連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第5回
様々な理由から日本公開が見送られてしまう、傑作・怪作映画をスクリーンで体験できる劇場発の映画祭、「未体験ゾーンの映画たち」が2019年も実施されています。
ヒューマントラストシネマ渋谷で1月4日よりスタートした「未体験ゾーンの映画たち」2019で、貴重な58本の映画が続々上映されています。
第5弾で紹介するのは、近未来SF映画『ANON アノン』。
主演にクライブ・オーウェンとアマンダ・セイフライドを配した、アンドリュー・ニコル監督が得意とするテクノロジー・サスペンス映画です。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2019見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『ANON アノン』の作品情報
【公開】
2019年(ドイツ映画)
【原題】
Anon
【監督】
アンドリュー・ニコル
【キャスト】
クライブ・オーウェン、アマンダ・セイフライド、コルム・フィオール、マーク・オブライエン、ジョー・ピング
【作品概要】
全ての人間の記憶が記録され、閲覧可能となった近未来。それは個人のプライバシーや匿名性を喪失させたが、秘密が存在しなくなった結果、犯罪も消滅していました。
しかし、そんな究極の管理社会で起こるはずのない殺人事件が発生。捜査線上に浮かんだのは一切記録の存在しない女、ANON(アノン)でした。
監督は『ガタカ』や『シモーヌ』、また『TIME/タイム』など、SFを通じテクノロジーと現代を風刺した映画を数多く手がける、アンドリュー・ニコル。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『ANON アノン』のあらすじとネタバレ
街を歩く刑事のサル(クライブ・オーウェン)。彼の視覚に入るものには、次々とそれに関するデータが表示されています。
全ての人間がそうして情報に接して生きている世界。個人の記憶情報もデータとして集積され、必要があれば対象の記憶を検索し、それを他人と共有する事も可能でした。
道行く人々が何者であるか、情報が次々表示されているが、サルの脇を1人の女(アマンダ・セイフライド)が通り過ぎます。
しかし彼女のみ個人情報が現れず、「検知エラー」と表示されます。
職場に出勤したサルは、犯罪捜査にあたります。
行方不明の息子の捜索願に来た父親。データに息子が見た視覚映像の記憶が残っており、彼が自ら飛び降り絶命、記録が途切れるまでが確認され、自死と判明しました。
メイドに物を盗まれたと訴えた女性。女性とメイドが見た記憶を確認、その後、メイドの行動も記録を追跡することで捜査できます。
相手を射殺し正当防衛を訴える男性。被疑者・被害者双方の記憶は無論、目撃していた乳児の記憶まで確認して、真相が究明できます。
全ての捜査はデータにアクセスする事で、部屋の中で終了しました。全ての人間の記憶が記録され共有が可能となった社会では、犯罪を犯しても逃れる事は事実上不可能になっています。
無論それは全ての人間が、プライバシーを喪失した事を意味します。
そこに重大事件発生の連絡が入ります。被害者はデイトレーダーの男ジェームズ・クレイ。
現場に向かったサルは、指導刑事のチャールズ(コルム・フィオール)と捜査にあたります。
しかし被害者ジェームズの記憶を確認して驚きます。ジェームズの視覚は犯人のものとすり替えられ、彼は何事が起きたか理解出来ぬまま、射殺されました。
犯人は高度な技術で被害者の視覚を、リアルタイムでハッキングしていたのです。
しかも犯人が現場に至るまでの様々な記録も、巧妙に消去されています。
サルの経験する初の未解決事件ですが、チャールズは同様の事件が以前に発生しており、自死扱いで処理されていたことを知っていました。
サルは疑わしい人物として、目撃した出勤時に目撃した、正体不明=“ゴースト”の女の事を告げ、その記憶をチャールズに送ります。
“ゴースト”のような存在が、この事件の犯人と思われたからです。
