連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第15回
世界のあらゆる国の、隠れた名作から怪作・珍品映画まで紹介する、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。第15回で紹介するのは『エクスペリメント・アット・セントレオナルズ女子刑務所』。
世界各国から集めた死刑囚を収容する、絶海の孤島の刑務所。そこでは囚人たちを利用して、様々な医療実験を行っていました。
ここまで聞けば、カンのいいB級ホラー映画ファンなら察するでしょう。こんな実験、ロクな結果になりません。そう、刑務所という閉鎖空間でゾンビが大発生したのです。
……というゾンビ映画の定番的な設定で展開するこの作品。果たして誰が生き残り、どんな結末が待っているのでしょうか。
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CONTENTS
映画『エクスペリメント・アット・セントレオナルズ女子刑務所』の作品情報
【日本公開】
2020年(イギリス映画)
【原題】
Patients of a Saint / Inmate Zero
【監督・脚本】
ラッセル・オーウェン
【キャスト】
ジェス・チャンリャウ、フィリップ・マッギンリー、クリストファー・デューン
【作品概要】
死刑囚相手に怪しい実験を行う医療刑務所にゾンビが発生、人々の脱出劇を描くパンデミック・サバイバルホラー映画。映像業界でストーリーボードやコンセプトアートを手がけ、その後アートディレクター、脚本そして監督と活躍の場を広げた、ラッセル・オーウェンの作品です。
主演はアメリカ生まれでフランスに育ち、今はイギリスを中心に演劇などでも活躍しているジェス・チャンリャウ。ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』第3シーズン(2013)やイギリスのドラマに出演するフィリップ・マッギンリー、『28日後…』(2002)で主人公のキリアン・マーフィーの父親役を演じた、クリストファー・デューンらが出演しています。
映画『エクスペリメント・アット・セントレオナルズ女子刑務所』のあらすじとネタバレ
晴れた日の浜辺に座る女、ストーン(ジェス・チャンリャウ)。波内際に立つ老いた女は、彼女の母でしょうか。その女はストーンの前で、海の中に入っていきます。
我に返ったストーンは、今は刑務所にいました。目の前に座るブルックス博士(フィリップ・マッギンリー)が、彼女と面談をしていました。
博士は死刑囚である彼女に、減刑と引き換えに医療実験に協力するよう求めていました。彼女の経歴も何もかも把握している博士は、説得を試みます。
彼女はアメリカで、警護官としてアレン議員の護衛を務めていました。その護衛対象の議員と家族を殺害した罪で、死刑判決を受けていたのです。
ストーンに対し、実験に協力すれば間もなく予定された死刑が延期され、再審を求める時間稼ぎも出来る、と提案するブルックス博士。
しかし彼女は刑務所を出る望みを捨てていました。そして博士の言う実験にも、不信感を抱いているようです。そこに窓を突き破って鳥が落ちてきました。
何事かと駆け付けた看守に、博士は何でもないと説明します。監房に戻される彼女に、もう一度考え直せと告げた博士。
アイルランド本島から南西に1209㎞離れた、人口1109人のセントレオナルズ島。そこにセントレオナルズ国際刑務所兼医療研究所は、251名の様々な国籍を持つ重罪犯を収容していました。
2人の看守、ストーンに敵意を抱くウッドハウスと、老いて親切なレノンにより、ストーンは囚人たちが騒ぐ女子房に戻されます。
1つの房では大柄な黒人の女囚ブッチャーが、キッセル神父(クリストファー・デューン)に懺悔していました。
彼女の牢には新たな囚人、コンウェイがいました。ストーンを見て、特殊部隊の隊員がするタトゥーをしている、と指摘したコンウェイ。
しつこく話しかける相手に、お前とは仲間じゃない、そして自分の領域を犯すな、と告げるストーン。2人のやりとりを、他の囚人たちは注目していました。
コンウェイはカミソリで自作した武器を隠し持っていました。最初からスートンを襲う意図も持っていた彼女が襲い掛かるや、この喧嘩騒ぎを大声で煽り始める他の女囚たち。
ストーンは足を切られましたが、コンウェイを取り押さえ失神させました。看守のウッドハウスとレノンが騒ぎを知って駆け付けます。
レノンは出血したストーンを、病室に連れて行きますが、そこの女医は囚人を世話する意志など持ちません。多くの病人がぞんざいに扱われている、病室のベットに寝かされたストーン。
女医は乱暴に彼女の傷口を縫い始めます。そこに看守が容態の悪い男囚を連れてきました。女医は治療を放り投げ、ここは女子房だと抗議します。
しかし実験室から広がった病人が溢れ対応しきれず、患者は病室に寝かされました。その容態は尋常ではないと判断した女医は、男のベットの脇に仕切りを立てました。
