連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第36回
今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。今回はネット社会の暗部を描いた韓国の映画が登場します。
政治的、社会的に問題となった、様々な実在な事件を基にミステリー性の高いフィクショナイズを行い、現代社会をえぐるノワール作品を世に放つ韓国映画界。
今回は性犯罪とその二次被害、ネット社会の暗部、そして未成年が関わった犯罪に対する世間の対応など、様々な社会問題を提示した作品を紹介します。
第36回は韓国のミステリー映画『マリオネット 私が殺された日』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『マリオネット 私が殺された日』の作品情報
【日本公開】
2019年(韓国映画)
【原題】
나를 기억해 / Marionette
【監督】
イ・ハンウク
【キャスト】
イ・ユヨン、キム・ヒウォン
【作品概要】
性犯罪被害の過去を持った女性に再び悪夢のようなセカンドレイプが襲いかかる韓国ミステリー。主演は『アトリエの春、昼下がりの裸婦』のイ・ユヨン。
かつて同級生の男たちに集団強姦され、その動画をネット上に拡散された女子高生のミナ。
その後彼女はソリンと名前を変え、別人として生きることを選んで教職につき、ようやく幸せをつかもうとしていました。
そんな矢先、彼女を再び絶望の底へと突き落とす1通のメールが届きます。彼女は自分や生徒を脅迫する人物との対決を余儀なくされます。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『マリオネット 私が殺された日』のあらすじとネタバレ
この映画は実話を基にしたフィクションと紹介され、映画は始まります。
友人と共に学生生活を楽しむ、眼鏡をかけた普通の女子高生のミナ(イ・ユヨン)。彼女は食堂を営む母親と仲良く暮らしていました。
そして現代、受け持った高校の教室に入室した教師ソリン(イ・ユヨン二役)は、生徒たちから結婚祝いの歓迎を受けます。
ミナには気になる男子生徒、キム・ジノがいました。彼からの「僕の望むことができる?」というメールにも、戸惑いながらも快く思っていました。
積極的なキム・ジノのアプローチに、2人でカラオケに行きデートするミナ。そこで2人はキスを交わします。
高校に出勤したソリンも女子生徒たちと会話を交わし、何の問題もない日々を送っていました。
キム・ジノの熱心に誘われたミナは、母に嘘の電話を入れ内緒で彼の家を訪れます。そこで酒を飲まされた彼女は、キム・ジノから酔い覚ましのドリンクを勧められます。
そのドリンクを口にした彼女の意識は朦朧としていきます。
意識を取り戻した時、ミナは椅子に縛り付けられていました。そこに現れたストッキングを被った男たち。彼らは自分たちが見たアダルト動画と同じ行為を行おうとしていました。
彼女にビデオカメラを向け、「レディー、アクション」と声をかけ撮影するキム・ジノ。全ては仕組まれた罠だったのです。
夜間学校に作業で残り職員室で眠ってしまい、朝礼に遅れたソリンを生徒が呼びにきます。寝ていた時に付いたのか、彼女の手首に縛られたかのような跡が付いていました。
教室のソリンに、マスターと名乗る人物からメールが送り付けられてきます。送られたマリオネット(操り人形)の写真を見て青ざめたソリンは、相手が何者かをメールで尋ねます。
相手は「私はご主人様だ」と返事を送り、椅子に縛られた女の姿をメールで送りつけてきました。その女が凌辱される動画に、ソリンは衝撃を受けます。
動画の後には「私に服従するのだ」とのメッセージが付いていました。
解放されたミナは、弄ばれた自分の姿の動画を送りつけられ泣き出します。しかし母に真実を伝えることは出来ませんでした。彼女は独りむせび泣きます。
自宅であるマンションに戻ったソリンは、何者かに監視されている恐怖から窓のカーテンを閉じ、部屋に独り閉じこもります。
