連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第35回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第35回で紹介するのは、パワーボートの世界で、名声を獲得した男を描く映画『スピード・キルズ』。
30歳を過ぎてからパワーボート(高速モーターボート)の世界に飛び込み、レーサーそしてボートのデザイナー、製造者として成功を収め、「パワーボート界のゴットファーザー」と呼ばれた男、ドナルド・アロノウ。
この人物をモデルにした実録映画が、ジョン・トラボルタ主演・製作総指揮で誕生しました。海を制し富と名声を得た、そしてマフィアともつながりがあった男の、波乱万丈の生涯が描かれます。
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CONTENTS
映画『スピード・キルズ』の作品情報
【日本公開】
2020年(プエルトリコ映画)
【原題】
Speed Kills
【監督】
ジョディー・スカーフィールド
【キャスト】
ジョン・トラボルタ、キャサリン・ウィニック、ジェニファー・エスポジート、マイケル・ウェストン、ジョルディ・モリャ、アマウリー・ノラスコ、マシュー・モディーン、ジェームズ・レマー、ケラン・ラッツ、トム・サイズモア
【作品概要】
ジャーナリストで犯罪ノンフィクション作家アーサー・ジェイ・ハリスが、ドナルド・アロノウの生涯を記した著作『Speed Kills』を原作にした実録サスペンス映画。ジョディー・スカーフィールド初監督作品です。
主演はジョン・トラボルタ。その相手役をロマン・コッポラ監督のカルト風コメディ、『チャールズ・スワン三世の頭ン中』(2013)のキャサリン・ウィニックが務めます。そしてマシュー・モディーンにジェームズ・レマー、映画「トワイライト」シリーズでブレイクしたケラン・ラッツに、トム・サイズモアらが共演する、豪華な顔ぶれが集った作品です。
映画『スピード・キルズ』のあらすじとネタバレ
パワーボートのショールームに現れた怪しげな男、ドウェイン(トム・サイズモア)。彼は執拗にオーナーのベン・アロノフ(ジョン・トラボルタ)に会わせろと要求します。
犯罪組織のボスの名をチラつかせ、立ち去ろうとしない男の前にベンが現れます。今のお前があるのはボスのおかげだ、と脅すドウェインを追い返したベン。
しかしドウェインは外で見張っていました。その存在を気にしつつ、ベンは車で外出します。ドウェインの動きを警戒していたベンですが、彼の側に別の車が近づくと、中の男は拳銃をベンに向けると発砲します…。
その25年前、1962年のニュージャージー州。この地で建設と不動産を扱う会社を経営していたベンは、ビジネスに失敗し金を持って立ち去るよう警告されていました。そこで彼は、フロリダ州マイアミで出直すことにしました。
妻キャサリン(ジェニファー・エスポジート)と3人の子供と共に、マイアミに移り住んだベン。彼の前に顔なじみの男ジュールス(ジョルディ・モリャ)が現れ、いずれこの地を仕切る、マフィアのボスと引き合わせると親し気に話します。
ベンは父の代からマフィアと付き合いがあり、ニュージャージーの事業も彼らと関わりがありました。マイアミでは心機一転、1人で出直したいとジュールスに告げ、握手して別れるベン。
マイアミの浜辺で、シェリー(マイケル・ウェストン)と会ったベン。やり手弁護士の彼をパートナーに指名しますが、ベンはビジネスの話よりも、目の前の海を走るモーターボートに興味がありました。
モーターボートの整備士、ノッキー・ハウスのモーターボートに乗り、自ら操縦するベン。海を高速で駆ける魅力を味わった彼は、これこそ自分が求めた世界だと歓声を上げます。
ベンはモーターボートを手に入れ、ノッキーを相棒にレースに参加します。先頭を走ったものの、エンジンの不調で脱落し悔しがるノッキーに、さらに上を目指そうと告げるベン。
目標を得たベンは、マイアミでも不動産事業で財を成していきます。その利益をつぎ込み、モーターボートの製作・販売を行う会社とレーシングチームを設立しました。
レース用のパワーボートを製作すると、レース界に乗り込んだベン。マイアミ~ナッソー往復レースに、彼はノッキーと共に参戦します。
自らが操縦するパワーボートで見事優勝を遂げたベン。皆から祝福されますが、名声を得た彼に言い寄る女も現れ、ベンはそんな女とベットを共にします。
レースの優勝で、ベンのボート事業も順調に成長します。生活は豊かになりますが、事業とレースに入れ込むベンと、家族の間に隙間風が吹き始めます。そんな折、ベンのパーティーにジュールスが姿を現しました。
ジュールスはベンをマフィアのボス、ランスキー(ジェームズ・レマー)に引き合わせます。俺たちは家族で仲間だと告げるランスキーに、事業を1人でやりたい時もあると説明するベン。
相手を見て物を言え、故郷や同胞を忘れるなと警告するランスキー。平静を装うベンですが、マフィアの登場に、ビジネスパートナーのシェリーは慌てふためきます。
それでもベンは、ノッキーと共に1964年から1969年にかけての様々なレースを征し、名声を高めていきます。海上を時速106㎞の速度で走るパワーボートを生んだ、アロノフが製作するモーターボートは人気となり、世界を制したと報道されるまでになりました。
モナコで美女との逢瀬を楽しむベンの前に、シェリーが現れます。事業をおろそかにし、家族とも距離を置き、マフィアとのつながりを断てないベンに、シェリーは警告を告げました。しかしその言葉に耳を貸そうとしないベン。
それでもベンは、ノッキーと共に1969年の世界選手権を制します。しかし翌1970年、ベンはマイアミの病院に駆けます。
