連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第23回
今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」では、国籍・ジャンル無用で選ばれた計58本の映画を続々上映中です。
第23回は、隠れたアクション映画大国・フィリピン作品。この映画に投入されたのはスタントマン総勢309名、銃弾15321発、そして火薬251キロ!
女捜査官ニーナは汚職警官の裏切りで仲間を失いますが、過酷な訓練の末に新たな麻薬撲滅部隊の一員になり、犯罪組織のアジトがあるスラム街に乗り込みますが…。
ハードコアバイオレンス・アクション映画『BUYBUST バイバスト』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『BUYBUST バイバスト』の作品情報
【公開】
2019年(フィリピン映画)
【原題】
BuyBust
【監督】
エリック・マッティ
【キャスト】
アン・カーティス、ブランドン・ヴェラ、ヴィクター・ネリ
【作品概要】
フィリピン警察麻薬撲滅部隊が、スラム街であらゆる敵と戦う壮絶な一夜を描いた、バトルロイヤルアクション映画。
主演を務めたアン・カーティスは、フィリピンでモデル・歌手そしてテレビ番組ホストとして多才に活躍するオーストラリア出身の女優で、フィリピン武道のトレーニングを積み、銃と体を使った激しいノンストップ・アクションに挑みます。
監督のエリック・マッティは『牢獄処刑人』や『ABC・オブ・デス2』の1エピソード「I is for Invincible(無敵)」を手がけ、美人女優とベテラン監督が見せる、誰も見たことのない極限のアクションシーンが披露される作品です。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『BUYBUST バイバスト』のあらすじとネタバレ
麻薬戦争下にあるフィリピン警察。2人の捜査官が、麻薬ディーラーのテバンを厳しく尋問しています。
捜査官の1人、デラクルス刑事は暴力も辞さない態度で、テバンから麻薬組織のボス、ビギー・チャンの居場所を聞き出そうとします。
その上司であるアルヴァレスはテバンにタバコを差し出し、身の安全の保障を条件に情報の提供を求めます。
観念したテバンは、ビギー・チェンがマニラのスラム街、トンドに居ると告げます。
トンド地区は警察により麻薬から解放された地区でした。しかしテバンは笑って否定します。キレイにしても、奴らは戻ってくる…。
フィリピン警察麻薬撲滅部隊の訓練所。野外を走り回り、ナイフを使った格闘、銃を使用して室内に潜む敵を制圧する、実戦さながらの激しい訓練を男女隊員が受けていました。
その1人、新たに部隊に加わった女隊員ニーナ(アン・カーティス)は独自の判断で命令を無視して行動します。
ラクソン隊長(ヴィクター・ネリ)はニーナの体を防弾チョッキの上から撃ち、叱責します。
倒れたニーナに手を差し出す隊員のリコ(ブランドン・ヴェラ)。しかし彼女は1人で立ち上がります。
命令に従って死ぬのは無駄、と言い切るニーナ。かつて彼女が所属した部隊は麻薬組織との戦いで全滅し、彼女だけが生き残ったのです。
1人生き残った結果、ニーナは同僚から裏切り者=ユダかもしれない、と疑われていました。
隊長はニーナに、ワンマンの軍隊は無いと説得します。仲間を死なせた人間として不吉がられる彼女を、ラクソンは自分の部隊に受け入れていました。
チームを優先できるな、と問うラクソン隊長。ニーナは隊長の命令に従うことを約束します。
部隊はアルヴァレス捜査官の作戦に従って、麻薬組織壊滅のため出動することになりました。
作戦はテバンを囮に麻薬の取引を行い、現れたビギー・チェンを逮捕する計画でした。
部隊は2つのチームに分かれ、ブラボーチームはデラクルス刑事と共に、テバンの取引に立ち合います。
そしてアルファチームは武装して、彼らを支援する手はずになっていました。
部隊は取引現場となるマニラ市内の公園に向かいます。