しかしマスターからのメッセージは止みません。高校に出勤したソリンは、警備員にあの日の録画映像を見せてもらおうと頼みますが、カメラは故障中でした。
ミナは母に引っ越しを提案しますが、母は学校で何かあったかとミナに尋ねます。娘の様子に母も不審を感じていましたが、彼女は何も伝えられませんでした。
ソリンは婚約者のウヒョクとその両親と共に、レストランで食事を共にします。婚約者の両親もソリンを非常に気に入っていました。
その席でソリンに、マスターからメールが送りつけられます。
ミナは路上でキム・ジノと、その仲間の男たちと出くわします。一緒に楽しんだ仲だろうと迫る男たちに、あれは彼女は無かったことにしてと泣いて訴えます。
しかしキム・ジノは彼女が約束を破ったと決めつけ、再びドリンクを飲まないと動画をバラまくとミナを告げます。
お前は俺のもの、俺はマスターだと宣言するキム・ジノ。カメラを彼女に向け、「レディー、アクション」の声と共にカメラを回します。ミナは泣きながらドリンクを口にします。
食事中のソリンは、マスターから下着の写真を撮影して送るよう要求されます。その目前でウヒョクの父に、マスターからと思われるメールが送りつけられます。
やむなくソリンはトイレに行き、個室に入ると写真を撮りマスターにメールしました。
婚約者とその家族と別れ、帰宅したソリンは母にオ・グクチュル(キム・ヒウォン)の連絡先を尋ねます。彼は今、ネットカフェの店主をしていました。
グクチュルの店には、多くの小学生位の子供たちも出入りしていました。
ミナの母の元をオ・グクチュル刑事が訪ねていました。警察はネットに流れたミナの動画に気付き、その事実をグクチュルが母に伝えに現れたのです。
グクチュル刑事は辛そうな顔で報告を終えると、ミナを苦しめた犯人の逮捕を約束します。
ソリンから連絡を受けたオ・グクチュル。彼は既に警察を退職していましたが、彼女はキム・ジノの行方を捜してもらえないか依頼します。
警察によってミナを凌辱し、動画をネットに流したキム・ジノら犯人は逮捕されました。
しかし警察署から出るミナと母は、マスコミによって囲まれその姿を晒されます。その中にチェ・ギュトン記者の姿がありました。
人形のように弄ばれた彼女の動画は、その衝撃から「マリオネット事件」として世間の注目を集めており、ミナはマスコミの餌食となったのです。
母娘を車に乗せて送るグクチュル刑事は、マスコミに情報が漏れたことを詫び、何処かに身を隠すように勧めます。
ミナとソリンの車が交差します。名前を変え成長したミナの、現在の姿こそソリンでした。
今は警察を退職しているオ・グクチュルですが、彼は後輩の刑事であるムンに、キム・ジノの行方を尋ねます。
「マリオネット事件」は、グクチュルにとって悔いの残る事件だと知るムン刑事は、彼への協力を約束します。
その頃夜の街で帽子を被り、防犯カメラを気にしながら動く男が、車の中の人物と何かの受け渡しを行っていました。
ソリンの元に明日学校の倉庫に向かい、ブツを取るよう指示が送られてきます。ソリンが向かった倉庫には、机に上にかつて飲まされたドリンクが置いてありました。
過去の幻覚に襲われ、ドリンクのビンを叩きつけて割るソリン。マスターからプレゼントは気に入らなかったか、とのメッセージが届きます。
何者かに監視されていると意識するソリン。窓の外で会話する一組の、受け持ちクラスの男女の姿が目に入ります。
クラスで儒教の性善説に対する、荀子の性悪説の授業を行っているソリンに、指示に従わなかった罰を与えるとのメールが届きます。
メールはクラスの全生徒にも届いていました。ソリンは全員にスマホを切るよう叫びますが、生徒の耳には入りません。カウントダウンの後、皆に画像が送られます。
それ椅子に縛られた、名札を付けた女子高生の姿でした。クラスの女子生徒セジョンが教室から飛び出して行きます。送り付けられた写真は彼女の姿を捉えたものでした。
ソリンは全生徒のスマホを集める様指示し、セジョンの行方を探させます。彼女は公園の傍のベンチに座っていました。
