連載コラム『大阪アジアン映画祭2019見聞録』第13回
10日間に渡って催された第14大阪アジアン映画祭も、グランプリを始め各賞の発表を終え、無事閉幕しました。
アジア圏の様々な国の多種多様な作品51本が上映され、上映後のゲスト登壇によるアフタートークも盛り上がりを見せ、例年以上に活気のある映画祭となりました。
個性的な作品群の中からグランプリに輝いたのは韓国のイ・オクソプ監督の長編第一作『なまず』(2018/韓国映画)です。
今回は『なまず』の感想レビューと、上映後のアフタートークのリポートをお届けします。
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映画『なまず』とは?
韓国国立アカデミー出身のイ・オクソプ監督の長編デビュー作です(英題は『Maggie』)。大韓民国国家人権委員会が支援する人権映画プロジェクトとして制作されました。
第23回釜山国際映画祭で初上映され、CGV Art House 賞を受賞しています。
病院で性行為を撮ったレントゲン写真が出回り、若い看護師は病院の副院長に犯人と疑われますが、ひょんなことから2人は行動を共にし、やがて物語は若い恋人同士の疑心暗鬼へと展開。独特のユーモアが炸裂する不条理青春コメディです。
若い看護師ユニョンを『春の夢』(2016/チャン・リュル監督)のイ・ジュヨンが演じ、恋人のソンウォンをク・ギョファンが演じています。
ク・ギョファンは、イ・ジュヨン監督と短編を共同監督するなど、監督のパートナー的存在で、本作では共同脚本、プロデューサーも務めています。
タイトルにある“なまず”がナレーションをするという形で進行していきますが、このなまずの声を『哭声/コクソン』で謎の女性を演じたチョン・ウヒが担当しています。
病院の副委員長を名優ムン・ソリが演じ、名脇役のミョン・ゲナムや『息もできない』のキム・コッピらが患者役として出演しています。
映画『なまず』のあらすじ
「マリアの愛病院」で、性行為を撮ったレントゲン写真が出回り、人々は犯人探しを始めました。
盗撮した人には誰も関心をみせず、皆、行為を行ったものは誰か?が気になるのです。
看護師のユニョンは、この写真は自分のものではないかと疑い、恋人のソンウォンもこれは俺達だと言い出します。
「やめよう」とユニョンが言うと、ソンウォンは漢字で「辞表」と書き始めました。
「そういう意味じゃなくて、考えるのはやめようという意味よ」とユニョンは言いますが、二人は漢字とハングルと英語で辞表を書き、最終的にハングルを選択します。
翌朝病院に出勤すると、副院長がやってきて、しかるべきところで検討し、結果を伝えますと言ってきました。
暗にやめろと言われたと判断したユニョンは、私は絶対辞めませんと宣言します。
翌朝、出勤すると、なんとユニョンと副院長以外誰も出勤してきません。二人で手分けして電話したところ、皆、体調が悪いらしいのです。
仮病に違いないと副院長はかんかんですが、ユニョンは彼女を宥めます。「あなたは信頼されたことがないでしょう? 信じる練習をしましょう。本当に嘘なのかを目で確かめませんか?」
キム・ジンソン医師の家に行くと、なぜだか、知らない人が鍵を開けてくれました。中に入ると、キム・ジンソン医師が倒れていました。
体調が悪いのは本当だったのです。ユニョンと副院長は人を信じることを誓い合います。
そんな時、血だらけの男の人が病院にやってきました。りんごを剥いていて、手を滑らせたのだそうです。
手術室に運び、副院長が傷口から取り出したものは、弾丸でした。「りんごを切っていたと言っていたのに」と言う副院長にユニョンは言います。「信じるべきです」
二人の信じる心はためされることになります。
病室で患者に飼われているなまずは全てを見ていました。ある日、なまずの飼い主はなまずが大きく跳ね上がったのを見ます。
「大地震が来る!」と彼が騒いだため、同じ病室の患者たちは避難しますが、何も起こりそうにありません。
ところが起こったのです。地震ではなく、地殻変動によるシンクホールがソウルのあちこちちに現れたのです!
