連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第55回
ヒューマントラストシネマ渋谷で開催された“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。今回は壮大な宇宙を舞台に、巨大生物と人間が対決する映画を紹介します。
地球上の食料が枯渇し、人類は宇宙空間に生息する生物を食糧源としている未来。
モビルスーツに身を包んだクルーが、宇宙船と共に宇宙生物に挑む、荒々しい漁が宇宙空間で繰り広げられていました。
深宇宙に向かう惑星間漁船エセックス号。しかし船長のリチャードには、胸に秘めた思いがあったのです。
第55回は宇宙を舞台にしたモンスター・ハンティング映画『ホワイト・スペース』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『ホワイト・スペース』の作品情報
【日本公開】
2019年(アメリカ・ハンガリー合作映画)
【原題】
Beyond White Space
【監督】
ケン・ロクスマンディ
【キャスト】
ホルト・マッキャラニー、ズライ・エナオ、ジョッコ・シムズ、デイブ・シェリダン
【作品概要】
宇宙生物を捕獲する漁に挑む、惑星間漁船のクルーたちの人間模様と、宇宙空間で繰り広げられる人と巨大生物の激しいバトルを描いたSF映画。
主演は『ファイト・クラブ』やTVドラマ『CSI:マイアミ』で、印象に残る役を演じたホルト・マッキャラニー。共演はNetflixオリジナル映画『なりすましアサシン』に出演のズライ・エナオです。
監督はVFX畑出身のケン・ロクスマンディ。彼の描いた特殊効果を駆使した映像が見所です。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『ホワイト・スペース』のあらすじとネタバレ
深宇宙に現れる謎の空間、ホワイトスペース。もしそこに入る事が出来れば、心身の全てが浄化されると、人々に信じられていました。
2132年、辰(ドラゴン)の年。ホワイトスペース付近に現れる巨大な宇宙生物、“天龍”(テンロン)と、ベントレー船長の惑星間漁船が死闘を繰り広げています。
宇宙船はワイヤーの付いた銛を打ち込み、モビルスーツを着たクルーのホーソンと共に、“天龍”の捕獲を試みます。
しかし通常より巨大な“天龍”は逆襲し、宇宙船に体当たりします。
“天龍”はホワイトスペースへと姿を消し、ホーソンの目の前でベントレー船長の乗る宇宙漁船は爆発します。
24年後。未来都市に宇宙で鉱業と漁業を展開する、アンバーコープ社の広告が流れていました。宇宙から手に入れた、寄生虫の無い安全な食品の提供を宣伝しています。
亜空間の法務執行機関である、ICEのエージェント、リン(ズライ・エナオ)が見守る中、中華料理店に入る惑星間漁船エセックス号船長、リチャード・ベントレー(ホルト・マッキャラニー)。
リチャード船長は待ち受ける怪しげな男アハブから、“天龍”が現れるホワイトスペースの場所を示す宇宙図を、違法に入手しようとしていました。
捜査機関の追跡を避ける為、あえて紙で記した地図が用意されていました。アハブはリチャードに、“天龍”を獲ることが出来れば、5年分の稼ぎにはなると語ります。
お前の父は尊敬している、と告げるアハブ。しかし自分たちを裏切れば、宇宙生物の寄生虫を寄生させる、と警告します。彼はこの場所にICEの手が迫っている事に気付いていました。
アハブはリチャードをICEの協力者と疑い、彼を捕えて寄生虫の餌食にしようと試みます。
そこにリンが突入し、混乱の乗じて宇宙図を手にして逃げるリチャード。
3か月後。ICEのオペレーションルームは、宇宙漁船エセックス号の動向を監視していました。
現在出港に向け準備中のエセックス号。船は恐らく禁じられた領域、深宇宙のホワイトスペースで“天龍”を狙う違法な操業を行うのでは、と疑われていました。
リンはICEの経歴を隠し、保安機関MFFの護衛官と身分を偽りエセックス号に乗り込み、その行動を監視する事になります。