セジョンの元に駆け付けたソリンは、彼女から事情を聞きます。警察に届けるかを尋ねると、セジョンはニュースになるからと断ります。
セジョンの説明では、プレゼントがあるからと訪れた倉庫でドリンクを飲み、意識が朦朧とした処に複数の男が現れ、写真を撮られたのでした。
この一件で結婚式場の下見に行くことを忘れたソリンを、婚約者のウヒョクが訪ねます。事件を彼に話しても、やっかい事は警察に任せるよう告げられます。
しかもウヒョクは女子生徒側にも問題があったのでは、という態度を見せ、彼女は人生を棒に振ったとまで言い切るのでした。
翌日ソリンのクラスは、昨日の一件でもちきりでした。セジョンは登校していましたが、その態度すらとがめる陰口まで流れています。
そんなセジョンをソリンは心配し声をかけます。自分なら隠れてしまうという彼女に、セジョンは自分は立ち向かうと告げます。
ソリンはセジョンにクラスの優等生の男子、キム・ドンジンとの関係を尋ねます。先日彼女が窓から見かけた男女はセジョンとドンジンでした。
セジョンの話では1年前彼を好きになったものの、大胆な姿を写真に撮ったり、キスを迫ったりする彼の態度に嫌気がさしてゆきます。
そしてドンジンのパソコンに、自分や同年代の少女の際どい姿を写した大量の画像を見つけたセジョンはそれを削除します。その結果喧嘩となった2人は別れたのでした。
セジョンの一件で婚約者とも疎遠になったソリンは、オ・グクチュルにキム・ジノの行方を尋ねます。
彼は教える代りに、何故今になって彼女がキム・ジノの行方を捜しているのかを尋ねてきますが、ソリンは答える事を拒否し、依頼を忘れる様に告げます。
セジョンからドンジンが誰かに会うと聞いたソリンは、彼女に代わり単身ドンジンの後をつけます。
ドンジンがカラオケ店に入ったと知ると、ソリンもその店に入り各部屋の中の様子を伺います。やがて一室にドンジンと複数の男女がいると気付きます。
しかし相手もソリンに気付き、男たちが飛び出し彼女の後を追いかけてきます。
夜の街で追われる彼女を匿ったのは、元刑事のオ・グクチュルでした。彼はソリンの身を案じ尾行していたのです。
「マリオネット事件」のてん末を気にしていたグクチュルは、彼女の力になろうとしていました。そして自分の秘密も話すから、ソリンにも今起きていることを正直に告白するよう頼みます。
女子高生時代のソリン(ミナ)の身に起きた事件を、記者に漏らしたのはグクチュルでした。チェ・ギュトン記者に弱みを握られていた彼が話してしまったのです。
その告白を聞いたソリンは怒り、グクチュルを残し独り去っていきます。
残されたグクチュルはソリンを追っていた男の1人を捕えると、暴行を加え情報を聞き出します。男の話でドンジンもマスターの一味である事が確認できました。
ドンジンは検事長の息子で影響力もありますが、マスターではありません。彼らはマスターの指示でソリンに気付き、彼女の後を追ったのです。
マスターは彼らにソリンを捕え、その動画を送るよう要求していました。
グクチュルが後輩のムン刑事に確認すると、ドンジンは過去に未成年のアダルト画像をネット上に流布した罪で、仲間と共に警察に捕えられていました。
しかし父の影響か、仲間は釈放されドンジンは注意のみで返されていました。
グクチュルは改めてソリンに電話をかけ、彼女がマスターから脅迫されている事実を知っており、力になりたいと告げます。彼女はグクチュルの元に現れます。
マスターの正体は判らず、かつて彼女を苦しめたキム・ジノの行方は不明です。しかしマスターは彼女の教え子であるセジョンに手を出すほど、身近に存在しています。
ソリンがドンジンを尾行していた事は、ソリンとセジョンしか知らないはずです。しかしマスターは先回りしてドンジンや男たちに指示していました。
そこにマスターから新たなメールが届きます。「マリオネット事件」を再現した生中継が迫ると、カウントダウンと共に予告するものでした。
ショックを受けて倒れるソリンを、グクチュルが支えます。