父から逃れるように家を出たベンの長男、アンドリューが交通事故を起こしたのです。ベンが病室に入ると、脊髄を損傷した息子はベットで機械とつながれていました。
妻のキャサリンは、アンドリューは家庭を顧みない父の気を引こうとして、事故を起こしたとベンを責めます。下の2人の子と帰る妻を、黙って見送るしかないベン。
アンドリューの病室には、多くの見舞いの品が贈られていましたが、中にはランスキーからの物もありました。見舞いに来たシェリーに、ベンは息子は2度と歩けなくなったと、そして妻との関係も終わったと告げます。
シェリーはベンがレース事業に入れ込んだ結果、事業も傾いてきていると説明します。その言葉を聞かされ、いつも通り何とかするさ、とだけ答えるベン。
ベンはランスキーの屋敷を訪ね、ジュールスの案内で彼と面会します。結局彼は事業のために、マフィアの力を借りることになりました。
車椅子の身となったアンドリューの元を訪れるベン。荒んだ生活を送る息子に、自分を憐れんでも始まらないと言い、元気づけると2人で競馬場を訪れます。
競馬で当てた大金を息子に渡し、自分のようにお前も成功できると語り掛けるベン。しかしアンドリューはその金を持ち、父の前から姿を消しました。
ベンがランスキーの力を借りて以降、彼の元に怪しげな人物が出入りする様になります。そしてベンの前に、麻薬取締局の捜査官、ロペス(アマウリー・ノラスコ)が現れます。
ロペス捜査官は、ベンの会社が製造したパワーボートが、麻薬の密輸に使われている、しかもボートの船名も製造番号も、架空のものだと追求します。自分には事情が判らず、結局誰もがアロノフのボートを買いに現れる結果だ、と説明するベン。
3年後。ランスキーの屋敷に、ロビー・リーマー(ケラン・ラッツ)が現れます。屋敷はランスキーの後継者と目される、彼を歓迎するムードに包まれていました。
その屋敷でベンは、ランスキーの怒りを買っていました。彼はベンが派手で目障りな振る舞いを止め、組織に協力することを望んでいました。マフィアの影響を断つ難しさを思い知らされたベンは、パワーボードに興味を持つロビーとも言い争いになります。
ロビーは海上での麻薬の取引に、パワーボートで向かいます。その帰路警察のボートに追われ銃撃戦になると、彼は逃げるためなら撃たれた部下を海に突き落とす、非情な男でした。
ベンの前に現れたロビーは、一方的に撃たれたパワーボードの修理を命じます。その態度に怒って、思わずロビーを海に突き落とすベン。
そんな日々を忘れるかのように、高級クラブで派手に遊ぶベン。彼の目はヨルダン国王にエスコートされ現れた美女、エミリー(キャサリン・ウィニック)に釘付けとなります。
国王に挨拶したベンは、狙い通りエミリーに紹介されます。ホールで皆がダンスに興じる中、彼女の魅力に夢中になってゆくベン。
経営する会社でベンはシェリーに、ランスキーから預かった金を、ケイマン諸島の隠し口座に預けるよう指示します。戸惑うシェリーに、今度はエミリーの電話番号を調べろと命じます。
乗馬クラブにいたエミリーを訪ねるベン。いきなり現れた彼と会話を交わす内に、エミリーとの距離は縮まっていきました。
そしてパワーボートレース、マイマミ~ナッソー選手権の日を迎えます。その日は激しく雨が降っていました。レースを前に海を見つめるベンとノッキー。その前にロビーが現れます。彼もこのレースに参加し、ベンに挑もうとしていました。
映画『スピード・キルズ』の感想と評価
参考映像:『Thunder Man: The Don Aronow Story 』(2009)
建設業で財を成し、32歳でパワーボートの世界に飛び込み、名声を掴んだドナルド・アロノウ。ジョージ・H・W・ブッシュ大統領など各界の著名人と親交を持つ、華麗に生きた人物でした。
しかし1987年、彼は殺し屋によって殺害されます。その背後には、パワーボート界のライバルや、麻薬組織につながる人物の存在が浮かび上がります。
現代のアメリカの伝説的人物であるドナルド・アロノウ。彼の生涯に興味を持った方は、『Thunder Man: The Don Aronow Story 』(2009)というドキュメンタリー映画がありますので、ぜひご覧下さい。
現代の伝説をジョン・トラボルタが演じる
そのドナルド・アロノウの生涯を描いた『スピード・キルズ』ですが、もうお気づきですね。主人公の名は”ベン・アロノフ”、ほぼ事実通りのエピソードを盛り込みながらも、人物名は改変、創造された人物も登場し、ストーリーはフィクションとなっています。
例えば彼と対立するマフィアのボス、ロビー・リーマーはパワーボードの優勝経験を持つレーサーで、ボートメーカーとして主人公と対立関係にあり、そして麻薬密輸業者であった実在の人物、ベンジャミン・クレイマーから創作されました。
この人物、ドナルド・アロノウ殺害容疑で起訴されましたが、この件に関しては証拠不十分で取り下げられます。しかし麻薬密輸容疑で刑務所に収監中、ヘリコプターを使って脱走を試み、墜落して失敗するという、映画顔負けの行為までやらかしています。
さて、華麗で劇的な人生を送ったドナルド・アロノウを、今や貫禄たっぷりのトラボルタが演じたがるのは、誰もが当然だと納得するでしょう。
「未体験ゾーンの映画たち2019」で上映された、『ギャング・イン・ニューヨーク』(2018)では、同様に世間を騒がしたマフィアのボス、ジョン・ゴッディを演じたジョン・トラボルタ。
彼自身も、そして周囲の人々もトラボルタ演じる、実在の影のある大物の姿を登場させたいと望んでいるのでしょう。ちょっと”Vシネマ”っぽいノリを感じますが。
実はこの映画‟アラン・スミシー”監督作品!?
