連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第9回
様々な国籍・ジャンルの佳作から怪作・珍作まで、世界のあらゆる映画を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。第9回で紹介するのはオランダのカーアクション・スリラー映画『ロード・インフェルノ』。
家族を連れて帰省する車での旅行。これから自分の両親と会うのに、奥さんも娘たちもそれほど乗り気でなく、出発時間も遅れれば夫のテンションも下がるものです。
ようやく家を出発しますが、今度は目の前の車がルール順守のノロノロ運転。ストレスのたまったこの男、つい「煽り運転」行為を行います。
ところが、煽った相手はヤバ過ぎました。ストレス社会が内包する恐怖を描き、思わぬヒットを飛ばした作品が登場します。身近に感じられる恐怖に観客が詰めかけたのか、「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】」でアンコール上映が実施された話題作です。
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CONTENTS
映画『ロード・インフェルノ』の作品情報
【日本公開】
2020年(オランダ映画)
【原題】
Bumperkleef / Tailgate
【監督・脚本】
ルドウィック・クラインス
【キャスト】
ユルン・スピッツエンベルハー、アニエック・フェイファー、ウィレム・デ・ウルフ
【作品概要】
つい煽り運転をした相手がヤバイ奴だった!一転追われる身となり、恐怖を味わう一家の姿を描いた、ハイスピード・サイコホラーです。監督はオランダ映画テレビアカデミー(NFTA)で学んだ後、映画祭で評価され、以降はTV・映画で活躍するルドウィック・クラインスです。
主演は『ナチスの犬』(2012)で、占領下のオランダで、ナチスに協力しながらも、ユダヤ人を救おうとした人物を演じたユルン・スピッツエンベルハー。その妻を『サイレントナイト』(2006)、『ロストID』(2012)のアニエック・フェイファー、彼らをつけ狙う男を、オランダでは舞台を中心に活躍する実力俳優ウィレム・デ・ウルフが演じます。
映画『ロード・インフェルノ』のあらすじとネタバレ
サイクルウェア姿の男が、息を切って畑の中で自転車を押しています。その脇の道に白いバンが現れ停車すると、中から男(ウィレム・デ・ウルフ)が姿を現します。
スマホを示して取りに来いと呼びかける男。しかしその姿を見たサイクルウェアの男は、自転車をかついで逃げ出しました。
畑の脇にバンを隠した男は、スマホを操作して自転車の男の母親の連絡先を見つけます。
ようやく畑から抜け出し、道路を疾走して逃げる自転車が現れると、男はバンを急発進させて正面から自転車と衝突させました。
脚を怪我したサイクルウェアの男は、転がる様に逃げ用水路に落ちました。それに構わずバンの前後にカラーコーンを立てると、壊れた自転車を車に積み込む男。
男はバンから取り出した防護服とガスマスクを身に付け、害虫駆除用の薬剤を詰めたタンクを背負います。通過した車のドライバーには、彼が何か作業しているようにしか見えません。
サイクルウェアの男が叫んでも、通過した車に聞こえません。防護服の男は用水路に現れると、逃げる男を捕えてその顔を水に漬けます。
止めてくれ、悪かった。2度としない、と訴えるサイクルウェアの男に、謝罪するタイミングを逃したな、と冷たく告げる防護服の男。
そしてサイクルウェアの男の口に、薬剤噴霧器のノズルを突っ込み噴射させました。
場面は変わり、自宅の前で車に荷物を積み込むハンス(ユルン・スピッツエンベルハー)の姿が登場します。準備に忙しい父に構わず、下の娘ロビンは遊んでいます。
現れた上の娘メルーはたった1日の旅行に、大きなトランクを持ち込みます。身支度に時間をかけ遅れた妻のディアナ(アニエック・フェイファー)は、今だ車に乗りません。
そこにハンスの母から電話がかかってきます。一家はこれから、ハンスの実家に誕生日を祝いに向かうはずが、出発の予定時刻からかなり遅れていました。