しかしリンにはそれ以外にも、真の目的がありました。不治の病に侵された自分の体は、ホワイトスペースに行けば、治るかもしれないとの希望を持っていたのです。
エセックス号では、新たに乗り組む護衛が女性との話題で持ちきりでした。乗船したリンをオーウェン・ベントレーが案内します。
すれ違ったメカニックのスタブス(デイブ・シェリダン)は、取っつきにくい変わり者と説明し、兄であるリチャード船長の元へと、ブリッジに彼女を連れて行くオーウェン。
リチャード船長とリンは互いに紹介をすませ、腕利きの女パイロット、ラグスランドの操縦で宇宙漁船エセックス号は宇宙へと発進します。
リンをロッカールームに案内するオーウェン。彼はクルーから、親しみをもって“ブーブー”と呼ばれからかわれていました。リンは他のクルーにも紹介されます。
大柄な黒人の乗員ハーポ(ジョッコ・シムズ)は腕利きの、老いたホーソンはリチャードとオーウェン兄弟の、父が船長を務める宇宙漁船に乗り組んでいたベテランの漁師。
また女料理人のバタリはハーポと付き合っており、猜疑心の強い性格をしていました。
互いを信頼するクルーと親しく交流してゆくリン。しかし彼女は密かに彼らの経歴を調べます。
他の宇宙船で破壊行為を行ったスタブス。軍を名誉除隊した後は、酒浸りのホーソン。船長の弟オーウェンは優れたポッド(モビルスーツ)パイロットですが、組織に馴染めませんでした。
バタリは嫉妬深い性格から3件の暴行事件を起こし、その恋人ハーポはギャンブルで多額の借金を背負っています。数人の士官と関係を持ち、問題発覚後パイロットに転身したラグスランド。
そして船長のリチャードは、軍のトップクラスの士官でありながら、上官を殴って不名誉除隊。一癖ある人物が流れついた先が、惑星間漁船エセックス号でした。
宇宙生物クリッカーの群れを発見し、漁を開始するエセックス号。モビルスーツを着たオーウェン、ホーソン、ハーポが船外で作業を行い、捕獲したクリッカーの入ったコンテナを、船の倉庫に積み込みます。
突然宇宙空間が光り、何か巨大なものが出現します。リチャードは船外の3名に船に戻るよう指示します。姿を現したのは巨大な“天龍”(テンロン)です。
エセックス号は巨大な“天龍”に翻弄されダメージを受け、船外で作業中の3名に危機が迫ります。
オーウェンはエスックス号から離されますが、リチャードが隕石に打ち込んだ銛から伸びるワイヤーを掴み、遭難を防ぎます。困難の中、“天龍”に発信機を打ち込む事に成功したオーウェン。
オーウェンは無事船に戻り、巨大な“天龍”は白く光った空間の裂け目へと姿を消します。
リンは6か月前、アンバーコープ社が深宇宙で、通常の5倍の大きなの“天龍”を確認した事実を告げます。その“天龍”と共に宇宙船も姿を消しました。
“天龍”は中国語で天国の門を守る、天の龍の意味。ホワイトスペースを行き来している生物で、宇宙船にもそれは可能という説を、リチャードは信じようとはしません。
しかしリチャード船長は、巨大な“天龍”に対して思うところがありました。
今回の漁は、ここ3漁期で一番の収穫となりました。クルーは祝杯をあげ、皆地球への帰還を望んでいました。
しかしここまでホワイトスペースに迫りながら、帰還する事をリンは望んでいません。
リンは密かにICEに対し、エセックス号の航路を送信します。ところがその通信を傍受して、動き出す宇宙船がいました。
船長室のリチャードは、父との思い出に耽っていました。子供の頃父から譲られた、古来より船長の証であるサーベルは、今は船室にかかっています。父はここ、深宇宙で亡くなっていました。
そこにラグスランドから緊急の連絡が入ります。未確認の2隻の宇宙船が接近中との報告を受け、ブリッジに急ぐリチャード。
現れたのは宇宙海賊“ブーマー”の宇宙船でした。機動力と攻撃力に勝る“ブーマー”の宇宙船から逃れる術はありません。リチャードは抵抗を断念し、コンテナに発信機を取り付けます。
ラグスランドとバタリを安全な場所に隠れさせると、海賊に降伏するエセックス号。乗り込んできた“ブーマー”たちは、クリッカーの入ったコンテナを奪います。
護衛官のリンは抗議しますが、“ブーマー”によって正体はICEのエージェントと暴かれます。リーダーの指示でエセックス号に密かに発信機を付け、略奪品と共に立ち去る“ブーマー”たち。
