夜物音がしてクリスの部屋を覗くと、奇妙な動きをして蜘蛛を食べているクリスの様子を見てしまいます。様子が変なクリスを見てサラは次第に息子ではないのではないかと疑い始めます。
話を聞きに行こうとノーリーンの元を訪ねると、土の中に頭を埋めた姿でなくなっているノーリーンの姿を見つけてしまいます。
映画『ホール・イン・ザ・グラウンド』の感想と評価
疑惑から確信へ
本作『ホール・イン・ザ・グラウンド』は、ノーリーンの「あなたの息子じゃない」という発言から、サラは次第に息子ではないのではないかと疑い始めます。疑惑から確信へと変わっていくまでのきっかけとなった出来事があります。
疑惑を持ち始めたのは、森の中でクリスの人形を見つけ、森に行ったのか問いただした際に、否定した上にサラに暴力的な行動を取ったこと、深夜に奇妙な動きで蜘蛛を食べていたあたりからだと思われます。
その頃からサラのクリスに対する目に疑惑の色が見え始めます。同時にクリスの方も母に感づかれているのではと思っているような様子が伺えます。
息子ではないのではと疑うサラはクリスの部屋にカメラを仕掛けます。その映像を見たサラは息子ではないと確信を強め、デズに見せに行きますが、相手にされず、その映像が観客に映し出されることはありません。そしていよいよサラが確信を持つ場面が印象的です。
冒頭の引っ越してきてすぐのランチ、そして3・2・1で変顔をするゲームと同じことをします。
観客もここでクリスの反応の違いに気づくでしょう。前半ではかけなかったチーズをかけ、3・2・1の合図を聞いても何もしないクリス。その反応を見たサラは「息子じゃない」と言い放つのです。
息子の正体は?
クリスではないとしたら何者なのでしょうか。森の中の穴の中にサラが入っていくと、そこには横たわったクリス、更にその近くには人間ではない怪物がたくさんいます。
これらの正体は分かりませんが、サラの足に触れたら怪物がサラの姿になったことからそのようにして<人間になりすましていたのではないかと推測できます。
森の中にできた穴はいつからあるのか、なぜそこにあるのかは説明されません。ノーリーンが息子が何者かに変わったと言っていたことから、サラたちが来る前から穴はあったのではないかと考えられ、気づいていないだけで他にも何者かとすり替わっている人物がいたのかもしれません。
ノーリーンは夫デズが変わってはいないかと常に観察し、家に多くの鏡を設置していました。それは乗り移った人物を鏡に写すとその正体が写るからです。
ラスト、引っ越したサラとクリスの部屋にも多くの鏡があり、クリスをカメラで撮影し、その顔を拡大するサラの姿が映し出されます。
それは引っ越してもなおクリスが他の者とすり替わっていないかという不安が拭えないサラの様子を表しています。
サラの妄想の可能性
ここまで、息子が何者かとすり変わっているのかという観点でみてきましたが、あくまで映画はサラの視点で描いています。視点を変えてみましょう。
サラはクリスと2人アイルランドの田舎にやってきます。なぜパパはこないのかと尋ねるクリスに対し、複雑な事情があるとサラは言葉を濁します。
そしてサラのおでこには傷跡が。医師に聞かれた際には一年以上前の傷だと説明します。それらの点から、夫によるDVで傷をうけ、離婚しアイルランドの田舎にやってきたのかもしれません。
それだけでなく、新天地にやってきたサラは医師に安定剤を処方されています。友人らとの食事で、妊娠により大学を中退した過去を話しています。
更にいつか復学したいということも言っています。それらの点からどこかで自分の人生を変えた、変えざるを得なかったクリスを疎ましく思っている可能性もあります。
クリスの奇妙な行動もサラの視点でみたものです。3・2・1のゲームもクリスが成長し、そのようなゲームに興味を持たなくなった、クリスが親離れしつつあるという風に考えることもできるのです。
果たして本当にクリスは何者かとすり替わっていたのか、それともクリスを疎ましく思う気持ちが妄想となったのか。明確に語られないからこそ、さまざまな解釈ができる新感覚ホラーになっています。
まとめ
息子ではないのでは…と疑惑を持ち始め、疑心暗鬼になる母親を描く映画『ホール・イン・ザ・グラウンド』。
子供の様子がおかしいと疑う母親を描いた映画は『ブライトバーン 恐怖の拡散者』(2019)や『プロディッジー』(2019)などさまざまな映画があります。
本作は更に森の中にある巨大な穴を登場させることで不穏さを掻き立てる映画となっています。
果たして本当に息子ではないのか、母親のサラ、息子のクリスの演技の変化を楽しみながらみてみても良いかもしれません。