到着予定の時刻を訊ねる電話にハンスは出ようとせず、代わってロビンが出ました。彼がクラクションで催促すると、ようやくディアナが車に乗り込みます。
次の母からの電話にはメルーが出ました。食事を準備中の祖母は、いつ着くのか再度尋ねますが、答えられません。準備に手間取った妻に、もう出発してるはずだと文句を言うハンス。
ようやく妻子を乗った車を、ハンスはイライラしながら出発させました。
車はハイウェイを走ります。前の車のたよりない運転を見て悪態をつくハンス。
ロビンはタブレットのゲームに、メルーはスマホの自撮りに夢中です。ディアナは時速140㎞という、制限速度を越えた運転をとがめますが、夫は出発が1時間遅れたからだと文句を言います。
娘たちがゲームを巡って争い、母がそれを仲裁しようと騒ぎますが、後ろの車に煽られて、そちらの方ばかり気になるハンス。
先を譲る気のない彼は更にアクセルを踏み、時速は160㎞を越えました。
相手の車の強引な車線変更に、ハンスは事故になりかけます。妻子が騒ぎますが、相手の方が悪いと言い訳するハンス。そんな態度の夫に、少し落ち着くよう忠告するディアナ。
すると目の前に白いバンが現れます。隣の車線は塞がっており、スピードを落とさざるを得ません。走行速度は100㎞程度に下がります。
どうやら前の車は、頑なに制限速度を守っているようです。車間距離を詰め、ヘッドライトをパッシングさせても、前の車は反応しません。ハンスの後ろに車がつかえ始めました。
クラクションを鳴らし、前の車を煽り始めたハンス。それでも前の車の運転は変わりません。夫の態度をたしなめ、ディアナは車間距離をとるよう告げます。
前の車はノロノロ運転だと揶揄するハンス。娘たちも調子を合わせ女の人か、それとも年寄りの運転だとはやし立てます。後ろの車からパッシングされ、再度クラクションを鳴らすハンス。
すると前のバンは急にスピードを落とします。衝突しかけ慌ててブレーキを踏むハンス。前の車は更にスピードを落としました。後続の車は次々隣の車線に移り、走り去って行きます。
ハンスも車線を移り、直前の白いバンを抜かしました。その際運転席に座る、あの冒頭に登場した男と目が合いました。
その際自分の頭を指差し、「お前は頭がおかしいのか」とアピールするハンス。その態度は流石にやり過ぎだと注意するディアナ。
構わず抜き去ると、また160㎞近くまでスピードを上げるハンス。制限速度100㎞の標識を眺め、あきれ顔で注意する妻の声に、彼は耳を貸しません。
ディアナのスマホに、ハンスの母から電話が入ります。またしても到着時間を尋ねる電話でしたが、遅れから具体的な到着時間を言いたがらないハンス。
母は手料理を用意しているようですが、どうやらディアナも2人の娘も、それを苦手にしている様子です。ガソリンスタンドにも寄るから、およそ30分後とハンスは答えさせました。
ガソリンスタンドに着くと、妻子は売店へと向かいます。給油し終えたハンスもその後を追いますが、背後にあの白いバンが現れたことに気付きません。
彼が支払いを済ましていると、娘たちはがハンバーガーを食べたいと言い出します。ディアナもたまにはファーストフードも良いと加わり、彼はそれを許しました。
ハンスがトイレから出てくると、ハンバーガーを食べる妻子に、話しかけている男がいます。
ネズミが逃げ場を求めて水を渡る時、大きなネズミが小さなネズミを水中に落とし、その上を歩いて渡るという、奇妙な話を始めた男。
それはあのバンの男でした。大きななネズミは濡れずに水を渡り、小さなネズミは溺れ死ぬと告げます。それを聞いたハンスは、それは自分が子供を危険に晒したという意味か、と訊ねました。
制限速度100㎞を守っていた私に、安全な車間距離を無視して煽るとは、車の制動距離を理解しているのかと、男は追求します。ハンスが相手にせず行こうとすると、男は立ちふさがります。
娘たちにパパの行動をどう思う、と問いかける男。周囲の人の目も集まり、ハンスは思わず男の胸を突きますが、初老で長身の男はビクとも動きません。夫の振る舞いをたしなめるディアナ。
お前たちのパパは、交通ルールを守らなかったという男に、お前こそ急ブレーキをかける危険行為をした、頭の固い老人ではないかとハンスは声を荒げます。
ディアナは娘たちを連れ車に向かいます。引き下がらないハンスに、謝罪しろと要求する男。