ICEの者が俺の船で何をしている、と追求するリチャード船長。ICEとの交信が海賊を呼び込み、クルー全員を危機にさらしたと責め、彼女の監禁を命じます。
リチャードは今後どうするかの決断を迫られます。集めた収獲だけでなく、生活物資まで海賊に奪われました。
しかしコンテナに付けた発信機で、“ブーマー”の動きは監視できます。道は2つ、手ぶらで帰るか、“天龍”を仕留めるかです。
ICEのエージェントが乗船している中で、禁止されている絶滅危惧種、しかも並外れて巨大な“天龍”を狙うのは危険を伴います。しかし“天龍”は5漁期分の獲物になります。
その利益で引退できる、自分の船も持てる、酒も飲めるとリチャードは皆を説得し、スタブスに船の修理を指示すると“天龍”狩りに向かいます。
相手は親父さんを殺した“天龍”とは違うぞ、と声をかけるホーソン。彼はリチャードの秘めたる目的に気付いていました。
皆十字架を背負って生きている、どちらにせよ俺は見届けるよ、とリチャードに告げるホーソン。
監禁されたリンにオーウェンが、何故乗り込んだかを尋ねます。リンは数か月前深宇宙で、密猟者が“天龍”を目撃したとの情報を得ていました。
そこに向かう船はエセックス号しかないと知り、潜入捜査を志願したのです。
リンの話を聞いたオーウェンも、兄の真の狙いに気付きました。父の仇である“天龍”を狙っていた事を、弟である自分にも黙っていたと、彼はリチャードを責めます。
“天龍”が活動する宙域を進むエセックス号に、奇妙なものが付着します。それは“天龍”から排出される高価な物質、“龍涎香”でした。
これを持ち帰るだけでもかなりの利益になります。リチャードは早速クルーに回収を命じます。
しかし作業中、発信機の信号を追跡した“ブーマー”がまたも現れ、エセックス号を襲います。
リチャードはクルーを帰還させ、高速ドライブ航行が可能になる様スタブスに修理を急がせます。“ブーマー”の攻撃をラグスランドが見事な操縦で避け、時間を稼ぎます。
ゴミを放出して追跡を妨害したリチャード。業を煮やした“ブーマー”はエセックス号にミサイルを発射しますが、修理が完了したエセックス号は高速ドライブ航行で逃れます。
こうして海賊の手を逃れたエセックス号。しかし命の危険に晒されたとハーポはリチャードを責め、2人は激しく対立します。
その頃、回収した“龍涎香”から現れた寄生虫が、スタブスの体に侵入しました。彼はもだえ苦しみながら、徐々に寄生虫に意識を支配されていきます。
ラグスランドはリチャードに、船がビーコン無しで深宇宙の果てを、危険な状態で航行していると告げます。それに対し“天龍”のいる所に向かうだけだ、と答えるリチャード船長。
一方ハーポは、バタリから妊娠の事実を告げられていました。子供は欲しくないと言いつつ、ハーボは彼女と子供の将来を考え始めます。
リチャードは監禁したリンと言葉を交わします。10年間危険な捜査をしてきたリンは、“天龍”を狙うリチャードを知り、ホワイトスペースを目指して、この船に潜入したと告白します。
一方リチャードも、父への思いから“天龍”を追っていました。その行動が今は、エセックス号のクルーを危険に晒していました。
リチャードが去った後、監禁された部屋からの脱出に成功したリン。一方ハーボは“龍涎香”を奪い、地球に帰還して売りさばき、新たな生活を始める計画をバタリに打ち明けます。
ハーボはエセックス号が長く航行できない様にして、地球に帰還するように仕向けます。その為に酸素供給装置を破壊しますが、それを目撃したリンと格闘になります。
ハーボはリンを気絶させますが、そこにリチャードが現れると彼女が装置を破壊して、船を引き返えさせようとしたと主張しますが、その発言に不審を覚えるリチャード。
疲れ切って操縦席で眠っていたラグスランドに、リチャードは声をかけます。彼女は“天龍”の行方を捜せずにいました。
リチャードの指示でリンはバタリに預けられます。バタリは彼女に、地球に帰ってハーボと共に子供を育てたいとの願いを打ち明けます。
