連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第13回
世界各国の埋もれかねない映画をお届けする「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第13回で紹介するのは、ド派手なアクション映画『インビジブル・スパイ』。
香港映画と言えば華麗なアクション。様々な作品が誕生し世界でヒットしました。
男たちの友情と裏切りを描く「香港ノワール」と呼ばれる映画も人気です。
その代表作『インファナル・アフェア』(2002)は、マーティン・スコセッシが『ディパーテッド』(2006)としてリメイク、アカデミー作品・監督賞を含む4部門受賞しています。
アクションと「香港ノワール」の世界が合体、スパイ映画となったのが本作です。香港映画・アクション映画ファンには見逃せない作品が誕生しました。
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CONTENTS
映画『インビジブル・スパイ』の作品情報
【日本公開】
2021年(香港・中国合作映画)
【原題】
使徒⾏者2 諜影⾏動 / Line Walker 2: Invisible Spy
【監督】
ジャズ・ブーン
【アクション監督】
チン・ガーロウ
【キャスト】
ルイス・クー、ニック・チョン、フランシス・ン、ホァン・チーチョン、ジャン・ペイヤオ、ジャッキー・チョイ、チャン・イーチー
【作品概要】
子供を誘拐しスパイに育成、世界各国の警察機関に潜入させる国際テロ組織。その陰謀に挑む男たちを描いたスパイ・アクション映画です。
香港の覆面捜査官を描いた刑事ドラマ『使徒行者(Line Walker)』(2014~)は大ヒット、スピンオフ映画『ダブル・サスペクト 疑惑の潜入捜査官』(2016)が誕生しました。
その続編が本作です。監督のジャズ・ブーン、主要キャストのルイス・クー、ニック・チョン、フランシス・ンが前作に続き起用されました。
ニック・チョンはレニー・ハーリン監督作『ハード・ナイト』(2019)に、ルイス・クーは『SPL 狼たちの処刑台』(2017)に主演するなど、香港を代表するスターとして活躍しています。
映画『インビジブル・スパイ』のあらすじとネタバレ
1987年、フィリピン。とある孤児院の子供たちは、プロフェッサーキューブ(ルービックキューブの5×5×5版)を早く揃えることを競っています。
中でもアンツァイとアティーは、抜きん出た才能を持っています。良きライバルである2人は、良き親友でもありました。
ある日2人は誘拐しようとする男たちに襲われます。捕らえられたアティーは、アンツァイに助けを求めます。
アンツァイの抵抗でアティーは逃れました。しかし男に突き倒され、背中を深く傷付けるアンツァイ。
助けようとしたアティーは足を踏み外し山の斜面を転がり落ち、アンツァイは男たちに連れ去られます。
2人の少年の運命は、大きく変わります…。
2019年、香港。人が往来する路上に乗用車が突っ込み、多くの人を跳ね飛ばしました。
バスと衝突して止まった乗用車に警官が駆け寄りますが、運転していた男はカッターナイフで首を切り、自殺します。
TVは大手企業のミャオ会長が無差別テロを起こし自殺したが、動機は不明と伝えていました。
事件を知った女記者のイウ(ジャン・ペイヤオ)は、ミャンマーにいる助手ビルに連絡します。一刻も早くテロ組織の全貌を暴かねば、伝えるイウ。
彼女に何者かが迫ります。車を捨てバスに乗るイウを追う男。
近寄る刺客を前に身を固くする彼女に、背後に座る男が警官だと告げました。
イウへの襲撃をチェン警部(ニック・チョン)が阻止します。男と格闘するチェン。
バスの横にイップ警視(フランシス・ン)の車が接近します。イップはバスを追う車を妨害します。
走行するバスの非常扉を開けイウをイップの車に投げ入れ、自分も飛び移ったチェン警部。
チェンの行動をトム・クルーズだと冷やかすイップに、先輩もその姿は福山雅治風にキメてますね、と応じたチェン。