今謝罪すれば、また無事に運転できると言う男に、ふざけるなと言い謝罪を拒否すると、お前はイカレていると言って立ち去るハンス。
車の中に固い表情の妻子が待っていました。ハンスは娘たちに、さっきの老人は高校も出ていないような奴で、まともな仕事に就けず、その不満をぶつけて来ただけだ、と説明します。
しかし勝手な言い分に、娘たちも妻も納得していません。ディアナはさっきの老人は、自分たちにファーストフードを食べると、ガンになると告げて脅したと言いました。
娘たちはその言葉にショックを受けているようです。うんざりしながらハンスは車を走らせました。その姿を黙って見つめている先程の男。
体に悪い物を食べると、ガンになるって本当?、と言い出すメルー。親たちは反論しますが、上手い説明が出来ません。メルーに続き、妹のロビンも窓からハンバーガーを投げ捨てました。
それを見た時に、ハンスは後ろを白いバンがつけていると気付きます。車は車列に隠れたりしますが、間違いなく後についてきます。
ディアナから家族の行事について話されても、後ろのバンが気になる彼の返事はうわの空です。車が高速道路から降りると、白いバンも後に続きました。
何度道を曲がってもバンの姿は消えません。ルームミラーを気にするあまり、妻の言葉は耳に入らず、本当に話を聞いているのか疑われるハンス。
妻子には話さず、何とか車を撒こうとハンスは赤信号を強引に突き進みます。妻子は驚き非難しますが、バンは停止したと確認できました。
なんとかバンを引き離し、林の中の道を進む車。今だハンスは後方を気にして運転し、妻子も彼のただならぬ雰囲気にようやく気付き、車内は沈黙に包まれます。
するとロビンが後ろを走る白いバンに気付きます。姉も母も間違いなくあのバンだと確認しました。つけられていることに気付いていたのか、と夫を責めるディアナ。
彼女は警察に通報しようとしますが、警察に事情を説明すれば、自分の交通違反も明らかになります。ハンスはそれを止めさせ、路肩に車を停めました。
バンも後ろで停車しました。妻が止めるのも聞かず、車を降りて男と話をつけようとするハンス。
ハンスがノックすると、あの男が車の窓を開けました。後を追ってきたのかと責めても、男は悪びれる様子を見せません。
らちの明かない会話が続き、ハンスが警察に通報しても構わないと言うと、自分のスマホは電源切れだと示す男。ハンスは自分のスマホを差し出します。
これが最後の謝罪のチャンスだ、と告げる男に、警察が来ると訳があって男も困るのだと判断したハンスは、謝罪を拒絶するとあからさまに馬鹿にした態度をとります。
男は目を見開き、スマホを持つハンスの手を掴んで強く握ります。あまりの力にスマホにヒビが入り、ハンスは悲鳴を上げました。
それを見て妻子も驚きます。男はスマホを奪い取りました。それを取り返そうと車内に手を伸ばし、男に捕まって争いになるハンス。
その様子を見たディアナは、2人の娘に車内に留まるよう言い聞かせると、バンへと向かいます。夫のベルトを掴み車から引きずり出しますが、はずみでディアナは倒れます。
そこに後続の車が現れ、彼女は危うく頭を轢かれるところでした。彼女は夫を自分の車に戻そうとしますが、スマホを奪われたと告げるハンス。
ディアナは夫に、男に謝罪するよう言いました。まだ渋る態度を見せるハンスに対し、いいかげんにしてと叫びます。
車から出た娘に気付き、ディアナは車内に戻るよう叫びます。危うく母が命を落としかねなかった光景にショックを受けたのか、2人の娘は泣いていました。
ハンスはバンに向かい、謝ってとスマホを返してくれと頼みますが、謝罪のタイミングを逃したな、と呟き車の窓を閉めた男。
ハンスはドアを開けようと試みますが、ディアナは夫に戻るよう叫び、バンのナンバーをメモします。男は反対側のドアから出ると、バンの後部に回って何かを始めます。
男が作業している隙に、開いたドアからスマホを奪い返そうとするハンス。男はそれに気付くと彼を投げ飛ばします。そして男は、害虫駆除用の薬剤を詰めたタンクを背負いました。
噴霧用のノズルを向け、ハンスに薬剤を吹きかけた男。ハンスは慌てて車に戻り動かそうとしますが、追って来た男は車の窓にノズルを突っ込み、車内に薬剤を散布します。