病室にはコンウェイも運び込まれ、彼女はベットに拘束されました。女医は現れたキッセル神父に、男囚に臨終の秘跡を授けるよう告げます。
結局ストーンの傷はブルックス博士が縫いました。女医はどこかに電話して事態を報告しています。神父と会話を交わすストーン。
その夜、彼女はふと目覚めます。どこかから唸り声が聞こえていました。あの男囚にベットの横に立つ仕切りから、手が姿を現します。
そこには異様な姿の男囚がいました。受けた医療実験の結果なのか、今日はガンが直った、と呟いて倒れる男。女医は死んだと思った男囚が動いて驚きました。
眠りについたものの、異様な気配でまた目覚めたストーン。見るとあの男囚が、ベットの女囚の肉を喰っていました。すると手が伸び、ストーンの口を塞ぎます。
それは看守のレノンの手でした。レノンは音を立てぬようゆっくり彼女のベットを動かし、病室から連れ出そうとしました。
しかし病人の1人が叫び、その声でゾンビ化した男囚が、彼女とレノンに気付き襲いかかってきます。急いでベットを出すと、病室の扉に鍵をかけるレノン。
しかしゾンビは扉を破り、レノンに掴みかかります。ストーンはレノンが落した銃でゾンビを撃ちますが、レノンはゾンビが吐いた血を浴びました。
警報が鳴り響く中、彼女はレノンに何が起きたか聞きます。コンウェイを含む病室の他の囚人も今やゾンビと化し、逃げ遅れた女医に襲い掛かります。
女囚房の囚人たちは牢から出ると、不安げに様子を伺っていました。そこにウッドハウスら看守が来て、監房に戻れと叫びますが誰も従いません。
ブルックス博士は事態を刑務所の女所長に報告します。ゾンビと重罪犯が溢れた状況に博士は不安を訴えますが、所長は耳を貸さず酒を飲み続けます。
女囚房ではリーダー格の囚人、ブッチャーが皆を代表して看守たちに向き合います。ウッドハウスは彼女に銃を向けましたが、その時唸り声が聞こえました。
房の近くまで戻ってきたストーンは、危険な気配を感じレノンと隠れます。突然発症し、ゾンビ化して痙攣する看守を、思わず撃ってしまうウッドハウス。
しかし周囲には闇に紛れてゾンビが潜んでいました。一斉に走りだし襲いかかるゾンビに、看守たちは無我夢中で発砲します。
看守は次々襲われ、囚人たちも逃げまどいます。ブッチャーは落ちていた銃を奪うと、ウッドハウスを殴り倒しました。
ゾンビが通りすぎた隙をつき、ストーンはブッチャーに呼びかけると、レノンと共に逃げ出します。看守のレノンの持つ鍵で、女囚房から逃れ出たストーン。
それに続いてブッチャーほか何人かの女囚と、ウッドハウスら看守らが脱出したのを確認すると、ストーンは房の扉を閉めました。
厨房に逃げ込んだストーンたちは襲われましたが、ブッチャーが肉切り包丁でゾンビの首をはねて倒します。看守と囚人たちは言い争い、単独行動しようとした囚人はゾンビの餌食になります。
うめき声と悲鳴、そして銃声が響き渡るセントレオナルズ刑務所。
1人酒を飲みモニターに映し出された刑務所内の混乱を見つめている刑務所長。その部屋にストーンたちが逃げ込んで来ました。
ストーンやブッチャーに銃を向ける所長。しかしドアの外にゾンビが現れると、差し迫った危機を理解します。
ストーンは所長の机の上に、囚人たちの医療カルテがあると気付きます。医療実験に同意しなかった者も、研究の対象にされていたと知り憤る囚人たち。
薬が切れ騒ぎ出した女囚をなだめるブッチャー。看守のウッドハウスは、一般房のフランシスが脱走し女子房の紛れていたと、女装した彼を追求しました。
周囲が混乱する中ストーンはモニターを見て、ブルックス博士が取り残されていると気付きます。
彼女は単身、銃と懐中電灯を手にして博士の救出に向かいます。そして電灯を点けた時、ゾンビ一群がいると気付いたストーン。
そのゾンビたちは立ったまま天井の蛍光灯を見つめ、全く動きませんでした。ストーンが手でゾンビの視界から蛍光灯に光を遮ると、ゾンビは彼女に対して反応しました。
しかし、また蛍光灯を見つめ始めるゾンビ。ストーンはゾンビをそのままにして、先へと進み博士の部屋に到着します。
ストーンは博士と共に部屋を抜け出します。彼女は死んだ看守の銃を博士に渡し、2人は無事刑務所長の部屋に到着しました。
所長は刑務所の外に住む、島の住人である妹の身を案じていました。ウッドハウスは自分だけでも逃れる方法を考え、ブルックス博士は薬の切れた女囚モーゼスを世話します。
看守のレノンは発熱を訴えていました。それでも看守と囚人たちは、共に刑務所長室に身を潜めるしかありません。
セントレオナルズ国際刑務所兼医療研究所の中に、ゾンビのうめき声が響き渡ります…。
映画『エクスペリメント・アット・セントレオナルズ女子刑務所』の感想と評価
参考映像:『28日後…』(2002)
死者が甦って人を襲う!ゾンビ映画お馴染みの設定ですが、ゾンビ発生の理由付けにクリエイターたちは苦労してきました。
ジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)、『ゾンビ』(1978)のように、原因不明の不条理劇にするのもアリでししょう。