19:39。公園を歩くテバンをアルファ・ブラボー両チームが見張ります。
テバンにビギー・チェンからの電話が入りますが、警戒したのかチェンは取引場所の変更を連絡してきます。
作戦は予定通りに行かなくなりました。ニーナはラクソン隊長に作戦継続は自殺行為だと訴えます。しかし隊長とデラクルス刑事は作戦の続行を決断します。
21:38。テバンはスラム街のトンド地区に入って行きます。ブラボーチームとデラクルスはテバンの仲間を装って私服でついて行きます。
ラクソン隊長、ニーナ、彼女に好意的な隊員リコらのアルファチームは、完全武装した姿で彼らから離れてスラムを進みます。
テバンはビギー・チェンの手下、チョンギと出会います。テバンはデラクルス刑事とブラボーチームの面々を荷物持ちと紹介しますが、彼らの武器はチョンギに取り上げられます。
チョンギの案内で、迷路のようなスラムの奥へと進む一行。アルファチームは後を追いますが、彼らを目撃したスラムの住民を、やむを得ず拘束し引き連れて進みます。
ついに取引現場となる住居に到着し、中に入るテバン一行。アルファチームは拘束した住人を一ヶ所に集めると、展開して住居を包囲します。
住居内の会話を無線で確認するラクソン隊長とニーナたち。しかし電波妨害で外部と連絡がとれなくなったと悟ります。
地元ギャングの一員、マノクが現れ、住居を守る男を何か会話する姿を見たアルファチームに緊張が走ります。
この状況にニーナはラクソン隊長に撤退を具申しますが、隊長は中にいるメンバーの脱出を待つと決断します。
テバンに隠し持たせた無線機が屋内の緊張した会話、そして銃声を伝えます。取引は囮とバレていました。住居の中の仲間を救うべくニーナたちは発砲します。
銃撃戦の中無線機は、ユダよ、今回も協力に感謝する、との言葉を拾います。アルファチームはスラム街を逃げまどいます。
スラムの住人も銃撃戦に巻き込まれ傷付いていきます。チョンギは捕えた隊員を殺し、さらに住人の老人を人質にして部隊に降伏を呼びかけます。
なすすべも無く老人はギャングに射殺され、スラム住民のリーダー格であるソロモンは悲しみと憤りにくれます。
23:42。ラクソン隊長は罠にはまったと理解しますが、それでもブラボーチームを置き去りにすることを躊躇していました。
隊員たちはあちこちから射撃され、巻き込まれた住民も身近な得物を手に襲ってきます。銃撃・格闘戦が次々繰り広げられ、アルファチームの隊員も命を落してゆきます。
そこにデラクルス刑事が現れます。無傷で現れた彼が裏切り者では、との疑問をデラクルスは否定します。
デラクルスは仲間を見つける必要があると訴え、すでに電話で応援を呼んだと伝えます。武器弾薬の補充の必要もあり、ラクソン隊長は取引現場に戻ることにします。
取引現場にはブラボーチームの面々の遺体が並んでいました。そこに難を逃れたテバンが現れ、デラクルスは裏切り者と叫んで殴りかかります。
それを見たニーナは、そうやって私の部隊をハメたな、とデラクレスを責めます。彼女の前の部隊が壊滅した現場にもデラクレスはいたのです。
デラクレスは否定しますが、隊長は彼に手錠をかけるよう指示し、その上で彼とテバンを連れて脱出することになりました。
雷雨が激しくなる中、部隊は移動しますが警察とギャングの戦闘に巻き込まれ、多くの犠牲者を出したスラムの住人たちも彼らを追って動き出します。
男だけでなく女も武器を手に襲い掛かり、ニーナらは格闘で彼らを倒してゆきます。
どうにか逃げ切った一同は、スラム街の建物の屋根の上を音をたてぬよう進みます。
それに気付いたギャングは住民を煽って部隊を襲わせ、ラクソン隊長も負傷し部隊はバラバラになります。
ニーナとリコは2人だけで、様々な凶器を手に、水浸しの通路で次々と襲い来る住人たちと闘います。
延々と繰り広げられた格闘の末に、ニーナは電線を水につけて住民らを感電させて倒し、ようやく難を逃れます。
リコも倒れていましたがニーナの介抱で息を吹き返します。
去ろうとする2人に女が襲い掛かりますがニーナは相手にせず、帰りなさいと告げます。