映画『マリオネット 私が殺された日』の感想と評価
ネット犯罪や被害者の二次被害を描いた社会派映画
本作は冒頭、ミナが「マリオネット事件」に巻き込まれる2002年と、その14年後となるソリンが教職についた現代が平行して描かれます。
2つの時代はやがて交差しますが、特に説明も無く並んで描かれており、見ていて混乱を覚える方も多数いた模様です。私も正直理解できるまで、多少時間がかかりました。
ミナとソリンが同一人物であると気付いた人、そして風俗の違いに気付いた人には、すんなり理解できたと思います。
映画好きでも女性の方が、ファッションや髪形など生活に密着した描写から描かれた時代を正確に受け止める方が多いように感じます。
一方男性の方は歴史的事件や、登場したアイテムから時代を感じる傾向が強いものです。
スマホ、初代iPhoneが登場したのは2007年。映画描かれた2002年と現代のネット犯罪の環境の違いに着目してご覧下さい。
本作は2つの時代の犯罪を描いています。2002年ではネットの普及で登場した、新たなタイプの犯罪に翻弄される被害者と報道陣の姿が描かれています。
一方現代に起きた犯罪の描写は、幼い者でも関われる手軽さと、安易に犯罪に参加してしまう者の動機の軽さが描かれています。
どちらも被害者は、セカンドレイプと言うべき二次被害に苦しみます。2つの時代の犯罪を描いたのは、単にミステリーの仕掛けだけではなく、その差異を描いたものと思われます。
韓国の少年法の問題を描いた作品
この作品はネット犯罪、性犯罪の側面に注目が集まりますが、実は韓国の少年犯罪法についても焦点を当てている映画です。
簡単に説明すると韓国では20歳未満の未成年が少年犯罪法の対象とされ、犯罪を犯した「少年の健全な育成」を目的に運用されてきました。
少年であれば罰せられない、という単純な制度ではないのですが、処罰より矯正に重き置いた運用の結果、罰されない少年犯罪者が多いという印象を広く国内に与えているようです。
日本では様々な少年の凶悪犯罪の結果、刑事処罰の対象年齢の引き下げ、宣告できる懲役刑の上限の引き上げが行われました。
韓国も近年、凶悪な少年犯罪の増加から厳罰化を求める世論が強まり、「韓国の少年法は日本の20年遅れ」といった意見が強まっているようです。
映画のラストでグクチュルと刑事たちが発する「この国の刑法はクソだ」というセリフには、そのような社会的背景があるのです。
もっとも厳罰化すれば全てが解決する訳ではありません。劇中の「マリオネット事件」で被害者のミナは二次被害から名と住所を変えて、生きることを余儀なくされます。
一方加害者のキム・ジノは少年法の精神にのっとり、矯正を目的として保護処分を受けたはずですが、彼は社会に馴染むこと無く、最後に自ら命を絶ったと紹介されています。
少年犯罪という問題は、様々な側面から考えねばならない課題がありますが、韓国でも日本同様、またそれ以上に社会問題化しています。
まとめ
韓国映画といえばホラー、バイオレンス映画で凄惨な描写を厭わないという印象があります。
ネットに流された性犯罪という、重いテーマの映画『マリオネット 私が殺された日』にも、極めて深刻な描写があると想像する方も多いでしょう。
しかしこの映画はそれらのシーンを、直接的な描写で描くことを避けています。結果女性でも抵抗なく見れる、そして考えさせられる内容になっています。
多くの観客を獲得したい興行的な思惑もあるのでしょうが、テーマの当事者である青少年にも訴えたい意図もあると思われます。
日本映画以上に社会問題に直接向き合う、韓国映画界の一面を体感できる作品です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第37回は伝説的なギャングの大ボス、ジョン・ゴッティをジョン・トラボルタが演じた映画『ギャング・イン・ニューヨーク』を紹介いたします。
お楽しみに。
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