連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第38回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第38回で紹介するのは、恐るべき生態を持つ、謎の怪物を描いたSFスリラー映画『スキンウォーカー(寄生体XXX)』。
SFやホラー映画には、姿を変える様々なモンスターが登場しますが、これらは世界各地で、古来より伝承されてきた怪物に由来しています。
古今東西の姿を変えるモンスターたちを、総称を英語では”シェイプシフター”と呼び、北米ではネイティブアメリカンのナバホ族の伝説に登場する魔物、”スキンウォーカー”が知られています。
そんな怪物に現代的かつSF的設定を与える、異色のホラー映画が誕生しました。
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CONTENTS
映画『スキンウォーカー|寄生体XXX』の作品情報
【日本公開】
2020年(カナダ映画)
【原題】
Lifechanger
【監督・脚本】
ジャスティン・マクコーネル
【キャスト】
ローラ・バーク、ジャック・フォーリー、レイチェル・バンダザー、スティーブ・カザン、エリツァ・バコ、サム・ホワイト
【作品概要】
人の形をした謎の生物の恐ろしくも哀しい生態を、独自の解釈と視点で描いた、異色のSFスリラー映画。撮影監督として活躍する、『クレイジーワールド』(2011)『82ミニッツ』(2016)を監督した、ジャスティン・マクコーネルが手掛けた映画です。また日本では『寄生体XXX』のタイトルで、先にDVD発売された作品です。
トロント・アフターダーク映画祭の最優秀視覚効果賞、スペインのムリンス映画祭の観客賞、サンフランシスコのアナザー・ホール・イン・ザ・ヘッド・ジャンル映画祭では最優秀海外長編映画賞と、世界各国のSF・ホラー映画祭で高い評価を得た作品です。
映画『スキンウォーカー|寄生体XXX』のあらすじとネタバレ
ベットで全裸で目覚める女(エリツァ・バコ)。その隣にはミイラのような、無惨な骸と化した女が横たわっていました。生者と死者の違いはありますが、2人は似ているように見えました。
起き上がった女は、何が起きたか理解していました。鏡の前に立って自分の体を確かめます。脇腹には切り裂いたかのような傷がありました。彼女は遺体を解体し始めます。
彼女の心の声、それはなぜか男性の声で呟きます。私の行為がどう見られ、どう思われるものなのか理解しています。しかしこの行為を繰り返すことが、私には必要なのです…。
解体した遺体をビニール袋に詰めると、閑散とした農場で遺体を焼く女。
心の声は、自分は孤独な存在だと理解していました。しかし問題は、孤独なのに、心に愛が存在することです…。
女は焼け崩れた骨と灰を手押し車に詰め込むと、農場の物置へ運びます。
心の声は続けます。自分の中には真の愛があると、今も痛切に感じています。問題はその愛が、実は自分自身の物で無いことです。愛はいつも、誰かの他人の物だったのです…。
そして女は農場の物置の中にある深い穴に、骨と灰を捨てました。
全てを終えた女は持ち物の手帳を開き、確認するように私はエミリーです、と呟きます。その女エミリーは、「自分」の家に帰ります。
エミリーは「自分」の家に何があるのか、よく理解していました。くつろいでいた彼女の前に、パートナーのジェームズが現れました。
突然姿を消し3日間も行方不明だったエミリーが、連絡もせず何事も無かったように帰宅したこと怒るジェームズ。警察にも捜索願を出し、多くの人に迷惑をかけたと責めます。
エミリーが無事帰って来たと、警察に電話しようとするジェームズ。それは彼女にとって都合の悪いことでした。コルク栓抜きを手にすると、いきなり彼の首に突き立てるエミリー。
彼女は手慣れた様子で、殺害したジェームズの体をビニールで包みと、床の血を掃除し殺害の痕跡を片付けます。
何事も無かったように暮らすエミリーですが、脇腹の傷は開いたままで、自分の腕の皮膚が崩れかけている事に気付きました。
エミリーはまた腐敗が始まったと自覚します。こうなるとこの体は、あと6時間程度しか持ちません。以前は新たに得た体は数年間は持ち、何も気にせずに使用できました。しかし時と共に、一つの体が使用できる時間はどんどん縮まっています。
