サスペンスの神様の鼓動35
こんにちは「Cinemarche」のシネマダイバー、金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ご紹介する作品は、25万人の死者を出したと言われる「グアテマラの内戦」をテーマに、中南米に伝わる怪奇伝説を取り入れた社会派スリラー『ラ・ヨローナ 彷徨う女』です。
血塗られた歴史を背景に、女達の復讐を描いた本作の、謎と恐怖の部分に迫ります。
1960年から36年もの間続いたグアテマラ内戦は、約25万人の死者を出したと言われる血塗られた歴史として有名です。
特に、81~83年の第26代大統領、ホセ・エフライン・リオス・モントが統治した時代は恐怖の時代で、政府軍により殺害、または行方不明になった犠牲者の数は約3000人と言われています。
この恐怖の時代を背景に、「ラ・ヨローナ伝説」を取り入れた本作は「第76回ベネチア国際映画祭」のベニス・デイズ部門で最高賞に輝いてます。
監督は「第65回ベルリン国際映画祭」の銀熊賞を、初監督作「火の山のマリア」で受賞したハイロ・ブスタマンテ。
CONTENTS
映画『ラ・ヨローナ 彷徨う女』のあらすじ
狭い部屋に集まっている、グアテマラの女性達。
彼女達は呪文を呟き、何かを呼び出しているように見えます。
大勢の犠牲者を出した、グアテマラ軍事政権の大虐殺から30年後。
当時の将軍だったエンリケは、虐殺を指揮した容疑で裁判にかけられていました。
精神的な苦痛から、エンリケは情緒不安定になっており、夜中に突如「女の泣き声がする」と目覚め、銃を持って部屋を徘徊します。
エンリケの娘、ナタリアが心配して声をかけると、エンリケはナタリアに発砲します。
次の日、精神状態が安定しないエンリケに、恐れを感じた屋敷の使用人達は、退職を希望します。
屋敷に残ったのは、25年間屋敷に仕えているバレリアナだけとなりました。
エンリケの妻は「恩知らずが」と、退職した使用人達を罵ります。
虐殺を指揮した容疑で、エンリケの裁判が始まります。
一度は有罪となったエンリケですが、突如「証拠不十分」として判決が覆ります。
その裏では、大手企業の経営者など、権力のある者たちが動いていた為、グアテマラの国民の怒りが爆発します。
エンリケの屋敷は、判決に抗議する国民に囲まれ、エンリケと妻、ナタリアと娘のサラ、エンリケの部下のレオナ、そしてバレリアナは屋敷から一歩も出られない状況となります。
その群衆をかき分けて、屋敷に近づく1人の女性、アルマがいました。
アルマは鋭い眼差しで、エンリケの屋敷を見つめています。
サスペンスを構築する要素①「中南米に伝わる『ラ・ヨローナ』伝説」
歴史的な悲劇「グアテマラ内戦」を背景に、虐げられた女達の復讐を描いたスリラー『ラ・ヨローナ 彷徨う女』。
本作は、中南米に伝わる怪奇伝説「ラ・ヨローナ」がストーリーの軸となっています。
「ラ・ヨローナ」とは、2人の子供と一緒に夫に捨てられた女性が、子供を溺死させた後に自殺をしますが、自殺した女性の悲しみは、その後も怨霊となり彷徨い続け、嘆きの声が人々を怖がらせ続けたという伝説です。
「ラ・ヨローナ」に関しては、2019年の映画『ラ・ヨローナ 泣く女』というホラー作品があり、こちらの方が「ラ・ヨローナ」の伝説に関して明確に説明していますね。
『ラ・ヨローナ 彷徨う女』では、「グアテマラ内戦」という実際に起きた出来事と、「ラ・ヨローナの」という中南米に伝わる伝説、この2つの悲劇が合わさった、幻想的かつ現代的な恐怖が特徴の作品となっています。
サスペンスを構築する要素②「家庭内を破壊する、謎の使用人アルマ」
本作の主人公とも言える、エンリケは、グアテマラの軍事政権時代に行った虐殺が理由で、裁判にかけられています。
ですが、証拠不十分である事から裁かれず、その事がグアテマラ国民の怒りに火を付けてしまい、抗議活動の為、屋敷を取り囲まれてしまいます。
エンリケは家族共々、外へ出れない状況が続きます。