香港警察に保護されたイウに、協力要請するチェン警部。あなたはマサチューセッツ工科大学卒業後、コンピューターのハッキング技術を身に付けたと告げます。
アメリカ国家安全保障局のために働いていた彼女は、記者として活動しています。そして今回のテロ事件を警告する通報を、匿名で行ったと語るチェン。
対テロ刑事情報課に所属する彼は、捜査協力を訴えますが、自分は逮捕された訳ではない、と拒否するイウ。
では釈放するが、テロ組織に狙われるだけと言われ、彼女は考えを改めます。
人身売買組織を追っていたイウは、助手のビルと犯罪組織のデータベースに侵入し、暗号ファイルを入手しました。
それは世界各国で暗躍する国際テロ組織のものでした。彼女が警戒する理由もありました。テロ組織は世界各国の警察に潜入者を送り込んでいたのです。
組織は幼い子供を誘拐し工作員として教育し育て、偽りの経歴を与え様々な警察機関に送り込んだと話すイウ。
そこに香港警察保安部のジェン警視(ルイス・クー)がイップ警視の前に現れます。今後は保安部が捜査を引き継ぐと告げるジェン。
突然の介入にイップは抗議しますが、ジェンも事態を把握していました。
香港警察に内通者がいるなら、数々の潜入捜査捜査を果たしたチェンこそ疑わしい、と告げたジェン警視。
警察が信用できないのは判るが、自分はテロ組織の潜入者ではない、とイウに告げるチェン。
チェン、イップ、ジェンの間に緊張が走ります。
イップ警視とジェン警視は香港警察長官と首脳を集めた会議に参加します。無差別テロを起こした男は、国外の組織に脅迫されていたとジェンは報告しました。
国外のテロ組織から香港の治安を守るのは保安部の職務、と主張するジェン。会議もそれを認める方向に進みます。
気まずい雰囲気になったイップとジェンですが、香港市民を守る使命は同じと確認し、今日開かれる自分の誕生パーティーにジェンを誘うイップ。
彼の誕生パーティーに、多くの部下が集まっていました。漫画のキャラクター絵柄の腕時計をイップに送るチェン。贈り物の酒を持ちジェンも現れます。
その頃内通者を警戒する警察長官は、チェン・イップ・ジェンの経歴を調べていました。
ジェンは帰宅しました。妻を亡くした彼は、幼い一人娘チェンチェンと暮らしています。眠る娘にキスをするジェン。
イウ記者が告げた、テロ組織が子供を誘拐し工作員に育てる話はイップを悩ませ、チェンとジェンに悪夢を見せます。
翌朝、チェンチェンを学校に送り届け出勤したジェン警視に、特別な指令を与える警察長官。
テロ組織の全貌と計画をハッキングして入手したデータは、イウ記者の助手でミャンマーにいるビルが持っています。
それを回収するが、内通者を警戒し一部の人間のみで実行すると説明します。
長官が選んだのは、計画を指揮官にイップ警視。現地で回収するのがジェン警視とチェン警部でした。
ミャンマーに向かう機内で、プロフェッサーキューブをもて遊ぶチェン。
対テロ訓練であなたの部下だったと告げるチェンに、ジェンは覚えていないと答えます。
ジェンの異例の出世を指摘するチェン。2人は互いを探り合っていました。
ミャンマーに到着したチェンとジェンは、現地の特殊部隊と共にビルの元に向かいます。その行動を後方基地から支援するイップ警視。
商店や作業場が入ったヤンゴン市内の建物に向かう特殊部隊。情報が洩れテロ組織に先を越されたのか、爆弾が爆発し隊員が吹き飛ばされます。
チェンとジェンは突入しますが、ビルは瀕死の状態でした。ハードディスクを奪われたと話すビル。
ジェンは敵を追います。混乱した状況でチェンや現地部隊に指示を出すイップ。
先回りしたチェンが敵を倒し、ハードディスクを回収します。チェンも合流しますがテロ組織の工作員に包囲されました。
白昼のヤンゴン市内の大通りで、激しい銃撃戦が繰り広げられます。2人を救出しようと現れたヘリコプターも、銃撃され近づけません。
チェンを狙う男に気付いたジェンは、彼の盾になり銃弾を受けます。防弾チョッキに命中、車にはねられ倒れるジェン。
ジェンをチェンが助け、2人は車が往来する道路で撃ち合いながらヘリを目指します。
最初に近づいたチェンは、ハードディスクをヘリに投げ込むと、彼を支援し敵と撃ち合うジェンを助けに戻ります。