その対策として、無職だったソンウォンは、仕事につくことができました。ところが、彼は大切なペアリングを無くしてしまい同僚を疑い始めます。
そんな頃、ユニョンの前にはソンウォンの元カノがやってきて、ある告白をします。
ユニョンはソンウォンに次第に猜疑心を抱き始めるのでした。
映画『なまず』の感想と評価
病院で起こったスキャンダルが、いつの間にか“人を信じる練習”なるものに移ったかと思えば、突然地殻変動が起き、やがて身近な人への猜疑心が芽生えていく・・・。
どうしたらこんなことが思いつくの?と思わず問いたくなるエピソードが積み重ねられ、予想不可能な展開の中、抜群のユーモアセンスが炸裂し、何度も吹き出してしまいました。
不条理コメディと表現するのが最も適切でしょうか。いや、そんなジャンルわけをするのもちょっと違和感があります。
“ぶっとんでいる”と表するのがもっとも相応しい、実にパワフルで攻めている作品なのです。
入院中の患者が飼っているなまずが、物語を語る(ナレーター)という設定もなんとも人を喰っています。
映画に限らず、新人の作品を批評する際、「荒削りだがパワーがある」という表現が使われることが多いですが、本作は一見そう見えつつ、それだけでない練りに練った主題の濃密性が見受けられます。
人間の集団心理や、韓国の若者の労働問題などにも言及しながら、一見脈絡がないエピソードの積み重ねの中で、人への信頼、あるいはそのゆらぎが、一貫して語られているのです。
思考の停止から信じることへ、さらに親しい人への猜疑心へと緩やかに変遷しながら、現代を生きる若者たちのナイーブな姿が描写されます。
そうした主題を、他の誰にも真似できない究極のオリジナルな感性で表現しているところが、グランプリに相応しいと評価されたのでしょう。
切実な恋愛映画であると同時に、宇宙的規模のスラップスティックコメディでもあるという繊細さとダイナミズムが大きな魅力となっています。
ムン・ソリ扮する副院長とイ・ジュヨンの看護師との掛け合いも愉快で、ムン・ソリがノリノリで役を楽しんでいる様子が伝わってくるのも、作品をよりエキサイティングなものにしています。
まとめ
アフタートークでのイ・オクソプ監督とク・ギョファン氏
映画祭最終日のABCホールでの上映のあと、イ・オクソプ監督とプロデューサーでソンウォンを演じたク・ギョファン氏が登壇しました。
司会の宇田川幸洋さんの「そもそもなぜ“なまず”なんですか?」という質問に、イ・オクソプ監督は、「人は誰かに褒めてほしい、労ってもらいたいと思っているものですが、私は人に労ってもらうよりは、動物などに癒やされることが多いのでこのタイトルにしました」と回答。
会場からは「人権映画プロジェクトとして制作された作品ですが、どのあたりに“人権”の焦点があたっているのか」という質問があり、それに対してク・ギョファン氏は「青年たちが抱いている不安というものが青年たちの人権であると考え、青年の話を繰り広げていくことが人権を描くことになると考えました」と述べていました。
また、映画内に出てくる「穴に落ちた時に大切なのは掘り進むのではなく、穴から出ることだ」という言葉は韓国の詩人の言葉だそうです。
「名言が好きですか?」と宇田川さんが尋ねると、「弱い人間なので」とイ・オクソプ監督は回答し、先程の詩に関して「陥りやすい失敗なので、指針にしたい言葉です」と付け加えていました。
さらに、哀しみを面白みに変えて表現するのが自分のスタイルであるという監督に会場からは質問の手がいくつもあがりましたが、時間の関係で打ち切られるほどでした。
大いに盛り上がったアフタートークでした。