連載コラム『おすすめ新作・名作見比べてみた』第1回
公開中の新作映画から過去の名作まで、様々な映画を2本取り上げて見比べて行く連載コラム『おすすめ新作・名作見比べてみた』。
第1回のテーマは数多くの映画やテレビドラマの題材に選ばれてきた「忠臣蔵」です。
予算の視点から「忠臣蔵」を描いた映画『決算!忠臣蔵』が2019年11月に劇場公開を迎えるなど、正統派作品の一方で異色作も多々存在する「忠臣蔵映画」。
今回は、数ある「忠臣蔵映画」の中でも異色作であり、1994年の10月22日同日に公開された東宝の『四十七人の刺客』と松竹の『忠臣蔵外伝 四谷怪談』を見比べます。
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CONTENTS
映画『四十七人の刺客』の作品情報
【公開】
1994年10月22日(日本映画)
【原作】
池宮彰一郎
【監督】
市川崑
【脚本】
池上金男、竹山洋、市川崑
【音楽】
谷川賢作
【キャスト】
高倉健、中井貴一、宮沢りえ、石坂浩二、浅丘ルリ子、宇崎竜童、岩城滉一、井川比佐志、今井雅之、尾上丑之助、山本學、松村達雄、神山繁、古手川祐子、橋爪淳、黒木瞳、清水美砂、尾藤イサオ、中村敦夫、石橋蓮司、板東英二、石倉三郎、小林稔侍、西村晃、森繁久彌
映画『四十七人の刺客』の作品解説
池宮彰一郎のベストセラー小説『四十七人の刺客』を市川崑監督が映像化。脚本には原作者である池宮彰一郎(“池上金男”名義)、NHK大河ドラマ『秀吉』などで知られる竹山洋、市川崑監督の3人が名を連ねています。池宮は池上金男の名義で『十三人の刺客』など、数多くの時代劇の脚本を執筆していました。
主人公の赤穂藩家老・大石内蔵助を大スター・高倉健、大石と敵対する上杉藩の家老・色部又四郎を中井貴一、吉良上野介を西村晃、ヒロイン・かるを宮沢りえが演じています。
また将軍側用人・柳沢吉保には、NHK大河ドラマ『元禄太平記』でも同役を演じた石坂浩二がキャスティングされました。そのほか多彩な出演者が顔を揃えています。
“松の廊下”が登場しない忠臣蔵
市川崑は本作以前にも歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』を基にした映画を企画していました。大映時代に企画したものが、赤穂浪士たちが全篇播州弁で台詞を喋るというもの。
2019年11月に公開された『決算!忠臣蔵』は台詞に関西弁が用いられていますが、もしこの市川版が実現していれば半世紀以上早かったアイディアでしょう。
このように斬新なアイディアや大胆な脚色で作品を創ってきた市川監督と、「忠臣蔵」を新解釈で描いた原作小説『四十七人の刺客』は相性が良かったのではないでしょうか。
本作は赤穂浪士たちをタイトルにあるように“刺客”として定義しているため、彼らが展開する様々な戦略を中心に物語が進みます。
まず塩相場を操作して討ち入りの軍資金を調達。刃傷に及んだ理由が判らない点を逆手に取り、「吉良が賄賂をせびり断った浅野が刃傷に及んだ」という噂を市中に流します。
一方の吉良側も負けじと作戦を展開。赤穂浪士たちの襲撃に備え、吉良上野介の屋敷を要塞化するのです。庭は迷路のように入り組み、屋敷の中にも仕掛けが張り巡らされています。
塩相場の操作で得た軍資金の金額、藩の蓄えの残金、大名の屋敷替えにかかった費用など、本作には「お金」の問題が頻出します。経済的な問題を物語の端々に挿入しリアリティを高める手法は、市川監督の代表作『細雪』(1983)でも見られました。
そして本作『四十七人の刺客』最大の特徴は、浅野内匠頭が吉良上野介へ刃傷に及んだかを謎にしている点です。
また「忠臣蔵」は事の起こりである浅野が吉良へ刃傷に及ぶ“松の廊下”の場面から始まるのが定番なのですが、このくだりは終盤にイメージシーンとして数カット挿入されるだけなのです。