車が急発進するとノズルとホースが外れ、タンクから漏れた薬剤は男の足にかかります。しかし車内の一家も苦しみ、窓を開け新鮮な空気を求め、そして車を停めろと叫ぶディアナ。
車は道路を外れ、落ち葉が積もる林の中に停まりました。家族は苦しんで車外に転がり出ます。ロビンの髪についた薬剤を落さねばならないと気付き、夫婦は水たまりで洗い流しました。
するとメルーが、あの男が防護服に身を包み、こちらに迫ってくると気付いて叫びます。一家は逃げますが、ハンスは娘たちに止まるよう叫びます。
ディアナは先に車に戻り、エアコンを入れて車内の薬剤を拡散させます。男の気配が消えたと知ると、2人の娘と車に駆け戻るハンス。
男もバンに戻り、開いたドアから積んだ物を落しながら迫ってきました。ディアナが車を動かそうとしますが、タイヤが落ち葉に沈んで空転し進むことが出来ません。
ハンスが指示しても、車を出すことが出来ないディアナ。近くにバンが停まり、男が姿を現すと2人の娘は悲鳴を上げます。ハンスは車を降り押し始めます。
その前でガスマスクを付け、また害虫駆除用の薬剤を準備し始める男。ようやく車は動き出しますが、倒れたハンスの腕が轢かれました。
痛みに耐え逃げ出すハンスに、防護服に身を包んだ男が薬剤を撒きながら迫ってきます……。
映画『ロード・インフェルノ』の感想と評価
参考映像:『激突!』(1971)
煽り運転がトラブルに、そして思わぬ恐怖に発展!という、実に身近に感じられるストーリーが関心を集めたのか、オランダ製ホラー映画にも関わらず観客を集め、「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】」でアンコール上映が実施された『ロード・インフェルノ』。
交通トラブルに端を発したサスペンス映画といえば、スティーヴン・スピルバーグ監督の出世作のテレビ映画、アボリアッツ国際ファンタスティック映画祭の、記念すべき第1回グランプリを受賞した作品である『激突!』が思い浮かびます。
煽った?かどうかは別として、大型トレーラーを車で追い抜いた男が、その後執拗にトレーラーに追われ、恐怖と危険を味わう、シンプルながら最後まで息の抜けない展開の作品でした。
『激突!』のユニークな点は、トレーラーの運転手は最後まで正体を見せず、トレーラーそのものが意志を持った怪物のごとく、主人公を追ってくる演出です。
相手の意図も目的も、感情すら判らない匿名性がもたらす恐怖を、最大限に描いたモダンホラー的な展開が、低予算で製作期間も短かったテレビ映画を世界的ヒット作にのし上げ、スピルバーグ監督飛躍の第一歩となりました。
本作もそんな映画だと思った人は、相手のドライバーが姿を現し、車を降り主人公一家に執拗に迫ってくる姿には驚いたでしょう。
同時に姿や顔が見えている様でも、相手の意図や目的が理解できない。さらに互い価値観の差を意地の張り合いで埋める事ができず、それが救いがたい惨劇に発展する姿は、将に現在を生きる我々が、常に身近に感じる恐怖だと言えます。
本作に登場した男のサイコパスな姿は、種類が異なる交通ホラー『ヒッチャー』(1986)の、オランダ人俳優ルドガー・ハウアーが演じた、執拗に追ってくる殺人鬼の姿に重ねるべきでしょう。
煽り運転VS正義マンの醜い争い
煽り運転が社会問題となり、正義をかざして暴言を吐く者が「自粛警察」と化した時期に、『ロード・インフェルノ』が日本で公開されたのは非常にタイムリーでした。
監督のルドウィック・クラインス自身は、本国公開時のインタビューで、自分は27年間無事故の優良ドライバーだと語っています。
それでも運転中にイライラして、つい相手の車に余計なことをして、奥さんにしっかり怒られていると告白しています。
彼は誰もが抱える問題あるエゴの姿を、本作で描こうとしました。礼儀正しく内向的で、規則を守る少年だったはずの自分が、大人になり25年間アムステルダムで車を走らせると、いかに性格が変わっていったかと彼は実感していました。
映画の主人公ハンスは、自分自身の悪い部分を全て拡大して描いた、と監督は語っています。実際はストレスを抱え、臆病者に過ぎない主人公が、妻や娘の前で男らしく振る舞おうとする余り、無用のトラブルに巻き込まれ、プライドをズタズタにされる姿を描いています。
実はこの映画、主人公が妻や2人の娘の前で、裸になって母親にシャワーを浴びせられる、このシーンこそが、本当の映画のクライマックスだと感じました。