翌日、サルは技術コンサルタントのレスター(ジョー・ピング)と共に、殺害されるまでの被害者ジェームズの記憶を、さらに詳細に分析します。
すると彼の記憶の記録に、改ざんの形跡が見られました。被害者はインサイダー取引に関わる記憶を削除していたのです。
記憶の改ざんによって正体は判らないものの、被害者を訪ねた人物の存在も確認できました。
ジェームズは殺害される以前、自分に不都合な記憶を改ざんしていたのです。
以前の事件の被害者の記憶にも同様の改ざんがあったのです。
あらためて昨日目撃した“ゴースト”の女を確認しようとしたサルは驚きます。“ゴースト”の記憶は彼からも、共有したチャールズからも消されていました。
“ゴースト”を目撃したであろう周囲の人物の記憶を調べても、彼女の痕跡は巧みに消されていました。
レスターは彼女が巧みなアルゴリズムを構築して、自身に関するデータを消去していると分析します。
帰宅したサルは、別れた妻に連絡します。
この日は息子が10歳になるはずの誕生日でした。2人は息子の事故死の後に別れ、サルはその出来事を今だ引きずっているのでした。
またしても殺人事件が発生します。現場にかけつけたサルは、ベットで2人の若い女性が射殺されているのを目撃します。
遺された被害者の記憶を調べたサルは、まだ犯人が潜んでいる事に気付きます。
突然、犯人からの銃撃。警官が射殺されサルは犯人を追いますが、視覚を操作され、その姿を確認する事が出来ません。
さらに追跡するものの、現実と異なるものを見せられたサルは危うく命を落しそうになり、犯人も逃してしまいます。
今回の被害者はレズビアンのカップルで、事情からその過去を消去しようと試みていました。
今回も記憶の改ざんを請け負う人物が事件に関わっていたのです。
その人物こそ、あの女“ゴースト”ではないかと、おとり捜査で彼女をおびき寄せることになりました。
レスターの協力でサルの経歴を改ざんし、羽振りの良いデイトレーダーに仕立て上げ、偽装が完成するとあえて不始末な行為を行います。
それを記憶から削除することを理由に、闇サイトでそれを行える人物を探すことで、彼女との接触を試みます。
ついにサルは、その女と接触に成功します。
アノン(ANON=匿名)と名乗ったその女は、今や過去の遺物となった現金で報酬を払う事を条件に、彼の依頼を引き受けます。
現れたアノンは、サルの依頼通りに、彼の不都合な記憶を巧みに消去し、別のものを上書きしていきます。
他人の記憶に踏み込んで作業をするアノンは、サルに信じられないだろうが、私はポリシーとして他人のプライバシーは尊重してると語ります。
そして私を裏切ったら、自ら死を願うような目に遭わせると語り、作業を終えると今度は彼女の訪問の記憶を消し始めます。
全てを終えるとアノンはサルに銃を突きつけます。銃声が響きますがサルの身は無事、我に返った時にはアノンの姿は消えていました。
何故サルが助かったのかを同僚は不審がりますが、その一方でサルは、何故かアノンという人物を信用していたのです。
サルをサポートしアノンを調べていたレスターは、彼女が事件の被害者の記憶改竄に関わっていた事をつかみます。
事件の重大性から警察長官は、捜査に新たな応援を送り込みます。その中に優れた技術スペシャリスト・サイラス(マーク・オブライエン)もいました。
ネットワークの中でアノンの残した痕跡を、サイラスらが綿密に調査した結果、アノンは次にアートディラーと接触する事が判明します。
彼は贋作を手配した記憶を消し、真作を発見した記憶を偽装する事をアノンに依頼していました。
さらにアノンの行動を追跡すると、彼女が巧みにネットワーク上から自らの痕跡を消し、そして自宅では、すべてアナログな機器に囲まれ生活している姿が確認されます。
しかしその画商もまた、同じ手口で殺害されていました。
この事態に警察長官は、直接の証拠は無いもののアノンの拘束を命じます。
長官には事件の解決よりも、彼女の様な存在を排除する事が優先事項でした。
ネットワークに共有されない匿名の人物は、体制と治安を脅かす存在だったのです。
サルはレスターのサポートを受けて囮捜査を再開、新たに記憶の削除と改竄を依頼しアノンを呼び出します。