テロ組織の工作員が続々と現れます。銃撃を受けイップに指示を求めるヘリの搭乗員。
やむなくヘリに撤退を命じたイップ。残された2人は覚悟を決めます。ジェンを守ろうと敵に突進するチェン。
テロリストがロケットランチャーを打ち込み、大爆発が起きました。
やっとミャンマー警察の応援が到着し、ジェンは救出されました。チェンの姿を探し求めるジェン警視。
ヘリの搭乗員はチェンから渡されたハードディスクを確認します。中身は空と知り愕然とするイップ警部。
香港警察上層部の会議は紛糾します。限られた者しか知らぬ作戦内容はテロ組織に漏れていました。
回収したハードティスクも偽物です。行方不明のチェンは信用できる人物か、と警察長官に追及されるイップ。
チェンは長年共に過ごした信頼できる仲間で、必ず見つけ出すとイップは答えます。
香港に戻ったジェンに、チェンを見捨てたと迫るイップ。ジェンはヘリを撤退させたイップを責めました。
ジェンは命がけで自分を救ったチェンは、内通者ではないと話します。2人は共にチェンを信じ、探そうと決意します。
空のハードディスクのために多くの人間が死んだ、とイウ記者を追及するジェン。
ビルの死を知りショックを受けたイウは、警察内部の内通者を警戒し口を閉ざします。
その頃、スペイン・マドリードのテロ組織本部で、幹部と密談する首領のドン(ホァン・チーチョン)。
大規模な国際テロの実行には、ロックされた組織のネットワークを解除するキーが必要だと話していました。
ドンは腹心の部下、デーモン(チャン・イーチー)に対処を命じます。
その頃チェンはハードディスクを手に入れた、と何者かに連絡していました。
データの中にテロ組織に拉致された子供の記録があります。その1人がフィリピンの孤児院にいた、アンツァイだと確認するチェン。
その少年の背中には、大きな傷跡が残っていました。
イウを安全な場所に移送するジェン一行は、テロ組織の襲撃を受けます。
部下が倒され、ジェン警視とイウ記者に危険が迫った時、特殊装備を持つ車両が現れました。
車両は発煙弾を発射します。煙の中から現れた一団はテロリストを射殺しイウを拉致、ジェンをテイーザー銃で倒します。
ジェンが目を覚ました時、目の前にいたのはチェン警部でした。
なぜこんな事をしたとジェンが尋ねると、潜入捜査で警察に利用されてきたが、今後は自分の利益のために動くと告げるチェン。
イウをテロ組織に引き渡せば金になると言い、自分に協力しろと迫ります。ジェンが拒むと先ほどの襲撃映像を見せます。
テロ組織はジェンの部下を射殺しますが、それはジェンに危害を加えず協力しているように見えました。
お前は警察から見れば裏切り者だ、と告げたチェンに跳びかかるジェン。2人が格闘した際、ジェンの背中の大きな傷跡が現れます。
ジェンの正体はテロ組織に誘拐され、潜入工作員にされたアンツァイ少年でした。チェンから奪った拳銃を発砲するジェン。
それは空砲でした。チェンはジェンに、アンツァイと呼びかけます。
そこにチェンの部下が現れます。窓を破って逃げるジェン。かつてのアティー少年は、現在のチェン警部でした。
逃走するジェンに、工作員に育てられテロ組織のために働いた過去が甦ります。
組織の命令で香港警察に潜入したものの、良心の呵責に耐えられず自殺を試みるジェン。
妻エマ(ジャッキー・チョイ)との間に産まれた娘、チェンチェンの存在がを思いとどまらせます。
しかし組織を掟を破り、妻子を持ったジェンの家をドンが襲撃します。
エマを殺害し、チェンチェンの命が惜しければ組織に従え、その代わり5年働けば自由にするとジェンに告げるドン。
ジェンは対テロ訓練の際、部下となったチェンのロッカーに貼られた、漫画のキャラクターのイラストに気付きます。
それは孤児院時代の、アンツァイとアティーのお気に入りでした。
ジェンはチェンこそアティーだと気付いていました。自分たちの過去と、運命の皮肉に思いを巡らすチェン警部とジェン警視。
映画『インビジブル・スパイ』の感想と評価
参考映像:『ダブル・サスペクト 疑惑の潜入捜査官』(2016)
香港ノワールの男っぽい世界と、潜入捜査官物のサスペンスをミックスさせ、スパイアクション映画にしました!