時間に余裕がある時は、慎重に新たな相手を選びます。しかし残された時間が少ない場合は、相手を選ぶ余裕はありません。
エミリーの家に、刑事のランソン(スティーブ・カザン)が尋ねてきます。ジェームズからエミリー失踪に届けが出ていたので、様子を見に現れたのでした。エミリーの無事は確認したものの、ジェームズと話したいと彼女に告げるランソン刑事。
刑事を招き入れたエミリーは、彼にコーヒーを勧めます。突然、ランソンの手を掴むエミリー。すると彼は苦しみ始め、顔は醜く変貌していきます。
事が終わると、ミイラのようになったランソンの遺体が残されていました。そして、かつてエミリーだった”生き物”は、今はランソンの姿になっていました。彼の衣服を身に付け、私はランソン刑事です、と呟く”生き物”。
この”生き物”は、接触した人間の生命だけでなく、姿も記憶も奪い取って生きていました。奪った体が腐り始めると捨て、新たな人間に乗り換えるのです。先程までエミリーだった”生き物”は、今はランソンとして存在しているのです。
ミイラ化した遺体をハンマーで砕き、身元の判明につながる部分を処分すると、油を撒き火を放つランソン刑事。家に現れた配達の男を無視して、彼は車に乗り立ち去ります。
奪った体の腐敗は、痛み止めや抗生物質、コカインの使用で遅らせることができます。ランソン刑事の記憶を頼りに薬の売人に会い、コカインを奪い服用した”生き物”=ランソン。
ランソンは車を走らせ、とある酒場に向かいます。酒場の前にいる犬のマックスと”生き物”は馴染みのようです。ここは彼が心惹かれる場所でした。
ランソンはカウンターに1人で座る、女性の隣に座ります。ウイスキーと彼女のためのジントニックを注文するランソン。彼女は初対面の男が、自分の好みを知っているのを意外に思います。
これをきっかけに話し始めると2人は打ち解け、ランソンは自分は刑事だとバッチを見せ、怪しいものではないと伝えます。女はジュリア(ローラ・バーク)だと名乗りました。
私は刑事として、部屋で最も重要なものに気付くよう訓練されていると言い、だからあなたに話しかけたと言うランソン。私が興味あるものなの、と笑いながら答えるジュリア。
そう、彼女こそ”生き物”にとって、唯一の重要な存在でした。意気投合した2人は、酒場の外に出るとキスを交わします。
しかしランソンは急に体の痛みを訴えます。新たな体の異変に気付いた”生き物”が、心配する彼女に対して離れるよう怒鳴りつけると、ジュリアは慌てて姿を消しました。
新たな体に乗り換えた際に、今まで前の体の傷は残らないはずでした。しかしランソンは、エミリーの体に傷があった位置を押え、苦しみに悶えていました。もう腐敗が始まったのです。
ランソンは車で若い女と話していた男に、警察のバッジを見せます。銃を出して女を立ち去らせると、男の車に乗り込んだランソン刑事。
妻子がいるといって命乞いする男に、こうしなければ俺は死ぬ、まだ死にたくない、だから代りに死んでもらうと告げると、ランソンは謝りながら、男の手をつかみました…。
“生き物”は新たに乗り換えた男・サム(サム・ホワイト)の体を、エミリーの死骸を捨てた農場で処分していました。そこにサムの家族から電話がかかってきます。
クリスマスの飾りつけを施した、「自分」の自宅へと戻ったサム。”生き物”は人間が定住して営む、安定した生活に憧れていましたが、同時に自分にそんな生活は送れないとも知っていました。
翌朝、妻子を残し早々に出勤するサム。職場である歯科医院には彼の部下として働く、昨日車内で話していた女レイチェル(レイチェル・バンダザー)がいました。サムの記憶を引き継いでおり、全てを理解して行動する”生き物”。
サムは職業である歯科医の仕事を、いつも通り親切丁寧に行います。それは”生き物”が今まで繰り返し行った行為でした。そしていつものように、レストランで昼食を取ります。
そこでジュリアを見かけタクシーで後を追おうとしますが、運転手に怪しまれ拒否されたサム。そして彼は映画館に入ります。暗い空間で映画を楽しむことは、”生き物”にとって癒しであり、今までも多くの時間をこの場所で過ごしていました。