そして徐々に寄生虫に支配され、理性を失ってゆくスタブス。エセックス号のクルーがそれぞれ思惑を秘めて行動する中、発信機が打ち込まれた巨大な“天龍”の信号が確認されました。
映画『ホワイト・スペース』の感想と評価
宇宙を舞台に描かれた「白鯨」
この映画が、名作文学「白鯨」を基に描かれている事は誰もが気付くでしょう。
捕鯨といえば風当りの強い現在。だからといって小説「白鯨の価値が下がるとは思いませんが、映画化が難しくなっているのは事実でしょう。
そんな中あえて「白鯨」の時代の捕鯨を姿を、小説のモデルになった事件を通して、クリス・ヘムズワース主演の映画『白鯨との闘い』でリアルに描いたロン・ハワード。しかし残念ながら、あるいは当然の結果なのか、興行的には振るいませんでした。
ちなみに『白鯨との闘い』に登場し、鯨の逆襲で沈没・遭難する船の名はエセックス号。『ホワイト・スペース』に登場する惑星間漁船の名と同じです。
時代の移り変わりと共に、そのまま映像化するのに問題があれば、設定を変えようとの発想の映画があります。『ホワイト・スペース』は、「白鯨」の舞台を未来の宇宙に移しました。
参考映像:『エイジ・オブ・ザ・ドラゴン』(2011)
日本ではDVDスルー作品『エイジ・オブ・ザ・ドラゴン』は「白鯨」を、時代は中世に、鯨をドラゴンに置き換えたファンタジー映画となっています。
ところで『ホワイト・スペース』の上映時間は94分。ジョン・ヒューストン監督の名作映画である『白鯨』は116分。
『ホワイト・スペース』はSF用語など、この映画の中でしか通用しない言葉が飛び交い、それを短い時間で把握するだけでも、見ている方は実に大忙しです。
原作の様に人を圧倒する巨大な怪物と、小さな人間群像の対比を描きたかったのか、クライマックスは次から次へと修羅場が起きる、目まぐるしく余裕の無い怒涛の展開。
ラストの脱出ポッドも、原作をご存知なら納得のシーンですが、そうでなければ全く説明の無い唐突な描写。全て「白鯨」の物語ありき、で描かれている映画です。
その結果か厳しい評価の多いこの作品。鑑賞前に「白鯨」のあらすじを思い出しましょう。
VFX出身の監督が工夫を凝らして描いた映画
長年特殊効果に関わってきた、ケン・ロクスマンディ初監督作品の『ホワイト・スペース』。彼は本作を100万ドル以下の製作費で、1400以上のVFXシーンを盛り込んで作ったと説明しています。
無論CGが多数使用されていますが、小惑星に園芸店で1ドルで買った岩を使用したり、壁に貼ったタッパーの蓋にグラフック表示をしたり、プラスチックの水槽にいれた塩水・練乳・食用着色料で、星雲を表現するなど、創意工夫を凝らした舞台裏を紹介しています。
最近の特殊効果といえば、何でもCGだと思いがちですが、特殊効果マンとしての長い経験をもつ彼は、実写とCGを組み合わせて様々な映像を作り出す事に成功しています。
意識せず映画を見た人は、全てCGで描かれたものと信じてしまうシーンが、多数存在するのではないでしょうか。
特殊効果の撮影やCG製作も、少人数のチームで行う事で、柔軟かつスムーズに製作できたと語るケン・ロクスマンディ。
映画の特殊効果に興味のある方は、意識して画面に注目して下さい。
まとめ
監督・脚本のケン・ロクスマンディ自身が、エグゼクティブ・プロデューサーとして参加している『ホワイト・スペース』。SF・宇宙版の「白鯨」と説明して売り込んだのでしょう。
特殊効果を含む作品としては、大作SF映画にも引けをとらない作品。しかもその舞台裏には、昔ながらの特殊効果マンの知恵が働いていました。
CG登場以前の特殊効果映画には、作り手の個性や温もり、テクニックが感じられ、数々の特殊効果マンの名が、そのまま特殊効果のブランドとなっていました。
しかし現在の特殊効果映画にも、良く見ると作り手の個性や創意工夫が間違いなく存在しています。CG時代の特殊効果マンの活躍に注目すると、映画の新たな魅力が見えてきます。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第56回は極秘に開発された軍用犬ロボットと、バイク好きの青年との交流を描くSFアクション・アドベンチャー映画『A-X-L アクセル』を紹介いたします。
お楽しみに。