連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第18回
1月よりヒューマントラストシネマ渋谷で始まった“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」では、ジャンル・国籍を問わない貴重な58本の映画が続々公開されています。
第18回はイラクの戦場を舞台にしたアクション・スリラー映画『タイガー・スクワッド』を紹介いたします。
イラクの荒れ果てた砂漠に現れたジョーとパディ。2人はこの地で傭兵として生計を立てています。
ボスから請け負った今回の仕事は、地元有力者の娘を誘拐でした。しかしその娘シャダはパディの元恋人でした。
傭兵のジョーを『ファントム・スレッド』に出演のブライアン・グリーソン、仲間のパディをイギリスのテレビドラマ、舞台で活躍する演技派デイミアン・モロニーが演じます。
そしてシャダを演じるのは『キングスマン』で、義足の暗殺者ガゼルを演じ人気急上昇、その後大作映画に続けて出演しているソフィア・ブテラが熱演。
この3人による、極限の状況を舞台として描かれた作品です。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2019見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『タイガー・スクワッド』の作品情報
【公開】
2019年(イギリス・アイルランド合作映画)
【原題】
Tiger Raid
【監督】
サイモン・ディクソン
【キャスト】
ブライアン・グリーソン、デイミアン・モロニー、ソフィア・ブテラ
【作品概要】
イラクの砂漠に現れた傭兵のジョーとパティ。彼らがボスから請け負った仕事は地元有力者の娘の誘拐。しかし傭兵コンビが予期せぬ事態に陥る状況を描いたアクション・スリラー。
目的地までの道中で会話を交わすジョーとパティ。任務を前に打ち解けつつも、互いに相入れない部分を感じとります。共にボスから異なる指示を受けた2人は、緊張をはらんだまま行動を共にします。
首尾よく有力者の娘シャダの誘拐に成功した2人。しかしシャダがパディの元恋人と判明し、状況は思わぬ展開を見せていきます。
『ファントム・スレッド』のブライアン・グリーソンがジョー、『マッド・ドライヴ』のデイミアン・モロニーがパディ、『キングスマン』のソフィア・ブテラがシャダを演じます。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『タイガー・スクワッド』のあらすじとネタバレ
軍用トラックに乗るジョー(ブライアン・グリーソン)とパディ(デイミアン・モロニー)の2人組。トラックは延々と砂漠を走り続けます。
傭兵である2人は、ここイラクの地で様々な汚れた仕事を請け負い生計を立てていました。
ボスであるデイブの指示で、今回初めて組んだアイルランド系の2人は、IRAの武装闘争の歴史を話題に会話を交わします。
砂漠の中の夜の街を通り抜けるトラックは、武装したアラブ人が守るチェックポイントにさしかかります。
他愛のない会話に終始していた2人は、武装したアラブ人を無言で機械的に、次々と射殺していきます。
チェックポイントを制圧すると、トラックは何事も無かったように進み、2人は会話に戻ります。
今回2人の任務は、地元権力者の娘の誘拐です。デイブからの報酬は5万ドル。簡単で割のいい仕事に思われました。
ジョーはパディに、俺の相棒はルビーだが、今回はデイブの指示でお前と組んだと語ります。
人に使われるのを好まないパディは、いずれ自分のチームを持つと語り、ジョーの態度はデイブの言いなりではないかと指摘します。
俺はデイブと対等だ、と返すジョー。彼はパディに、デイブの悪口は言うなと告げます。
日が昇る中、トラックは砂漠のオアシスに到着しました。
車から降りて辺りを警戒した後、2人は休憩しながら会話を続けます。
デイブの忠誠を試すテストを受けたのかと聞くジョー。受けていないと返事したパディを、まだ半人前と決めつけます。