サムの家族と食卓を囲む”生き物”。自分の本当の家族は1つだけで、乗っ取った人物の持つ家族の記憶を、ただ積み重ねているだけだと感じています。
サムは家族を残して例の酒場に向かい、いつもジュリアが座る隣の席で酒を飲んでいました。その席にジュリアが現れると、声をかけるサム=”生き物”。
ジュリアはサムに身の上を語ります。彼女にはかつて夫と息子がいました。しかし息子は数年前、僅か3歳で病気で死に、その後彼女は夫リチャードと共に、辛い日々を過ごしていました。
そんな日々を乗り越えようとしたのか、ある日妻のために、自宅に豪華なディナーを用意したリチャード。彼女は改めて愛と絆を確認しましたが、その夜夫は姿を消しました。
それが夫にとって、恐らく悲しみを乗り越える最善の方法だったのだろう、そう語るジュリアの言葉をサムは噛みしめます。あなたならどうすると彼女に聞かれ、怖くてどうすべきか判らない、と答えたサム。
ジュリアと互いに、心の内をさらけ出す会話をした”生き物”は、サムの体も腐敗が始まったと気付きます。平静を装いジュリアに別れを告げ、サムは酒場を去ります。
腐敗を遅らせるため、モーテルの一室でコカインを使用するサム。しかし腐敗はどんどん進行します。やむなく彼はこの場所に、同じ職場で働くレイチェルを呼び出しました。
彼女が部屋を訪れた後、今の”生き物”はレイチェルの姿をしていました。今回の乗り換えはいつもより苦痛を伴い、”生き物”は死にそうな気分すら味わったと振り返ります。
パートナーのトミーからの電話に、レイチェル=”生き物”はすぐ帰ると答えますが、ミイラ化したレイチェルの死骸を袋に詰めて運び、以前と同じ農場で焼き倉庫の中に処分します。
しかし今回は、近隣の住民が死骸を焼いた煙に気付き、様子を見に現れました。住民の呼びかけを無視して逃げるレイチェルですが、その姿を目撃されてしまいます。
レイチェルの姿をした”生き物”は、今回は大きな失敗をしたと悟りました。
映画『スキンウォーカー|寄生体XXX』の感想と評価
参考映像:『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(2013)
人と異なる生態を持つとされるモンスターや宇宙人などが、SF・ホラー映画に登場します。ところがいざ現れると、行動も価値観も人間と一緒、アクション映画の敵役が、単純にモンスターや宇宙人に変わっただけ、そんな映画が山ほどあります。
しかし本当に異質な存在なら、思考も行動も目的も、人間には理解し難いものかもしれません。そんな思考実験をスタイリッシュな映像で表現したSF映画に、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』があります。
主演のスカーレット・ヨハンソンの、ヌードシーンでも話題になったこの作品、異質で謎めいた存在の宇宙人が、人間に興味をもったために物話は思わぬ方向に進んで行く、という展開がミソで、映像と共にSF映画ファンの注目を集めました。
古今東西に伝わる、姿を変える魔物や妖怪。その生態に『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』と同様のアプローチを試み、その物語を映像化した作品が『スキンウォーカー|寄生体XXX』です。
監督の暗い体験から生まれた作品
ホラー映画が大好きで、12~3歳頃には自作の短編ストップモーションアニメを作り、高校時代には長編映画を撮ったというジャスティン・マクコーネル監督。2002年から映像制作会社で働き始め、その傍ら自作映画を発表するインディーズ映画製作者として活躍しています。
2011年に『クレイジーワールド』を完成させたものの、監督はその後2つの映画の資金集めに失敗し、改めて低予算できる映画の企画を余儀なくさせられました。
2012年に、10年来の友人で脚本の執筆パートナーであった人物を、自殺で失うという悲劇を経験したマクコーネル監督。それから2年間、うつ状態に陥り暴飲暴食を繰り返し、他人と距離を置く孤立した生活を送っていた、と監督はその時期を振り返っています。
その後、新たに出会った人々の助けを借り生活を改善し、うつ状態からも抜け出したマクコーネル監督。その時期に『スキンウォーカー|寄生体XXX』の脚本を執筆しますが、内容には自分の感じていた罪悪感や孤独感が反映され、執筆作業は一種のカタルシスになったと語りました。
