連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第18回
世界各国の様々な映画を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第18回で取り上げるのは『潔白』。
良質なミステリーを次々生み出す韓国映画界。そこには社会の現実に目を向けエンターテインメントに昇華する、逞しい姿勢が存在します。
こうして観客に突き付けられた力強い物語は、日本の我々にも響くメッセージを持っています。ジャンル映画の枠を越えた魅力が、現在の韓国映画人気の秘密でしょう。
そんな韓国製サスペンス映画の秀作が、また1本誕生しました。
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CONTENTS
映画『潔白』の作品情報
【日本公開】
2021年(韓国映画)
【原題】
결백 / Innocence
【監督・脚本】
パク・サンヒョン
【キャスト】
シン・ヘソン、ペ・ジョンオク、ホ・ジュノ
【作品概要】
韓国の寒村で起きた集団毒殺事件の容疑者は、敏腕弁護士として活躍する女性の認知症の母でした。真相の先に浮かび上がる闇を描くミステリー映画です。
ドラマ『秘密の森』(2017~)で高い評価を獲得し、主演を務めたドラマ『黄金の私の人生』(2017~)の大ヒットで、人気女優となったシン・ヘソンの主演作です。
『チルスとマンス』(1987)など、韓流ブーム以前から日本でも知られた女優ペ・ジョンオク、『シルミド』(2003)で評価されて以来、名脇役として活躍するホ・ジュノが共演しています。
長らく助監督を務め、関わった作品にはトニー・ギルロイ監督の『ボーン・レガシー』(2012)も含まれる、パク・サンヒョンの初監督長編映画です。
映画『潔白』のあらすじとネタバレ
何年前の出来事でしょうか。大きな貯水湖に沈みゆく男の姿があります。その湖の前のベンチに1人で座り、歌っている女…。
亡くなった採石場の元所長、アンテスの自宅で行われた葬儀に現れたチェ・イネ市長(ホ・ジュノ)。道知事選挙に出馬予定の彼を、葬式に集まった人々が喪主を差し置いて歓迎します。
支持者獲得に奔走している彼は、古くからの付き合いの4人の男と同じ卓を囲みます。
チェ市長の尽力でカジノの誘致に成功したおかげで、皆が豊かになると盛り上がる男たち。彼らの元にやかんに入れたマッコリが運ばれて来ました。
酒を酌み交わしてから、ようやくチェ市長は喪主である故人の妻、ファジャ(ペ・ジョンオク)に挨拶をしていないと気付きます。
チェ市長が挨拶しても、ファジャは夫の死に混乱しているのか歌をずさんでいました。しかし夫の妹から、娘が父の葬式に現れないと言われると、怒って声を荒げるファジャ。
ファジャと義妹が争いを始め、人々は慌てて仲裁に入ります。少し知的に遅れた感のある、ファジャの息子ジョンスが参列者の1人が倒れたと気付きました。
喧嘩騒ぎは収まらず、興奮したファジャが走り回る中、何人かの参列者が吐いて苦しみます。その中にはチェ市長の姿もあり、葬儀は大混乱に陥ります。
その頃、ファジャの娘で弁護士のジョンイン(シン・ヘソン)は裁判所にいました。彼女が海外から招いた鑑定人の証言で、検察の主張を切り崩してゆくジョンイン。
彼女の活躍で刑事事件の被告となった、製薬会社経営者の息子の裁判は依頼人に有利に進みそうです。弁護士事務所の上司はジョンインの優れた手腕を褒めます。
なお有利な展開を望む依頼者と上司の姿勢に釘を刺すジョンイン。弁護は成果を上げていますが、被告の犯罪行為は実際に行われた上での弁護と、彼女は割り切っていました。
その会合の最中、彼女はTVのニュースで自分の実家の葬儀で殺人が起き、母が容疑者として緊急逮捕されたと知ります。
被害者はチェ市長や村長、ジョンインの叔父を含む5名、内1名が死亡と発表される重大事件でした。
実家へと車を走らせ、かつて協力した警察のキム班長に、事件に関する資料の提供を依頼したジョンイン。