妻子の前で、自分を飾っていた全ての虚飾が剥ぎ取られてしまうシーン、実はこのシーンこそ世の男性にとって、自らの無力さを暴かれる、最も残酷な恐怖を感じる場面ではないでしょうか。
同時に自分の心情を子供の頃に戻すと、成長と共に多くのくだらないエゴを身に付けていたか、そしてそれから解放された安堵感を現す、示唆に富んだシーンともいえるでしょう。
恐怖の源は身近に存在する
一方主人公を執拗に追う、謎の男を演じたウィレム・デ・ウルフ。長身で怪力の持主であり、言葉は思わせぶりなだけでなく、古風なオランダ語で喋り異様な雰囲気を漂わせています。
この人物は映画やTVの出演は多くありませんが、オランダの演劇の世界では第一人者であり、指導的立場として名高い俳優です。実力ある人が演じてこそ映える、存在感あるサイコなシリアルキラーが登場した、といって良いでしょう。
映画に登場したこの危ない人物に共感する人はいない、と思います。それでもこの人物の暴力的な所以外の振る舞いを、否定しようとすると、色々無理が出ると実感させられるでしょう。
ラストで2人の娘の前に現れた男の存在を、彼女たちが母に告げなかったのは何故でしょうか。無論恐怖によるものでしょうが、同時に子供たちがエゴや都合で固められた両親の実態を、男によって気付かされた結果でもあります。
ここにも自分が子供時代とは、大きく変わってしまったと気付いてしまった、クラインス監督の鋭い視点が反映しています。
親からすれば、世間とはそんなものとか、現実と折り合いを付ける必要性を子に悟らせることも、現実的な「教育」の一環です。それをシリアルキラーに説教される筋合いはありません。
しかし結果として恐るべき男によって、親の振る舞いへの疑念を植え付けられた子供から、もはや信頼を失ってしまった姿も、子を持つ親にとって実に大きな恐怖といえるでしょう。
本作はサイコパスの存在以上に、親や大人の抱える虚飾やエゴを、妻や子供といった一番身近な家族の目前で打ち砕かれる、そんな恐怖を描いた映画でもあるのです。
まとめ
参考映像:『アムステルダム無情』(1988)
交通トラブルサスペンスどころでは無い、現在最も身近に感じられる恐怖を描いたホラー映画、『ロード・インフェルノ』はいかがだったでしょうか。
なお本作はオランダ映画評論家協会に、2019年最も優れたオランダ映画に選ばれるなど、本国でも極めて高い評価を得ています。
多くの人が評価し新聞でも絶賛された本作が、オランダでは限られた形でしか公開されなかった事に、ファンから大きな抗議の声が上がりました。
その作品が日本では幸運にも劇場で公開され、そしてアンコール上映までされた事実は、本作の関係者にぜひお伝えしたいものです。
様々な映画と絡めて本作を紹介していましたが、監督自身は尊敬するオランダのホラー・サスペンス映画監督の、なぜか日本では1993年、フジテレビのゴールデン洋画劇場で放送された、ディック・マース監督作品『アムステルダム無情』との共通点を指摘されるのが嬉しいようです。
確かに本作の防毒マスクに似た、ダイビングマスクで登場するシリアルキラーの存在と、エンタメ映画志向に徹した作風が共通しているといえるでしょう。
最後に……。本作の犯人が害虫駆除業者であることに、アメリカのシリアルキラー映画の名作、『ヘンリー』(1986)との共通点を指摘する声もあります。
さらに続けるとあの『激突!』には、トレーラーに追い詰められたドライバーが、助けを求めパトカーと信じて近寄った車が、実は害虫駆除業者の車だったというシーンが存在します。
ルドウィック・クラインス監督も、まさかそこまで計算していないでしょう。それでも見たら絶対人に話したくなる本作を、紹介する際の小ネタとしてどうぞご利用下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」は…
次回の第10回は落合賢監督と、エレクトリック系バンド「アーセナル」のヘンドリック・ウィレミンスが競作した、幻想的な映画”『ダンスダンスダンス』と『バードソング』”を紹介いたします。お楽しみに。
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