お前はテストを受けたのかというパディの問いに、ジョーは受けたと答えます。
会話は続きパディはジョーにウイスキーを勧めますが、彼は禁酒しているとそれを断ります。
叔父がアルコール依存症だったパディは、ジョーの姿勢に素直に感心します。
ジョーから離れた位置にいたパディに、ボスであるデイブからの無線が入りました。
無線の会話がジョーに聞こえない事を確認すると、デイブはパディに指示を伝えます。
それは任務終了後に、ジョーを殺せとの指示でした。
今の会話に気付かぬジョーに、パディは今までにどんな奴を殺したかを尋ねます。
その質問にジョーはひどく怒り、なぜそんな事を聞く、と言ってパディに銃を突きつけます。
ただ単に聞いただけだ、と答えるパディ。一触即発の状態が過ぎると2人はトラックで出発しました。
車の中で2人は改めて言葉を交わします。
ジョーはパディに「丘」にいたのか、と尋ねます。「丘」とは傭兵に訓練を行う場所です。
それを認めたパディに、ジョーは「丘」に送られるのは訳ありの連中だと指摘し、何故送られたのかを尋ねます。
パディは地元の若い女性と付き合っていたが、それが彼女の父親にバレて制裁を加えられたと話しました。
そのトラブルをボスのデイブに知られたパディは、「丘」に送られます。
彼女はピュアだったと語るパディ。いつか再会して必ず結婚するつもりだと告白します。
砂漠の中にある目的の邸宅付近に到着した2人は、無線でデイブに報告します。
邸宅か監視し、身を隠して迫りながら2人は会話を交わしました。
パディに相棒のルビーついて聞かれたジョーは、もう1か月も姿を見ていないと告げます。ジョーは信頼できる彼と、また仕事をしたいと語ります。
邸宅に忍び込み、簡単に警備員を殺害した2人。遺体をプールに運びこむと、ジョーは遺体を解体するようバディに指示します。
バディが断わると、ジョーは淡々と遺体を解体しながら、彼が出会った女の話をパディに聞かせます。
マリリンという赤毛の美しい女が、荒んだ俺を救おうとしてくれた。
そして彼女と過ごした時間だけが、何物にも代えがたいものだったとジョーは語りました。
話題は報酬の使い道に移ります。ジョーはかつて競馬で関係者、ガンジーと呼ばれる男から情報を得て、大金を賭けた体験を話します。
結果は大負け。ガンジーは胴元とグルで、ジョーは騙されたのです。
その報復にガンジーの歯を抜いてやったと語るジョー。これが失敗でした。ガンジーはボスであるデイブの従兄弟だったのです。
その結果どうなったかを尋ねるパディに、ジョーは埋め合わせにデイブの仕事を5つ引き受けたと答えます。
そしてこの仕事が、その最後の仕事だと説明しました。
それを聞いて、あんたはパートナーと信じているデイブに利用されているだけだと、バディは指摘します。
ジョーはそれを否定しつつ、マリリンとの思い出を語ります。彼女との体験は人生最高のひと時だった。あの体験は墓場にもってゆくとパディに伝えます。
邸宅でターゲットの到着を待つ2人。ジョーはパディを信用したのか、彼をルビーのようなパートナーにしたいと告げます。
そこにターゲットの女(ソフィア・ブテラ)が現れます。彼女は2人に簡単に捕えられ、口をふさがれ覆面を被せられます。
彼女の写真を撮り、デイブに身柄の確保を報告するジョー。デイブは彼女を父親との交渉材料にするつもりです。
ジョーが口をふさいだテープを取ると彼女は叫びます。その声を聞いてパディは動揺します。
ジョーが離れるとパディは彼女に近づき、負傷した彼女に水を与えました。また君に会えるとは。今日ここにいるのは君ではないはずだ、と語りかけます。
彼女はかつてパディの恋人であったシャダでした。
私に接近したのはやはり有力者である父が目的だったと責めるシャダに、パディは本当に愛している、2人でやり直そうと訴えます。
騒ぐシャダをパディは必死になだめます。
その頃シャダの携帯を見たジョーは何かに気付き、怒鳴り声を上げます。私を逃がしてと訴えるシャダの口をふさぎ、パディはジョーの元へと向かいます。
パディの目の前でウイスキーを飲んでいるジョー。禁酒はどうしたと尋ねるパディを彼は無視します。