本作は赤穂浪士たちが吉良屋敷の図面を見ながら軍議をする場面から始まります。一方、敵役である色部又四郎は探索に走らせていた徒横目・山添新八から報告を受けています。
定番の松の廊下を外して、赤穂浪士と吉良側双方の作戦会議を強調する事により、本作が冒頭の段階でこれまでとは違う「忠臣蔵」映画と打ち出していることがわかります。
映画『忠臣蔵外伝 四谷怪談』の作品情報
【公開】
1994年10月22日(日本映画)
【監督】
深作欣二
【脚本】
古田求、深作欣二
【音楽】
和田薫
キャスト
佐藤浩市、高岡早紀、荻野目慶子、六平直政、渡辺えり子、石橋蓮司、火野正平、菊池麻衣子、蟹江敬三、真田広之、名取裕子、田村高廣、近藤正臣、渡瀬恒彦、津川雅彦
映画『忠臣蔵外伝 四谷怪談』の作品解説
「松竹創業百年」と銘打って製作された時代劇映画。過去に忠臣蔵映画『赤穂城断絶』(1978)を演出した深作欣二監督がメガホンを執りました。
出演者には民谷伊右衛門の佐藤浩市、お岩の高岡早紀。大石内蔵助を津川雅彦が演じ、浅野内匠頭を真田広之、吉良上野介を田村高廣が演じました。
『四十七人の刺客』にも出演している石橋蓮司は、本作でも吉良方の役(伊藤喜兵衛)を演じています。
脱盟者たちのドラマ
四世鶴屋南北・作の怪談『東海道四谷怪談』と『仮名手本忠臣蔵』をミックスさせたのが本作『忠臣蔵外伝 四谷怪談』です。
『東海道四谷怪談』の主人公・民谷伊右衛門が赤穂浪士であったという設定から発想された大胆な翻案です。
すでに『赤穂城断絶』において「忠臣蔵」を題材とした映画を監督していた深作欣二監督。そのため本作は『四谷怪談』側にウェイトを置いた作品となっています。
しかし討ち入りに参加しなかった“脱盟者”に主眼を置いている点は、『赤穂城断絶』と共通しています。
民谷伊右衛門は赤穂浪士であったものの、心変わりし討ち入りには参加しません。江戸に残った上、吉良側に大石内蔵助を襲う刺客として雇われます。
他にも女郎と心中した橋本平左衛門や、急進派であった高田郡兵衛などの脱盟者のエピソードを伊右衛門に絡めていきます。
橋本平左衛門のエピソードは『赤穂城断絶』でもかなりの尺を割いて丹念に描かれています。こちらで橋本平左衛門を演じたのが近藤正臣。本作で近藤は伊右衛門の父・伊織を演じており、両作に因果を感じさせるキャスティングとなっています。
また本作に登場するお梅と伊藤喜兵衛、お槇、そして清水一学と、敵役がみな顔を白く塗っています。このアイディアは『里見八犬伝』や『必殺4 恨みはらします』などの深作監督の時代劇映画でよく見られるもの。
その他、本作で注目すべき点は大石内蔵助と吉良上野介の人物造形です。
本作に登場する大石は大勢の藩士たちの前で「仇討はしたくない。今はまだ」と宣言したり、刃傷に及んだとは言え主君のはずの浅野を「短慮者」と言い放ったりなどと旧来のイメージとは違うものです。
その上、四十七士を自ら“死神”だと表現します。演じる津川雅彦の個性とも相まって、腹の内が読めない人物として描かれました。
一方の吉良は四十七士に討ち入られた際、「こんな首で良かったら持って行きなさい。わしはもう疲れた」と返答します。
すっかり憔悴しきっており、その様子に赤穂浪士たちも呆気にとられてしまいます。こちらも旧来のイメージとは違うものでしょう。
東宝・松竹の『忠臣蔵』対決の結果は……
同日に公開され、東宝・松竹による競作となった2本の忠臣蔵映画。興行成績は『四十七人の刺客』に軍配が上がりましたが、日本アカデミー賞では最優秀作品賞を初め7つの部門を『忠臣蔵外伝 四谷怪談』の方が受賞。
しかしそれぞれ「忠臣蔵」に新たな解釈を導入した作品。2作ともに見所があり、一概にどちらが良いと断言するのは難しいでしょう。
次回の『映画おすすめ新作・名作見比べてみた』は…
次回の『映画おすすめ新作・名作見比べてみた』では、『海底軍艦』(1963)と『惑星大戦争』(1977)を見比べます。お楽しみに。
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