その姿にニーナに銃を向けていた住人は、引き金を引くのを思い止めます。
02:00。ようやくラクソン隊長らと合流できたニーナたちは、フェンスを越えればスラムの外にでる場所までたどり着きます。
しかし負傷した隊長は先に進めず、部隊は襲撃を受けます。ラクソンは重傷を負い、混乱に乗じてデラクルスは逃亡を図ります。
自分の最期を悟った隊長は、ニーナにデラクレスを追えと命じ彼女に後を託します。
映画『BUYBUST バイバスト』の感想と評価
アクション映画ファン必見の“ノンストップ極限バトルロイヤル”
本作『BUYBUST バイバスト』の1番の魅力は間違いなくアクションシーンです。
空手の荒行に“百人組手”、次から次へと相手を変えて戦う試合形式がありますが、同様に続々現れる敵を主人公がなぎ倒す作品は、昔からあらゆるアクション映画で存在しました。
『BUYBUST バイバスト』の設定のユニークな点は、敵がギャングだけでなくスラムの一般住民であることです。
銃火器だけでなく、ナイフ・包丁・こん棒など日用品を含めたあらゆる得物を手にした、あらゆる扮装で現れる男女の敵を、主人公は容赦なく倒してゆきます。
コメディ映画にありがちな突飛な描写に、思わず笑いすらこみ上げますが、映画のトーンはハードそのもの。長回しで見せるシーンも多く、住民が大挙主人公に襲い来るシチュエーションは必見です。
細かいショット割りやワイヤーアクション、CGなど視覚的工夫ではなく、役者の肉体を駆使して組み立てられた、高度に設計された銃撃・格闘シーンが見せ場となっています。
この激しいシーンを演じたアン・カーティスが武闘家でもスポーツ選手でもなく、モデルやタレント業出身の女優と知って驚きました。
この映画のアクション監督、ソニー・シシオンはハリウッド映画や米ドラマでスタントマンとして数多くの実績を積んだ人物。監督と共に徹底したアクションシーンを作り上げたのです。
とんでもないアクションシーンが描けた背景
ギャングや悪徳警官に苦しめられた街の住民が最後に立ち上がり、大抵の主人公と共闘するのが映画の王道。
ところが本作のスラムの住人たちは、怒りのあまりギャングのみならず、正義を貫く警官である主人公らにも襲い掛かります。
身を守るためとはいえ、主人公も彼らを次々容赦なく叩きのめしていきます。この描写が最大の見せ場となりますが、貧しくとも善良彼らに対し何ともトンデモない描き方です。
その背景には2016年に就任した、フィリピンのドゥテルテ大統領の始めた「麻薬戦争」があるのでしょう。
麻薬撲滅のため、関係する犯罪者はあの世に送って良いと宣言した大統領の下、逮捕の現場で射殺される容疑者が続出。
その数は現在までに5千人とも2万人とも言われています。フィリピン政府はその成果を強調していますが、麻薬組織の一員として殺された人物は貧困層の末端の人物がほとんどで、大物が対象になる事例は僅かです。
本当に犯罪に関与したか不明のまま殺害された人物も多数で、海外から人権蹂躙として非難されている「麻薬戦争」ですが、今だ収束していません。
警官たちを襲ったスラムの住人たちは、この映画のアクションシーンを生み出すのに必要な存在ですが、同時にフィリピンの現状に対する批判でもあるのです。
まとめ
1960~70年代に海外に向けB級娯楽映画を製作したフィリピン映画界。90年代に低迷期を迎えますが、以前の流れからアメリカなどの海外アクション映画のロケ地になりました。
その結果多くのスタントマンがハリウッドに進出し、フィリピンの伝統武術「カリ」は、現在のハリウッドアクションの主流の1つになっています。
ハリウッドでスタントコーディネーターとして活躍するソニー・シシオン。彼がフィリピン映画界に戻って存分に実力を発揮したのがこの作品です。
激しくも過激なアクションシーンが生まれた様々な背景に注目して、ぜひこの映画をご覧下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第24回は麻薬戦争を背景に、少女の体験する恐怖と悲劇を描いたメキシコのホラー映画『ザ・マミー』を紹介いたします。
お楽しみに。