アノンはこの依頼は、私に再度会う為の口実ではないのかと、サルに問いかけます。
事実、彼女に魅かれていたサル。アノンもまた同様で二人は関係を持ちます。
アノンは18歳の時から、自分の痕跡を消したことを告白します。
データ上の記録を消すよりも、むしろアナログな物を消し去ることが大変だった言います。
しかしアノンはサルの正体に気付きます。前回同様に銃を突きつけるサル。銃声が鳴り響きますが彼の身は無事でした。
アノンの姿は消え、隣室にはサポートしていたレスターの遺体が残されています。
映画『ANON アノン』の感想と評価
全ての人間の記憶が共有された未来世界
『ANON アノン』は全ての人間の記憶がデータベースに保存されたことで、他人が共有することが可能な世界を描いています。
データベースへのアクセスも網膜の中、視覚を通じて行われる、人間がネットワークに接続された世界です。
この設定、また劇中に登場する“ゴースト”という名称は、押井守監督の『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)や『イノセンス』(2004)を思い浮かべる人もいるかもしれません。
しかし『ANON アノン』で人々が接続するネットワークは、現在ネットでSNSや検索・流通を支配する、世界的企業が構築したものに近い存在です。
SF作品でありながら、我々が現実に接している環境に近い未来世界が描かれています。
テクノロジーと現代社会を風刺
アンドリュー・ニコル監督は、1997年の『ガタカ』で人間が遺伝子で評価される世界、2002年の『シモーヌ』でバーチャル女優の巻き起こす騒動、2011年の『TIME/タイム』で寿命を通貨に置き換えた世界の格差社会を風刺。
本作品『ANON アノン』もまた、こういった作品を世に放つアンドリュー・ニコル監督らしい作品と言えるでしょう。
また現実のネット環境に近い設定は、我々を取り巻く環境を風刺的に描くことにも適しています。
我々がプライバシーを主張しても、既に膨大な個人情報があらゆる形で蓄積され、利用されている現在のネット空間。
また安全の名の下、プライバシーの放棄も当然とされつつあり、むしろ自ら進んでネット上に情報を晒すことを厭わなくなった人々。
そんな現状を鋭く風刺した『ANON アノン』の世界であり、描かれた世界観が身近に感じられるゆえに、“デストピア”に思えぬ人も多いのではないでしょうか。
しかし、真犯人がストーカーだったという、意外にあっさりした展開は、設定を現実社会に近すぎた結果かもしれませんね。
アンドリュー・ニコル監督のスタイリッシュな映像美
作品のあらすじを紹介しましたが、『ANON アノン』の魅力はそれだけでは語り尽くせません。
フランク・ロイド・ライトの建築した建物を舞台に、古風なスーツを着た登場人物が登場する『ガタカ』の、レトロモダンな近未来の光景は大変高く評価されました。
『ANON アノン』も、ニューヨークとカナダのトロントで撮影した寒々と乾いた風景に、黒いスーツやコートを着た人物が闊歩する映像で描かれています。
また今回も大型のビンテージカーが登場、クライブ・オーウェンも乗り回しています。
アンドリュー・ニコル監督のこだわりと趣味は、やはり健在でした。
この様な映像美を楽しむ為にも、映画ファンにはぜひ鑑賞をお薦めします。
まとめ
風刺メッセージと映像美に富んだ映画『ANON アノン』の解説はいかがでしたか。
「未体験ゾーンの映画たち2019」の中でも扱いの大きな本作は、それに見合った見応えのある作品です。
そしてアンドリュー・ニコル監督のファンの気になるところでは、従来の作品にあったようなベットシーンも、また本作でもスタイリッシュさは健在です。
『ANON アノン』はR15+指定ですから、なかなかのものですよ。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」はイラン・イラク戦争下のテヘランを舞台にした異色ホラー映画『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』を紹介いたします。
お楽しみに。