回転式拳銃を持ち、これで26人殺したとうそぶくジョー。そして彼は、デイブの指示で自分がルビーを殺したと告白します。
あんたはデイブに従い過ぎだと語るパディを無視して、この壊れた銃は引き金を3度引くと発射するんだ、とジョーは拳銃をもてあそびます。
3度目に引き金を引くと銃は発射されました。これであの女を殺そうとジョーは言います。
彼女を傷付けては報酬がもらえないとパディは説得。すると、なぜお前はムキになって反対するとジョーは言い放ちます。
ジョーは彼女の携帯の中に、パディと女が一緒に映った写真を見つけたのです。
彼女の名はシャダだと伝えるパディ。彼の別れた恋人が今回のターゲットだったのです。
シャダを残し、外で話そうとジョーはパディに提案します。
建物から出るとジョーは、俺たちは彼女を殺すことになったとパディに伝えます。
映画『タイガー・スクワッド』の感想と評価
砂漠の戦場を舞台にしたソリッド・シチュエーション・スリラー
本作『タイガー・スクワッド』のタイトルやチラシのデザインを見て、激しいアクション映画をイメージした方も多いでしょう。
この映画の主要な登場人物は3名のみ。
舞台は移動し転々としますが、実際はアクションよりも、濃厚な会話劇で構成された物語になっています。
厳密な意味での密室物ではありませんが、戦場という限られた空間が舞台と考えれば本作は、ソリッド・シチュエーション・スリラーと呼んでも差しつかえないでしょう。
全編の大部分がジョーとパディの会話で成り立つ構成で、実はあらすじでは膨大な内容の全てを紹介しきれません。
映画をご覧になれば様々な会話を通して、2人の“愛”への執着と、心の壊れてしまった部分が、より明確に感じられます。
舞台的な会話劇で見せる映画がお好きな方には、ぜひお薦めしたい作品です。
映画における“叙述トリック”
ミステリー小説におけるトリックの一種に“叙述トリック”があります。
読者の先入観や思い込みを利用して、登場人物の設定や時系列、場所を誤認させる手法で、映画でも観客に対して仕掛けられる事があります。
本作のパディとシャダの関係、ジョーの語るマリリンとルビーの物語は“叙述トリック”の技法を駆使して描いています。
参考映像:『クライング・ゲーム』(1993)
そしてジョーとルビーの関係に、ニール・ジョーダン監督作品『クライング・ゲーム』の公開時に話題になった仕掛けを思い出した方もいるでしょう。
本作の冒頭にIRAの話題が登場するのは、アイルランド紛争を背景にした映画『クライング・ゲーム』を意識した、観客に向けたヒントだったとも受け取れます。
本作の監督・脚本を手掛けたサイモン・ディクソン、色々仕掛けた映画を完成させたのです。
まとめ
戦場を舞台にしたアクション映画と思わせてながら、ソリッド・シチュエーションを利用したスリラー映画である『タイガー・スクワッド』。
一方でリアルに描かれたアクションシーンや、乾いた暴力描写はハードボイルドな雰囲気を味あわせてくれます。
この映画の一番の注目ポイントは、何と言ってもジョーとパディの描写です。
互いに相手の壊れた部分に気付き、救いの手を差し伸べながらも、自分自身の壊れた部分には気付かない悲しさ。
同じタイプの犯罪映画なら騙し合いで描かれるべき展開が、本作では最後まで悲しいすれ違いとして描かれています。
2人の男は共に歪んだ愛ゆえに、身も心も滅ぼしてしまう…という男泣き映画。こんな映画がお好きな方は見逃せません。
参考映像:『The Current War(原題)』(2019)
映画の出演は少ないものの、パディを演じたデイミアン・モロニーはイギリスで実績を積んでいる俳優で、本作でもその演技力を披露しています。
映画『The Current War(原題)』でベネディクト・カンバーバッチ、ニコラス・ホルト、トム・ホランドと共演しているデイミアン・モロニー。
イギリスの男優ファンには、これからの注目株として目の離せない人物です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第19回は人気コミック「賭博黙示録カイジ」を中国で映画化した作品『カイジ 動物世界』を紹介いたします。
お楽しみに。