やがてゾンビが凶暴化し人を襲い始めた原因を、感染症に求める映画が登場します。
多くの国では、まだ身近な存在の狂犬病。狂犬病の犠牲者こそ、世界に伝わる多くのモンスター伝説の、原型であるとも考えられています。
感染症に原因を求めた結果、お馴染みのゾンビ化現象が一気にリアルな存在となりました。
感染症による凶暴化映画には様々な作品がありますが、一番有名なのはダニー・ボイル監督の『28日後…』でしょう。全力疾走で迫る感染者の群れは、新たなゾンビ像を世界に提示しました。
『28日後…』公開の同じ年、ゲームの映画化作品『バイオハザード』(2002)が公開されます。実験により生み出されたウィルスがゾンビ化の原因、凶暴で様々な姿となったゾンビが登場し、ゾンビ映画の世界観は一気に広がりました。
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』登場後、無数に生まれたゾンビ映画。しかしこの2作品が登場した2002年以降、ゾンビ物は新たな設定とファン層を獲得したといえるでしょう。
そしてドラマ『ウォーキング・デッド』(2010~)シリーズに代表される、現在のゾンビブームがやって来たのです。
『エクスペリメント・アット・セントレオナルズ女子刑務所』も、まさに2002年以降のゾンビ映画のスタイルに忠実な作品です。
大きな役ではないですが、『28日後…』のクリストファー・デューンが出演しているのは、原点へのリスペクトでしょうか。
密閉空間でゾンビと対決!
怪しげな実験が行われる刑務所、キャットファイトを繰り広げる女囚、迫るゾンビに協力を余儀なくされる囚人と看守たち。刑務所、そして絶海の孤島から逃げられるのか! というB級映画ファンなら、泣いて喜びそうな設定が詰まった本作。しかし映画を見ると、意外な印象を受けるかもしれません。
世界に死刑囚を集めた、国際刑務所兼医療研究所という凄い設定ながら、『バイオハザード』的な実験室・研究所を見せる描写はありません。無くてもいいですが、きっと予算的にそんなセットは用意できなかったのでしょう。
そしてゾンビの描写。アブない表情で走り迫り来る、実におっかないゾンビですが、ゴアシーンは少な目。生首を転がしただけとか、音だけで表現したお手軽描写が多数登場します。
派手なスプラッター描写を期待したゾンビ映画ファンなら、がっかりする展開です。
限られた空間を舞台にしながら、この手のジャンル映画にしては長めの、100分を超える上映時間を持つ本作。監督のこだわりは、一体どこにあるのでしょうか。
登場人物の描写を重視したゾンビ映画
死刑囚として収監された、複雑な過去を持つ主人公。職務に耐え兼ね薬に頼る博士、刑務所の外に家族のいる囚人と刑務所長。
ホラー映画にありがちな類型的な登場人物たちに、監督・脚本のラッセル・オーウェンは深みのある設定を与えました。それが他の人物と絡み、様々なドラマを形成します。
お蔭で話は複雑化、しかも複数の登場人物のエピソードが絡むため、各個人の描写は薄くなり説明不足に陥ります。主人公が大切にする『宝島』の本も、あまり活かされていません。
ゾンビも感情を取り戻したり、弱点があるような無いような、他にない複雑な設定を与えています。ところがそれもストーリーに上手く絡んできません。
劇中で疾走するゾンビが、どういう訳だか立ち止まった様に、映画もテンポ良く疾走できず、つんのめってしまった感があります。
まとめ
B級映画ファンのツボにはまる、様々な設定を持つ映画『エクスペリメント・アット・セントレオナルズ女子刑務所』。ハードな描写を期待する人には物足りないかもしれません。
しかしゾンビ映画名物の、登場人物の様々な葛藤…ゾンビ化する仲間を殺していいか悩む姿! といった描写がお好みの方には、そんなシーンが豊富ですからお薦めです。
本作主役のジェス・チャンリャウ、彼女はデヴィッド・フィンチャーの初監督作、『エイリアン3』(1992)に登場した、シガニー・ウィーバーのように頭を丸坊主にして熱演しています。
監督や彼女が『エイリアン3』(この作品は、宇宙刑務所が舞台という設定です)を、どこまで意識しているか判りません。ですが本作は、実のところ数々のゾンビ映画よりも、『エイリアン3』を強く意識した作品ではないか、と私は睨んでおります。
ちなみに『エイリアン3』は製作前からトラブルが絶えず、デヴィッド・フィンチャーは完成した作品を嫌いました。撮影現場では監督とシガニー・ウィーバーが対立するなど、散々なエピソードを数多く残している映画です。
それに引き換え本作の製作風景は、写真で見る限り、実に和気あいあいとした雰囲気。ジェス・チャンリャウと監督が、今後もも活躍できるよう応援させて頂きます。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」は…
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