実に見どころ盛りだくさん、アクション映画ファン、特に香港映画ファンにたまらない作品です。
前作『ダブル・サスペクト 疑惑の潜入捜査官』と同じキャストを起用しながら、続編は別の登場人物による別の物語と聞いて意味不明、と感じた方もいるでしょう。
これはほぼ毎回、主演の高倉健は最後に逮捕され、共演の池部良は多分死んだのに、次回作で2人共似たような設定の、似たような別人で登場する。
それを繰り返した任侠映画、『昭和残侠伝』(1965)シリーズみたいなものとご理解下さい。
そんな古き良きシリーズ物映画の大らかさが、香港映画にまだ残っていたと思うと、愉快な気分になりませんか?
徹底的にエンタメを追求した作品
本作はそのスケールに度肝を抜かれます。ミャンマーの銃撃戦は、マイケル・マン監督の『ヒート』(1995)をかなり意識したシーンでしょう。
クライマックスのカーチェイスはロケ地から逆算した結果でしょうが、『ミニミニ大作戦』(1969)の該当シーンを、銃撃戦込みでド派手に発展させた感があります。
さらに牛追い祭りに乱入する形で展開。呆れるほどスケールの大きなアクションシーンを構築しています。
格闘・銃撃戦と様々なアクションが登場しますが、描いたのはアクション監督チン・ガーロウ。
幼くして武道を学んだ彼は16歳で本格的にスタントマンの活動を開始、サモ・ハン・キンポーの武術指導のグループ「洪家班」に所属しました。
そしてジャッキー・チェンの『プロジェクトA』(1983)や『サイクロンZ』(1988)などに参加、本格的な俳優となり、アクション指導者・監督として活躍しています。
ハリウッド映画的でありながら、香港映画の雰囲気を感じさせる本作のアクションシーンは、ベテランの彼の手で生まれました。
熱すぎる香港ノワール映画の世界を楽しもう
『マルタの鷹』(1941)や『三つ数えろ』(1946)など、1940年代頃ハリウッドに登場したハードボイルドな犯罪映画は、後に「フィルム・ノワール」と呼ばれました。
世界各国で似た映画が登場しますが、フランスでは『現金に手を出すな 』(1954)以降、同様の作品が登場します。
ハリウッド作品と比較すると女性の扱いが小さく、男たちの友情や裏切りを描く作品が多く、「フレンチ・フィルム・ノワール」と呼ばれるジャンルに発展、アラン・ドロンという大スターを生みます。
「フレンチ・フィルム・ノワール」の影響を受けた作品が、1980年代の香港に登場します。それがジョン・ウー監督とチョウ・ユンファの出世作『男たちの挽歌』(1986)。
この大ヒットを受け、男たちの葛藤を描いた犯罪映画が続々登場、「香港ノワール」と呼ばれるジャンルが生まれます。空手・カンフーものに変わる、香港の名物映画となりました。
以降も『インファナル・アフェア』シリーズなどを生みますが、『インビジブル・スパイ』の男たちの友情と裏切り、そして親愛の情を描いた作風は「香港ノワール」の流れをくむものです。
この濃厚な設定に、主要登場人物全員死亡?という展開はやり過ぎ感もありますが、グッと来ること必至です。
そんな登場人物の中に女性も存在するのが現代的、と言えるのでしょう。ともかく単純なスパイ映画やアクション映画にもあらず。胸熱を求める方を満足させる作品です。
まとめ
アクション映画ファン大満足、並みのハリウッド映画以上の完成度を持つ『インビジブル・スパイ』。
痛快な展開より、涙腺を刺激するドラマを求めたいなら必見です。香港・中国映画の底力を見せられた気分です。
最後に。香港・中国の関係の基本であった「一国二制度」は形骸化し、様々な問題を引き起こしました。
香港民主化デモが本格化した2019年8月、「香港の治安を外国テロ組織が乱す」「香港警察が世界を救う」物語の本作が、香港・中国で公開されました。
だからこの映画はプロパガンダである、と決めつけるのは早計です。
映画に対する国家の検閲がある中国では、本作のような企画は通りやすい、資金も調達しやすい背景は確実に存在します。
何らかの忖度が働いて生まれた映画でしょうか。それともこの状況を利用して、商魂たくましく製作された映画でしょうか。
どんな映画の企画も、様々な背景から生まれます。この事実だけは指摘しておきましょう。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第14回は、近未来を舞台に、移民と排他主義が激しく対立する状況を描いた政治サスペンス映画、『デンマークの息子』を紹介します。お楽しみに。
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