かつて彼女は父から虐待を受け、望む大学への進学も断念させられ、絶望した彼女は自殺を試みます。
自殺に気付き彼女を手当てする母ファジャ。家庭の環境に絶望したジョンインは、荷物をまとめて出て行きました。
彼女は拘留中の母と面会します。しかし父の死も殺人も、娘の顔も判らぬ様子のファジャ。
どこにいるかも判らず失禁した母を、医師はショックから急性認知症を発症したと診断します。
事件現場となった自宅を訪れると、警察が実況見分を行っていました。その中の1人ソック刑事は幼い頃のジョンインを見知っていました。
警察が調査中の自宅を、弟ジョンスが走り回ります。彼女の目に警察の捜査はずさんに見えます。
ジョンインは母の初公判を傍聴します。検察側の証人の証言に反応を示さない母。しかしジョンスの名がでると、息子をかばおうと大声で叫びました。
弁護士は検察と争う姿勢を見せません。公判が終わり退廷する母はマスコミに囲まれます。多くの被害者が出たことに怒り、罵声を浴びせ卵を投げる住民たち。
母の義妹が手配した弁護士の法廷戦術を手厳しく批判するジョンイン。弁護士は怒って手を引きました。
葬式に現れなかったジョンインの振る舞いで、弁護士に去られた叔母は怒ります。
彼女は自分の兄、つまりジョンインの父が、葬儀前にファジャに火葬されたことにも腹を立てていました。
弁護士事務所に戻ると上司に事情を説明し、一時的に休職し自身で母の弁護を行うことにしたジョンイン。
彼女が情報を得ようと被害者の家族宅を訪れますが、ファジャを犯人と信じる人々の対応は冷たいものでした。
同情的なチョン叔父からは、亡くなった父アンテスは金鉱採掘事業に失敗し、その事業に出資した近隣住民から恨みを買っていたと教えられます。
ジョンインは留守になった父母宅に、何者かが忍び込んだと気付きました。
認知症を発症した母は、息子ジョンスを守るためなら進んで罪を被る様子です。どう弁護したものか悩むジョンイン。
警察と検察は正常な受け答えの出来ない母を犯人に仕立て、事件の幕引きを図りたい様子です。
ジョンインは警察内の協力者、キム班長から入手した資料を公判で提出します。
都合よく動かした証拠品、老いた母を脅す取り調べの映像、事前に証人と会食する刑事と検察官の姿と、捜査の不審を暴いたジョンイン。
検察官は容疑者のファジャの衣服に、マッコリに混入されたものと同じ農薬の成分が検出されたと反論します。
目撃者の証言の矛盾を突いたジョンインは、母は留置所にいては認知症が悪化すると訴え、拘留の執行停止を求めました。
裁判所はファジャの釈放を認めます。それを知り警察・検察関係者を怒鳴るチェ市長。
市長は頼りになるシン部長検事に働いてもらう、と言ました。
病院で検査を受けた母は、急性の認知症で記憶力と判断力が低下していると、ジョンインに説明する医師。
ファジャは病院を抜け出します。徘徊の末に母は貯水湖の側で見つかりました。探しにきた息子ジョンスに、ここがその場所だと叫ぶ母。
拘留執行停止は却下され、ファジャは警察に連行されます。捜索にあたった警官の中に、ジョンインの小学生時代の同級生、ワンヨンがいました。
ワンヨンはジョンインに見せたいものがあると告げました。それは3ヶ月前警察に現れ、殺人があったと訴えるファジャを映した映像です。
その時殺人事件は発生していません。痴呆の初期症状と考えるジョンイン。
この地で最近変わったことは無いかと彼女に聞かれ、ワンヨンはカジノの誘致が決まったぐらいだと答えます。
入院中のチェ市長の元にシン検事が現れ、事件の捜査状況を報告していました。
ジョンインは叔母に電話して、母の弁護士の決めた経緯を確認します。事件後の慌ただしい時期に、誰かから紹介されたと答えた叔母。
その弁護士の事務所を訪ね、引き受けた経緯を確認するジョンイン。本来刑事事件を取り扱わないその弁護士は、誰の依頼かよく判らないと答えます。
話題を変えカジノの話をして立ち去るジョンイン。弁護士は電話をかけ、今の面会の経緯を誰かに説明しました。