ところが『ギャング・イン・ニューヨーク』、トラボルタの最低主演男優賞ほか、第39回ゴールデンラズベリー賞で様々な部門でノミネートされました。幸か不幸か1つも受賞していません。
しかし第40回ラズベリー賞で、『The Fanatic(原題)』と『ワイルド・レース』(2019)の演技で、見事最低主演男優賞した獲得したトラボルタ。更に最低スクリーン・コンボ賞に、”ジョン・トラボルタと彼が受け入れるあらゆる脚本”がノミネートされました……。
『スピード・キルズ』に対しても、何の説明もなくシーンを並べ、疾走するボートや水着の映像を無意味に挿入していると、映画評論家やファンからの手厳しい評が並んでいます。更に本作監督、ジョディー・スカーフィールドの経歴は一切不明で、宣伝活動にも現れません。
映画監督が意に沿わぬ映画を作らされた場合、自分の名がクレジットされることを拒否し、別名”アラン・スミシー”の名を表記させる事例があります。
現在”アラン・スミシー”名義は有名になり、以前より製作過程がオープンになった影響か、その名が使用される機会は減りました。しかし本作監督のジョディー・スカーフィールドは、”アラン・スミシー”と同じ意味を持つのでは、という憶測が流れ、正体を探る動きもありました。
真偽を確かめようにも監督本人が現れず、確認しようがありません。映画を見れば厳しい意見はごもっともですが、チョイ悪な人物の一代記を描くなら、実録ヤクザ物映画やそれっぽい”Vシネマ”同様に、本作のようなスタイルになるのは、必然ともいえます。
皆さん第一級の凄い映画を期待したのでしょうか。はたまたラズベリー賞の選者同様、今のトラボルタならイジってもOK、という風潮がもたらした酷評でしょうか……。
まとめ
正体不明の監督や関係者が多くを語らぬ中、勇気を持って(?)『スピード・キルズ』について、インタビューに応じたケン・ラッツは、「実在する架空の人物」を演じる戸惑いと難しさを語っています。
そして共演した憧れの人物、ジョン・トラボルタについて、実に愛すべき人物だったと証言。トラボルタは即興で演じることを好み、ラッツが演技のアイデアを出すと喜んでそれに応じた演技を披露してくれたそうです。
ラッツがトラボルタに海に突き落とされるシーンがありますが、その後彼はすぐ心配して声をかけてきたので、急いで無事をアピールしたと言います。
常にオープンで親切な姿勢を保ち、場面に合わせ自在に感情を演じるトラボルタとは、ぜひもう一度仕事をしたいとは、ラッツの弁。
製作現場の雰囲気からして、かつての東映プログラムピクチャーや、”Vシネマ”を思わせる『スピード・キルズ』、そんな映画がハリウッドスター共演で作られたと知れば、見たくなりませんか?
マイアミを疾走するモーターボートと犯罪、といえばTVドラマ「CSI:マイアミ」を思い浮かべます。デヴィッド・カルーソ演じるホレィショ主任捜査官が、何かとド派手に暴走する荒唐無稽……、だから楽しい刑事ドラマと信じていました。
現実は映画やドラマより奇なり。マイアミではかつて、パワーボートのチャンピオンレーサーが犯罪組織と関わり、殺し殺される事件があって、ヘリで刑務所から脱走を試みたと知ると……。
「CSI:マイアミ」って結構ガチな話なんだ、というのは冗談ですが、そんな事件が生んだイメージがドラマの背景にあるのです。なるほど、そんな危険と華やかなイメージを持つ世界に、トラボルタが憧れる訳です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第36回は東南アジアでテロリストを追う特殊部隊を描いたアクション映画『ピーク・レスキュー』を紹介いたします。お楽しみに。
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