映画に登場する”生き物”の生への執着と、そのための行為に対する罪悪感、そして自らを孤独な存在と感じる絶望感…確かに監督の心情を反映した作品です。
『スキンウォーカー|寄生体XXX』は一見ホラー映画ですが、本質は喪失や悲しみと道徳について、そしてそれらの核心である、後悔の念の物語である、とマクコーネル監督は話してくれました。
優れた低予算映画を支えた人々
こうして製作が始まった『スキンウォーカー|寄生体XXX』ですが、”生き物”が姿を変えるのは映画の骨子となる設定ですが、短い拘束時間の異なる役者で、異なったシーンが撮影できるという、低予算映画ならではの工夫もあったはずです。
低予算である本作は、カナダの俳優組合に所属している役者を起用することが出来ませんでした。そこで組合に所属していない俳優を探す必要がありましたが、優秀なキャスティングディレクターのお蔭で、映画に相応しい人物に参加してもらえたと語っている監督。
その成果は映画を見るとお判り頂けます。その1人ジャック・フォーリーは建築会社に勤めていた人物ですが、その容貌から友人から勧められてモデルになり、本作撮影直前に演技を始めたばかりでした。初出演映画となった本作の演技が評価され、活躍の場を広げています。
またサム・ホワイトは2000年前後に成功を収めた俳優ですが、麻薬やアルコール依存症に苦しんだ時期がありました。しかし監督と同じように依存症を克服してこの映画に出演、まさに「Lifechanger」(本作の原題)を果たした人物と紹介されました。
また本作の特殊効果は、「バイオハザード」シリーズのディヴィット・スコットと、彼の会社のスタッフが、スラッシャーシーンなどを担当しています。
そして映画のラスト、SFXの見せ場となるシーンは、監督は友人でもあるクリス・ナッシュが得意とするシーンなので、彼に依頼したと証言しています。
クリス・ナッシュはオムニバスホラー映画、『ABC・オブ・デス2』(2014)でラストを飾る、”Z”で始まるエピソードを監督した人物です。これを見た方なら、なるほど監督の言う通り、得意とする分野であると納得できるでしょう。
まとめ
脚本執筆時の監督の心境を反映した作品、『スキンウォーカー|寄生体XXX』は、ホラー映画の枠を越え観客の胸を打つ映画です。姿を変える怪物に、新たな描写と設定を与えたことでも評価され、SF・ホラー映画ファンからの高い支持を集めました。
また撮影監督として多くのドキュメンタリー映画を手がけている、ジャスティン・マクコーネル監督の冷徹なタッチが、作品のテーマをより際立たせています。
哲学者の間には「哲学的ゾンビ」「スワンプマン」といった、人と同じ姿をして全く同じ様に行動する、さらに記憶や感情まで同一の存在がいれば、それはどういった物で、ならば人間とは何なのかを思索する、思考実験のテーマがあります。
そこまで難しい話でなくとも、人に化け記憶まで奪う魔物や妖怪が本当にいるなら、それはどういった存在なのか。奪った記憶がその”生き物”に蓄積するなら、どんな影響を与えるのか。このテーマを真摯に追求した本作の姿勢が、SF・ホラーファンを魅了しました。
ただし本作のラストが、ホラー映画にしては判りにくいとの評もあります。例えば単純なバットエンドにすると、納得できるがありがちな、ホラー映画の典型的エンディングになるはずです。ラストシーンで意味不明になった、という意見もあります。
監督によると、当初の脚本ではホラー映画的な、暗いオチを用意したそうです。しかし本作のテーマは本当は何なのか、と追求し考えぬいた結果、採用されたラストになりました。
この映画の脚本執筆以前に監督が経験したこと、そしてその時の辛い思いが反映された作品だと知ると、本作のラストは切実な意味を持って伝わってきます。
心に傷や影を感じている人には、このSFホラー物語がしんみりと心に響き、映画の放つメッセージを受け取り、痛切に共感する方もいるでしょう。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第39回は人の悲しみにつけ入る、怪物の姿を描いたホラー映画『ストレイ 悲しみの化身』を紹介いたします。お楽しみに。