そこにジョンインが、スマホを忘れたと言い戻ってきます。スマホを使い電話の会話を録音していたジョンイン。
弁護士はカジノの件をジョンインに聞かれたと、電話相手に話していました。ジョンインはカジノや母が3ヶ月前に訴えた殺人など、事件の背後に潜む疑問を書き出します。
ヒントを探そうと彼女は夜、実家に戻りました。貯金通帳の出入金記録を撮影するジョンイン。壁には父を含め6人の水着姿の男が映る、古い写真がありました。
突然物音がします。家には何者かが潜んでおり、その男と争ったジョンイン。彼女を殴り倒し男は立ち去ります。
翌日彼女は男の落としたライターを証拠に、警察に捜査を訴えます。裁判で強引な捜査を指摘された恨みからか、取り合おうとしないソック刑事たち。
幼馴染みの警官ワンヨンだけが味方です。彼は侵入者の足跡を見つけますが、ありふれた靴で犯人は割り出せそうにありません。
マッコリ毒殺事件の重体者の1名が死亡、犠牲者は2名になりました。事件の早期幕引きを望むチェ市長は、シン部長検事と電話で話していました。
遺族の冷たい視線に耐えつつ、被害者の葬儀に参列するジョンイン。写真が趣味の弟ジョンスは、出された料理を撮影します。
そこにシン検事が近づき、言葉巧みに彼のスマホのデータを記録します。何事かと声をかけたジョンインに、名刺を渡し事件の担当になったと告げるシン検事。
彼女は純真だが頭の回らぬ弟が、裁判で利用されないか心配していました。葬儀場を出た姉弟に、男たちが声をかけてきます。
男たちはヤクザ者で、ジョンインはいきなり殴られます。倒れた姉を身を挺して庇うジョンス。
事件を探られたくない者の存在と、長らく疎遠にしていた弟の愛情を実感したジョンイン。
シン検事は裁判で、ファジャが夫の死亡直前にマッコリを大量購入したと指摘し、自分たちに冷たい住人の大量殺人を企てたと、事件の計画性を主張します。
ジョンスの撮った写真を利用し、自分の論拠を組み立てた検事は、証人として彼の出廷を要求しました。
ジョンインは弟の自閉症的傾向を訴え拒否しますが、前例を理由に認められません。
裁判での弟の証言に備えるジョンイン。過去の映像のチェ市長の顔を見て悪者だと叫ぶジョンス。
上手く受け答えできそうもない弟に、諦めの表情を見せたジョンイン。するとジョンスは、自分が愚かなのは姉のせいだ、と父が話していたと告げました。
幼い頃、まだ小さなジョンスを背負い家事をしていた彼女は倒れ、弟は頭を強打します。
大切な跡取りの長男を傷付け、脳に障害を与えたと激しくジョンインを殴る父アンテス。
息子の障害は生まれつきだと母のファジャが訴えても、アンテスは娘への暴行を止めません。
どうして家を出て戻らなかったの、そう弟に尋ねられ言葉を失うジョンイン。
裁判でシン検事は、被害者らにマッコリを運んだのはジョンスで、他に誰も触っていないと認めさせます。
容疑者として緊急逮捕されたジョンスを見て、ファジャは自分が犯人だと叫んで倒れます。
母の叫びは息子を庇うものだとジョンインは訴えますが、混乱の内に裁判は終わりました。
彼女はシン検事に不当な扱いだと訴えます。敏腕弁護士として悪事を犯した依頼者の罪を軽くしてきたあなたにも、殺人犯の罪は消せないと告げるシン部長検事。
ならば、母ファジャの潔白を証明してみせます、と言い返すジョンイン。
映画『潔白』の感想と評価
ドラマ『黄金の私の人生』で大人気となったシン・ヘソンの初主演映画、『潔白』はいかがだったでしょうか。
彼女の出世作となったドラマ『秘密の森』で検事役を演じた彼女が、本作では弁護士を演じたのがポイントと言えるでしょう。
また『秘密の森』で彼女の上役を演じたパク・ソングンが、本作では弁護士事務所の上司役というのも心憎い起用です。
『秘密の森』を意識した映画であり、それと同じ検察の問題をテーマに選び、また別の視点で描いた物語としても注目して下さい。
虐げられた末に男社会に挑む韓国女性を描いた作品
