連載コラム「おすすめ新作・名作を見比べてみた」第6回
公開中の新作映画から過去の名作まで、様々な映画を2本取り上げ見比べて行く連載コラム“おすすめ新作・名作を見比べてみた”。
第6回のテーマは「シリーズもの」。アメコミヒーローにスター・ウォーズ、座頭市に眠狂四郎の時代劇など映画のシリーズは数多く存在しますが、シリーズが多すぎれば追うのに苦労します。さらにシリーズでテイストが近すぎれば、見ていて混乱してしまいます。
そこで本数が少なく作品のタッチが違うものを見比べるのが面白いのではと考えました。
今回の“おすすめ新作・名作見比べてみた”は、伊丹十三監督の『マルサの女』(1987)と『マルサの女2』(1988)を見比べます。
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CONTENTS
映画『マルサの女』の作品情報
【公開】
1987年(日本映画)
【脚本・監督】
伊丹十三
【音楽】
本多俊之
【撮影】
前田米造
【キャスト】
宮本信子、山崎努、津川雅彦、大地康雄、桜金造、志水季里子、松居一代、室田日出男、小沢栄太郎、伊東四朗、橋爪功、佐藤B作、大滝秀治、マッハ文朱、芦田伸介、小林桂樹、岡田茉莉子
映画『マルサの女』の作品概要
デザイナー、エッセイスト、俳優とマルチに活躍していた伊丹十三監督の代表作のひとつ『マルサの女』。
伊丹監督の商業デビュー作『お葬式』(1984)の売上金の多くを税金として持って行かれたことが企画のきっかけだったといいます。
国税局査察官の通称「マルサ」を世の中に浸透させた、1980年代を代表する邦画の一作でもあります。
主人公の査察官・板倉亮子は伊丹十三夫人の宮本信子、敵役のラブホテル経営者・権藤には山崎努。宮本信子と山崎努のタッグは『お葬式』、『タンポポ』(1985)に続く3作目です。
社会派エンターテイメントともいうべき『マルサの女』ですが、『お葬式』『タンポポ』同様に、佐藤B作、伊東四朗、橋爪功、小沢栄太郎、大滝秀治、小林桂樹と多彩な俳優陣が顔を揃えています。
敵と味方の奇妙な友情
国税局査察官(通称・マルサ)と巨額脱税者の攻防を描いた『マルサの女』ですが、いわゆる社会派作品のようなドキュメンタリータッチではなく、スリリングなエンターテイメント作品に仕上げられています。
展開の速さ、テンポの良さ、ガサ入れの成果のカタルシスなど、アメリカ映画の娯楽作品のような味わいがありました。
山崎努が演じる本作の敵・権藤はラブホテルの経営者。しかし常に一人息子を心配しており、単なる悪役ではなく人間的魅力の溢れるキャラクターでした。
また敵のはずの亮子にも理解を示し、何度も自分の仕事を引き受けないかと誘っています。
本作のラストシーン、無人の競輪場で亮子と権藤が繰り広げるやり取りは哀愁のあるもので、恋愛映画の別れのシーンを彷彿とさせるものでした。
お互いにシンパシーを感じながらも、敵・味方に別れて戦い、離れ離れになるのは『座頭市物語』の座頭市(勝新太郎)と平手造酒(天知茂)の関係を思わせます。
最も信頼した者同士が敵味方に別れ、戦うことでしか分かり合えないという関係性は、エンターテイメント作品の定石といえるでしょう。
本作『マルサの女』は社会的なテーマを材に取ってはいますが、エンターテイメント作品の文法で作られているのです。
映画『マルサの女2』の作品情報
【公開】
1988年(日本映画)
【脚本・監督】
伊丹十三
【音楽】
本多俊之
【撮影】
前田米造
【キャスト】
宮本信子、三國連太郎、津川雅彦、大地康雄、桜金造、益岡徹、上田耕一、不破万作、きたろう、マッハ文朱、柴田美保子、洞口依子、南原宏治、石田太郎、小松方正、中村竹弥、笠智衆、加藤治子、丹波哲郎
映画『マルサの女2』の作品概要
前作『マルサの女』のヒットを受けて製作された続篇『マルサの女2』。伊丹監督は当初、東京から大阪へ身を移した前作の敵・権藤の復讐劇を検討しますが、権藤を演じた山崎努が断ったため現行のストーリーに落ち着きました。
出演者は宮本信子、津川雅彦、大地康雄、桜金造らマルサの面々は前作より続投。亮子の下に着いた新人査察官役には益岡徹が抜擢されました。
そして敵役である鬼沢鉄平を演じたのは三國連太郎で、迫力ある怪演を見せます。
グロテスクな権力構造と「死」のにおい
『マルサの女』の続篇『マルサの女2』ですが、作品のテイストはかなり違うものとなっています。本作『マルサの女2』の敵役は三國連太郎演じる鬼沢鉄平。新興宗教団体「天の道教団」の会長です。
しかしそれは表の顔であり、裏では悪徳政治家とつながる地上げ屋です。山崎努が演じた前作の敵・権藤は主人公・亮子とのやり取りから、単なる悪役ではないキャラクターでした。一方、本作の敵の鬼沢はというと徹底した悪役ぶりを見せます。
また前作では名前だけ登場していた代議士・漆原が本作でようやく姿を現し、前作以上に権力構造へ鋭くメスを入れていきます。
本作の冒頭でカニを貪りながら、死体となって上がった地上げ屋について漆原や銀行頭取、ゼネコン重役が語る場面は、権力者のグロテスクさを描いているといえるでしょう。
冒頭から地上げ屋の死体が登場したように、本作には全体的に「死のにおい」が充満しています。特に後半は鬼沢が指揮していた地上げ屋たちが、「トカゲの尻尾」として次々と凄惨な死に様を見せます。
チビ政(不破万作)はヒットマンに撃たれ落命し、チビ政を「トカゲの尻尾」と称していた鬼沢の腹心・猫田(上田耕一)も冒頭の地上げ屋と同様に死体となって上がります。
そして本作『マルサの女2』は、政治の黒い闇を前に沈鬱なラストをむかえます。そのため前作と比べるとエンターテイメント作品としての爽快感は、鳴りを潜めているのです。
まとめ
「脱税」という社会的な題材を、エンターテインメントの文法で作り上げた『マルサの女』。前作以上に政治の闇に鋭くメスを入れた『マルサの女2』。
映画に切り取られたバブル期の日本の社会風俗は今と比べると贅沢ですが、多彩な俳優陣が顔を揃え、代わる代わる登場するこの映画自体も相当に贅沢なのです。
次回の『映画おすすめ新作・名作見比べてみた』は……
次回の“おすすめ新作・名作を見比べてみた”は日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した『新聞記者』(2019)と、石川達三原作の社会派エンターテイメント『金環蝕』(1975)を見比べます。お楽しみに。