屋敷を取り囲まれて、抗議活動を受けている状況が映画の大半を占めており、観客もエンリケ同様、密閉感や圧迫感を映画から感じ、何とも言えないストレスを抱えます。
逃げ場が無いうえに、デモの騒音が流れ続けている為、屋敷内で気分転換も出来ない状況となり、エンリケも家族も、精神的にまともな状況では無くなっていきます。
さらに、エンリケが情緒不安定になり、何かと屋敷内で拳銃を発砲するので、エンリケの娘、ナタリア達は、更に落ち着かない状況となります。
この、異常な状況と化した屋敷に、1人の使用人アルマが現れます。
アルマは黒い髪が特徴的な、神秘的な雰囲気のする若い女性で、屋敷で使用人として働くようになって以降、静かにゆっくりとですが、確実に、屋敷内の秩序も破壊されていくようになります。
不気味なのが、作中でアルマの素性に関して、一切説明が無い事です。
特に印象的なのが、ナタリアの娘サラにアルマが近付き、水泳の練習と称して、サラが溺れる寸前までプールに潜らせる場面です。
これは、子供を溺死させた「ラ・ヨローナ」の伝説に通じる部分があり、アルマの不気味さが際立つ場面となっています。
サスペンスを構築する要素③「呪いをかけたのは誰なのか?」
本作の終盤で、エンリケは亡くなってしまいますが、命を奪われる直接的な原因は描かれていません。
エンリケの寝室に突然描かれた、黒魔法の魔方陣による効力と思われますが、誰が描いたか定かではありません。
普通に考えればアルマですが、魔方陣が見つかった時の、冷静すぎる反応からバレリアナかもしれません。
もしかすると、ある日を境に、エンリケに子供を殺害される悪夢を見始めた、エンリケの妻かもしれません。
このエンリケの死を、直接見せないという手法は、実はハイロ・ブスタマンテ監督の狙いでもあります。
グアテマラの虐殺と、「ラ・ヨローナ」の伝説を組み合わせる事を考えたハイロ・ブスタマンテですが、「ラ・ヨローナ」を復讐の精霊と扱わず「正義が存在しない場所での秩序」として描いています。
作品の冒頭で、祈りを捧げる女性達も、正義の無い場所で、唯一信じる事の出来る存在「ラ・ヨローナ」に、祈りを捧げていたと解釈が出来ます。
つまり、エンリケの屋敷に、謎の使用人アルマが現れ、家庭内の秩序が崩壊し、エンリケが命を落とすまでの一連の流れが、姿こそ作中で見せませんが、グアテマラに秩序をもたらす存在、「ラ・ヨローナ」によって引き起こされた事なのだと受け取る事ができます。
本作の最後は、「私の子供を返して!」という女性の悲痛な叫びで終わりますが、これは「ラ・ヨローナ」の叫びでしょう。
正義なき、グアテマラの秩序と化した「ラ・ヨローナ」は、軍事政権の関係者を、今後も破壊していくのです。
本作のラストシーンでは、そんな「終わらない恐怖」を感じました。
映画『ラ・ヨローナ 彷徨う女』まとめ
作中で描かれている、軍関係者による大量虐殺を裁く裁判は、実際に証拠不十分の為、10年以上も刑期が決まらず長引いています。
ハイロ・ブスタマンテ監督は、この事実を「共産主義による腐敗に満ちた世界」と感じ、本作の着想を得ました。
ですが、「ラ・ヨローナ」を復讐の怨霊とはせず、秩序的な存在として描いています。
その為、本作は直接的な恐怖演出はありませんが、アルマによって、家庭内の秩序がゆっくりと破壊されていく様子は、本当に不気味です。
本作はクライマックスまで、大きな起伏がないので、退屈に感じる方もいるかもしれませんが、魔方陣が見つかって以降の展開、特にクライマックスでは、正体不明の恐怖が一気に襲い掛かかってきます。
2018年に話題になったホラー映画『ヘレディタリー/継承』も、ある存在の目線で語られていた作品で、クライマックスに、一気に恐怖がなだれ込んでくるような作品でした。
作中に「ラ・ヨローナ」を登場させずに、その存在を描いた『ラ・ヨローナ 彷徨う女』も、同じ方向性の、完成度の高い作品のように感じました。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
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