『ユゴ 大統領有故』(2005)や『ハウスメイド』(2010)のイム・サンス監督、『ビッグマッチ』(2014)のチェ・ホ監督らと共に働き、助監督や製作を務めてきたパク・サンヒョン監督。
映画会社に入社し、30代前半に撮った短編映画が評価され、やがて監督に起用されるはずだったパク監督。しかしデビューは先延ばしされ、プロデューサーとして活躍します。
ハリウッド映画でトニー・ギルロイ監督作、『ボーン・レガシー』の韓国ロケの助監督を務める話が来た時は、喜んで引き受けたと話す監督。
パク監督はトニー・ギルロイが脚本を書いた『黙秘』(1995)が好きだと語っています。『黙秘』も家庭内で虐げられた母娘と、その家から逃れた娘の物語。
その娘が、殺人容疑をかけられた母の真相を追求する映画が『黙秘』。本作との共通点を指摘することが出来ます。
自分が本作のプロットを書き始めた2015年は、現在と違い女性主演の韓国映画は皆無といって良い状態だった、と語るパク監督。
この作品の主人公と主題を女性にした理由は、従来の映画に無いテーマを追求した結果だと説明しています。
物語にも映像にも現れるパク・サンヒョン監督のこだわり
本作は明らかに、男性社会・家父長制の中で虐げられた韓国女性の物語であり、それが本国で支持されヒットした作品です。
同時に韓国で話題の政治問題、検察改革をテーマにした作品でもあります。これはドラマ『秘密の森』の主題でもありました。
韓国社会に根深く残る社会問題を、エンターテインメントに昇華した本作。この作品を描くとき、3本の映画を意識したとパク監督は語っています。
それはポン・ジュノ監督の『母なる証明』(2009)、コスタ=ガヴラス監督の『ミュージックボックス』(1989)、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『灼熱の魂』(2010)でした。
インタビューに答えた監督の説明を振り返ると、本作が様々な作品の影響を真摯に練り上げた末に、完成した作品と実感できます。初監督長編映画と聞いて驚く完成度の高さも当然です。
一方で冒頭の葬儀のシーン。監督はシナリオ段階からこの場面を構想していました。
日常の風景が突然崩壊する様を、主要登場人物を紹介しつつステディカムで撮影した映像で連続して見せる。このシーンはロケハンから撮影時期、当日の天候まで計算して用意されました。
現場ではあらゆる入念な準備を行い、動線リハーサルなど事前シミュレーションを重ねた結果、満足できるシーンになったと語っています。
優れた物語を持つ作品ですが、冒頭に用意された監督渾身のシーンにも注目して下さい。
まとめ
優れたテーマ性と高い完成度を持つ韓国ミステリー映画『潔白』。法とは別の形で下された裁きに、疑問を覚える方がいるかもしれません。
これを法より情を重んじる韓国社会の反映、と解釈する方がいるでしょう。しかしいずれの文化でも、法とは別の次元の正義を描く物語が存在します。
『黙秘』(原作はスティーヴン・キングの小説「ドロレス・クレイボーン」)など、監督の上げた様々な作品と比較した上で、咀嚼すべき物語と言えるでしょう。
なお本作の冒頭、そしてラストで印象的に口ずさまれる曲は、1979年に発表されたチョンフニの有名な歌「花畑で」です。
本作の時代背景を描くものであり、同時に歌詞の内容が皮肉として、そしてラストでは情緒的に聞こえてきます。ロケ地も歌詞の内容に合うよう選ばれました。
細かい配慮を重ねるからこそ、映画全体のスキルが上昇する。ありがちなサスペンス映画の枠を越えた本作は、こうして誕生したのです。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第19回はナチス!ソンビ!サメ!、それも空飛ぶサメ!!B級映画ファン待望のネタを詰め込んだ、サービス精神あふれ過ぎの映画『スカイ・シャーク』を紹介します。お楽しみに。
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